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第009話 イォール学園


 王城にある一室。

 パレードで気を失った聖女はベッドの上で目を開いた。

 ゆっくりと覚める意識の中、あれが脳裏に浮かびあがる。


 死、憎悪、悲観、絶望。聖女である彼女の対極にある様々な陰のものが一塊になったような存在。黒い靄のようなそれでいて明確に意志のある塊が、沿道に立っていた。

 聖女はぶるりと体を震わす。


 聖女が視たのはトーマに宿る不死者の王(リッチー)タヒネの陰だった。都合の良いことに、その陰があまりにも強すぎて聖女はトーマの姿は捉えていない。


 聖女の報告は、王宮と教会、そしてギルド上層部だけの秘匿とされた。そのような存在が王都内に侵入していたと広がればパニックになるだろう。

 パレードに現れたことから、当然のようにディラムたちが退治したアンデットの軍団と結び付けて考えられた。配下のアンデットたちを退治されたアンデットの親玉がその敵を確認しにやってきたに違いない。

 ディラムたちに手を出さなかったことから、ディラムの勇士に恐れをなした、という楽観的な意見も出る。


 かくして、王宮とハンターギルドから謎の親玉アンデットの調査・討伐の密命に受けたディラムたちである。


     ◇     ◇     


 ルカの薬店は午後ののんびりとした空気に包まれていた。

 夕方、ハンターたちが仕事帰りに寄るような時間帯までトーマは暇といって差し支えない状況になる。


「邪魔するぜ」

 店にやってきたのはディラム、ヴァーニー、アレクス、エマだ。4人とも身に着けている防具や武器がちょっと豪華になっている。

 パレードから数日が経ち、墓場の一件から続いた騒動からようやく一息つけた4人である。もちろんルカの薬店にやってくるのも、ルカやトーマと会うのもあれ以来だ。


「いらっしゃいませ」

 トーマはカウンターの椅子から元気よく飛び降りる。

「ああ、あの時の坊主だな。ここで手伝ってるのか。ルカさんはいるかな?」

「はい。奥で作業をしています」

 誰だろうかと疑問に思いつつも、淀みなく答えるトーマ。


「・・・・・。ああ、ちょっと用事がある、呼んできてもらえるか」

「はい。呼んできます」

 元気よく奥に掛けていって、すぐ戻ってきたトーマ。

「えっと、どちら様でしょうか?」

 既に苦笑いを浮かべていた4人。

 知らない人が呼んでいるよ、相手くらい確認しなさい、というトーマとルカのやり取りが丸聞こえだった。



 ルカが奥から出てきて、4人にトーマを紹介した。別の街に住んでいた親戚をしばらく預かることになったという表向きの説明だ。ルカ以外誰も気にしていない事だが、親戚の子をではなく、親戚をだ。

 ディラムがじっとトーマの顔を見つめた。

(もしかして気づかれた?)

 トーマは焦る。あの時、3人までは問題なく気絶させられた。最後の4人目、ディラムの後ろに回り込んだその時、急にディラムが振り返ったのだ。ほぼ同時に気絶させたので、トーマの顔が認識できたとは思っていなかった。


「僕の顔がどうかしましたか?」

 トーマは確認する。気が付かれていたそれはその時だ。

「ああ、すまん。黒色の髪が珍しいと思ってな」

 ディラムの言葉にエマが少し慌てたように褒める。

「黒い髪というのもキレイだね」

「でしょでしょ」

 何故かルカが自慢げだ。

 エマは黒髪の忌み子の迷信を知っていたが、まだ子供である本人の前でそんな話を出さない程度の弁えはあった。

 この世界の基準では、30代半ばの4人からすれば10才のトーマは自分たちの子供でもおかしくない年齢だ。4人もトーマをその感覚で見ていた。


「それで今日はどうしたの?」

 ルカがディラムに尋ねた。

 ディラムたち4人は話し合い、あの場にいたルカに対しては関連の隠し事をしない方針で一致していた。理屈ではなく感がそれを是としていた。


 ディラムはルカに詳細を説明した。トーマに対しては秘密にするようにという口止め。

 その話の要点は2つ、アンデットの軍団がどうして退治できていたのかわからない事。親玉アンデットが王都で聖女に目撃され、その調査をディラムのパーティーが請け負っている事。


