91話
クーガーには両親との記憶が無い。
物心付いた頃には既に魔物に襲われ死去しており、残されたのは幼いクーガーとその兄だけだった。故に両親と触れ合った記憶もなく兄から語られる話しだけが両親の思い出だった。
そんな身寄りのないクーガーが幼少の時代を過ごしていたのは別段特筆すべき所がない平凡な村だった。農作物と家畜を売って生計を立ててたそこら辺の村と何ら変わらない所だ。
その村でのクーガーの思い出は兄との生活が大半だった。
クーガーより十も年が離れた兄は明るく優しく、他人を真に慮る事が出来る好青年だった。二人を受け入れてくれた村の為にと雑用も進んでこなし、体が出来上がって来てからは武器を持ち周囲の魔物を討伐するなど村に尽くした。
そのおかげもあってか、村での二人の待遇は悪いものでは無かった。
そんな兄の姿を見てきたクーガーが、その背に憧れ目指すのも当然であり、八つの迎える頃には自ら槍を組み立て村周辺の魔物に挑む事を覚えた。
勿論幼い少年が魔物をちぎっては投げなんてことは出来る訳も無く、生傷を増やす日々が続きその度に兄に叱られるというのが日常になっていた。
「おや、クーガー。どうしたんだいその傷は?あー、また一人でそこら辺の魔物に突っ込んでいったんだろ!?お兄ちゃんに心配ばかり掛けて!」
その日もいつものように村を抜け出し近辺の弱い魔物を相手に奮闘した証の生傷を身体中に刻んで、こっそり凱旋したその姿を見た村人がこれ見よがしに大声で騒ぎ立てた。
「この傷は前のヤツだ!今日は一回も怪我なんかしてねぇっ!」
「だったら何で血が流れてんだ」
背後から聴こえた声にビクと震えると間髪入れずに頭に衝撃が襲った。
「~~~ッ!!」
痛む頭を押さえしゃがみこみ後ろを振り替えるとご立腹な兄の姿が。
「グラン!帰ってきたのかい!」
「ええ、今さっき。それとありがとうございます。声をあげてくれたおかげでコイツを見つけることが出来ました」
グランと呼ばれた青年はクーガーの首根っこを掴むと持ち上げた。
「ほらお前も頭を下げろ。折角気遣ってもらったのに喚いちゃダメだろ?」
「別に頼んでない…」
掴まれた手とは反対の手でコツンと叩かれる。今度は促すように威力は抑えてあった。
「クーガー?」
「………………ごめんなさい」
嫌がりながらも渋りに渋って漸く絞り出した言葉に村人は笑った。
「これに懲りたらあんまりお兄ちゃんを心配させるんじゃないよ。グランには魔物を討伐してもらわなくちゃならないんだから、心配事は少ないに越したことはないんだからさ!」
ね?グラン。と言う村人にグランは笑顔を返し、クーガーは恨めしそうに村人を睨む。
「ほらクーガー。ブー垂れた顔はそこまでだ。さっさと帰って飯にしよう。兄ちゃん腹がペコペコなんだ」
その視線を村人が訝しむ前にグランはクーガーを下ろして頭を乱暴に撫でた。
村の端に宛がわれた二人の家に入ると今まで黙っていたクーガーが端を切ったように喋りだした。
「いったいいつまであんな風にへつらうんだよ!毎日毎日雑用押し付けられて最近は軽い感じで魔物を倒してこいなんて言ってる奴らなんかに!」
クーガーから見て贔屓目はあるが兄――グランは優秀だ。人当たりは良いし要領も良い。頭の回転も悪くなく何より強かった。
そんな非の打ち所が無い兄が、村の住人達に顎でこき使われているのが許せなかった。
「おお。へつらうなんて難しい言葉をよく知ってるな。知識も成長しているようで兄ちゃんは嬉しいぞ」
宥めるように頭に置かれたその手を払いのけてクーガーは言った。
「話しをそらすなよっ!村の連中の誰より兄貴はスゴいのに、アイツらは当然のように兄貴を顎で使う!」
まるでそうするのが当たり前のように、終えた後も感謝の言葉こそあれ、そこに気持ちが込められているようにはクーガーは感じられなかった。
