第020話 夜逃げ
アンデットドラゴンを退治したトーマはルカと一緒に、ルカの薬店に帰ってきた。
(もうここにはいられない)
アンデットドラゴンが甦ったのは僕の影響だ。それで王城がなくなってしまった。
タヒネからドラゴンの屍の上に王城が築かれたという話は聞いていたトーマだったが、まさかドラゴンまでが甦ってしまうとは思わなかった。それは途方もない年月を経てもまだドラゴンの魂が霧散せずにとどまり続けていたということだ。
地下牢に囚われていた黒髪の忌み子とアンデットドラゴンの復活を結び付けて考える者がいるとは考え難い。今の段階でそれに気が付いている者はおそらくいないだろう。
しかし、そんなこととは別にもう王都では暮らせない。たくさんの人たちに迷惑をかけてしまった。
トーマは二階の私室に上がり、私物をまとめた。といってもトーマの私物はいくらもない。収納魔法に押し込んでから、下に降りる。
ルカは作業場にいた。検証した麻酔薬の効果を紙にまとめていた。
「ルカさん。迷惑をかけてしまってごめんなさい。僕はここを出ていきます」
トーマは神妙な顔でルカに誤った。
「えっ?なんで?」
(なんで?ってなんで?)
きょとんとしたルカにきょとんとするトーマ。
「ルカさんに注意されていたのに、街の人たちにものすごい迷惑をかけちゃったし、王城も壊したし・・・僕がここにいると、ルカさんに迷惑がかかるから」
地下牢に捕らえられていたはずのトーマがこのままルカの薬店にいるのは明らかに変だ。トーマとアンデットとの関係を疑い、真実に気付く者が出てくるかもしれない。
「そっかなぁ?」
ルカの感覚はおかしかった。ルカも王城に侵入し麻酔薬でたくさんの兵士たちをこん倒させている。まったく隠そうともしていなかったので、多くの目撃者がいて、犯人はルカだとバレている。それでも、ルカは全然気にしていない。非常事態だったのだから、お咎めなしで許してもらえるだろうと考えていた。そんなことになるはずはないのだが。
「そうだよ」
地下牢に囚われていたトーマは、ルカが王城で仕出かしたことを知らない。
「うーん。じゃあ。しょうがないね」
「はい。短い間でしたが、お世話になりました」
トーマは頭を下げる。
「待って待って、トーマ。お世話になりましたじゃないよ。私もついて行くからね」
ルカはそれが当然だと言わんばかりだった。
「でも、ルカさんにはこの薬屋が・・・」
「確かにこの店はちょっと惜しいけどね。仕方ないさ。世間知らずの弟子を1人で放ってはおけないし、何よりトーマと一緒に行った方が楽しそうだ」
楽しそう。ドラゴン相手に薬の効能検証ができる機会なんてトーマと離れてはないだろう。薬師としての更なる高みを目指しているルカに迷いはない。
ルカの薬店がなくなるとハンターや兵士たちが困る、なんてことはこの時ルカの念頭になかった。
「そうと決まったら急がないとね。持って行けるだけは詰めるから、ちょっと待ってて」
ルカは研究ノートなど本当に大切なものだけを手早く背負い袋に詰め始める。
ルカがついてくる。考えてもいなかった展開にしばし頭が回らなかったトーマだが、程なく回復し、ルカの作業を止める。
「ルカさん。ルカさんも一緒に行くなら収納魔法で全部持って行こう」
「全部って?この量だよ」
「大丈夫。任せて」
旅の準備を終えたトーマとルカは店の外に出た。ルカの薬店の中は全てそのまま、何も触っていない。
「じゃあ、いくよ」
トーマは収納魔法で薬店を丸ごと亜空間に取り込んだ。
「すご! トーマ、すごいよ。もう君はなんでもありだね」
2人の前にはルカの薬店が消えて無くなった後の、平らな地面だけがあった。
「じゃあ、誰かに見つからない内にさっさと出発しよう」
「カァー」
暗い空から鴉が舞い降りてきた。
「あっ、ごめん。一緒に行くよね?」
「カァー」
トーマの転移魔法で2人と1羽は外壁の外に飛んだ。
トーマは王都の外壁を見上げた。王都にいたのはほんの短い間だったけど、その日々はヨナバル大森林での生活とはずいぶんと違ったものだった。
「残念だったわね」
「えっ?」
「せっかく2人もお友達ができたのにね」
