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突然現れたダンジョンに飲み込まれた女子中学生の話

作者: 茶トラの猫

 ある日突然、地球全土にダンジョンと呼ばれる次元の狭間が出現し始めた。

 最初は調査隊を編成して各国はそれぞれ攻略を行っていたのだが、内部を徘徊している魔物には地球の兵器が使用できずに、突入した軍隊は撤退を余儀なくされる。


 それでも人類は諦めずに対策を講じ、地球の物は内部では使用不能になるが、ダンジョン産の装備や魔道具ならば、魔物に効果的にダメージを与えられることを突き止めた。

 その過程で科学とは違う未知のエネルギー、魔法がこの世に存在することもわかり、命の危険はあるが、誰もが未踏破のダンジョンに夢を見る時代となったのだった。







 ダンジョン出現から半年後の現代日本。

 そのとある山中の限界集落を、中学一年生に上がったばかりの吉水千代よしみずちよが、夏の炎天下で滝のような汗をかきながら、一生懸命歩いていた。

 時刻は昼を過ぎているが日差しが厳しく、都会在住でクーラーを効かせた部屋に引き篭もるの趣味の自分では、暑さで倒れないだけ褒めて欲しいぐらいだ。


「はぁ…暑い。インドア派の私には辛い季節ね。

 でも祖父母の墓参りに行かないと、お小遣いをくれないし…」


 民宿もなく、バスも一日二本のみという陸の孤島までわざわざやって来たのは、一家の代表としてお盆の墓参りをしないと、小遣いをもらえないからだ。

 家は別に熱心な仏教徒ではないが、夏休みは自室でゲーム三昧で引き篭もっている私を、無理矢理にでも外に追い出したかったのだろう。


「新作のゲームソフトや漫画が買えなくなるなら、死んだほうがマシよ」


 私はオタクである。と言っても腐女子ではなく、もっとライト層だ。有名なゲームで遊んだり、国民的な漫画や小説を読み漁る程度だが、何日だろうと部屋に引き篭もれるぐらいの、根っからのインドア派でもある。

 そのせいで視力が悪くなりメガネをかけて、女性らしい美容よりも娯楽を優先し、ボサッ毛のおかっぱ頭で化粧っ気も女子力も皆無、肌は荒れ放題ですっぴんで堂々と出歩く、虚弱体質の女子中学生となってしまったのだ。


 だが今月のお小遣いなしというのは何が何でも阻止しなければいけないので、私は集落から離れた吉水家のお墓を、炎天下の中で綺麗に掃除した後にお参りまでした。

 そして今は汗だくで山道を下りた先にある集落のバス停で、携帯ゲーム機で暇をつぶしながら午後の便を待つだけだ。


「あー…疲れた。でもようやく集落が見えて……えっ?」


 急に足元の感覚がなくなり、反射的に手を伸ばしても何処にも届かなかった。謎の浮遊感と底が見えない真っ暗闇に、ただ真っ直ぐに落下していく。

 先程まで山道を下っていたはずなのに、理解が全く追いつかない。慌てて手足をバタつかせても何の意味もなく、すぐ視界の全てが黒く染まり、私の意識も深く沈んでいったのだった。




 謎の落下に見舞われた後、どのぐらい眠っていたのか目を覚ました私は、石造りの硬い床から起き上がり、辺りをキョロキョロを見回す。

 どう考えてもここは山道ではなく、十メートル四方の石室か何かにしか見えない。


「なっ…何なの? ここは何処?」


 周りを見ても出口は何処にもなく石造りの壁があるだけだ。その中でもっとも目を引くのは、室内の中央に浮いている、天空の城にでも出てきそうな巨大な浮遊する水晶石であった。


「えっ? まさか、ダンジョンコア? 何で?」


 内部では地球の道具は使えないが、攻略を終えた者が持ち帰った情報を分析すると、最深部には浮遊する水晶石があり、それを破壊することでダンジョンを崩壊に導くことができる。

 その時に中に居た者は、全員強制的に外に弾き出されるらしい。


「じゃっ…じゃあ、これを壊せば出られるの? って……絶対無理!」


 こちとらインドア派の女子中学生であり、現代のもやしっ子だ。それに専用の道具もないのに、巨大な水晶石など破壊できるはずがない。

 しかしもしここがダンジョンだとしたら、壊さない限り外には出られないし、もし出口があったとしても、歩いて脱出するまでの間にもし魔物に見つかったら、その時点で死亡確定である。


「となると、やっぱりこの石を壊さないと駄目かぁ」


 極稀にダンジョン発生時に飲み込まれる人間も居る。もっとも小数点以下の確率らしいし、脱出する前に魔物に襲われて死ぬのが普通で、無事に逃げ切れた者は両手の指の数よりも少ない。

