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第017話 麻酔薬


 夕暮れ時、トーマの事が心配なルカはいつもより早めに店を閉めて奥の作業場に籠っていた。


 コンコンコン

 麻酔薬を作っていたルカは、裏庭側の小窓をノックする音に気がつき手を止めた。

「鴉さん。トーマの事で何か用事があるのね」

 ルカは小窓を開いて、鴉を作業場に招き入れた。

「カァー」

(カァーとカァーカァーだけだから、ここからが面倒なのよね)ルカは気合を入れる。

「それで、何の御用かしら」


 ルカの予想に反し、鴉は鳴かずに作業台の上を飛び跳ねて移動する。尾羽が当たった小瓶が倒れ、羽ばたきの風で細かい原料が舞う。

「あっ、もう、ちょっと気をつけてよね」

 鴉はトーマが置いていった草刈り鎌の上に止まり、一鳴きした。

「トーマにこの鎌がいるの?」

「カァー」

「あなたが運んでくれるの?」

「カァーカァー」

 草刈り鎌は小振りのものだが、それでも鴉が運ぶには大きい。

「だと思った。じゃあ、私がトーマに届ければいいの?」

「カァー」

(正面から行っても、門から先に武器は持ち込めない。どうしよう)ルカはハッと閃いた。

「鴉さん。もしかして王城に忍び込む方法を知ってる?」

「カァーカァー」

 ルカはがっくりと項垂れた。




 王城にいくつかある通用門の1つ。日の落ちた空はすっかり暗くなり、通用門は固く閉じられている。

 コンコンコン。ルカは通用門の隣の扉を叩いた。

「すみませーん! 」

 扉の覗き窓が開く。

「あれ?ルカ殿ですよね。こんな時間にどうかしましたか?」

 運のよいことにルカも知っている門兵だった。


「とりあえず、開けてもらえますか?」

「はいはい。今開けますね」

 門兵は何の疑問も抱かず、扉を開きルカを中に入れる。

「それで、どのようなご用件でどちらに取り次げばよろしいでしょうか?それはそうとルカ殿どうしてマスクをしておられるのですか?それにそのガチャガチャと音を立てている背負い袋は?」

 ルカはいつものワンピース、ローブ、とんがり帽子の格好に、分厚いマスクをしていた。

「マスクはね。これのためなのよ」

 ルカはポケットから取り出した小瓶の蓋を開いて、門兵の前に差し出した。

「何ですか?うっ」

 小瓶に顔を近づけた素直過ぎる門兵は、気絶した。

 中身はルカ特製の麻酔薬だ。大きな背負い袋の中身も同じである。



 軽装とはいえ鎧を着込んだ門兵が倒れ金属音が響く。奥にいた別の門兵が走ってきた。

「どうした?おい、お前」

「とおぅ」

 ルカは躊躇なく手に持っていた麻酔薬の小瓶を投げつけた。

 小瓶は地面に落ちて割れ、麻酔薬が辺りに広がる。

「うっ」

 門兵は走っていたそのままの勢いで倒れ込んだ。ルカは顔を顰める。骨の1本くらい折れたかもしれない。


 騒ぎを聞きつけてやってきた数人の門兵たちが、次々と気を失って倒れる。

(うふふふ。なんか楽しくなってきちゃった)

 ルカはポケットから次の瓶を取り出すと、足早にその場を後にした。


 その後も、幾人かがその場にやってきたが、みな外傷なく倒れている者たちに慌てて近づき、充満する麻酔薬を吸い込みそのまま気を失ってしまった。

 ルカ特製の麻酔薬は、特製の回復薬と同じで効果がおかしかった。



「ぐふふふっ」

 不気味な笑い声をあげながらルカは、鴉の先導に従い城の壁沿いに歩く。

 こっそりと侵入するつもりはないようだ。その両手には蓋を開けた麻酔薬の小瓶が握られている。


「とおぅ」

 もう何度目の投てきか。巡回の兵士に見つかるたびに容赦なく麻酔薬の小瓶を投げつけるルカ。

 兵士たちが何の反応も出来ずに即座に倒れていくので、まだ大きな輪騒ぎにはなっていない。


「カァー」

 案内役の鴉が地上部ぎりぎりに設けられた細長い明り取りの前で止まった。この下に地下室があるようだ。

「ここにトーマがいるのね。ここに鎌を投げ込めばいいの?」

「カァーカァー」

(えっ、違うの?)

 ルカは麻酔薬の小瓶に蓋をしてポケットにしまうと、しゃがみ込み、地面に頬をつけるように明り取りから地下を覗いた。



 ロウソクの火が揺れる地下は薄暗くはっきりとわからなかったが、複数の人の気配がした。みんなでよくわからない呪言を唱えている。

(あれだ、トーマの言ってた教会の陰謀)

 ルカがしばらく様子を見ていると、呪言を唱えていた声が止まる。なんか喜んでいるような雰囲気が伝わってきた。

「あっ、しまった」

「カァー」

「ごめんごめん。でも、どうしようもないよね」

「カァーカァー」

 鴉がルカのポケットを突いた。

 ルカはポケットから麻酔薬の小瓶を取り出し、蓋を開けて、明り取りから地下室に投げ込んだ。

「こういうことね」

「カァー」


     ◇     ◇     


 そこそこ美味しくて量も十分だった夕食でお腹を膨らませ、のんびりとくつろいでいたトーマ、エリック、ティックの3人。朝からこんな何もない牢屋に閉じ込められていたので、そろそろ少年たちの話題も尽きていた。