ルカの言葉にトーマはエリックとティックの顔を思い浮かべた。入学、襲撃、地下牢。たった3日間の出来事。でもそれはトーマがはじめて友達と過ごしたとても密度の濃い時間だった。楽しかった。
気楽に会うわけにはいかないが、これでお別れというわけではない。
「転移魔法があるから、会いたいときにいつでも会える」
「ああ、そうだったわね。便利よね。それじゃあ、落ち着いたらきちんと事情を説明してあげるのよ」
「うん。わかった」
「さあ、トーマは行きたいとこはあるの?」
「ない。ドラゴンと不死者の王がいない所ならどこでもいいよ」
タヒネとの約束でしばらくはこの王都で暮らす予定だった。周囲の地理は簡単には把握しているが、行きたいところというのは考えたことがなかった。
ドラゴンと不死者の王については、タヒネの魂がトーマの中に定着するまでは安全な所にいなさいという彼女の希望に沿ったものだ。ただし、どちらも伝説級の存在であり、そうそういるわけがないし、どこにいるかも知られていない。つまり、いない所というトーマの希望は考慮のしようがなかった。
まあ、タヒネが決めた王都にアンデットドラゴンが出たのだから、これからトーマたちがどこに行こうがタヒネから怒られる心配はないだろう。
「この国からは出るべきよね。この前、私は別の国の出身だって言ったでしょ。私の国は北の方角にあるのよね」
「そっか。じゃあ、北に行こう」
「違う違う。トーマ。女心がわかっていないわね。南よ。南に行きましょう!」
ルカの宣言にトーマは肩を竦めた。
どんな理由があってルカが国を出たのか、自国に戻りたくないのかどうか、トーマはその辺りの事情は知らない。ルカから話してくれるなら別だが、トーマから質問することはないだろう。
南に行くにはヨナバル大森林を抜けるのが近道だ。
普通の人にとって大森林は行き止まりであって、間違っても近道だとは考えないのだが、トーマとルカには追手の心配のない安全な近道だった。
2人は夜が明ける前にヨナバル大森林の外縁部に到着し、そのまま躊躇なく森の中へと入って行った。
◇ ◇
翌朝。
昨晩のアンデットドラゴン騒動で徹夜だったハンターギルドの職員たち。しかし、その表情は明るい。
伝説のドラゴンを打ち取ったのが、このハンターギルド王都支部所属のディラムたちだということで、夜中からお祭り騒ぎになっていた。
騒動の影響で回復薬の在庫がとうに尽きていたので、補充担当ロヴィーサは開店前のルカの薬店に急いだ。登校前のトーマに会える。徹夜明けなのにロヴィーサは自然と走り出していた。
早朝、まだ人通りのほとんどない通りを、ニマニマ笑顔で走るロヴィーサ。気が付くと通りの端まで来てしまっていた。
(れ?通り過ぎちゃった?)
ロヴィーサは慌てて、元来た通りを駆け戻る。
「あの店の次次・・・次・・・ここ! えええっっっ!!!!!
ない!!! なくなってるぅーー!!! 」
ロヴィーサの絶叫が朝の静かな空気を切り裂いた。
立ち尽くすロヴィーサ。
一夜にしてルカの薬店はきれいさっぱり消え去り、平らな空き地になっている。
ロヴィーサの絶叫に驚き飛び出してきた周囲の店の住人たちも、忽然と消えてしまったルカの薬店の跡地に驚く。
近所の人たちも何が起こったのかわからなかった。
そこに数名の騎士に率いられた兵士の一団がやってきた。
「どけどけ」
野次馬をかき分ける兵士。
隊長らしい騎士の1人がたまたま傍に立っていたロヴィーサに確認した。
「これはどういうことだ。ここがルカの薬店で間違いないか?」
ロヴィーサはトーマが消えてしまって最高に機嫌が悪かった。
「いえ、見ての通りの空き地です」
騎士はロヴィーサを睨む。
「なに。ではルカの薬店はどこだ?」
「それは私も知りません」
「どういうことだ。この場所にルカ殿の薬店があったのではないのか?」
「はい。ここがルカさんの薬店だった場所です」
「なにを、さっきは違うと言ったではないか」
「今は空き地です。何もないのに薬店のわけがないじゃないですか」
ロヴィーサは心底呆れたという表情を作って騎士を見る。
「貴様、ワシを愚弄する気か! 」
騎士が怒気を放ち、別の騎士が慌ててそれを止める。
「隊長。子供相手に何をしているですか」
ロヴィーサはいーっと口で威嚇し返していた。