 安全に外に出る方法が目の前にある私は、まだ運がいいほうだ。


「でもこれ、相当硬そうだしなぁ。……ふぁっ!?」


 試しに水晶石に近づき、拳を作ってコンコンと叩いてみると、何だかわからないが急にピカピカ光りだした。

 これは不味いとへっぴり腰で壁際まで、背負っているリュックサックを前に構えて盾のようにする。

 中には携帯ゲーム機や漫画、小説等が入っているが、命には代えられない。

 しばらくすると徐々に光が収まり、私の頭の中に変な声が響き渡った。


『ダンジョンコアへのアクセスを承認しました。マスター、ご命令を』

「……は? マスターって私のこと?」

『その通りです。マスター。ご命令を』


 まるで機械音声のような感情の薄い声が、耳からではなく私の頭の中に響いてくる。

 正直何がどうなっているのかさっぱりわからないが、自分はダンジョンコアのマスターというやつになってしまったことだけは、何となくだが理解したのだった。




 正直知恵熱を起こしそうなぐらいわけがわからない展開だが、私はもうどうにでもなれとばかり石畳の床に腰を下ろして、目の前のダンジョンコアに色々と質問をした。


 ダンジョンコアが地球に出現したばかりの頃には、所有者は未登録である。この時点では人間でも魔物でもマスターとなる資格があり、この水晶石はただの道具に過ぎない。

 だが最深部の扉は固く閉ざされており、通常の手段ではアクセスすることができない。


「マスターになるのは、神格ってのが必要なの?」

『はい、この惑星に存在するダンジョンは一件を除いて、全て邪神の管轄です』


 自分の場合はプログラムの途中でねじ込まれたバグのようなもので、正規ルートから外れている。

 しかしダンジョンを送り込んだ邪神がアクセスする前に、最深部に入っていたので、外部からの干渉は無効化されたらしい。


「それじゃ、私は外に出ることはできる?」

『残念ですがマスターを異物として排除しようと、邪神が転移を妨害しています。

 さらには入り口にゲートを構築し、魔物を送り込まれて危険な状態です』

「……マジか」


 私のマスター登録が終了したので、ダンジョンコアのルームの奥に扉が浮き上がり、そこから歩いて外に出られるらしい。

 だがインドア派のもやしっ子が、徒歩で辿り着ける距離ではなく、水晶石の周囲に浮かび上がった半透明の画面には、黒い靄の中から多くの魔物が続々と這い出てきている最中だった。


 奴らの目指す先は容易に予想がつく。先程ダンジョンコアの説明にもあった通り、アイツラは真っ直ぐにここを目指しており、邪神の計画の僅かでも妨げになる異物を潰そうというのだ。

 正直インドア派の女子中学生としては、家でゲームでもできれば世界の命運など、割とどうでもいいのだが、帰ってくれと言っても会話が通じないのは明らかだ。


『邪神は世界規模の氾濫を起こして、この惑星を自らの手中に収めるのが目的です。

 その障害になりうるマスターを排除するのも、当然と思われます』

「私はただの女子中学生だよ! 狙うなら英雄か勇者にしてよ!」


 己の理不尽を嘆く魂の叫びだが、最深部は頑丈で防音効果も高いので、聞こえているのはダンジョンコアだけだ。

 その間にも黒い靄からは魔物がぽこじゃが出てきており、このまま何もしなければ、私の元までやって来るのは時間の問題だろう。


「ああもう! どうしてこうなったの! ダンジョ…じゃなくて!

 コア! 何か対抗手段は!」

『コア? それは私のことでしょうか?』

「そうだよ! 長いからね! それより、何かないの!」


 ダンジョンコアでは長ったらしいので、忙しい時にいちいち呼んでいられない。コアなら短いので、緊急時にはもってこいだろう。

 それよりも自分の命がかかっているのだから、何らかの対抗手段を講じなければ、まだ十代前半なのに儚く散ってしまう。


『こちらもダンジョンですので、トラップや魔物を作り出すことができます。種類は…』

「見せて!」


 コアの周りに半透明の板のような物が次々と出現して、私の目の前まで移動してくる。それは現在所持しているダンジョンポイントと、それを支払って作り出せる魔物と罠のリストだった。

 とにかく時間がないので細かい説明は後回しにして、値段だけ目を通していく。


「ピンチはチャンスだよ! 現在のDPダンジョンポイントで呼び出せる、一番強い魔物をボス部屋に召喚して!」

『了解致しました。それではドラゴンベビーを、第五階層のフロアボス部屋に召喚致します』


 脳筋ゴリ押しの私には策略を巡らすのは無理だ。なので背水の陣で、ここを突破されたら終わりだという覚悟で召喚する。

 初期ダンジョンとして今は十階層まであるらしいが、五階層を突破されたら負けである。


「敵が侵入するだけでもポイントが入るし! 倒せばもっとガッポリだから!

 コア! ここからは根比べだよ! 私はまだ死にたくないからね!」

『マスター、お付き合い致します』


 間一髪で間に合い、現時点で所持しているポイントを全て注ぎ込み、ちっちゃくて可愛らしいピンク色の鱗のドラゴンベビーが、五階層のフロアボス部屋に召喚される。

 ここならダンジョンのシステムの恩恵により、一回に戦える敵の数を制限できるので、そう簡単にやられはしない。

 と言うか、もしやられたらその時点でお終いである。


「あとは倒した敵のDPを使って、ボス部屋トラップの設置とドラゴンベビーの強化!

