第016話 地下牢
翌朝。
トーマが登校前の短い時間でルカの薬店の開店準備をしていると、急に店の前が騒がしくなった。扉が乱暴に叩かれる。
窓越しに外を確認したトーマは、店の奥にいるルカに声を掛けてから扉を開いた。
立っているのは立派な鎧姿の騎士。それが王国騎士団の鎧だとトーマは知っていた。騎士の背後、通りには馬に乗ったままの数名の騎士と小さな馬車。
騎士は少年然としたトーマの人畜無害そうな顔を見て一瞬だけ言い淀んだが、すぐに用件を告げた。
「イォール学園1年のトーマだな。出頭命令が出ている。このまま一緒に王城まで来てもらいたい」
そこにルカが作業用エプロンを着けたままの格好で慌てて出てきた。
「どういうこと?この子は私の弟子です。王城に呼ばれるようなことは何もしていません」
薬師ルカは王国騎士団の騎士と言えど蔑ろにできる存在ではない。彼女の回復薬で命を救われた仲間たちがたくさんいるのだ。
「ルカ殿。それが、教会より訴えがあったのです。この子がパレードの際に目撃された悪魔である可能性があるということでして・・・」
騎士も教会の訴えを何かの間違いだと考えているような口振り。
「トーマが悪魔だなんて、そんなわけがありません」
「ええ、そうかもしれませんが、」
「かもじゃなくて、そうなんです! 」
「おそらくそうなんでしょうが、」
「そうです!」
「そうだとしてですね。これは正式な手順を踏んで出された出頭命令でして・・・どうでしょうか、王城で聖女様が直々に面通しをしてくださる手筈になっています。その場には我らも同席します。
ルカ殿。ここはお一つ協力して頂いて、一旦この子に王城で聖女に会ってもらったほうが、全てが丸く収まるというか、面倒は少なくなるのではないかと考えられます。どうかご協力をお願いします」
そう言って頭を下げる騎士。悪い人ではなさそうだ。
ルカは思案する。どうするのが最善なのか。
実は、教会もトーマのことを聖女が見たという悪魔だとは考えていない。エリックの襲撃に失敗し、その原因を探った所、エリックとクラスメイトのティックとトーマの2人が同じ馬車に乗っていたということがわかった。3人のうちの誰かが何かをした可能性が高い。さらにトーマが黒髪であることも知った教会は、悪魔の話を利用し、王宮に3人を捕えさせることにしたのだ。
「わかりました。僕は王城に行きます」
ここで騒ぎを起こしたらルカさんに迷惑をかけることになる。
「トーマ」
「ルカさん、大丈夫。僕は悪魔じゃないから、すぐに帰ってくるよ」
「それなら私も一緒に行きます」
「ルカ殿。申し訳ありませんが付き添いは認められておりません」
ルカは騎士を睨んだが、この場で騎士に反論しても意味がないことはわかっている。トーマをギュッと抱きしめた。
「トーマ。何かあったら私のことは気にしないで好きにしていいんだよ」
「心配しないで。きっと何もないから」
トーマに馬車に乗るように促した騎士はそれに気付いた。
「その腰の後ろのは・・・鎌?」
「草刈り鎌です」
「なんでそんなものを腰に差して・・・それはまあいい。しかし、王城に武器は持ち込めない決まりだ。置いていくがよい」
「わかりました。ルカさん預かっておいてください」
王城内の簡素な部屋に通されたトーマ。
騎士2人が付いているが、特に縛られたりしているわけではない。大人しくついてきた少年相手に、そこまでする必要性を感じなかったようだ。騎士たちは、役目に従っているだけで、教会の手先というわけではない。
「トーマ!」
扉の音に椅子から振り返ったティックはトーマの顔を確認して立ち上がった。
「おはようティック。今朝は災難だったね」
自分も同じ境遇なのに、他人事のように言うトーマ。
