第010話 薬師の弟子
イォール学園に入学して友達を作るべし!とルカに言い渡されたトーマ。
本当は貴族の子弟コースで無試験のトーマだが、王都では身分を詐称し平民として暮らしているため、平民が受ける難関試験を突破しなければならない。
筆記試験に関しては、魔導書を読みこなす前段階としてタヒネからスパルタ教育を受けたトーマなので基本的には心配ない。ついでに人間社会の常識を少しでも教えてくれていれば苦労は少なかったのに、とトーマは思う。
ただ、試験内容は王国の歴史や一般常識など多岐に渡るため、いくらかの詰め込みは必要だ。
問題は特技である。平民にとっては憧れのイォール学園は倍率が高く、筆記試験で高得点を取る者はかなりの数に上る。その中から合否を分けるのが特技だ。逆に言えば、筆記試験がいくら高得点でも何か一芸に秀でていないと落ちる。
これが、商家の子供であれば特技は必要なかった。ルカの薬店は個人商店ではあるが、大通りの大店にも引けを取らない程儲けているので、商家の子供規定には適合する。しかし、トーマはルカの親戚であって子供ではない。
『価格5倍!効果10倍!!!王家御用達ルカ印のハイポーション』の幟が店先で寂しく揺れている。
「失敗したぁー。こんなことならトーマを親戚じゃなくて子供で申請しておくんだった・・・トーマ、今からお姉さんの子供になる?養子」
何故だか嬉しそうなルカに若干引き気味のトーマ。
試験の少し前にやってきた親戚を養子にして受験させる。貴族なら普通にありそうなものだが、平民でそれをすると悪目立ちすること間違いない。
「エマさんは特技・魔法の特別枠で授業料も免除だったと言ってましたよ。僕も魔法ならそれなりに使えます」
考え込むルカ。
それで決まりだと思っていたトーマは戸惑う。
「魔法はね・・・禁止にしましょう。トーマはイォール学園在学中に魔法を使ってはいけません! 」
ルカが右手の人差し指をピンっと立てた。
「えっ、どうして?」
「トーマ。さっき言ったそれなりにって謙遜じゃなくて本心でしょ。それが理由よ」
「そんな理由? 」
「いい事トーマ。トーマとはまだ短い付き合いだけど、私はトーマが生まれる前からタヒネ師匠の弟子なの。だからタヒネさんの魔法が如何に常識外れなものか、それもうよぉーーく知ってます。
だからタヒネさんから習ったトーマの魔法も常識外れに違いないの。
イォール学園でいけ好かない貴族のお坊ちゃまにトーマの怒りが爆発して王都が消し飛んだら困るの。そんなことになったら、私の大切なこのお店も一緒に無くなっちゃうのよ。
大き過ぎる力はその人をダメにしてしまうことがあるの。特にトーマのように世間を知らずに育った子供には危険です。
だから、これは私にしては滅多にないことにみんなのためになる良い判断なのです。姉弟子からの命令です。約束して下さい」
命令だけど約束してというルカの眼差しは真剣だった。弟弟子を想う姉弟子の愛情。理由に若干の突っ込みどころがあるものの、そこは聞こえなかったことにしてトーマはルカに約束した。
そもそも収納魔法や飛行魔法のこともあり、自分の魔法レベルが人間基準からすればかなり高いことをトーマは既に自覚している。しかし、タヒネを知るトーマにとって、自己評価はどうしてもそれなりにになる。
外の世界の常識に慣れるまで魔法を使わない方が良いというルカの意見は、トーマにも納得できるものだった。
ルカはフーっと息を吐いた。
「よかった。これで私の店も安泰よ」
台無しである。
「トーマには回復薬の作り方を教えてあげるわ! 」
「どうして? 」
「基本的な回復薬をいくつか作れたら特技としては十分よ。トーマくんなら数日もあれば作れるようになるよ。それでいい? 」
「うーん。わかった。よろしくお願いします」
「ふっふっふ。これでトーマくんは弟弟子から弟子にレベルアップね」
両手を腰に当てて胸を張るルカ。初弟子ゲットである。
レベルダウンではないだろうかと思ったトーマであった。
◇ ◇
ルカに弟子入りして数日。
トーマは店が忙しい午前中と夕方以降は店番をして、昼食後の数時間でルカから回復薬作りを仕込まれている。ポーション、毒消し薬、止血薬の3種類だ。
はじめに実演してくれたルカの薬作りは、細部まで気を配った驚くほど丁寧な作業で、それはまるで違う作業だが、そこにはタヒネが古代魔法の積層型魔法陣を積み重ねていくのを見るような懐かしさがあった。そして、ルカは指導も丁寧だった。
短い時間で効率良く習得するためにトーマは3種の薬の調合をまとめて教わった。素材は作業場にあるストックから使用し、毎日3種類を作った。混乱したのは1日目だけで、トーマはすぐに出来るようになった。
トーマは薬を作るのが楽しかった。
幾世の間、死神として後始末だけをしてきた事を、トーマはもちろん覚えていない。それでもトーマは、よくわからないけれど、何かを作り出すことに新鮮な喜びを感じた。
