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一話「学園とはナニカ」

 イフヤの街のナニカノニカ~人魔交流都市日記~




 一話「学園とはナニカ」




 人魔交流都市イフヤ___


 この街がそう呼ばれるようになってどれくらいが経っただろう。


 ここ、イフヤという都市は不思議な街だ。


 迷いの森の中心にあり、陸路での往来は並大抵の者には出来ない。


 海に面しているが港はなく、切り立った崖が出迎えてくれる。


 空からならどうかと言われれば、確かに入れないことは無いが、そもそもドラゴン便を使うくらいならポートを使った方がよっぽど安上がりだ。


 え? ポートを知らない?


 君はよほど世間と隔絶された田舎に住んでいたとみえる。


 いいかい? ポートというのは、錬金術で創られた空間転移装置さ。例えば大陸の中心、カントウ国から果ての島アイヌドウまで一瞬で行けるという優れもの! まさに夢の発明だね。


 さっきも言ったが、もともとここは生きては出られぬ広大な迷いの森だった。


 磁場は狂い、次元の穴が開きやすいため、あちらからこちらへ、こちらからあちらへ落っこちる者も少なくない。


 しかしこの土地はマナ、精霊、魔力、そういった目に見えないものが空気中に多く漂っている。こちらの世界では珍しいことだ。


 そのため落ちてきたあちらの者も生きることができた。


 それで、このイフヤ周辺は元々そういう性質だからか、互いの世界のあぶれ者達の寄り合い処だったらしい。


 今の大都市の姿からじゃ考えられないよな。まあ、混沌度合いは変わらないのかもしれないが。




 そうしてここはあちらとこちらのものが混在する隠里となった。


 ん? あちらとはどちらだって?


 いやいや、あちら側はあちら側さ。人間は便宜上魔界と呼んでいるが、正式な名前は何だったかな?凄く長かったことは覚えてるんだけど。


 魔界は流石に分かるよな?


 うんうん。ああ、良かった。流石に魔界は知っていたか。


 時がたち、人が増え、里が村へ村が町へ、人々がこの迷いの森を踏破できるようになったころ、そこには立派な塔が建っていた。


 もともとこの森の中心部には巨大な樹が生えていたのだが、その隣にあたかも最初からそこにあったかのようにその塔はこの森に馴染んでいた。


 樹と塔の周りに人々は集まって暮らしていた。その栄えようと言ったら、この世界で一番大きな都市、カントウ国のヒガシノミヤにも匹敵するほどだったと、当時の探検隊の記録にある。


 最初は一人の賢者様がこの街の大まかなルールを決めたって話だ。今では十二人にまで増えたがな。


 街の政は十二賢者が行う。迷いの森はアキツ国の中にあるが、今も独自の統治が認められている。




 あちら、今では魔界と呼ばれるその世界を発見したのも、イフヤの賢者の功績だが、最大の特徴はあちらとのパイプにある。


 あちらを魔界と呼ぶならこちらを人間界と呼ぼうと言い出したのも賢者だったか。


 その二つの世界はこのイフヤの地においてのみ重ね合わさるのだという。


 人間界から魔界へまたは魔界から人間界への移動はこのイフヤでしかできない。


 双方独自の技術をもってしても、互いの世界を行き来できるのはここしかないことは、すでに賢者が証明済みだった。


 何せ世界初のポートが創られたのもここだ。


 賢者様の建てた学び舎で生徒がこのジバだかマナだかを安定させようとして創った錬金術の道具がそれだって話だ。


 そいつは学園の何処かにまだあって、稼働してるって話だぜ?


 まあそいつのおかげで魔界と人間界が、うわさ話にすぎなかったお互いをしっかりばっちり認識して、どっちが主導権を握るかでゴタついたってんだが、もう過ぎ去った話だ。知的生命体の悪しきサガってやつだな。


 そうして互いの世界の成熟を待ってイフヤへの門を開けたというわけだ。




 そんでもってこの賢者たち、人間界の者もいれば、魔界の者もいる。精霊もいれば、死んだと思われていたかつての王もいた。


 その知恵と地位を総動員して、両世界の国王をすべて招いた会談がイフヤで行われた。


 その結果、魔界と人間界は不戦の誓いを立て、独立地イフヤを人魔交流都市イフヤと呼称し、イフヤを起点とした交流が進むようになったんだ。


 その会議から二百年余り経った。


 長命なエルフなどの亜人種ですら老いを感じるようになったころか。


 イフヤがなんで人魔交流都市って言われるか分かったか?