 奥の扉が開く音が聞こえ、地下牢への階段を下りてくる複数の足音が響く。3人は足音に注目して、その主の登場を待つ。

 現れたのは教会の神官長と同じような白いローブ姿の男と貴族風の男の2人。


 貴族風の男が目をくわっと開いた。

「貴様、生きていたのか! 」

 鉄の格子を両腕で掴んでゆすったようだが、もちろん格子はピクリともしない。


 男は明らかにトーマの事を言っている。

「誰?知り合いなの?」

 エリックの疑問に、トーマは首を横に振る

「ううん。知らない人」

 トーマは嘘を言っていない。だから誰の目にもトーマが嘘を言っているようには見えなかった。


「アガリエ男爵。どういうことですか?」

 白いローブ姿の男、クルト司教が尋ねる。

「黒髪の忌み子など他にいるわけがない。間違いない」

「しかし、あの者の反応は」

「当然だ。忌み子になど近づきたくもない。あれは俺の顔を知らんし、俺もあれの顔は知らん」

 トーマの父プラタ・フォン・アガリエが息子の姿を見たのはトーマが生まれた日の1度だけで、それ以来、忌み子として一切近づくことはなかった。だからアガリエ男爵はトーマの顔を知らない。そして、トーマも父親の顔は知らない。

「まさかお互いに相手の顔を見たこともなかったとは・・・」

 クルト司祭は落胆した。これではわざわざ男爵に確認させた意味がなかった。

 どうして顔を知らないと先に言わなかったのか。関係を誤魔化したまま貴族を地下牢に連れて入るのに、どれだけ根回しと労力が必要だったか。



 扉の方から悲鳴が聞こえた。

「なんだろう」

「なんかあったのかな」


 音を立ててやってきたそれを先に見たのは格子の外にいるアガリエ男爵とクルト司教だ。

「アッ、アンデット!やはり貴様が」

「何故だ。早過ぎる」

 地下牢に敷き詰められた固い石畳みがカタカタと音を立てゆっくりと盛り上がりはじめる。

 クルト司祭の知る計画では、まだ枢機卿猊下たちは核となるアンデットを復活させる儀式の最中のはずだった。いや、そろそろ終わる頃合いかもしれない。

 どちらにせよ、王城の地下に眠る他のアンデットたちが復活するまでにはまだ十分時間があるはずだった。

 いくら何でも早過ぎる。クルト司教は苛立ちまぎれに足元で盛り上がってきた床石を力いっぱい踏みつけた。もちろんそれくらいで止められる事ではない。


「あはっはっはは」

 突然アガリエ男爵が笑い出した。

「どうしたのだ男爵。どうにか逃げる方法を」

 逃げ道などない。入口はアンデットに塞がれ、床の至る所で床石は崩れ、土の下から突き出された骨だけの腕が蠢いている。


 這い出してきたアンデットたちに、すぐに追い詰められるアガリエ男爵とクルト司祭。

「わっはっはは、俺の言った通りだった、俺が正しかったのだ。やはりお前は死を呼ぶ忌み子だ」

 狂ったような笑うアガリエ男爵。その脳裏に浮かぶのは彼を蔑むように見つめる元妻シェリーの顔だった。

 武器を持たたない2人は成すすべなくアンデットたちに殺された。

 その後もアンデットは次々と這い出てくる。すぐに格子の外はアンデットですし詰め状態になってしまった。



 それら格子の外で起る一連の様子を、どこか現実身がないまま眺めていたエリックとティック。

 格子の中、牢内の床には変化がない。そしてアンデットたちには頑丈な格子を壊すこともできないようだった。


「どうしてこっちの床からはアンデットが湧かないの? 」

 ティックはトーマに聞いた。その原因がトーマにあることは疑いようがない。

「この前使ったのと同じ魔法でこの部屋を守ってある」

「なら安心だね」

 トーマはアンデット湧きだしたと気が付いた時、すぐに『深淵の陰幕』を展開した。下側は床石の下に展開しており、トーマたちの足元で沸いたアンデットは今も次々と消滅していっている。


「トーマ、さっきのお前の父親だったんだよな」

「うーん。そうらしいね。でも、生まれてから一度も会ったことがない父親だからよくわからないけどね」

「そんなもの?」

「まあ。さっきまで完全に忘れてたくらいだから。

 あっ、そうだ。死ぬのは困ることなの?」

 それはトーマが以前から聞いてみたいと考えていたことだ。しかし、このタイミングで聞くのが正しい事なのかどうかには自信がなかった。

「えっ?」

 エリックとティックには唐突に尋ねられたトーマからの質問の真意がわからなかった。

「死ぬのは嫌な事、悪い事なの?」

 2人にはトーマがふざけて言っているようには見えなかった。


「そんなの当たり前だろ」

 エリックが答えた。

「そっか。みんなには当たり前のことなんだ」

「トーマには当たり前じゃないのか?」

「うーん。よくわからないだけ」

 ヨナバル大森林で暮らしていた頃、死にかけの魔物たちの魂を刈り取ることを日課にしていたトーマ。トーマの目には、その魔物たちが自ら望んでトーマの元まできているようにしか見えなかった。

 トーマに魂を刈り取られ倒れ朽ちていった魔物たち。

死んで埋められ朽ちたのちに蘇り、トーマの下に魂を刈り取ってもらいにやってくるアンデットたち。



 格子の外で身動きも取れない程ひしめき合うアンデットをしばらく眺めていたトーマは、足元からゆっくりと湧き上がる強大な気配を察知した。

(これはまずい感じがする)

「エリック、ティック、なんか良くないものが復活するみたい。ここから出よう」

「どうやって?」

 肩を竦めるエリック。お城の地下に作られた堅牢な地下牢で、格子の外には数えきれないアンデットがいる。

「まあ、任せといて」



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