7話
イルガ村を出発してから約半日、クーガーは行商人の馬車に揺られながら首都ウォレスまでの道を進む。すでに太陽は傾き空は茜色に染まっていた。
「クーガーさん、ウォレスが見えてきました。もうすぐ着きますよ」
その言葉を聞いてクーガーは荷台から顔を出し行商人が指差す方向を見る。視線の先には遠目からでも分かるほど巨大な壁が広がっていた。
「すごいな……」
「十年前の戦いの後、二度と魔物達に入り込まれないようにと国民総出で力をいれて建設したんだ。エルバート様とアリシア様を失っても、自分達は決して魔物達には負けない、っていう想いが込められたローランド王国の象徴でもあるんだよ」
一緒に乗り合わせている護衛の冒険者が答える。本当に自慢であり誇りなのだろう、語る冒険者の顔はどこか誇らしげだった。
更に走ること数分、馬車は門の前にたどり着いた。
門の前ではクーガー達以外にもウォレスに入ろうとする者達が検問を受けていた。しばらくしてクーガー達の番になる。
「次っ!」
門番の掛け声を聞いて行商人は馬から降り、証明書を見せる。クーガーも冒険者と共に荷台から降り検問を受けた。
「ん?なにやら人数が行きの時よりも一人多いようだが?」
「はい、彼はイルガ村のオテロさんの紹介で冒険者ギルドに案内するために一緒に来てもらったんですよ」
行商人が視線をクーガーに移す。クーガーはオテロから預かったギルドマスター宛ての紹介状とは別の紹介状を門番に渡す。
「イルガ村のオテロ……ああ!冒険者ギルドのギルドマスターの弟のオテロさんか!」
名前を聞いてオテロの事を思い出した門番は、受け取った紹介状に目を通す。
「…うん確かに、紹介状に何らおかしなところはないし、何よりオテロさんの紹介なら問題ないだろう。通ってよし!」
検問を通過しクーガー達はウォレスに入る。クーガーとしては門番に怪しまれるまでは予想済みだったが、オテロの名前が出ただけでここまで順調にいくとは思っていなかった。
「オテロって案外凄いヤツだったんだな…」
「そりゃそうさ。十年前の戦いの時には今のギルドマスターとの兄弟二人で魔物相手に奮闘したからな。今思い出してもあの二人の戦いぶりは凄まじいものだったよ、幾重もの魔物達を薙ぎ払っていく様に俺たちも勇気を貰ったものさ」
クーガーの呟きに壮年の冒険者が答える。言動からして先の戦いに参加してオテロの戦いぶりを間近で見ていたのだろう、彼の話しには熱があった。
そして門を抜けるとウォレスの街並みが現れる。
イルガ村とは比べ物にならないほどの人達が行き交い、活気に満ち溢れていた。
「それじゃあ私はこの辺で失礼します。こちらが依頼達成の証明書になります。またよろしくお願いしますね」
「おう、こっちこそ護衛の依頼だったらいつでも引き受けるからよ、今度も指名で仕事をくれよな」
行商人は冒険者と依頼達成の手続きを済ませ、クーガーに一礼し馬車を引き、街中へと消えていった。
「さてと、あんたはギルドマスターに用があるんだよな?俺たちもギルドに報告をしなきゃいけないからな、案内してやるよ。どうせウォレスは初めてで道も分からないだろう?」
壮年の冒険者の提案を受け、クーガーは共に冒険者ギルドに向かう。
「おっ!帰ってきたのか。どうだい?今夜いつもの酒場で一杯?」
「いいな。報告が終わったら向かうから待っててくれよ」
「あらいい男。どうしたの?もしかして拾ってきたの?」
「ちげぇよバカ!何だって俺らが野郎なんざ拾わなきゃなんねぇんだよ!ウチのマスターに用があるから連れてきたんだよ」
冒険者達は顔を知られているのかギルドへ向かう道中、街の人からよく声をかけられていた。そうこうしているうちにギルドへたどり着いた。