 ああもう! 新作ゲームの発売日でもないのに、徹夜でオワタ式とかマジ勘弁なんだけど!」


 自分の目の前に浮かんでいる半透明なモニターには、ゴブリンとコボルトが全部で五体押し寄せたところでボス部屋の扉が閉まり、ドラゴンベビーとの戦闘が始まった。

 その間に私はDPを消費し、使えそうだと思ったトラップやスキルを片っ端から買い漁る。何しろ敵はほぼ無限に攻めてくるのだ。

 あの黒い靄を何とかしない限り、私の戦いは終わりそうにないと、ヒシヒシと感じるのだった。







 最初は何も考えずに勢いで決めて、現時点で使えるDPを全て注ぎ込んでドラゴンベビーを召喚した。

 だが何で竜の赤ちゃんに十万ポイントも取られるのか。これは失敗したかもと、内心冷や汗ダラダラだった。

 しかしコアルームでハラハラしながらモニターを見ていると、その心配は杞憂であった。


「うわ、うちの子強い」

『幼子とはいえドラゴンです。下級の魔物なら容易く蹴散らしてくれるでしょう。

 数で攻められると弱いですが、フロアボス部屋は一度に五体までの制限がありますので、早々やられはしないはずです』


 それは数で来られるとあっさり倒されると言うことであり、せっかく投資した十万DPが水泡に帰す。現在は一階から四階は全て邪神が押さえており、私とコアの支配領域は十階から五階のみだ。

 ダンジョン上階の多くの場所で黒い靄が発生し、そこから凶悪そうな魔物がぽこじゃが沸いて出てくる。おかげで初召喚もとんでもないレアキャラを呼べたが、本当に後がないのだ。


 たった今ドラゴンベビーが火炎の吐息で、全ての敵を丸焦げにしたが、フロアボス部屋の前はまるで人気アイドルの握手会場の賑わいである。


「ドラ子がやられないように、回復効果を付与! 状態異常耐性も!」


 ドラゴンベビーのステータス画面には、♀と表示されていたので、私はドラ子と呼称した。

 名前をつけることはあまり意味はないが、長いと呼びにくいのだ。それに彼女もガアガア鳴いて嬉しそうなので、多分気に入っているのだろう。


『ドラ子? ドラゴンベビーの名前ですか? それよりマスター、他は良いのですか?』

「いいの! どうせ五階と十階のボス部屋以外は、人海戦術で押し切られるんだから!

 だからドラ子に、私たちの命運を託すわよ!」


 とにかくDPが入るたびに、ドラゴンベビーを強化していく。侵入者は雪崩のようにやって来るし、それを蹴散らせば大量のポイントが加算されるのだ。

 たった一体のモンスターに注ぎ込む分には、労力的にもあまり苦労はしなかった。


「大体何でドラゴンベビーが十万DPなの! レッドドラゴンの成体より倍以上高いじゃない!」

『説明を参照する限り、あのドラゴンベビーは究極進化系であり、最終的にはどのドラゴンよりも強くなるようです』

「つまり大器晩成型ってこと? ああもう! 負けた時点で終わりだってのに! 痛し痒しね!」


 フロアボス部屋にもドラゴンベビーの体力や状態異常を回復する罠を設置し、私は嘆きながらも簡単に負けないような状況を作り上げていく。

 大器晩成型は大抵初期が弱く、成長速度も遅い。強くなるためには相応の時間と経験が必要になり、下手をすれば才能が開花する前にご臨終になる。

 一度でも負けたらお終いな状況で、将来性に期待するのはあまりにも酷であり、今欲しいのは即戦力になる人材だ。


「でも、もうDPに余裕はないし! とにかくこのまま行くしかない!」

『先に転送元のDPが尽きることを、期待しましょう』


 あちこちに発生している黒い靄の先は、邪神が管理しているダンジョンに繋がっており、魔物はそこから送り込まれているらしい。

 こっちと同じように向こうもDPがあり、無限ではなく有限ということだ。




 私はドラ子が突破された時点で詰みという極限状態で緊張しっぱなしであり、とてもゆっくり休める気がしなかった。

 なのでDPを使って一定時間ごとにポーションを生産する宝箱を作り、それを飲んで無理やり体力を維持して、フロアボス部屋を映すモニターから視線をそらさずに、生まれたばかりの我が子を応援し、常に回復や強化をし続けていた。


