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第015話 撃退


 翌日、朝からわくわくが止まらないトーマ。昨晩はいつも通りストンと眠りに落ちたが、朝は自然と早く起きた。朝食をいつもより早めに済ませたトーマは、わざわざ侯爵邸に赴き、エリックの登校を陰から護衛した。


 トーマから事情を聞いたルカは、トーマが侯爵を守るために魔法を使ってしまったことを当然のことだと許してくれた。

「悪い奴は徹底的にやっつけちゃいなさい。でも、関係のない人と街に被害を出しちゃだめよ」

 ルカはこの事件が片付くまでトーマの魔法使用を許可した。ルカはトーマに万一のことがあるとはま ったく考えていない。



 トーマがエリックから少し遅れて教室に入ると、エリックとティックが口論していた。遠巻きに心配そうに見ているクラスメイトたち。

 ほんの短時間にいったい何が?トーマは慌てて2人の間に割って入る。

「おはよう。どうしたの?」

 2人は一瞬だけ顔を見合わせ頷き合うと、ティックがトーマに説明する。そんなに仲が良いなら口論何てしなければいいのにとトーマは思う。


「トーマくん。エリックには話したんだけど、昨日あれから考えていて気が付いたんだ。犯人たちは侯爵に手が出せないとなったら、次にエリックが狙うと思うんだ! 」

 それで君も巻き込まれる予定なんだよ! トーマの中ではいつの間にか決定しているエリックとティックの本日の死因だ。2人の肩の黒い靄は昨日より濃くなっている。

 トーマが伝えたかったことを代わりに言ってくれたティックに全面的に賛同するトーマ。


 エリックの父である侯爵は、もちろんその可能性を考慮しており、登校するエリックの馬車には護衛が付けられていた。

「学園の中で襲われる事はないと思うんだ。危ないのは帰り道だと思う」

「うん。でも、それでどうして喧嘩になるの?」


「だから、今日も放課後は3人でエリックの家に行こうって言ったんだ」

「いや、僕と一緒にいるのは危険だから2人は来ない方がいい」

(そういうことか)

「エリック。昨日3人で一緒にするって決めたよね。それにトーマが一緒にいる方が安全だと思う」

 ティックは自分から危険に飛び込んでいくタイプには見えないが、やると決めた事でもうとっくに腹をくくっていた。これぞ商人魂。それに対し、馬車に護衛が付けられたことで身の危険を実感し、友達を巻き込みたくないと考えた優しいエリック。こっちは騎士魂。友達思いの2人であった。


 トーマはもちろんティックの味方をする。

「ティックの言う通りだ。名前も決めたんだから。3人でやらなきゃ」

「学園にいる時は一緒にいられる」

「エリック、じゃあ『聖なる剣』の名前を変えないと」

「どうして?」

「安全なところだけ一緒にいて、危険なところでは一緒じゃないなんて、そんなの『錆びた剣』だ」

「『折れた剣』でもいいね」

 ティックが調子よくのった。

「エリック。『聖なる剣』の3人はどんな危険があったって一緒にやらなきゃ」

「トーマくんの言う通りだ。エリック。僕はもうとっくに覚悟を決めているからね」


 エリックの目頭に薄っすらと光るものが見える。

「ありがとう」

 ガシッと手を取り合う3人。

 その様子を遠巻きに注目していたクラスメイトたちは、エリックとティックの口論を仲裁したばかりか、どういうわけかエリックと仲良くなっているトーマに羨望の眼を向ける。羨ましい。