 ディラムの真剣な視線に、ルカはスーッと目を逸らす。嘘が苦手なルカである。

 ただ幸いなことに、真実を伝えても信じられないような話なので、黙っていて気づかれる心配は限りなく低い。

 逆の視点から見れば、感に従い一見無関係なルカに包み隠さず伝えることで関係者として引き込んでしまった思い切りの良さは、流石にAランクハンターともいえる。


 ルカの精一杯惚けた声が店内に響いた。

「そんなことがあったのねぇー。びっくり。ねえ、トーマ」

 そして、トーマに振るという失策。

 トーマは聖女が突然倒れたのを見ていたが、勘の良いトーマもまさか自分を見たせいで聖女が倒れたとは考えてもいなかった。

「ああ、そうだね。聖女が一目見ただけで気絶するなんてどんな相手なんだろうね。僕、想像もできないや」

 軽く流せばいいものを、上擦った声でがんばったトーマ。ダイコンの2人である。

 幸いにして、そもそもトーマを関連付けていないディラムたちの気を引くことはなかった。



 とりあえずの用事は終えたディラムたちは収穫を期待していたわけではないので、早々に店を出ようとして、最後に爆弾を落とした。

「そういえば、トーマは10才なら、ちょうどこの秋から学園へ通わせるのか?」

 学園?トーマには寝耳に水の話だ。


 イォール学園。

 王城の東側、王城と外壁のちょうど中間に建てられた、10才から15才の成人前の子供たちが通う学園。

 生徒の4分の1は貴族の子弟、残り4分の3は平民だが商家の子供や特別な才能が認められた子供たちが通う、一般的な平民の子供たちには縁のないちょっと特別な学園。

 数の少ない貴族の子弟だけでは運営費が苦しいが、無条件に平民の子供を受け入れ品位が下がるのは困る。そのような意図から貴族の子弟は無条件に入学できるが、平民の子供には厳しい試験が課せられている。

 学費は平等だが、平民にとってはかなり高く、かなり頑張らないと払えない額であった。


 ディラムがどうしてそのようなエエトコの子供たちが通うイォール学園に、トーマが通うかもしれないと思ったのか。トーマの素養に気が付いたからではない。薬師ルカからの際立った特別性から類推したに過ぎない。

 学園の事など全然知らないのだがルカの親戚なら特別枠で入学しても不思議ではない。そういうボヤッとしたイメージだった。


 ディラムの言葉はまさに天啓。黙って考えていたルカが突然ガバッとトーマの両肩を掴む。

「イォール学園。()いよ。いい。イイォ。イイォールだよ。まったく考えてなかったけど、これはありだよ。トーマ。学園生活だよ」

 イォール学園とトーマ、この組み合わせはきっと面白いことが起る。ルカの顔に浮かんだのは黒い笑み。

 トーマはルカのいけない顔から目を逸らす。ルカの様子からもう何を言っても無駄だと諦め、ディラムを恨む。

「ヒッ!」

「どうしたディラム?」

 突然ぶるっと身を震わせたディラムをヴァーニーが心配する。よくわからない、ディラムは肩を竦めて答えた。


「そう言うってことは、ルカさんはイォール出身じゃないんですか?」

 イォール出身のエマがルカに尋ねた。

「私はこの国の出じゃないからね。こっちに来たのは成人してからだよ」

 国を移る人は多いというほどではないが、珍しいというほどでもなかった。


 ルカがイォール学園出身ではないと知ったエマがトーマに語る。

「同年代の英才たちと机を並べて切磋琢磨するのはトーマくんにもきっと良い経験になりますよ。たまに特権意識に凝り固まった貴族の子供とかがいて厄介なんですけど、それも無駄に爵位が高くて誰も注意できなかったり、それも子供のうちに貴族との付き合い方が学べるから意味はあるよ。

 将来はルカさんのように商売するにしても、私たちのようなハンターになるにしても貴族との関りはどうしても出てくるからね。何事も経験ってね」

 エマは平民の家に生まれたが、運よく恵まれた魔法の才能があったために、特別枠で入学できたのだ。そこで培った経験が、今も役に立っていた。


 エマの言葉をうんうんと調子よく頷いていたルカ。

「じゃあ、決まりね。エマの言うように、子供の成長に必要なのは友達よ。トーマくんはイォール学園で友達を作ってくること!友達は人生を豊かにしてくれるのよ! 」

 ルカの言葉に頷くディラムたち4人。


「そういうルカさんいつも1人で作業場に籠ってますけど、友達はいるんですか?」

 皮肉を言ったつもりはない。トーマは率直に疑問を口にしただけだ。

 トーマはこれまで人間の友達がいない。鴉が唯一の友達だ。トーマの育ての親であるタヒネは数千年に渡り1人という殿堂入りボッチだ。トーマには友達というものがいまいちわからない。


「・・・・・」

 がっくりと項垂れるルカ。輝かしいボッチ人生が走馬灯のように煌めく。

 見なかったことにしてそそくさと店から出ていくエマたちであった。



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