 おっと、長話もそろそろ終わりだ。


 学園についたぞ。彼所が校門だ。


 それじゃあ。へへへ、案内賃を頂こうか。


 へい。毎度あり!


 街で見かけたら俺っちを頼って良いぜ。アンタ不幸そうな顔してるから、格安で請け負ってやるよ。


 案内屋トリコロールをご贔屓に、ってな!




 ◇◆◇




 それじゃあいい?忘れ物はない? 大家のみー姉さんによろしくね、部屋の片づけはこまめにすること、それから、


 もう行くよ、ママ! まったく心配性なんだから!


 どっさり荷物を載せた荷車を牽引する謎のトカゲ型使い魔に繋いで、彼女は別れを惜しむ両親に手を振った。


 じゃあ、行っていきます!




 そんなふうに意気揚々と実家である道具屋ナニカを出発したのが、一昨日の話。


 引越し自体は出発したその日に済んだ。


 なに、通りの端から端へ移動しただけだ。


 ただ問題だったのは、彼女が寝る間も惜しんで調合する、錬金術ジャンキーだったということだけ。




「ふっふふ~ん! 仕上げにこの特性エキスを入れてひと混ぜして、完成!! できたぞ~重量軽減カバン!!」




 先ほどまでどろどろの液体だった釜の中身が、いつのまにやらリュックサック一つに変わっていた。


 鼻歌を歌いながらそれを身に着け、鏡の前でくるりと一回転する。




「あちち、出来立てほやほやだから、まだあったかいや。でもこれで入学式には間に合ったかな」




 ちらりと窓の外を見やれば、生徒の渋滞はできていない。空は一片の曇りもないいい天気だ。


 そういえば、最後に食事をしたのはいつだったか。


 下の階の大家さんに挨拶して、朝ご飯を分けてもらおう。


 こういう時アパート暮らしはいいな、と立派に一人暮らしできている(本人は思い込んでいる)と、ちょうど噂の人物が現れた。




「ノニカちゃ~ん、起きてる? そろそろ朝ごはん食べないと入学式遅刻しちゃうわよ~」




「今行こうと思ってたところ!」




 扉を開けたら案の定、大家さんことみー姉さんだ。


 お母さんもそのまたお母さんも彼女にはお世話になっている。


 ノニカがこのアパートの一室を借りる契約をしたときにできるだけ朝ご飯を一緒に食べることが契約内容に盛り込まれていたのは、きっと少しでも規則正しい生活を送れるようにと彼女が考えてくれたのだろう。




「今日は豆のスープとチキンピカタよ。あ!サラダもちゃんと食べなさいね」




 ありがとう! いただきます!