「着いたぜ。これが俺たちが所属しているギルド『デュランダル』だ。それじゃ、早いとこ依頼達成の報告をしたいしさっさと中に入るぞ」
先に進む冒険者達に続いてクーガーもギルドの中に向かう。
ギルド内ではクーガー達と同じように依頼の報告をする者や受ける者、パーティーを組むためにメンバーを探している者など冒険者達でごった返していた。クーガー達も報告のために受付へと向かった。
「イルガ村への行商人の護衛、無事完了した。これ証明書な」
「皆さんお帰りなさい。……はい、確かに依頼完了を確認しました。護衛任務お疲れ様でした。これが今回の報酬になります。……あら?後ろの男の人は?」
「ああ、イルガ村のオテロさんからの紹介でな。マスターは今日はいるかい?」
「はい、いらっしゃいますよ。呼んできますので少しお待ちくださいね」
そう言うと受付の女性は奥の扉へと向かっていった。それから少しして戻ってくると。
「お待たせしました。マスターが応接室で話しを伺うということなので案内しますね」
「それじゃ、俺たちはここまでだな」
「ああ、ここまで案内してもらって助かった」
「オテロさんに頼まれてるからな、気にするな。もしなんかあったら依頼を出してもらえれば引き受けるからよ」
クーガーは挨拶を済ませ、ギルド二階の応接室に通された。部屋の中では一人の男が待っていた。
「来たか。案内お疲れ、ここはもういいから受付の方に戻ってくれるか」
女性は二人に一礼し部屋を後にする。クーガーは男に促され椅子へと座った。
向かい合うのは壮年の男。がっちりとした体躯に纏う雰囲気が実力者であることを物語る。
「さて…と、まずは初めましてだな。俺がギルド『デュランダル』のギルドマスター、シグマだ。お前がオテロの紹介で来たヤツで間違いないんだよな?」
「ああ、名前はクーガー。オテロからあんたにこの紹介状とハンマーを見せればすぐに分かると言われた」
そう言って紹介状を渡し、ハンマーをテーブルの上に置く。シグマはハンマーを見て驚いた表情をし、紹介状を読んだ。
「―――確かにこれはオテロが書いた物だ。このハンマーも親父が作ったやつに間違いないな」
確認を終えたシグマはクーガーに視線を移す。
「だいたいの事情はこの手紙で把握した。確認するが、お前はギルドや冒険者についての知識はほとんど無いって事でいいんだな?」
「ああ」
クーガーの返答にシグマは頭を抱える。オテロの紹介だから悪い人物ではないだろうが、全くいくら訳ありと書いたあったとはいえ厄介なヤツを寄越したもんだと、心の中で愚痴る。
だが、弟がわざわざ紹介状まで書いた男を無下に扱う訳にもいかない。シグマは覚悟を決め、クーガーと向き合う。
「いいか?とりあえずお前に冒険者について基本的な知識を教える。」
そうしてシグマは話し始める。
この世界では、冒険者と同じようにレベルやステータスを持つ職業がある。王国に仕える騎士、教会に所属する聖職者がそれだ。しかし誰でもこれらの職業になれるわけではない。
年に1度各国で行われる"加護の儀式"を受けなければならない。
加護の儀式とは、各国の王城に昔から残されている魔法陣を使って行われる。そしてその魔法陣は年に1度魔力が満ち、それによって加護という形でレベルとステータスが与えられる。
希望する者はまずそれぞれの場所で試験を受ける、内容は身体能力と一般的な知識、それを突破した者は身辺を調べられる、それらを通った者が晴れて権利を得て加護の儀式を受けられる。
そうしてレベルとステータスを得た者達は、それぞれ王国、ギルド、教会へと所属する。
「さて、だいぶ駆け足で説明したが大まかにはこんなとこだ。どうだ、ついてこれてるか?」
「大丈夫だ」
「よし、なら続けるぞ。そうして所属した奴らは自分を証明するために"投影石"っていうアイテムを持つ」
