番外編:04 孤独なる神の日常
※愛媛県の水道からポンジュースは出ません。
ナナシはやや窮屈さを感じていた。
というのも、強さを価値基準とする神々の世界において、彼女はまさに嫉妬の対象に他ならないのである。
彼女からしてみれば、家族が居て、友人が居て、知り合いも嫌いなやつも、自分ではない"他人"が居る彼等は、あまりにも恵まれているのだ。
自分の環境が恵まれていることに気づかず、それどころか他人に醜く嫉妬心を抱く。
ギリッギリで行動に移さないレベルではあったが、彼女にとってそれは我慢ならないことであった。
もっと圧倒的な力を見せれば、
あいつら全員黙らねえかな。
ナナシはそう考えた。
どうやって見せつけるか。
単純な話だ。
ボクに喧嘩ふっかけてくる馬鹿をサンドバッグにすればいい。
時間遡行。
神々の中でも使える者の居ない、ナナシにしか出来ない技術。
喧嘩を吹っかけてきた……なんだっけ、たしかファなんとか……えーと……もうファで良いや。
ファが、手の中にナイフを創造する。
自分が勝てないだろうことは本能で分かってるだろうに……理性が否定するんだろうね。
ボクがそんな強い訳無いって。
ファが腕を大きく後ろへ振りかぶる。
ボクの方から見ればナイフは死角に入る。
同次元の戦闘ならばそれで十分だろう。
然し。
然し、ナナシはファよりも上の次元に居る。
彼等の次元の死角など、ナナシにとっては無意味無価値である。
だが、ナナシは敢えて、ナイフを頸に受ける。
動脈から音を立てて血液が噴出し、身体がぐらついて一歩二歩と後退る。
返り血に染まったファは、目に少しの驚愕と大きな希望を宿して、次なる一撃を繰り出した。
既に周りには野次馬が集まっている。
下品な輩から「殺せ」と野次が飛ぶ。
その後援を受けて、ファはナイフを両手で以て心臓へ突き立てられた。
ファはそのままナナシを押し倒し、あらん限りの体重を込めてナイフを押し込んでいく。
やがて、ナナシは首を擡げ、ファは漸く力を緩める。
雄叫びを上げ、両手を突き上げ、勝利がその血に溶けて彼の全身を巡る。
だが。
だがしかし。
「リザレクション」
ナナシの呟きと同時、逆再生の様にナナシは起き上がる。
撒き散らした血液は一滴残さず傷口から体内へと還っていき、傷口は独り手に閉じ、再生する。
「時間遡行って分かるかな。
ファ……
ファ……
ファなんとか君。」
雄叫びが徐々に小さくなり、突き上げた手は行方を失くして肩の上で宙を掻く。
愛媛県に初めて来た人が水道からポンジュースが出るのを見た時のような、有り得ないものを見る目をナナシへ向けると、二度三度と目を瞬いて、それから段々と目が見開いていく。
「時間遡行だよ、時間遡行。分かんない?」
「なんで……なんで…………」
「だから、"時間遡行"って言ってるじゃないか。
駄目だよ、人の話は聞かなくちゃ。ファなんとか君。」
「ファなんとか?」
本来聞きたいのは時間遡行であるが、動揺の余り違う方を聞き返してしまうファ。
「確か君、ファで始まる名前だろ?」
「……ウィファート・ディファット。」
「え?」
「ウィファート・ディファットです。」
何故か敬語になるファ。
「そっか。
それでキミ、時間遡行は分かるね?」
「……」
「ボクは時を巻き戻せるのさ。
キミ達がいくらボクに喧嘩を売っても、勝てないと思うよ。」
ファ、というよりも野次馬に向けてナナシは言った。
漸く己が本能に合点が行ったか、何も言えずに下を向いて押し黙るファ。
どうやったらナナシを倒せるか考える者数名。
今起こったことが信じられずフリーズする者十数名。
辺りを静寂が支配する。
その静寂は偶々通りがかったトール・エルドが、その光景を見て
(またナナシがなーんか目立ってるな)
と、ナナシを連れ帰るまで続いた。
トール・エルドの「おーいナナシ!」という声に、幼い子供のように「エル兄!」と返す様に、ファも野次馬も狐に摘まれた様な顔で立ち尽くしていた。




