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第013話 陰謀


 侯爵邸からの帰り道、ティックと分かれたトーマの元に鴉が降りてきた。


「やあ。めずらしいタイミングだけど、何か用?」

「カァー」

「今日はずっと後をついてきてたの?」

「カァー。カァーカァー」

(えっ、はいといいえ。新しいパターンだ)

「・・・途中までついてきてたってこと?」

「カァー」

 正解。侯爵が襲撃された所まではいたよね。のんびりと旋回していたのを見たもの。あっ。トーマは閃いた。


「もしかして、侯爵を襲った犯人たちの後を追いかけたの?」

「カァー」

「じゃあ、犯人たちの居場所がわかる?」

「カァー」

「おお、すごい。もう遅くなってるから一旦戻ってルカさんに事情を説明しよう。その後に案内してくれる?」

「カァー」

「よろしくね」


※    ※


 夕食後、鴉の案内で王都を疾走するトーマ。

 秋になり日が短くなってきたとはいえ、まだ空にはいくらかの明るさが残っていた。襲撃犯のアジトを確認に行くのだから、もっと遅い時間にとは考えない。少年トーマは眠くなる前に用事を済ませて帰って来るつもりだった。


「えっ、ここ?」

「カァー」

 鴉が案内したのは王城のすぐ近くにある巨大な教会だった。フリケナ王国におけるウムサ正教の総本山。その敷地はイケントー侯爵の邸宅よりも広い。

 ウムサ正教は国教であり王国各地の主要都市には必ず教会が建てられている。加えて、ウムサ正教はフリケナ王国だけでなく国家を跨いで大陸中に広く影響を及ぼしている。発祥地とされるウムサ正教国では教皇が国の支配しているのを筆頭に、各地で政治に深く食い込んでいた。


 鴉の後を追って躊躇なく教会の敷地内に侵入するトーマ。超越者クラスの身体能力を持つトーマにとって、敷地を囲う高い壁を飛び越えるのは簡単なことだ。

 大聖堂の奥にある広い部屋。トーマは窓からこっそりと中の様子を覗く。


 8人の聖職位の衣を纏った男たちが大きなテーブルを囲んでいる。

「侯爵の暗殺に失敗したとは。それも侯爵に近づくことさえ叶わなかったというが・・・」

「イケントー侯爵家は武門の名家であれば、侯爵本人はもちろん周囲の者も手練ればかりでして、生半可な者では役目を果たせません。それに護衛の中には凄腕の魔法使いもいたようで・・・」

(あっ、僕のことかな。手練れだって、ふふふ)

(カァー)


「手練れの魔法使いだと。軍務卿という役職を考えればそれくらいの警備が付けていて不思議はなかろう。情報収集を怠ったな」

「いえ、事前に収集していた情報では、そのような護衛の存在はなかったのですが」

「まあまあ、お2人とも終わったことに割く時間はそのくらいにしておきましょう。時は迫っています。これからどうすればよいか。それを決めましょう」


「一度襲撃を受ければ相手も警戒するでしょう。次は更に難しくなります。この際無理はせず、軍務卿など放っておいても問題はないのではないでしょうか?」

「ならん。墓地の一件がある。予期せぬタイミングだったとはいえ、あの数のアンデットがあのようなハンター風情に倒されたとは信じられん。情報を掴んでいた軍務卿が秘密裏に部隊を動かしたに決まっておる」

 ・・・ん?墓場のアンデットってあの時のだよね。

 軍務卿が秘密裏に部隊ってどういうことだろう?


「しかし、いくら調べてもそのような形跡は見つかりませんでしたが」

「だからこそ警戒せねばならぬのだ。ともかく軍務卿は侮れん」


「しかし、よい情報もあります」

「我らが復活させた核となるアンデットが他のアンデットたちを蘇らせるまで相応の時間がかかると予想されていましたが、実際にはかなり短い期間でアンデットの軍団が生まれています。それも多数の上級アンデットまで生み出されております」

 うん。それは僕が墓地に近づいたせいだね。

 でも核となるアンデットを復活させたって、あっ、ディラムたちが調査依頼を受けたってやつかな。

(カァー)


「王都がアンデットの軍団に襲われ、住民たちに多くの犠牲が出る。復興の名のもとに教会が人々に救いの手を差し伸べる。

 ドラゴンを退治した英雄の子孫だというおとぎ話を妄信し、教会の力を蔑ろにするこの国の王族と国民に我らの必要性を知らしめるには必要なこと。これは神の使途である我らに託された崇高な使命なのだ」

「墓地のアンデットは軍務卿の手により鎮圧されてしまった。忌々しいアンデット退治の英雄まで誕生してな。

 次は確実に成功させなけばならない。侯爵を始末した後に、核となるアンデットを王城の地下で復活させるのだ」

「墓地じゃなくて大丈夫なのでしょうか?」

「王城の下には過去の戦乱で犠牲になった数多の屍が埋まっている。アンデットの材料には事欠かん。それに、内部からアンデットの大群が湧けば、王族の権威は失墜しよう」


「しかし、聖女を犠牲にするのは些か気前が良過ぎるのでは?」

「いや、あれはもう使えまい。最近では、パレードで悪魔を見たと吹聴している始末」

「我らが復活させたアンデットは墓場で倒されていたことが確認できています。王都内で悪魔などと、あの小娘はいったい何を見間違えたのでしょうか」

「アンデットに襲われ尊い犠牲となることで、教会の役に立ってもらおう」



「まずは侯爵の始末だが、侯爵自身に手が届かないとするなら、搦め手で行くしかなかろう」

「侯爵には息子がいたはずだな」

「はい、エリックという10才の男の子ですが、ちょうど良いことにこの秋からイォール学園に入学しており、通学経路で拉致する機会は十分にあります」

 ・・・思った通りになった。とにかく明日エリックとティックを守らないと。教会の陰謀をどうこうしようとはまだ考えていないトーマである。


『おい! そこで何をしている!!?』

 トーマを誰何する大声に、室内にいた8人が一斉にトーマが張り付いていた窓を見る。

 トーマは間一髪で壁に身を隠した。


(見つかっちゃったか。どうしようかな・・・そうだ)

「カァーカァー!! 」

 トーマは無詠唱で魔法を唱えた、『漆黒の波動』。

 バタッバタバタッ。

 人が倒れる音だけが静かな室内に響いた。

 トーマはほんの少し覇気を練り込んだ魔力の波動を飛ばし、半径100メートルの範囲内にいる全ての生き物の意識を瞬時に刈り取ったのだ。かなり手加減したとはいえ超越者級のトーマの覇気を練り込んだ『漆黒の波動』を受けて意識を保っていられる人間はいない。


 誰かが見ていたことを知れば、明日のエリックとティックへの襲撃が中止になるかもしれない。それは困る。

 3人でがんばって敵を撃退する楽しみがなくなってしまう。

 トーマは全員を気絶させ、全てをなかった事にした。


「ごめんね」

 巻き込まれてこてっと倒れていた鴉を丁寧に両手で拾い上げ、トーマは教会を後にした。



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