第011話 試験
イォール学園の入学試験当日。
会場には地元では英才・秀才と期待されている少年少女が王国中から集まっている。貴族の子弟は試験免除なので、今日来ているのは平民だけだ。
出身地から王都までの距離と合格率は比例するのは、そこに掛る手間と旅費を考えると当然だろう。特に王都では、ちょっとイイトコの子供たちは記念受験をするので、王都出身者の合格率はダブルスコアーで低い。
午前中に実施された筆記試験でトーマは十分な手応えを得ていた。トーマが家を出る時間に合わせて駆けつけ応援してくれたロヴィーサの期待には応えられそうだ。
トーマは学園に通う間も、出来る範囲で薬店の手伝いをするつもりだ。朝の準備と夕方の片づけくらい十分にできる。それを知ったロヴィーサは、どうにか理由を付けてトーマが店にいる朝一番に補充業務ができるように画策したが、朝一番が忙しいハンターギルドにあってそれは無理な話だった。
午後の特技審査。商家の子供は免除されるので、特技審査を受けるのはそれ以外の者だ。
1学年およそ200人の4分の1が貴族、3分の1が商家、残り90人弱を選ぶための特技の審査だが、その倍率はおよそ3倍。
特技・魔法で審査を受ける者が最も多い。自分の実力が他者と比べてどの程度なのかがわかりやすいからだろう。必然的に全体の倍率を押し下げている。
この世界で魔法が使える者は少数だ。魔力があるものはそこそこいるのだが、日常に役立つレベルの魔法が使えるものは50人に1人程度しかいない。それも火種を出せるとか、水を少し出せるといったレベルでしかない。
特技・魔法と胸を張れるような、鍛え上げれば将来は魔法使いと称されるような素質のある者はそのまた50分の1だ。
特技・魔法でイォール学園に入学した生徒の多くは、卒業後に王国軍へ入る。少数の変わり者たちがハンターなどになる。
特技・薬師で審査を受けるトーマが指定された部屋に行くと、他に8人の受験生がいた。9人というのが多いのか少ないのかトーマにはわからない。
倍率通りならこの9人のうち合格するのは2人か3人だが、実際には特技・薬師の受験生は、筆記試験が平均以上であれば、特技審査で余程の失敗をしない限りは合格となる。
魔物の脅威があるこの世界で、薬師というのはどこの国でも出来るだけ多く確保しておきたい職種だった。そのような試験の裏事情をルカとトーマは知らない。偶然である。
審査を担当するのは2人で、1人はこの学園の教師ダーレで薬師ではない。もう1人は王宮から来ている薬師リアン。
トーマを含めた9人は、2つの大きなテーブルに分けられ一斉に実技審査を受ける。素材は学園が用意したものを自由に使え、それぞれが得意とする回復薬を作る。
試験がはじまり一斉に作業に取り掛かる受験生たち。その中でトーマだけは、素材とにらめっこしたまま手が止まっている。
(むむむ、これはちょっと予想外。どうしよう)
気が付いた試験官役の教師ダーレが声をかけた
「えっと、トーマだな。もう審査ははじまってるぞ。どうかしたのか?」
「ポーションを作りたいのですが、よい素材がなくて」
テーブルの上に並ぶ素材はどれも質が悪く、更に劣化してしまっているものまである。
「ポーションの素材ならテーブルの上に全て揃ってる」
「これではダメです」
「そんな事を言って、本当はポーションの素材がどれかわからないんじゃないか?たまにいるんだ、練習を素材が揃った状態からしかしたことがなく、素材を選べない奴が」
話が通じない。ダーレの言葉に肩を落とすトーマ。
2人のやり取りを聞いていたリアンが、トーマの受験票を確認して気づく。
「ああ、君はルカ殿の弟子ですか」
リアンとルカは知り合いだった。
「はい」