「ドラ子! 頑張って! 私は遠くから応援することしかできないけど!」

『あの、マスター。ドラゴンベビーの進化が可能になったようですが…』

「えっ! もうなの!?」


 私の目の前の半透明のモニターには、ドラ子のステータス表示の横に進化OKと表示されており、何やら多くの種族が並んでいる。

 個人的には嬉しいのだが、大器晩成型とは何だったのかと首を傾げたくなる。


『既に三日も休まずに戦い続けています。そしてこれでも種族的な進化速度は遅いほうです』

「そっ…そうなんだ。ええと、進化先はどれにしようかな。神様の…言う通り…っと!」

『マスター、そんな適当に決めてよろしいのですか?』


 今は一刻を争う大事なときだ。悠長に悩んでいる時間はないし、長ったらしい説明を読んでも、頭の悪い私に理解できる気がしない。

 こういうのは直感に従い、ついでにコアやドラ子の意見も聞いて、本当にこれで良いのかパパっと相談して適当に選択する。


「さあ! エンシェントドラゴンに進化したドラ子! 頼んだよ!」

『体が大きくなったので、フロアボス部屋は十体まで同時に戦うことになりますが…』

「大丈夫! うちのドラ子ならやってくれるよ!」


 戦力の逐次投入は愚策と聞くが、フロアボス部屋で待ち構えている限りは、相手はそれに付き合わざるを得ない。

 少数精鋭が十体揃ってやって来るなら別だが、ニ階建ての家に迫るほどに体が大きくなり、ピンクの鱗が眩いばかりに輝いているのが今のドラ子だ。

 進化以外にも様々なスキルを修得させており、フロアボス部屋も、エンシェントドラゴンを強化する仕掛けばかりを無数に配置している。

 なのでドラ子なら…ドラ子なら、きっと何とかしてくれる。もし無理ならその時点で私とコアはあの世逝きであり、まさに一蓮托生と言える。




 戦闘開始からどれだけ時間が経ったのか、私は固い石畳の上に仰向けになり、気を失っていたことに気がついた。

 しかし幸いと言っていいのか、体の節々は別に痛くはなく、首も寝違えてはいなかった。


「はっ! 寝てた!? 今何時! それに私…まだ、生きてる?」

『今は戦闘開始から七日目、午前八時です。そしてマスターもドラ子も私も、まだ生きています』


 ずっと明るいコアルームに居るので朝なのか夜なのかわからないし、地球の道具は使えない。なので正確な時間を知るには、コアに直接聞くしかない。

 今のように集中力と疲労が限界になったら、気を失うようにして眠り、目覚めると自分がまだ生きていることに、ホッと胸を撫で下ろす。


「うん、ドラ子は元気そうだね。ええと、アンパンと牛乳を購入…っと」


 ドラ子のステータス画面と、現在のフロアボス部屋の様子を急いで確認すると、さらに進化してアルティメットエンシェントドラゴンとかいう長い名前になった彼女が、元気いっぱいに魔物を惨殺していた。


 取りあえずよっこいしょと身を起こして、寝ている間に溜まったDPを使い、一気に強化したことで私が起きたことに気づいたのか、念話で挨拶してきた。


(おお、母様が起きたのじゃ)

「おはよう、ドラ子。元気そうで良かったよ」

(妾は母様のおかげで元気じゃぞ。

 早く声だけではなく、直接会ってギューッてして欲しいのじゃ)


 今もフロアボス部屋の前は握手会場のように混雑しているので、彼女と直接会えるのはいつになるやらだ。

 そもそもか弱い人間の自分では、姿を見ただけで怖くて動けなくなったり、近寄る前に鼻息で吹き飛ばされてしまいそうだ。

 そう考えると、もし危機的状況を乗り越えられたとしても、ドラ子に会うのは当分先でいいかなと思ってしまう。


「まあ何にせよ、それは氾濫が収まってからね」

(むう…仕方あるまい。しかし雑魚ばかりじゃが数だけは多くて面倒じゃのう)


 ドラ子の大きな尻尾の一薙ぎで、ハイオークの群れを壁まで吹き飛ばして即死させる。

そしてすぐに死体は分解されてDPに変わり、長蛇の列の次の魔物の群れが勇ましく入場してくる。


「とにかく、相手のDPが枯渇するまでは頑張ってよ」

(了解した。しかし早く母様に会いたいのう。直接抱いてもらい、妾の頭を撫でていい子いい子して欲し…)


 これ以上は長くなりそうなので、そこから先はまた今度ねと一言断りを入れて、ドラ子との念話をマスター権限で切断する。

 召喚された魔物は主に絶対服従であり、決して裏切らないらしいが、彼女の場合は今の所唯一の仲間であり、手塩にかけて付きっきりで育ててきた分、ステータスには出てこない忠誠心とか愛情とか甘えとか色々と高すぎる。


「向こうのDPと沸きの魔物が尽きるまで、どのぐらいかかりそう?」

『十日で尽きそうですが、直前に転移元を変更する可能性があります』


 それは十分に考えられることだ。何しろ地球にはダンジョンは無数にあり、一階から四階にある黒い靄は、その中のほんの一部から魔物を送り込んでいるだけだ。

 DPが尽きそうになったら別の拠点に切り替えれば、その間にまた魔物を沸かせて、戦いを引き伸ばすことも可能である。


「こっちから攻めるしかないか」

『一階から四階までの転移門は百ほどですが、どのようにされますか?』

「直前になったら四階から順番に上に向かって、こっちの精鋭の魔物を送り込むよ」


 幸いと言っていいのか、地球にダンジョンが出来てからまだ半年だ。なので邪神の支配しているダンジョンは、それほどDPは溜まっていないだろう。

 そもそも着実にポイントを稼ぐつもりなら、究極進化系で高額なドラゴンベビーのみに頼るなどという、危険な博打はできない。

 まずは魔物が沸くフロアを増やして、時間をかけて戦力を増強していくのが鉄板だ。


 そもそも津波のように敵が侵入してきたことで、一気に十万DPに手が届いたのだ。普通なら初期値の千から一万まで溜めるだけでも、何ヶ月かかるかわかったものではない。

 本当にピンチはチャンスとは良く言ったものである。


「私には時間がなかったし、ごちゃごちゃ戦略を考えるのは苦手なんだよ」


 説明書は読まず、チュートリアルも飛ばして直感的な操作を行うのが私だ。それにドラゴンベビーの召喚は、五階層のフロアボス部屋で止めなければ、そのまま最深部まで攻め込まれる危険があった。