「兄貴はオレがまだガキだから村の連中の言うことを聞いてるんだろ!?オレの面倒を見てもらえるように!」
「クーガー」
落ち着くようにグランが言ってもクーガーは止まらない。
「だからオレはさっさと魔物をぶっ倒して強くなるんだ!強くなれば誰に頼ることもなく生きていける、あんなヤツらなんかいなくても兄貴とオレなら―――――」
スパン、と熱くなるクーガーの頬をグランははたいた。
「クーガー。俺に対する文句ならいくらでも聞いてやる。だけど身寄りのない俺達を受け入れてくれたのはこの村の人達だ」
両肩を掴み、目線をクーガーに合わせてグランは続けた。
「困っていた俺達はこの村の人達のおかげで今までやってこれたんだ。だから村の人が困っていたら助けるのは当然なんだよ」
何か言い返そうとしたクーガーを制してそれに、と続けた。
「俺が頑張って誰かが笑顔になってくれるってのはなかなか良いものだぞ?」
「…………あんな気持ちの籠ってない感謝でも?」
「それでも感謝された事実がそこにはある。それでいいんだよ」
心の底からそう思っているからグランは柔らかく笑った。
「今は分からなくても、納得出来なくてもいい。いつかお前が自分自身で納得出来るようになればそれで」
「……努力はする」
「ならよし!」
そう言うとグランはクーガーの頭を力強く撫でた。ワシャワシャと髪の毛を乱しながらなで続けられる事を嫌がったクーガーは弾けるようにその場を逃げ出した。
「なんだ恥ずかしかったか?」
「ガキ扱いすんなって!!それより俺も腹が減った!飯にしよう飯に!!」
分かりやすく話しを逸らしたクーガーにグランはまた笑った。
「そうだな。晩ごはんにしようか」
身に付けた道具を全て下ろしてグランは台所へと向かう。
二人きりの家族で迎えるささやかな団欒。真に心休まるその時間を少しでも良いものにするためにグランは腕によりをかけるのだった。
そんな日々が続き、早く成長したいと焦がれるクーガー。その日もその日とて村人の目を掻い潜り、裏口から村の外へと抜け出した。
「よっ、と。おし、今回は傷薬もちゃんと持ってきてあるな」
いつもボロボロになっては兄に叱られるので、気休めであろうと傷を癒せるようにとこっそり手に入れた傷薬を懐にあることを確認したクーガーは、村近辺に出没する魔物を探しに歩き始めた。
「にしても今日は天気が悪いな」
空を見ればうっすらと雲が架かり始めていた。風も吹いており、空の向こう側には厚い雲も見えた。
「今日は少し早く切り上げるかな…」
何か胸に込み上げるざわつきを感じながらクーガーは歩みを再開させた。
――――今思えばこの時何故直ぐにでも村に戻らなかったのだろうと、クーガーは後悔し続けている。
「くそッ!思ったよりも手こずった!」
何体かの魔物を仕留めたクーガーはいつものようにボロボロになった体で村への帰路を急いでいた。
「急がなきゃっ。兄貴の事だ、もう魔物を倒して村に戻ってるかもしれないっ!」
どうせ叱られるが、兄より遅く戻ってしまうとその時間の分だけ心配を掛けたとして、長く密度の濃い説教になってしまう。
出来ればそれは回避したいクーガーは全速力で帰路を駆け抜ける。
村まで後少しとなったその時、クーガーの視界の先に黒煙が上がったのが見えた。
「なんだ…、あれ…?」
それが村から立ち上る煙だと認識するのに数秒要したクーガーは、ハッとすると直ぐに駆け出した。
「なんだよ…!一体何があったんだっ!」
胸のざわつきが強くなり、緊張により心臓の鼓動が加速度的に早くなる。理由は分からないが頭の中では"間に合え"と声が幾重にも反響してクーガーを急かした。
(魔物が襲ってきた?だけどそれなら兄貴が何とかする筈だ。それとも兄貴より強い魔物が―――?)