それまで青い顔をしていたティックは、そんな余裕のあるトーマを見て大きく息を吐いた。ドキドキしていたのが馬鹿らしくなる。そう思えば、捕まった理由も馬鹿らしものだった。ティックの心はすっと軽くなった。
「お母さんなんてショックでひっくり返っちゃったんだ。王城の騎士が僕を捕まえに来たんだから、それも僕が悪魔なんだって」
ティックは両掌を上にあげる。それを見ていた騎士たちは苦笑していた。
2人は声を上げて笑った。
そこへ同じく騎士に連れられたエリックが入ってきた。
「おはよう。なんだか賑やかだね。落ち込んでないようで安心したよ」
「おはようエリック。だって捕まった理由が理由だからね。聖女様が来たら間違いだったってすぐにわかる」
ティックの楽観的な意見に、貴族であるエリックは頷きつつも、これがそう簡単な話ではないと考えていた。悪魔なんて誰も見たことはない。だから悪魔かそうじゃないかなんて証明する手段がない。つまり聖女に嘘をつかれたら、それを否定する手段がない。火炙りにされてから間違いでしたと判っても、生き返ることはできない。2人を巻き込んでしまった。
騎士の1人が説明をはじめた。それは3人の中に悪魔がいるとは考えてもいないような口ぶりだった。
「3人とも椅子に座って。まもなく教会の神官長が聖女様を伴ってこの部屋にやってくる。失礼のないように。聖女様が君たちを確認し、この部屋を出るまで、君たちは黙って椅子に座っているだけでいい。何か質問はあるか?」
エリックが口を開いた。
「聖女様が確認した結果をその場ですぐには教えてもらえないの?」
エリックの言葉に騎士は頷く。軍務卿であるエリックの父は彼らのボスという立場になるのでさぞやりにくいことだろう。
「一応、手順としては別の部屋に移動してから結果を聞くことになっている。これは、万が一だが、3人の中に悪魔がいた場合に聖女様の身の安全を確保するための措置だ」
(つまり、聖女様が本当は何と言ったか僕たちにはわからない)
「その場に父上が参加できるように手配してもらいたい」
「うーん。何を心配してされているのかは理解できるが、我ら騎士からも数名が参加するので信用していただきたい」
エリックは引き下がる。騎士たちが敵側ではない。
ドアがノックされ、騎士の1人がゆっくりとドアを開いた。まずは神官長が部屋に入ってきて、その後ろから聖女が続く。
室内に入ろうとした聖女は椅子に座る3人の少年に目を向けた。その瞬間、聖女は気を失った。
「なっ!」
騎士の1人が慌てて聖女を抱き起す。部屋にいた騎士たちは予期せぬ事態に騒然となる。
聖女は騎士に抱き抱えられ運ばれていった。神官長も出ていった。
◇ ◇
王城の地下牢。
薄汚れたベッドに3人並んで腰かけている。まだ昼前だというのに、小さな明り取りしかない牢の中は薄暗い。
「薄気味悪い場所だね」
ベッド下の暗闇が怖いティックは行儀悪くベッドの上で三角座りをしている。
「父上から聞いたことがある。城の地下にある牢屋は貴族や役人など身分の高い者が罪を犯した時に入れられるんだ。普通に罪人は城の外にあるもっと汚い所に入れられるって」
「じゃあ、ここに入れたのはエリックのお陰だね。ありがとう」
トーマにお礼を言われてポカンといたエリック。
「いや、ごめん。そもそも2人がこんな目に遭ってる僕のせいだから」
「エリック、違うよ。悪魔だと思われたのは僕のせいだ。僕が2人を巻き込んでしまったんだ」
「えっ、どうして?」
トーマは指で自分の髪の毛を摘まみ上げる。
「この黒髪。黒髪の忌み子って聞いたことない?死を呼ぶ
子だって。僕はそれで3才の時に父親に捨てられたんだ。ウムサ正教がいう悪魔っていうのは僕の事だ」
自分のことを悪魔だとは思わないけど、死を呼ぶというのは実際にその通りだからね。