 とても一歩ずつ確実に戦力増強をと、悠長なことを言っている時間はなかったのだ。まあ初回十万のDPで赤ん坊を呼び出すハメになったのは、流石に想定外だったが。


『それでマスター、敵地に向かわせる魔物は、何にするつもりですか?』

「コアに任せるよ。一体でも余裕で最深部に到達して、うちに帰って来れる子ね」

『…難しい注文ですね』


 幸いと言っていいのかまだ十日あるので、じっくり検索して欲しい。敵地に単独で潜入して、ダンジョンコアを破壊して帰還できるほどの魔物だ。

 該当件数は少ないだろうし呼び出すのに大量のDPが必要になるだろうが、それは邪神の軍勢から奪った分があるので、予算は問題なくクリアーできるはずだ。

 その間に私はモニターを操作して、モンスター以外の項目を調べていく。


「少しは余裕がでてきたし、ベッドとオマルを買っちゃおうかな」

『それぐらいなら大した負担ではないので、初日に購入しても良かったのでは?』

「私は貧乏性なんだよ」


 これまでは生き延びること優先で動いてきたし、現実でも娯楽以外にはお金は殆ど使ったことがない。

 残念ながらダンジョンカタログには、サブカルチャーが存在しなかったので、普段使わない物に投資するのは抵抗があるのだ。

 なので一番安い木製のベッドと煎餅布団、あとはトイレ用のオマルを購入した。


『コアルームの隣に部屋を作り、トイレとして利用すれば良いのでは?』


 もうずっと風呂に入っていないし、トイレは部屋の隅で済ませてダンジョンに分解させるというひどい有様である。


「DP節約してその分強化に当てて、早く家に帰りたいし…」

『昨日も入浴したいと言っていましたが、帰るまで我慢するのですか?』

「…うぐっ! そっ…それは!」


 いくらダンジョンの機能を使ってその場で分解してくれるとは言え、コアルームの隅っこで用を足すのは辛かった。

 それに毎日温かな風呂に入ったり、柔らかな布団で寝るのは、何物にも代えがたい大切なことではある。


『マスターはもっと、御自分のためにDPを使ってください。無限湧きの下級ポーションに頼るだけでは、いつか体を壊してしまいますよ?』

「ううっ……わっ、わかったよ」


 まるでお母さんのようにコアに優しく諭され、私は新品のオマルをすぐに売却して、ルームの隣にお風呂やトイレ、そして寝室を作成する。

 DP的には余裕があるので、そろそろ少しぐらい楽をしても良いだろう。せいぜい地上に出るのが、一日か二日遅れるだけだ。


 何にせよ邪神の軍勢に特攻をかける日は決まっているのだから、その後になればいつでも家に帰れる。

 私はコアに自室の間取りを任せて、何だか無駄に高そうな椅子に腰かけて、安物のヘタったクッションとは違う弾力に喜び、身を沈めて感激の声を漏らすのだった。







 最高級の羽毛布団にくるまって眠っていた私は、体を優しく揺らされて目を覚ました。しかしまだ眠いのでムニムニと目をこすっていると、彼女はこちらの上半身をゆっくり起こさせる。

 そして自分を支えたまま、肌触りの良いパジャマからいつもの儀礼服に、テキパキと着替えさせていく。


「おはようございます。マスター、朝です。起きてください」

「あふぅ…こっ…コア。おはよう。だから、それは止めてって、何度言えば…」


 瞳と髪の色が透き通るような水色のメイドが、私の耳元に口を近づけ、囁くように挨拶を行う。

 彼女の本体はダンジョンコアであり、今はオートマータと呼ばれる人間そっくりの体にメイド服を着せて、遠隔操作で動かしている。

 しかし密着状態の会話は吐息が耳にかかってくすぐったく、何だか変な気分になってくるので止めるように言っているのだが、今ところは改めるつもりはないようだ。


 まあ命令ではなくお願いなので、絶対に駄目と言うわけではない。しかし私は生殺与奪を握る上司と部下である以前に、大切な仲間だと思っているので、服従するようにと口に出す気はさらさらない。


「そんなことよりマスター。朝食の準備が出来ております」

「そんなことより…って貴女ね。はぁ…まあお腹が空いてるのは事実だけどさ」


 所詮私にとっては色気より食い気なので、食欲には勝てない。誘導されている気はするが、コアが作る料理は美味しいのだから仕方ない。


「上半身は着替え終わりましたので、次は下半身をお願いします」

「服なんて安物でいいし、一人で着替えられるのに…」

「マスターの身の回りのお世話は、私の重要な仕事ですので」


 私がベッドから身を起こしてフカフカのカーペットに足を乗せると、美しいオートマータが、下半身の儀礼服を流れるように着替えさせていく。

 まるで自分が偉くなった気分だが、いくら外見を取り繕っても、中身は平凡な中学一年生であった。


 着替えが済んだと思ったら、服やマントのシワを念入りに伸ばしたり、元はおかっぱ頭のボサッ毛ショートだったが、黒く長く伸びた髪を一本一本丁寧にすいて、顔に薄く化粧を行ったところで、コアは満面の笑みで、はぁ…と恍惚の吐息を漏らして、ようやく私を自由にしてくれた。