     ◇     ◇     


 昨日からはじまったばかりの授業は、まだあんまり本格的な内容には入らずのんびりとした空気の中で放課後をむかえた。

 トーマたちが迎えの馬車まで来ると、鴉が舞い降りてきて馬車の屋根に止まった。御者が驚いて払おうとするが、屋根の上をバカにしたように跳びはねた。

「鴉」

 トーマは意識した低い声で鴉の行動を窘める。

「カァー」

 鴉は一鳴きだけすると、羽ばたいて飛んで行った。

 トーマはいつものように朝やってきた鴉にお願いして、教会の動きを見張っていてもらったのだ。鴉の報告は一鳴き、つまり教会は動いた。



 エリックとティックに続いてトーマも馬車に乗った。

 御者が丁寧に扉を閉め、馬車はゆっくりと動き出す。馬車の前後には馬に乗った侯爵家の私兵が2人ずつ警護の配置についている。


 襲撃を警戒する馬車は、いつもは通らない大通りを進んだ。目立つから襲撃者は手を出してこないだろうという判断。

 それに対し教会側は目立つという欠点よりも、通りを歩いている人が多く馬車の速度は遅くなるという利点を優先した。


「あっ、この先で待ち伏せされてる」

 襲撃があるとわかっていたトーマは、しっかりと周囲の気配に注意していた。

「えっ、待ち伏せ?本当にエリックが狙われてるってこと?」

 トーマに聞き返すティックをエリックが遮る。

「それよりも、どうしてわかるの?」

「あっ、えっと、魔法かな?」

((えっ、魔法じゃないの?))


