86話
コボルトを殲滅したクーガー達は、各々の状態を確かめながらオネッサ村へと歩みを進めていた。そんな中で話題に上がったのはクーガーが最後に使った『アースチェンジング』の魔法について。
「貴方が最後に使った魔法あったでしょ?アレって見た感じ使い勝手が良さそうに思えたのだけど今まで使ってこなかったのはどうしてなの?」
「単純に実戦で使うには練度が低かったからな。消費する精神力も多いから形にするまで今まで掛かった」
「自由に形を作れるということは言葉だけ見れば強力ですが、その実求められるのは寸分もくるいなく思い浮かべる想像力、その想像通りに生成するための細やかな魔力操作など緻密な技術が術の性能に直結しますからね」
「応用って意味では使用者しだいでどうにでも出来るからな。そういう意味ではお前さん向きって訳か」
状況によって臨機応変に立ち回れるクーガーだからこそ十全に扱えるまさにおあつらえ向きな魔法であると一同は納得した。
そこから新たに戦術や連携についての話しながら馬を走らせ、途中で夜営で一晩を明かして早朝。昼に差し掛かる時間に一同はオネッサ村へと到着した。
「無事についたな。出掛けのコボルト以来は特に遭遇もしなかったし何よりなこって」
「魔物の分布が変わったか実感出来るかと思いましたが、消耗をしなかったと考えれば良いですかね」
「話しは後でも出来る。先ずは村長の所へ向かうぞ」
迎えてくれた村人に馬を預け村長の元へ向かうクーガー達。
村長の家で今回の依頼の詳細の説明を受ける。
「以上が今回の内容です。どうかお頼み申します」
「ええ、確かに承りました。ですがその前に準備を整えたいのですが、どこかお借りできないでしょうか?」
それなら小さいですが離れがあります、と村長の案内で通された小屋でクーガー達はここからの動きを会議しようとした。
「しっかしホント依頼主との話し相手をコーラルに任せてから安心するわな」
「クーガーは人相が鋭いし、私とアナタじゃ相手に与える安心感がたりないものね」
コーラルがパーティーに加わるまでの出来事を思い出して微笑むルセア。
過去依頼主との会話の時、クーガーの顔色をオドオドと伺いながら喋る者や、女性である自分やクーガーに比べて線が細いソーマを見て大丈夫か不安がる者もいたなと話した。
「教会に所属していた時は人々の悩みを聞くこともありましたからその経験が少しは生かされたのでしょうね」
このような事でも力になれるのならば幸いです、と微笑むコーラル。
程よく力が抜けた空気を引き締めるようにクーガーは口を開いた。
「そろそろいいか。依頼を確信するぞ。今回はオネッサ村から少し進んだ森にいる魔物の討伐だ」
気持ちを切り替え耳を向ける三人。
「最近その付近で魔物らしき叫び声が毎日のように聞こえてくるらしい。そして猪や兎を狩りに向かった村人によると所々にバラバラにされ喰われた動物の死骸があったらしい」
森では村人達が狩りの場として長年訪れている場所であり、以前にもにたような被害はあったが、今回は被害の規模がいつもよりも多いという。
「それに狩りに向かったこの村人も魔物に襲撃され片腕を失う被害があった」
その言葉にルセアとソーマは息を飲み、コーラルの表情は厳しくなる。
毎回毎回人的被害が出る訳ではないが、それでも被害の大小こそあれその事実になかなか慣れない二人は体に力が入る。
対してコーラルは村人の被害が腕の欠損ということで自分にはもう治療する術が無いことにやるせなさと、魔物への憤りを募らせた。
「続けるぞ。村人の話しよれば魔物は木々をの上を駆け回り襲いかかってきたと言った。そして剣で腕を切られたとも。情報を元に対象をエイプ系統と断定、爪ではなく武器を用いた点を加味してその中でもキラーエイプと仮定した」
猿に似た姿を持ち、攻撃性が非常に高い魔物エイプ。成長すると系統が別れることも確認されており、野性的な部分が強化され爪や牙での攻撃が脅威なビーストエイプ。知恵を身に付け人の武器を扱い対策が難しいキラーエイプの大きく二種類。
そして今回は情報を結びつけた結果暫定ではあるがキラーエイプと想定して話しを進める。
「特徴は身軽で素早い。しかも森というエイプ系統にとって絶対有利な地形も相まって文字通り縦横無尽に襲いかかってくるだろう」