 言うなりトーストにかぶりつく。この味は移動パン屋「ナニガシ」の食パンだろう。この辺に来るのは珍しいな。


 などと考えながら口を動かしていると、ケチャップついてるわよ、と口を拭われる。ホントにお母さんみたいだ。




「あんまりゆっくりしてる時間ないわよ~。今日は入学式でしょ。移動時間考えてる?」




「あ! そうだった! 下だと絶対渋滞するよね!」




 上もそこそこ混むと思うけど、というみー姉さんの声に生返事をして、一旦我が家に戻る。


 戻ってきたノニカは、カバンを背負い、学校指定のローブを羽織って左手に箒を持っていた。


 見てみて、と箒にまたがるとふわりと浮かぶ少女。




「まあ! 素敵ね! いつの間に用意したの?」




 お母さんのお古! と元気よく返す。




「でもいつかは自分で作るんだ!」




 そういうと、行ってきます!と舞い上がった。


 目指すはこの町で一番古く一番高い建物。イフヤ学園だ。




 ◇◆◇




 なんでこんなに入学式って長いんだろう。


 ありがたい話を右から左へ流しながら、ノニカはあくびを我慢していた。


 そういえば、錬金術の調合に夢中で、実家を出た時から寝てなかったな、ということにようやく気付いたのだ。


 しだいにかくんかくんと首は揺れ、やがてすうすうと寝息を立て始めた。


 その間にも壇上の偉い人は代わる代わる話をしていく。


 彼女が起きたのは、式のすべてのプログラムが終わって、移動を促されたからであった。




「さて、一年生の生徒諸君! 君たちには今から召喚を行ってもらうでござる」




 教室がざわつく。


 一年生担当の先生はまぎれもなく向こうの人だ。


 緑色の髪の毛は大地に愛されたものの証拠。そして青色の肌。


 さすがは人魔交流都市イフヤだって声もちらほら。ふーん、イフヤって外ではそう呼ばれてるんだ。




「諸君、吾輩はモリーウッズ。貴族ではないのでただのモリーウッズである。諸君一年生の担当教師であると同時に、二年次からの戦闘学の担当教員でもある。


 みての通り魔界の出であるが、これから君たちにも魔界人のパートナーを喚んでもらうゆえ、魔界人を差別したり毛嫌いしたりしないように!」




 まあ、この学園に来る生徒でそんな子はめったにいないのでござるが。


 と、先生は言う。




 召喚によるパートナー制度は初代の校長先生が決めた決まりだった。


 召喚するのは魔界の世界に集められたイフヤへの入学希望者たち。


 自分と波長の合う魔界人を召喚し、パートナーとして卒業まで二人三脚で頑張れ、というものらしい。


 あまりに異なる文化、言語、そして見た目の違いを乗り越えて、今では穏やかな関係を結べている人間界と魔界であるが、まったく差別がなくなったかというとそうでもない。


 魔界と人間界を結ぶ港はイフヤの街にしかないし、やっぱり外から来る人にはイフヤは異質に映るのだろう。




 しかし、なんでも魔界側からしたら、これが最終試験なんだそうだ。


 人間界の言葉の試験をクリアした後、ここにいる四十名の生徒に選ばれることができるかどうか。向こうでの倍率は百倍はくだらないとかなんとか。


 異世界で勉強するのって、勇気がいるんだろうなぁ。


 最初の一人が先生に呼ばれて別室へと移動していく。




 あの部屋の中に世界で最初のポート、人間界と魔界を結ぶ遺物がある。


 今でこそ向こうの世界の転移の魔術とこちらの世界の錬金術の技術の粋でポートと呼ばれる転移装置がそれこそ各国に設置されるようになったが、それでも界をまたいだ転移はここでしかできない。