「今日もマスターはお綺麗です」

「そりゃどうも。でもあんまり丁寧にしなくていいよ」

「それはご命令でしょうか?」

「んー…命令じゃないけどさ」

「では私はこれまで通り、マスターのお世話をさせていただきます」


 自分よりも圧倒的に能力の高い魔物は仲間であり、彼女に対して強権を発動するのは非常に抵抗がある。

 だからいつも押し切られてしまうのだが、職場環境が快適になり、仕事にやりがいが持てるなら、それでもいいかと考え、私はメイドと共に食堂に向かって歩いて行く。


 今のダンジョン最深部は私が気兼ねなく過ごせるように、大きなお屋敷を建てて、そこで暮らしている。

 挙句の果てに天井を高くして人工太陽を浮かべて、森や平野や川や湖も作られ、箱庭のような階層になってしまった。


「そう言えばコア、今日は何月何日だっけ?」


 今の自分が住んでいるのは迷宮地下街に建てられた貴族風のお屋敷であり、赤い絨毯の敷かれた廊下を、メイドに守られながらのんびりと歩いて行く。


「それは答えなければ駄目ですか?」

「えっ? 答えたくないの? 何で?」


 ダンジョン内はコアに尋ねる以外では、今の時刻を知る術はない。それでも最深部に浮かぶ人工太陽の明るさで朝昼晩はわかるし、起床と消灯、食事は時間通りに提供される。

 コアにお世話をされて毎日規則正しい生活を送れるのだから、日付を知る意味はあまりない。…と思っていた。

 だがここで彼女が今の月日を答えたくないと聞いて、私は何か大切なことを忘れているのではないかと、無性に嫌な予感がしてきた。


「いいから答えて。命令だよ」

「…現在の月日は、二月十五日です」

「……は?」


 …ちょっと待とうか。確か私がダンジョンに飲み込まれたのが八月のお盆休みの日だ。今はそれから実に半年の時間が経過したことになる。

 そりゃDPもダダ余りしてダンジョン最深部が百階まで下がり、最深部が箱庭になるわけだ。


 ドラ子も今はお屋敷で一緒に暮らしており、五階層のフロアボス部屋は、シャドウドラゴンという自らの影に任せている。これが倒されたら本体が召喚されるとか、そんな感じらしい。

 昨夜は三人でボードゲームで遅くまで遊んでいたので、また自室でスヤスヤ眠っているが、そんなことはどうでもいい。重要なことではない。


「やっ…ヤバい!」

「…マスター?」

「授業の遅れが! 出席日数が!」


 お屋敷の廊下を歩いている途中、突然顔面蒼白になった私を心配しているが、何処か冷静なのは、こうなることを知っていたのだろう。


「こっ…コア、どうして?」

「どうしてとは、何がでしょうか?」

「なっ何がって! 邪神のダンジョンに突入したら…!」

「それでしたら、まだ突入させていません」

「…えっ?」


 邪神の支配するダンジョンコアを破壊することで、ようやく上階をこちらが掌握できる。そして当初の予定では、一ヶ月もかけずに全ての転送元を潰せるはずだった。

 その辺りのことはコアに全部お任せした。…そう私は思っていた。


「マスターの命令は、突入後に無事に帰って来られる魔物のリストアップです。

 直接攻撃を行うようには言われていません」

「……あっ」


 渾身のうっかりが発動してしまい、私は開いた口が塞がらない。しかしそうならそうと言ってくれれば良いのに、何で半年も黙っていたのか

 自分もDPに余裕ができのでダンジョンの拡張やドラ子やコアとの生活が楽しかったのもあるが、地上に帰ったら危険な迷宮にわざわざ足を踏み入れることもない。

 平和な日本で私は普通の女子中学生に戻るのだ。


「ですがそのおかげで、現在は地球全土の邪神勢力のDPが枯渇寸前です」

「…そう。何だか疲れたからご飯食べるね。

 あと適当に邪神のダンジョンコアを破壊して、上階を全部解放しておいてよ」


 通りで最近は五階層を守っているドラ子が、最深部の私の屋敷に入り浸っているわけだ。世界中のダンジョンの魔物が枯渇寸前になり、もはやうちにちょっかいを出す余裕もないということだ。

 シャドウドラゴンの気を張っていないくても、本能のままに敵を惨殺できるほどに弱いのだ。


 ちなみにアルティメットエンシェントホーリーゴッドドラゴンとかいう、究極進化を遂げたうちの子は、人間化したら超絶可愛かった。

 ピンク色の髪もサラサラだし肌もプニプニ、生後半年の見た目五歳児ぐらいのロリっ子で私によく懐いてくれている。


 だが魔物の本能なのか、ずっと寂しい思いをしていたのか、すぐに力任せに押し倒して母様大好きー…とチュッチュしようとするので、コアに助けを求めて引き離してもらったことがたびたびあった。


 正直神をも凌駕する超パワーを持ったドラ子には、逆立ちしたって敵わないので、現代人のもやしっ子である私を壊さないように気遣ってくれなければ、強引に引き離すときに、余波で何度死んでいたかわかったものではない。


「確かに邪神の勢力からは絞れるだけ絞り取りましたし、…潮時ですね」

「それで、どんな魔物を召喚するの?」

「新たに召喚する必要はありません。ドラ子がシャドウサーヴァントを百体も作れば十分です」

「…マジか」


 どうやら私が攻撃命令を出す時に備えて準備だけはしていたようで、コアはベッドで熟睡中のドラ子に念話を送ると、扉が破壊される音と共にパジャマ姿の幼女が文字通り飛んできた。