その先の最悪の展開が浮かび上がりそうになり、クーガーは頭を左右に振ってその考えを吹き飛ばした。
兄は強い。魔物なんかに遅れは取らない。だからこの不安は杞憂なんだと言い聞かせてクーガーはひた走る。
村へと辿り着くと、いつもの呑気な空気は無く、張り詰めた緊張感が辺りを支配していた。
その時、衝撃音が響き空気が震えた。周囲を見渡すとどうやら音の出所はここより先、村の入り口付近からのようだった。
「―――っ!」
クーガーは其処を目指し走る。途中腰を抜かしたのか地面にへたり込んでいる村人がクーガーに何か言ってきたがそんなものは耳に入らない。
住居区を抜けて村の入り口へと辿り着くと目に入った光景にクーガーは息を呑んだ。
「―――――――」
戦闘の中心であろう場所に横たわる人物。辺りには血が広がっており重傷なのが分かる。それを見てよく知る人なのに何故か他人であってくれと心が叫ぶ。
しかし視線は外せず周りの景色はぼやけて、倒れた人物だけが鮮明になっていく。
ボロボロになっていたがその服装は今朝見たことがある。傍らに落ちている半ばから折れた剣も元の輝きを知っている。傷つき苦痛の表情をしているのが敬愛している兄、グランだと分かってしまった瞬間、クーガーは叫んだ。
「あっ、あああああぁぁぁ!!!」
駆け寄りその体を抱き上げる。体を起こしても力無く項垂れるグランにクーガーは必死に呼び掛ける。
「兄貴っ!なんで黙ってるんだよ!返事を!してくれよぉっ!」
何度問い掛けてもグランは何も返さない。それでも、それでもと声を掛けるクーガーに近づく影が一つ。
「うるせぇ餓鬼だ。返事なんかする訳がないだろう。俺がこの手で殺したんだから」
その言葉を聞いてクーガーはぴたりと黙り、その声の元へと顔を向けた。
二足歩行で立つソレは人間ではなかった。隆起している筋肉は人のソレとは桁が違う。太く鋭い爪は人を仕留めるのは訳もないだろう。特筆すべきは額から伸びた二本の角。その身は激闘の後か至るところに傷を負っていた。
「なんだよ……、お前…」
「ああ?そういや名乗っちゃいなかったか。いいぜ教えてやるよ。折角殺したのに名乗り忘れちまったからな。テメェもしっかりソイツと同じ場所に送ってやるから伝えてくれよ?」
傷だらけでありながらもソレは凶暴な笑みを浮かべて言った。
「オーガのベルトーガだ。記憶したか?なら―――死んじまいなッ!!」
右手で手刀を作りクーガー目掛けて振り抜く。圧倒的な質量を持って粉砕せんと迫る一撃。それを前にしてクーガーは未だ動かず、ベルトーガはそれを諦めと見てつまらなそうに鼻で笑った。
「ベルトーガ……。そうか、テメェが…兄貴を、こんな目に」
ポツリと呟いたクーガーはグランを地面に寝かせた。そして己が武器の短槍を手に構える。
「今さら何をしたって遅えよッ!」
生意気言おうが小さな餓鬼に何が出来ると見下し止めを刺さんとするベルトーガ。これで終いだと確信した瞬間、クーガーがその顔を上げた。
「ッ!?」
クーガーは腰を落とした状態から前に飛び込みベルトーガの懐に潜り込むことで攻撃を躱わした。
そのことに驚くベルトーガが次に見たのは。
「テメェハゼッタイコロシテヤル――――!!」
獣のように吠えるクーガーの姿だった。
お待たせしました。またゆっくりとですが投稿したいと思います。良ければお付き合いいただければ幸いです。