エリックははっきりと首を横に振る。
「トーマ。黒髪の忌み子の迷信を僕は知ってた。貴族たちの中に信じている奴らが多いのも知ってる。でもそういうのは本当の事じゃないって父上は言ってる。騎士たちにも、正義の担い手である騎士たるもの下らない迷信など信じるなと教えているって。
だから、何か言ってくる奴らはいるだろうけど、そんなのトーマは気にしなくていい」
(それで俺を連れに来た騎士たちは黒髪の事を何も言わなかったのか)
「うん。ありがとうエリック。僕を拾って育ててくれた師匠からもそう教えられたんだ。黒髪の忌み子は単なる迷信だ。父親がバカだったんだ、トーマは気にすることはないってね」
「立派なお爺ちゃんだね」
「えっ、お爺ちゃん?」
「トーマの師匠は引退した魔法使いのお爺さんだって」
「ああ、そう。うん、そうだよ。魔法使いのお爺さん」
((あっ、あれも嘘だったんだ))
「聖女様、どうしちゃったんだろう?」
「貧血か何かだろうけど、タイミングが悪すぎた」
エリックが両手で頭を抱える。
「でも騎士の人たちが僕たちは何もしていないって証言してくれてよかったね」
「うん、その点は助かった。トーマが無詠唱で魔法を使えることも知られていないようだ」
「そっか、無詠唱なら気付かれずに魔法が使えるね。まさか、トーマくん! 」
「何もしてない! 」
「だよね」
「聖女様、早く目を覚ましてくれないかな」
気を失った聖女は今もまだ目を覚ましていない。神官長を筆頭とする教会側の強硬な姿勢に王宮側が配慮し、聖女が目を覚ますまでの間、トーマたち3人は地下牢に入れられることになったのだ。
「明日には父上がなんとかしてくれると思う。本当に騎士たちの前だったのが幸いだった」
「一泊だけ。そう考えたらちょっと楽しいかも」
「ティック。いい性格してるな」
「良い商人になるにはいろんな経験が必要だからね」
((地下牢に入る経験はいらないよー))エリックとトーマは思った。
◇ ◇
教会の大聖堂の奥にある部屋。屋根の淵にちょこんと止まり羽を休める鴉に気が付く者はほとんどおらず、ましてやそれを不審に思う者は皆無だった。
「まだ明るいうちに急ぎ集まってもらい感謝する。
予定を前倒しし、今夜決行することとする!早急に準備を整えてくれ」
枢機卿の発言に騒めく一同。
「今夜ですか。軍務卿の動きは大丈夫でしょうか?」
「侯爵は地下牢に入れられた息子のことで手一杯だろう。お家の大事、最優先で処理しようとする。こちらの動きをどこまで掴めているのかはわからんが、今夜なら出し抜くことは容易いであろう」
「猊下、アガリエ男爵の件で報告がございます」
「なんだ」
報告の要点はこうだ。王宮に捕らえさせた黒髪の忌み子が、以前アガリエ男爵家に生まれた黒髪の忌み子と同じ名前トーマだった。年齢も同じ10才。昨晩の内にアガリエ男爵に伝令を出したので、今日の夕方には返事がくる。
「まさか、男爵が我らを謀り秘密裏に息子を逃がしたということはなかろうな?」
「こちらから送り込んだ女が妾としてうまく入り込んでおりますが、そのような話はなく・・・」
男は額の汗を拭った。そこに別の男が助け舟を出す。
「アガリエ男爵は敬虔な信者にございますれば、そのような心配は無用かと存じます」
「では、偶然か。しかし、そのような偶然は」
「アガリエ男爵は始末したつもりだったが、何らかの理由で逃げ延びていたという可能性もございます。こちらからの連絡を受け取った男爵は、自ら真偽を確認したいと考えるでしょう。おそらく今頃は急いでここに向かっているものと存じます」
「うむ。任せたぞ」
「はい。忌み子などという教会の権威に影を落とす存在を生かしておくわけにはまいりません。必ずや始末いたします」