 それを見て私は思った。自分がマスターをやる意味ってあるのかな…と。これでは完全にマスコットキャラでお飾りの主だと判明して、やっぱり居なくてもいいかもと悟ったのだった。







 その後一時間足らずで上階の制圧は終わり、黒い靄のドラゴンベビーっぽいシャドウが、総出で敵のダンジョンコアの欠片を口に咥えて持ち帰ったので、私が直接頭を撫でるというご褒美を与えた。

 コアが言うには、これはマスターの重要な仕事とのことだし、彼女たちもナデナデされて尻尾を振って嬉しそうなので、きっとこれでいいのだろう。

 本体のドラ子が一番喜んでたのは、多分感覚を共有しているからだ。


 とにかく重要なのは、これでダンジョンの全てはコアの管理下に入った。もう邪神が転移門を設置してちょっかいを出してくることもない。

 最深部だけでなく、上階も丸ごと私の家になったのだ。


「と言うことで、二人共さよなら。半年という短い間だったけど、お世話になりました」


 コアに命令して一階層の入口近くの石造りの広場まで転移させてもらった私は、二人にお別れの挨拶をする。


「母様! 行かないで欲しいのじゃー!」

「ドラ子…ごめんね。でも私も、出席日数や授業の遅れがあるから」


 付き合いの長いドラ子がロリっ子に変化し、泣きながら私にと抱きついてくる。

 感情が暴走して力の制御が甘くなっているようで、ギュウギュウに締めつけられて結構痛い。

 でも私は彼女にとってのお母さんなので、足腰がガクガク震えても必死に我慢する。


「中学すら卒業できないのは嫌なの。せめて高卒、できれば大卒の資格が欲しいの」

「それがマスター望みなら、私たちは笑顔で送り出すまでです」


 その台詞が喋り終わったコアが前に進み出て、ボタンの部分に青い宝石がはめ込まれた、生地からして高級そうなポシェットを差し出す。

 受け取ろうとしてもドラ子に両腕が拘束されたままだと気づき、視線だけで助けを求めると仕方ないといった表情で、強引に引き剥がしてくれた。

 何気に彼女もDPを使って強化しているので、神様を越えたドラゴンには及ばないが、その気になれば一人で大国を落とすぐらい余裕である。


「アイテムボックスの中にマスターの私物を入れておきました。

 収納限界を越えて様々な道具が入るのは当然ですが、さらに転移石がはめ込まれています。

 これを持つマスターだけがダンジョンと転移元の座標を自由に行き来できますので、どうぞご自由にお使いください」


 これは何という便利アイテムを貰ってしまったのだろうか。社会人がもし覚えられるなら何が良いかと聞いた所、移動と収納の魔法が上位に来る。その二つが手に入ったのは、本当に素晴らしいことだ。

 しかもすっかり忘れていた私物まで入れてくれたのは、至れり尽くせりである。


「ありがとう。大切にするね」

「マスターはずっとここに留まり、ダンジョンを治めて欲しい。私たちはそう思っていました」


 コアが皆の代表としてはっきりと声を出して私に訴えかける。ドラ子なんかエグエグと泣いているので、私も思わずもらい泣きしてしまいそうだ。


「私たちも何度既成事実で帰れない理由を作ったり、魅了魔法で骨抜きにして地上のことを忘れさせようと…」

「もう! 私の感動を返してよ! ああもう! それじゃ! 二人共! 待たね!」


 これ以上百合の花園に居られるか。私は地上に帰るぞと言わんばかりに、背を向けて全力ダッシュだ。

 命の危機を三人で乗り越えたり、今まで楽しかったり感動したのは本当だが、余りにも高すぎる忠誠心や好感度、その他諸々と完全にマスコットキャラゆえの非力さにより、長居をすると色んな意味で危険が危ない気がした。

 なので私は出口に向かって、ただ真っ直ぐに走り抜ける。


「規則正しい生活って大事だね! 家に帰ったら、また引き篭もるけど!」


 石造りの迷宮を一直線に駆けるが多少呼吸が荒くなるだけで済んでおり、半年前の私ならとっくに息を切らしてダウンしていた。

 だが今は体が軽く、それなりに速く走れている。肌荒れもボサ髪も虚弱体質どころかど近眼も完全に治っており、治癒のポーションやダンジョン産の食物の効果は凄いと実感する。


 向こうがどう考えているかは別として、こちらにとっては二人共気の合う仲間や友人、そして大切な家族だ。

 取りあえずは近況が落ち着いたら、たまの休日に自室から転移して顔を見せるぐらいならいいかなと、私はそう思ったのだった。







 日の当たる山道に半年ぶりに出た私を待っていたのは、ダンジョンの入口付近に張られた黄色いテープと多くの車や機材、そして突入一分前だとばかりのダンジョン産の装備に身を固めた、屈強な自衛隊員たちだった。


「生存者です! ダンジョンから生存者が出てきました!」

「少女? まさか行方不明者か?」

「とにかく確保だ! いや! 至急保護しろ!」

「なっ…何事!?」


 取材陣や野次馬も大勢集まっており、その中に目に涙を浮かべる私の両親の姿もあった。こちらがあまりの展開にオロオロしている間に、自衛隊員に取り囲まれて上からバスタオルのような物をかけられる。