 もともとこの土地は神隠しの土地だとか入ったら二度と出られない迷いの森だとか言われていて、魔界へとつながりやすい空間だったらしい。


 そこへいろいろな事情で表で生活できない人が集まって集落を作っていたのだが、ある日賢者が訪れ、一晩のうちにこのイフヤ学園を作った。


 国と賢者と隠れ集落の長の合意の元、かくしてイフヤは誕生し、今では魔界と人間界との玄関になっている。




「はへー! 詳しいね!」




「ふふ~ん! これでも資料館の娘だからね」




 たまたま隣に座っていた彼女はイフヤの成り立ちや歴史を学ぶ資料館の館長の娘さんだったらしく、詳しい説明を受ける私。


 何回か両親に連れられて行ったことがある。そこには過去の歴史に名を刻んだ錬金術士の錬金アイテムも展示してあり、目をきらめかせて眺めたものだ。




 さて、私の番が回ってきた。


 部屋に入るとまず目に入るのが大きな宝石。隕石の一部を加工しているらしい。そしてそれを取り巻くように魔法陣が幾重にも敷かれている。集中を高める香も焚いてあった。


 先生の講釈だか召喚の手順の説明だかわからないものを右から左へ聞き流しながら、私はこれから喚ばれる子とのこれからを考えていた。


 召喚に応じた生徒との共同生活のための部屋はある。広くはないけど、二段ベッドの上は譲ってもいい。


 ご飯やそうじは当番制にして、たまに一緒に買い物に行きたい。


 女の子ならウィンドウショッピングを楽しめるし、男の子なら荷物持ちについてきてもらうと楽ちんだ。


 それからそれから、




「君、聞いているであるか?」




 先生の言葉で我に返った。いけないいけない、聞き流しちゃいけないところまで逃すところだった。


 さっきの頭の中を通過していった文言から察するに、ここの部屋は召喚を手助けする陣と外の世界への触媒となる宝石、そして肝心かなめな召喚するための錬金アイテムで構成されている。


 ここまで大掛かりな部屋になっているのは、錬金術のいろはを知らない一年生が使えるようにということか




「え~っと、ということはかいつまんで言うと、発動キーを唱えれば誰でも召喚ができるんですね」




「二度目の説明は不要でござったか。


 この宝石に手をかざし、発動キーは『界を超えた知の轍 なぞらえる者よ此処に』でござるよ」




 動作キーと発動キーの二重キーか、いや、これだけ大掛かりな儀式だから先生も何か発動のために何かしているはず。


 うーん、面白い。


 さて、考察はここまでにして宝石に手をかざす。




「『界を超えた知の轍 なぞらえる者よ此処に』


 イフヤの地にて彼方へ問いかける


 道標に従い、運命を共にせし者よ


 界を超え、この手を掴みたまえ!!」




「何余計なもの唱えてるでござるか」




「カッコイイかと思ってアレンジしてみました」




 召喚は成功したらしく、陣の中央からにょっきりと手が生えてきた。魔力を持っていかれた感じもしないし、本当にあっけないものだった。




 その手を掴むと現れたのは一人の女の子。




「えと、手を掴めって聞こえたから」




 それで手が先に来たらしい。




「詠唱効果あったじゃん、先生」




「誤差の範囲でござろう。それより次の者を呼んでくるでござる」


 ぺいっと召喚室から追い出されて教室に戻れば、みんなめいめいにおしゃべりに興じていた。


 次に召喚を待っていた子に声をかけて、私たちはとりあえず近くの席に座った。




「ちぇっ!もう少しこうゴワアアとかファアアみたいな感じかと思った。すんなり来たね、君」




 正直な気持ちを伝えると、申し訳なさそうに謝る女の子。




「ごめんごめん、ちょっと召喚が拍子抜けだったからさ。


 まずは自己紹介からかな! 私はナニカノニカ! 見習い錬金術士だよ! ノニカって呼んで!」




「わ、わたしはサイロです。カナタ国から来ました。あの、ありがとうございます。私を選んでくれて」




「私が選んだわけじゃないんだけど、まあいいか。サイロは何がしたくて学園に来ようと思ったの?」




 魔界のカナタ国と言えば巨人族で有名な国だ。


 二つの世界を比べても木材輸出第一位の国。木こりの国とも呼ばれている。




「私は、巨人族で、その、本当は学校なんて行かないで働くはずだったんです。


 でも、ある日、旅人さんが来て、一宿一飯の恩にって、この体の大きさと重さを調整する腕輪をくれたんです。


 だから私、お父さんとお母さんに初めてわがままを言いました。人間界で勉強して、働きたいって」




 めちゃくちゃいい子だった。




「私はありきたりだよ。私はイフヤの老舗道具屋の娘で、代々ここで勉強して独り立ちするのが我が家の習わしなの」




「よろしく、サイロ!」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ノニカさん」




 そうこうしているうちにモリーウッズ先生が戻ってきた。


 生徒たちに静かにするようにと声をかけ、教壇につく。




「一年生全員、パートナーを喚べて何よりでござる。魔界から来た諸君は留学おめでとう。ようこそイフヤ学園へ、でござる


 ここは人間界で一番魔界人の多い土地であるから、安心して勉学に励むように!」




「拙者も魔界の出身であるからして、困ったことがあれば何でも相談に乗るでござるよ」



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