シグマは自分の手首に着けているブレスレットを見せる、そこには緑色の宝石が嵌め込まれていた。
「そしてコイツに魔力を流すと――」
ブレスレットに手をあて魔力を流す。すると宝石が輝き文字が浮かび上がる。
名前 シグマ Lv25
種族 人間
〈能力〉
筋力値 30
器用値 28
機敏値 23
生命力 29
魔力値 25
〈スキル〉
武器 剣 斧
魔法 火属性 土属性
補助 指揮 連携 馬術 詠唱短縮 夜目 解体 睡眠耐性 混乱耐性
浮かび出されたのはシグマのステータスだった。ギルドマスターだけあって、かなり高いレベルとステータスだった。
「とまぁ、こんな感じに自身のステータスが表示される。このステータスを参照にしてクエストを受けたり、パーティーメンバーを探したりするんだ」
なるほど、とクーガーは感心する。確かにこれならクエスト攻略に必要な能力やスキルが分かり、それを元にパーティーを組めばクエストの成功率も格段に上がるだろう。
「この投影石は色によってそれぞれの職業に分類される。冒険者は緑、騎士は白、聖職者は青色の投影石だ。それを各々首飾りやブレスレットなどの装具に加工して身につける」
「そして、投影石なんだが……これは普通、加護の儀式の時しか渡されない物なんだ。何らかの事故により失った場合は教会に申請し正式な手続きを行えば再び支給されるが、それはソイツがきちんと加護の儀式を受け、投影石を渡された者と証明されなければならないんだ」
そこまで聞いてクーガーはシグマの言わんとすることがわかった。
「そう、つまり加護の儀式を受けていないのにレベルやステータスがあるという事が既に不味いんだ」
確かにそうだ。通常だったら年に一度しかない儀式を受けなければレベルを得られないのに、それを既に得ているのだから。シグマの話だと試験の際に個人の身辺を調べると言っていたので、その情報を保管し、それを使って儀式を受けた事の証明をしてるとみて間違いないないだろう。
クーガーはここまで来て自分の状況がどれ程良くないものか理解した。
「だがまぁ……そこはさすがオテロというかなんというか……、抜け道がないわけではないんだよ」
そう言うがシグマの言葉は歯切れが悪い。
「ウォレスの教会の司祭には親父の代から世話になってたんだよ。頼めばもしかしたら内密に投影石を手配してもらえるかもしれん…。だがあまり期待するなよ。司祭は人は良いが、これからやろうとしている事は違反行為なんだからな」
そう言ってぶつぶつと文句を垂れるシグマ。それを見てクーガーはオテロの紹介とはいえ、どうしてここまでしてくれるのかと、シグマに訪ねる。
「ああ?俺だって本当ならこんな危ねぇ事やりたかねぇよ。だがオテロは俺の弟で、人を見る目は確かにあるんだ。そんなヤツがお前の事を頼む、力になってやってくれと、びっちり書かれた紹介状を見たらやんなきゃなんねぇだろうよ。それに、最後にお前の事をこき使って良いって書いてあったからな。覚悟しとけよ」
そう言ってシグマはニッと笑う。クーガーはその顔を見て二人はやはり兄弟なんだと思った。
「ここまでしてくれたんだ、存分に使ってくれて構わないさ」
「言うじゃねぇか。これで大したことなかったら承知しねぇからな?とりあえず今日はもう遅い、ちゃんとした場所じゃなくて悪いが今日はここで寝てくれ。飯は後で持ってこさせる、明日は朝から教会に向かうからな」
そう言ってシグマは部屋を立ち去る。一人残されたクーガーは窓から街を覗く。日は沈み、月明かりが街を照らす。イルガ村とは違いこの時間になっても道行く人は多く、まだまだ賑やかだ。
(とりあえずは明日、教会で司祭に投影石をなんとかしてもらわないとな…)
一筋縄ではいかないだろうと、気持ちを引き締め夜は過ぎていった。