元死神が転生先で薬師に弟子入りするとは、あの神様も想像しなかっただろう。
そして今日はルカの薬店の定休日。
薬師として一人前になるには、薬草の採集やその下拵えも出来なければいけない。
回復薬に使う薬草などの素材を集めるために、ルカとトーマは朝早くから王都の城壁の外に出た。
ルカとトーマがやってきたのはヨナバル大森林ではなく、王都の東側にある別の森だ。素材となる植物が豊富に生えているので、王都の薬師は大抵この森から採集する。薬師業界では素材森で通じる森だ。
大型の獣類や魔物が多くはないが生息しているので、ハンターの出入りもある。腕に自信のない薬師は、つまりほとんどの薬師は護衛のハンターを雇って採集に来るか、ハンターギルドに依頼を出してハンターに採集を代行してもらう。
採集代行に慣れたハンターでも専門家である薬師とは歴然とした差がある。
ハンターに素材採集を代行してもらうのは、大量生産の大店で、コスト重視で作られた回復薬は低ランクのハンターや兵士たちに喜ばれる。
「トーマ。この葉がポーションに使うパナク・ジンセだからよく覚えておいて」
エマの説明に首をひねるトーマ。その名称の素材とは似ても似つかない。
「うん。見覚えはないはずだよ。使うのは根で、あの茶色い粉末になる。注意点は丁寧に周囲の土を掘って収穫すること。引っこ抜いたら傷から悪いものが入るから、うちの素材としては使い物にならないよ」
ハンターたちは間違いなく引っこ抜く。自ら採集に来る薬師の中にも引っこ抜く者はいる。その小さな差に手間暇をかける程の価値はない、と多くの薬師は考えている。しかしそういう小さな差の積み重ねが、大きな差に繋がる。
トーマはパナク・ジンセの根を丁寧に掘り上げた。ルカは満足そうに頷く。
「次は、あれだね。プエラ・ロバ。あれは葉を採集するんだけど、注意点は葉だけを取らないということ、必ず茎の部分から切り取る事」
葉だけを採集すると街に戻る頃には萎れてしまう。そしてパナク・ジンセと同じく切り口から悪いものが入る。採集時には茎で切る。店に戻ってから清潔な刃物で葉を切り離す。そのひと手間を惜しむと、ルカの回復薬にはならない。
その後もトーマはルカ流の採集方法を教わりながら様々な素材を集めた。新しい事を学んでいる時は、あっという間に時間が過ぎる。
夕方、ルカとトーマは素材でいっぱいになった籠を背負って森を出た。予定の素材を漏れなく採集できたルカはほくほく顔だ。
素材森への細い道と大きな街道が繋がるY字路。そろそろ王都の城壁が見えてくるという地点だ。
王都へ向かって猛スピードで街道を走ってきた荷馬車。街道に合流するルカとトーマの目の前を通過した。荷馬車の荷台、幌の幕の隙間から後方を覗く少年。
「なんか慌ててるね」
「どうしたのかしら?あっ、オーク」
3頭のオークが荷馬車を追いかけていた。
「あれくらい倒せばいいのに」
「トーマ。倒せないから逃げてるんでしょ」
「あっ、そうか。でも本当に? オークくらい簡単に倒せそうだけど・・・」
「トーマ。簡単に倒せるなら、助けてあげましょう」
「えっ、どうして?」
「どうしてじゃないでしょ! 目の前にオークに追われている人がいるのよ。助けられるなら助けなきゃ」
「そんなもの?」
「あーっそう。そんなものよ。さあ早く」
ルカに急かされたトーマは無詠唱で土から槍を3本生成する。3本の槍は高速で打ち出され、それぞれオークの頭を貫いた。
「トーマ。あなたはタヒネ病よ! 」
人差し指をピンと上に伸ばすルカ。
「何それ?」
「幼少期から不死者の王タヒネに育てられた者だけがかかる恐ろしい病気。それがタヒネ病。身体とか心とか、力とか感性とか、色々なものがズレちゃってる病気よ! 」
(ルカさん、絶対に適当に言ってるなこれ)
「僕以外にもタヒネさんに育てられた子供がいたの?」
「いいえ、トーマがはじめてよ。だから発症率100%。
いいことトーマ、困っている人がいて、それをトーマが助けられるなら助ける。それは人として当たり前のことです。まずはここから治療していきましょう」
(助けられるなら助ける。それが当たり前。本当にそうなのだろうか? )ルカが周囲の人から変わり者だと見られている事にトーマは既に気が付いている。
「大丈夫。お姉さんに任せてなさい。完治させてみせる! 」
両手を腰に当てて胸を張るルカ。
「とその前に、帰ったらすぐに下処理よ。素材は鮮度が命!素材を採集する日はいつも徹夜になるんだよ」
(鮮度ね。それなら)
トーマは背負っていた籠を収納魔法で亜空間に移す。
「えっ?」
「前にも見ましたよね、収納魔法。亜空間なら時間が経過しませんから」
素材の鮮度が上がる。つまり回復薬の効果も上がる。
「おおぅ。おぅ。おおおおおーーーーーー!!! 」
ルカに抱き着かれて戸惑うトーマだった。