「前に一回遭遇した事あったよな?あれは参考にしていいのか?」
ソーマの言葉にクーガーは首を横に振る。
「あの時は俺たち自身もレベルが低かったし、不意の遭遇戦だったこともあって場所もほぼ平地だったからな。全くの別物だ。その考えは捨てておけ、痛い目程度では済まないぞ」
「結構厳しい口調ですね。それほどの魔物とみても?」
「単体の能力で見ればそこまでじゃないが、いかんせん場所が悪い。森は村の生活に欠かせない以上むやみに木を切る訳にも、まして火を点けるわけにもいかないからな」
今回は相手の有利な土俵で戦いを行わなければならない。常に相手に一手優勢をとられているのは非常に厄介だとクーガーは溢した。
「でも貴方のことだから対策は勿論あるでしょ?」
「基本的にこちらから仕掛けず相手の出方を伺う。むやみに攻めても相手が木の上じゃまともに攻撃は当たらない。そこで少しでも開けた場所に陣取り、相手が攻撃しようと近づいて来た時に逃さずコレを叩く」
いくら素早く木々を移動しても、攻撃する時には降りて来なければいけない位置にいれば相手から勝手に近づいて来てくれる。相手が仕掛けた瞬間が絶好の機会だとクーガーは続けた。
「待ちの態勢となると隊列は?」
「ソーマを中心としてコーラルは防御魔法を展開。俺とルセアが前後を固める」
「昨日のコボルトと同じって訳だな」
「形はな。エイプは基本木の上から仕掛けてくるが地上からでも仕掛けてくる。警戒の難易度はコボルトの時の比じゃないぞ」
「それでいて一瞬の機会をモノにして相手を仕留めなければいけないのよね」
「そうだ。こっちから仕掛けるのが得策じゃない以上、少ない機会は確実にモノにしないといけない」
いつも以上に気を張っているクーガーを見てソーマは自分が緊張していくのを感じた。僅かに強張る姿をクーガーは見逃さなかった。
「別段気負う必要はないぞ。無理に集中しようとすると視野が狭くなる。いつも通りでやれればなんとでもなるはずだ。ただ意識だけはしておけってだけの話だ」
「――ホンっト頼りなるよ、お前」
「こっちもあてにしてるさ。周囲の警戒は頼むぞ」
「あいよ」
口調は軽く。しかし瞳には力を宿してソーマは返した。
「コーラルも、魔法に関しては使用する魔法の種類もタイミングも任せる」
「了解です。援護はお任せを」
コーラルは柔和な笑顔でうなずく。
「そしてルセア。攻撃する時はなるべく相手が近づいてからだ。お前の速さなら先手を取られても反撃の一撃のほうが速い。逃げられないように確実に仕留めろ」
「了解!相手がなんであれ遅れを取るつもりも取り逃すつもりもないわ!クーガーこそトチらないでよね?」
「当然だろ」
パンっ!と拳を手のひらに打ち付け自信満々に答えるルセアに、獰猛な笑みを返すクーガー。
四者四様ではあるが全員気合いの入った面持ちになった。
「俺は森の地図等ないか聞いてくる。戻ってくるまでに支度を済ませておけ、整い次第出るぞ」
三人からの了承の返事を聞いて、クーガーは一人離れを後にする。
直ぐそこの村長の元へと歩く中、ふと空を見上げると厚い雲が少しずつ広がっているのが見えた。
「影響が出なければいいが…」
下手に考えてもどうすることも出来ないのでクーガーは歩みを再開させる。
村長の家へ入り、簡易的に書かれた地図の控えを貰ったクーガーが外に出ると、そこには村人の男性に連れられた二人の子どもが立っていた。どちらとも男の子で若干年の差が見られる。背丈が小さい子が大きい子の服の裾を握っている所を見るに兄弟ではないかとクーガーは思った。
「どうかしたのか?」
訪ねられた村人の男性はクーガーの鋭い目付きに一瞬ビクっとしたが咳払いを一つして話し始めた。
「この兄弟の兄のほうが勝手に森に行こうとしたから、危ないって止めたんだ。普段は聞き分け良い子なんだが今回は言う事を聞いてくれなくて村長から言ってもらえれば聞いてくれると思って」
「お兄ちゃんは悪いことしてないもんっ!!」
叫んだのは兄の背に隠れている弟だった。裾を握る手は力一杯握られぷるぷると震えていた。
「悪い事じゃなくとも危険な事はしかけたんだ。それを止めるのも大人の仕事なんだよ分かってくれって」