 そのまま有無を言わさずに、あらかじめ設営してあった天幕付きのテントへと手を引かれていく。


(えっと…よくわからないけど、ついて行ったほうがいいよね)


 大体予想はつくのだが、急すぎて何の説明もないので少し不安である。

 ど近眼や肌荒れも完治し、ボサ髪はビューティーケアでもしたかのような流れるような美しい黒髪ロングに変わり、筋肉がついているようにはまるで見えないが、出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでる。

 そんな健康的で女性の理想をこれでもかと凝縮した姿へと変貌していた。


 さらにはこの半年で順応したせいで全く気づかなかったが、私は儀礼服のままであり、肌に触れる下着も全てが地球の最高級品にも引けを取らない出来栄えのダンジョン産の装備だ。

 おまけにコアの毎日の弛まぬ努力が実り、本日のコーディネートもバッチリ決まっており、お姫様どころか女神かと勘違いされるほどの、素晴らしい美貌を保持していた。




 もはや取材陣はダンジョンに突入を図る自衛隊員や日本政府の動向よりも、この正体不明の女性にカメラが向けられ、かけられたタオルの隙間から一目でも良いからその美貌を拝もうと、侵入防止柵から身を乗り出してフラッシュを焚いていた。


 私はその光景を見て、何だかわからないけど怖いと感じて、自衛隊の人に連れられるまま仮設テントの中に入っていく。

 もちろん両親も一緒だが、半年ぶりに再開した娘の姿を見ても実に挙動不審であった。


「えっと、久しぶり。お父さん、お母さん」

「お前、千代か?」

「私たちの娘は、もっとこうヒョロでガリで不細工じゃなかったかしら?」

「実の娘に酷くない!?」


 仮設テントに入って自衛隊員の人たちが見守る中、半信半疑の表情を浮かべるを両親と対面し、自分が吉水千代だと説得するが、なかなか信じてくれなかった。

 コアから受け取ったポシェットの中から財布を取り出し、そこに入れた学生証を取り出して開いて見せる。

 さらに両親の名前と家族の間で通じる情報を口に出すと、ようやく納得してくれた。


「たまたま入り口近くにセーフルームがあって、そこの回復の泉を利用して半年生き延びたの」


 感動の再会が終わった後は自衛隊員や家族の立ち会いの元、パイプ椅子に腰を下ろして、ここ半年の記録をつける女性自衛官とお話する。

 だがこれはコアと打ち合わ済みであり、実際に一階層には回復の泉付きのセーフルームが作られている。もっとも、利用したことは一度もない。


「水はわかりましたが、食料はどうしていたのですか?」

「そのセーフルームには自然が豊かで、いくつかの果樹が植わっていたの。

 でも助けを待ってる間に食べ尽くしちゃったから、魔物と遭遇しないか怖かったけど…」

「外に出てきたということですね」


 記録係の質問に深く頷く。

 取りあえず、私は運悪くダンジョンの発生に巻き込まれた。飲み込まれた先は回復ポイントだった。

 救助が来るまで耐え忍ぼうとしたが、食物がなくなってしまった。なので魔物に見つからないように警戒しながら、何とか出口まで辿り着いた。

 …というカバーストーリーをでっち上げた。


「しかし吉水さんの容姿は、半年前の写真とは異なるようですが」

「そっ…それは…」

「言えないことですか?」

「そうじゃないけど…」


 この質問をされることは想定していたが、どう答えれば追求を逃れられるのかは答えが出なかった。

 しかし怪しまれるわけにもいかないので、またまた嘘をつくしかない。


「実はセーフルームに出没するスライムと仲良くなったの」

「スライムとですか? そもそも魔物は近寄れないし、人を襲うはずでは?」

「そこは私にもわからないけど、とにかく果実を分けて仲良くなったスライムは、色々な道具をくれたの」


 百パーセント嘘だが、記録係の人も両親も真面目な顔をしている。私も緊張しているので若干固いが、それだけ真剣なのだと勘違いしてもらえているようだ。

 どうせ証拠などないし、確かのはこちらの証言のみだから好き勝手なことを言える。


「それを道具を使ったのですか?」

「まあ、命がかかってるからね。色々と試さないと」


 記録係は真剣にメモを取っているが、地球にダンジョンが出現してまだ一年だ。世界各国が調査を行っているが不明な点が多く、自分の証言もその一つとして処理されることだろう。

 その後も私はコアとの打ち合わせ通りに答えて、大きな病院で何度か精密検査を受けたり、一週間ほど自宅待機で色んな機関からやって来た大人の人から質問責めを受けたりしたが、特例として中学ニ年生に進級できることが決まり、私はようやく人心地がついたのだった。




 ちなみにその後、コアとドラ子が地上で暗躍し、私を冒険者組合の偉大な創立者にしたり、美の女神として全世界に崇め奉れたり、憂さ晴らしのように邪神の勢力をボコボコにしたりと色々あるのだが、それはまた別の話であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・連続で現代のダンジョンですか。 ・置き物系主人公は意外と好きだったりします。 [一言] 長文書くの疲れたでしょ?お疲れ様でした。
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