「うーん。じゃあトーマくん。まずは、素材の質には目を瞑って、ポーションの素材を選び出してもらえるかな」
トーマはテーブルに並ぶたくさんの素材の中から手早くポーションの素材を抜き出した。迷いないトーマの手付きでリアンは確信する。
それを見てダーレが鼻から息を吐く。
「なんだ。出来るじゃないか」
(出来ないよ。こんな素材じゃきちんとした効果のあるポーションは作れない)
「トーマくん。これは作業の手順や手付きを見るための審査ですから、素材の質は気にせずそれでポーションを作ってください」
(なんだそういうことだったんだ)
リアンの言葉に納得しトーマは作業をはじめる。
しばらくその様子を眺めていたリアンは笑みを浮かべた。
「うん。ルカ殿には及ばないが、丁寧で無駄のない動きです」
「どういうわけだったんですか?」
ダーレがリアンに尋ねる。もちろんトーマの事だ。
「ああ、薬師ではない先生にはわからなかったですよね。彼の言う通りなのですよ。予算の関係でこの審査用に用意した素材はどれも使い残しで、劣化して使えないものも混じっています」
「他の受験生たちは気にしなかったようですが?」
「気にしなかったのか、気付かなかったのかはわかりません。ただ、トーマくんは素材の劣化を見抜き、薬を作っても十分な効果が見込めないことまでわかっていた」
リアンの推測は半分だけ正解だ。素材が劣化する前であったとしても、用意されていた安価な素材ではルカの要求水準を満たしていない。
審査が終わり片付けをしているとき、ダーレが呟いた。
「惜しいですな。9人の中では頭一つ抜けた技量があるのに」
「惜しいとは?」
リアンが反応する。
「髪の色ですよ。黒髪。王城務めのリアン殿ならご存じでしょう。あれはいけない。貴族たちは迷信を気にしますから。貴族の子弟が多く通うこの学園に平民の忌み子を入れたら余計な騒動を招きますよ」
つまりトーマは不合格になる。ダーレの説明にリアンは思案顔で頷いた。
◇ ◇
王城に戻ったリアンは急いで王宮の薬師長に相談した。
「あのルカ殿に弟子がいたとはな」
王都の薬師でルカを知らない者はいない。ルカの作る回復薬の効果はそれだけ優れており、王宮の薬師長でも敵わない。
「もちろんそれも驚きなのですが、その弟子がイォール学園を受験し、実力は申し分ないにもかかわらず、黒髪が忌み子という迷信のために不合格になりそうだという現状が問題です」
「困った話だが、貴族たちが反対するというなら致し方ないだろう」
迷信という曖昧な理由でどのような反応が出てくるのか予想は難しいが、避けられる混乱なら避ければ良い。
薬師長の反応にリアンは首を振った。
「ルカ殿が問題なのです。あのルカ殿のことですから、迷信を理由に弟子が不合格になったと知れば、王宮に怒鳴り込んでくるでしょう」
「学園でなく王宮にか」
「ええ、ルカ殿は無駄を嫌います。直接貴族たちの親玉、つまり国王陛下と話を付けようとするでしょう」
「そうなれば、どちらに転んでももはや損にしかならないということか・・・」
リアンの言おうとすることを薬師長は察する。薬師とはいえ王宮で生きるにはこの程度の政治的感覚は必須だった。
「はい、その通りです。仮にルカの要求が通れば、陛下は貴族たちから弱腰だと非難されるでしょう。逆に陛下が要求を突っ撥ねれば、ルカ殿はこの国を見限る可能性が高いかと」
こんなことでルカという鬼才を失うのは馬鹿げているとリアンは考える。
王宮薬師長ともなれば役職柄、国王陛下をはじめ貴族への伝手も多い。どのルートを頼るのが最も平穏に事を収められるのか。それを悩む薬師長であった。
「わかった。なんとかする」
どの伝手を頼るにせよ誰かに貸しを作ることになる。さて、その貸しはどちらが返してくれるのだろうか。ルカか、トーマという黒髪の忌み子か。