宥める男の言葉に弟はうー、と唸るだけだった。兄の方に視線を向けるとうつむいたままで口が真一文字に結ばれているのだけ見えた。
「何で森へ行こうとしたんだ。魔物が出るって知っていたんだろ?」
クーガーの問いに兄はピクと体を震わせてたが尚も黙ったままうつむいている。
両手で抱えるように持っている鞘に納められた短剣らしき物がカタカタと音をたてた。
「怪我をした村人は身内か?」
兄は首を横に振るう。つまり敵討ちの類いではない。ならばこそその理由がわからないクーガーが首を傾げていると少年は口をゆっくりと開いた。
「ここ最近、村の人達に元気が無くて…。魔物を追い払ったらまた皆笑って過ごせるかなって、思って……」
その言葉を聞いてクーガーの心臓が一際大きく脈打つ。途端頭の中に懐かしい声が聞こえてきた。
―――皆不安な顔をしているからな。魔物を追い払えばまた皆笑ってくれるさ。だから、ちょっと行ってくるよ。
心配する自分を安心させるように優しく笑って頭に手を置く人物が浮かび上がる。
たった一人の肉親であった兄の姿が鮮明に写し出された。
「まったく、その気持ちは嬉しいが大人の俺達でもどうにもらないのを子どもがどうにかしようってのはまた違う話しなんだよ。なぁアンタもそう思う――って、どうかしたのか?」
男の言葉にクーガーは我に帰る。どうやら少し固まっていたらしい。
「…いや。なんでもない。そうだな、お前達はまだ子どもだ。危険な事は俺達に任せればいい」
視線は少年に向けられているはずなのにどこか少年を通して誰かに訴えるようにクーガーは言った。
「でも、僕達の村の事でお兄さん達が危ない目に合うなんて」
自分達の村の危機なのにそれでも他者を思う少年にクーガーは心底優しい子だと思った。そしてその姿勢が兄と似ていることも。
ならばこそ言わねばならない。その意志はきっと尊いものだが必ずしもそれを良しと思いきれない者もいることを。
「だからといってお前に何かあれば弟はどうなる?」
その言葉に兄はハッとして、弟は兄に何かという部分で嫌な想像が浮かんだのだろう。兄の体に力一杯しがみついた。
「理解したか?なら良い。幸いお前の無茶を咎めてくれる大人がいるんだ。今は子どもらしく甘えて、大人になったら村を守れるように強くなればいい」
クーガーは兄弟達の頭に手を置き柔らかい笑顔で言った。
「それまでは魔物なんか俺達が倒してやるさ」
クーガーの言葉を聞いた兄弟は大きく頷き返事をした。
村人の男は村長の注意は必要ないと思いながらもけじめとして連れていった。
「ふーん」
入れ替わるように村長の家の中に入っていった兄弟を見送ったクーガーの元へルセアがやって来た。
「どうした?」
「びっくりした。貴方ってあんなに柔らかい笑顔が出来たのね」
驚いたというわりにはルセアの表情はいつにも増して笑顔だった。
「そうか」
「自覚はなかった?」
「ああ。もし本当にそうなっていたなら、きっと兄の事を思い出したからだろうな」
伏し目がちに話すクーガーだが表情はまた柔らかいものになった。
「お兄さんがいるの?」
「ああ、いたよ」
ルセアの問いに答えた言葉は過去形だった。それがどういう意味なのかわからない程ルセアは鈍感ではない。
「…そう」
それ以上は何も言えず僅かに沈黙が流れる。
「それで?ここに来たってことは準備は終わったのか」
そう話すクーガーの表情はいつものように鋭い顔つきに戻っていた。
「あ、ええ。貴方が少し時間が掛かってるみたいだから様子を見にきたの」
「そうか手間を掛けた」
「大した手間じゃないわよ」
「それもそうか」
「謙遜したからって直ぐに撤回するのはどうかと思うわよっ」
ジトーっと睨むルセアにクーガーは短く笑った。
その様子を見て気を使わせたことを察したルセアは足早に離れへ向かっていく。
「ほら!早くいくわよっ!魔物なんか倒してくれるんでしょ!?」
どうやら兄弟とのやり取りはバッチリ聞かれていたらしい。タイミングが良いのか耳聡いのかと思ったが口には出さなかった。
曇天になりつつある空模様のなかクーガー達は森へと出発していく。
読了ありがとうございます。
次回の投稿は年末年末の都合により少し間が空きますので気楽にお待ちいただけたらと思います。