「まあいいや。どうしようかトーマ」

「その前に馬車を止めてもらわないと、護衛の人たちが攻撃されるんじゃ?」

 ティックの指摘にエリックが慌てて御者に声を掛けようとする。

「待って。エリック。ここで馬車を止めても、敵は攻撃をしてくるだろうし、関係ない人たちを巻き込むことになる」

 関係ない人を巻き込んではいけない。ルカの助言が役に立った一瞬である。


「じゃあ、どうする?」

「ちょうどいい魔法があるんだ。このまま馬車はこのまま進めて」

「護衛の者たちに伝えるよ?」

「それも大丈夫。このまま何も知らない振りして進むだけでいい」

 トーマは無詠唱で魔法を唱えた『深淵の陰幕』。

 透明の幕が馬車と前後の護衛たちをまとめて包み込んだ。



 大通りに面した建物の上階、両側から襲撃者たちの狙いすまされた矢が御者と護衛の兵士たちに放たれた。圧倒的に有利な上方からの奇襲。

「えっ!?」

「矢が消えたぞ?」

「何が起った。魔法か?」

 言った者にも確信はない。見えない障壁に弾かれたわけではない、ほとんど直線状に飛んだ矢が空中で忽然と消えた。そんな魔法の存在は知られていない。


「このままでは素通りされる」

「軍務卿を守っていたという凄腕の魔法使いかもしれません。ここは同じ魔法使いである私が」

 黒いローブ姿の男は詠唱する、『火炎の壁(ファイアーウォール)』。

 馬車の足止めと同時に前方の護衛2人を始末しようと、護衛を巻き込むように魔法は放たれた。人通りの多い大通り、たまたま居合わせた人たちをも巻き込む強硬。


 シュッ


 『火炎の壁(ファイアーウォール)』は発現と同時にトーマの『深淵の陰幕』に吸収され消滅した。

「どうした?」

「早くしないと間に合わないぞ」

「いや、もう魔法は唱えたんだが・・・」

「魔法に失敗したのか?」

「そんなはずはない」

 襲撃者たちには何が起っているのか理解できなかった。


 エリックとティックは馬車の小窓から外の様子を伺っている。

「トーマ、この分だと襲撃を受けずに大通りを抜けそうだが・・・」

「護衛が付いているから諦めたのかな?」

「もう襲撃されたよ」

「「えっ!?」」

 馬車の御者と護衛たちは、襲撃を受けたことさえ気付かずに大通りを抜けた。



 エリックたちを乗せた馬車は、貴族の邸宅が並ぶ閑静な街並みに入る。護衛たちの緊張感が高まる。昨日、侯爵が襲われたのは貴族街でのことだった。


 前方の脇道から黒いマントに身を包んだ如何にも怪しい集団が飛び出してきた。

 その数20人以上。奇襲がよくわからないまま失敗した襲撃者たちは、多少の犠牲は覚悟し、数に任せた力業で確実に任務を果たすことにした。


「敵襲だ! 」

 前方の護衛の1人が声を上げて、後方に伝える。

「まずい、数が多過ぎる。俺たちが時間を稼ぐから引き返せ」

 護衛が素早い判断で御者に指示を飛ばす。

 しかし武器を構えた襲撃者たちが通り一杯に広がり全力で走ってくる。2人で防ぐには限界がある。


「エリック様、襲撃を受けています。敵の数が多く、護衛が防いでいる間に逃げます」

 御者は連絡用の小窓を開けエリックに状況を説明しながら、大慌てで馬車を止め、既に方向転換をはじめている。その腕は一流なのだろう。

 後方の護衛たちも馬車を追い越して前に出ていく。

「トーマ! 」

「大丈夫。もう対策してある」

 待ち伏せに気が付いていたトーマは、大通りからそのまま張りっぱなしにしていた『深淵の陰幕』を前方に壁を作るように変形させていた。


 馬上で槍を構える2人の護衛に襲い掛かる襲撃者たち。

 武器が届く間合いに入る直前、襲撃者たちが次々と消えていった。後続の襲撃者たちは突然消えた仲間たちに戸惑い立ち止まる。


 護衛たちは訳が分からないものの、この好機を逃さない。槍を構えて立ち止まっている襲撃者たちに突進を掛けた。

 しかし、武器が交わることはなかった。護衛の2人が近づいただけで襲撃者たちはふっと消えてしまった。


「どういうことだ?」

「もしや幻術の類か」

 常識的な護衛たちは、まさかトーマの魔法で人が消えたとは考えられない。幻術で人がいるように見せられたと考えた。

 さっきのが幻術なら、それは陽動のため、つまりこの後に奇襲がある。優秀な護衛たちはすぐさま体勢を立て直し、周囲を警戒する。


「・・・・・」

「どういうことだ?」

 幻術で混乱させるだけで何も仕掛けてこない。首をひねる護衛たち。

しかし、この場に留まっているのは愚策。周囲への警戒を厳にしつつ、侯爵邸に急いだ。



 馬車の中ではエリックとティックがトーマの魔法に興奮を隠せないでいた。

「すごい!どうやったの?」

「敵はどうなったの?どうして消えちゃったの?」

「えっと、簡単に言うと、遠くに飛ばした・・・」

 トーマの説明で、エリックは消えた襲撃者たちはこの世界のどこか離れた場所に飛ばされたと考えた。

「それって転移魔法!」

 失われた古代魔法だ!興奮するエリック。


「転移魔法とは違うかな、自分は飛ばせないし、行き先も同じだから」

 あれに吸い取られたものは深淵に行きつくってタヒネが言ってたしね。地獄への片道切符。戻ってくることはない。

 トーマは転移魔法も使えるので、2つがまったく違う魔法だと理解している。

「僕も飛ばせるの?」

 ティックが興味本位で聞いた。

「出来るけど、やらないほうがいいかな」

(帰って来れないから)トーマがティックの顔をじっと見つめる。

 ティックは慌てて両手を横に振る。

「違うよ。飛ばして欲しいってことじゃないよ。行き先が1つならさっき飛ばした敵がみんなそこにいるんだから」


     ◇     ◇     


 夕方。イケントー侯爵からの帰り道、昨日と同じようにティックと分かれトーマが1人になったタイミングで鴉が舞い降りてきた。


「やあ。教会はまだ諦めてないんだよね」

「カァー」

「やっぱりね。襲撃者を撃退したのに、2人の黒い霧が消えなかったんだ。薄くなったから死ぬのは明日に延期になった」

「カァー」

「また襲撃してくるの?」

「カァーカァー」


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