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第012話 襲撃


 イォール学園の新学期。

 入学式を無難にこなしたトーマだったが、クラスに分かれてのオリエンテーション、そのはじめに行われている自己紹介で困惑していた。

「エリック・フォン・イケントー。イケントー侯爵家の長男です。所領は南部にありますが、在学中は王都の別邸から通います。特技は・・・」

 立ち姿も凛々しい金髪の少年。侯爵家の跡取り息子だと明かしたことで、平民の生徒たちは騒然となっている。

 トーマが見つめるその肩には黒い靄を纏っている。もう1人、ティックという商家の長男も同じく肩に黒い靄が見えている。目を細めたり、大きく開いたりしてみたが、黒い霧は消えてくれない。


(2人とも元気そうだから、事故かな・・・。黒い霧はまだ薄いから今日はまだ大丈夫。死ぬのは明日くらいかな。

 いきなり2人も同級生が死んじゃうのか)

 簡単に納得しかかったトーマだったが、ルカの言葉を思い出した。

 困っている人がいて、それをトーマが助けられるなら助ける。タヒネ病とやらの治療らしい。

(死ぬのは困ることに含まれるのだろうか?・・・でも、とりあえず、助けたら友達になれるかもしれない)

 友達を作るというのもルカから与えられている大切な課題だ。


 2人を助けてみようと決めたトーマだったが、良い方法が思い浮かばない。

(明日事故で死んじゃうかもしれないから気を付けてね)って注意してみる?トーマは首を振った。それじゃあ完全に変な子だ。


 結局、その日、トーマは授業に全然集中できなかった。

 なんかぼんやりしてるのに急に首を振ったりする挙動不審な奴、とクラスメイトから距離を置かれてしまったことにも気が付かない。



 放課後、ティックのほうからトーマに話しかけてきた。そしてエリックも一緒だ。

「トーマは薬師なんだね。てっきり魔法使いだと思ってたよ」

 魔法使い?どうして?突然のことに頭が真っ白になるトーマ。

 特異な環境下で育ち、これまで一度も同年代と会話したことがなかったトーマは、子供にありがちな前置きなしの急な振りに免疫がなかった。

「えっ、えっと、ティックとエリックだよね。黒いき・・・じゃなくて、何か用かな」


「この前、王都近くでうちの商会の荷馬車がオークに襲われたんだ。助けてくれたのトーマくんだよね。あの時は危ない所を、どうもありがとうございました」

 ディックが深々と頭を下げる。


 トーマとルカが素材森からの帰りに見かけた荷馬車、あの荷台から覗いていた少年がティックだった。荷馬車を追う3頭のオークを、トーマはサクッと退治した。

「えっと・・・えっと、とりあえず頭をあげて」

 トーマの頭の中に浮かんでいたのは、学園在学中は魔法禁止というルカとの約束。


「同い年くらいの黒い髪の魔法使い。御者たちは逃げるのに必死で助けてもらったことにも気付かなかったけど、僕、荷台から見てたんだ。そしたら同じクラスにいるからびっくりした」

 ティックの説明のお陰で、トーマの中でようやく理解が追い付いた。


「それは・・・そう。黒い髪なんて僕の他にもいるだろうし。いや、いないのか。いないかもしれないけれど、いるかもしれないし」


 ここまで黙って様子を見ていたエリックが口を挟む。

「でも、3頭のオーガをいっぺんに倒す少年魔法使いはありえないよ。今年の特技・魔法の審査で1番だったヴェラリスでも、オークには敵わない」

 事前にティックから話を聞いていたエリックは、ティックの話を信じてはいなかった。

 普通に考えればあり得ないことだ。それなのに、目の前のトーマの様子がなんだかおかしいので、エリックは自信がなくなってきていた。


 エリックの言葉にトーマはコクコクと首を縦に振る。ここはもうティックの見間違いで押し切ろうとトーマは考えた。


「でも、あれは絶対にトーマだった。見間違えじゃない」

 ティックのいつにない強い言い方にエリックは少し驚くが、トーマはティックに睨まれ口を半開きで頭を掻いて照れている。

 さっきからわかりやすく怪しい。

 そしてトーマが一言も否定はしていないことにエリックは気が付いている。

 エリックはトーマに鎌をかけてみる。

「確かに、黒髪という特徴は、わかりやすくて見間違えるのは難しいかな・・・ねえ、トーマ」

「えっ、そうかな・・・黒髪なんて・・・」

 狼狽えるトーマ。


「・・・何か事情がありそうだから。こうしよう。この後2人ともうちにおいでよ。それならトーマも話しやすいだろう」

「わかった」

 エリックの誘いに、トーマはのることにした。もう黒い霧の方を先になんとかしよう、とトーマは考えた。 




 エリックの迎えは侯爵家が所有する2頭引きの豪奢な箱馬車だった。

 ティックとトーマが一緒に乗っても十分に余裕がある。移動中に説明してくれたが、ティックの家は大通りに店を構える大店だが、王都にあるのは支店で本店はイケントー侯爵領にあった。侯爵家の長男と、地元の領地で手広く商いをしている商家の長男。エリックとティックは小さい頃から何かにつけて顔を合わせていた。

 10才とはいえ商家の長男、将来を見据えティックはエリックと一緒に行動することにしている。2人が同じクラスになったのも、どこからか力が働いた結果だろう。


 イケントー侯爵家の王都別邸は、王城に近い貴族の邸宅が集まっている区画にある。

(場違いなところに来ちゃったな)

 馬車の小窓から立ち並ぶ立派な屋敷を眺めて思うトーマ。隣で同じようにそわそわしているティックの存在が心強い。


 馬車は一際広い敷地の前で停車した。外門を警備する2人の衛兵が、お坊ちゃまの帰りを知り、慌てて門を開く。

 そこに、通りの反対側から、大きな音を上げながら馬車が激走してきた。御者は余程急いでいるのか、馬に何度も鞭を当て、こちらに向かって何かを叫んでいる。


 馬車の小窓に顔を寄せる3人。

(退け?賊だ?)

 よくわからない。

「父上の馬車だ!襲われてる!! 」

 はじめに状況を理解したエリックが声を上げた。

 馬車の後方に別の馬車が現れ、その馬車から弓で攻撃を受けている。


 エリックたちを乗せた馬車は急いで門の中に退避しようとするが、一度停止した馬車はそれほど急に動き出せない。

「このままだと、ぶつかる?」

 ティックは案外冷静に状況を見ていた。追われて逃げてくる馬車はきっと屋敷内に逃げ込むつもりだろう。大きな門だが馬車2台が同時に入れるほどではない。それも片方はかなりの速度で突っ込んでくる。


 トーマは迷わなかった。無詠唱だから誤魔化せると考えたわけではない。

 ルカとの約束をさっそく破ることになるが仕方がない。トーマは魔法を使った。


 追われる馬車と追ってくる馬車、2台の馬車の間の地面が突然盛り上がり、通りの幅いっぱいに土の壁ができた。

 小窓からその様子を確認していたトーマの目に、上空をのんびりと旋回する鴉が見えた。トーマの後を追ってきたのだろう。


 追われていた馬車は速度を落とし、2台の馬車はぶつかることなく、侯爵家の敷地内に入った。すぐに門は固く閉じられる。

 トーマたちを乗せた馬車は静かに敷地内を進んだ。さっき魔法についてエリックは何も聞いてこない。ティックもそれに倣っている。

きっ、気まずい。トーマの背中を冷たい汗が流れる。




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