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ある男の異世界転生記  作者: 只野名無
3.5章
80/118

78話

「前に出ます!援護宜しくお願いします!」


「さっきみたく一人で突っ走るんじゃないわよ?もしそうなったらアンタも標的の内に入れるから」


 駆け出そうとする康一にシータが笑顔で言った。戦闘中でありながら穏やかな笑顔だが、有無を言わさない威圧感をひしひしと感じる。


「も、勿論ですっ!」


 それに対する返答は是しかない。康一はコクコクと首を縦に振り、さっきな二の舞はしないと訴えるとシータからの威圧感は霧散していった。


「大丈夫そうね。ならしっかり頼むわよっ!!」


 バシン!と康一の背中を思いっきり叩き背中を押す。

押された康一はその痛みに歯を食い縛りながらもハイ!と力強く答え駆けていく。


「それじゃあ私達もやりましょうか。今の康一なら一人でも前線は安心して任せられるわね」


 そう言うと懐からタクトのような短く作られた特注の杖を取り出す。


「さすがにこれ以上は杖も使わないとキツイかな」


 シータは普段の戦闘では杖をあまり使わない。

得意武器である杖を用いれば扱う魔法の威力と安定性は格段に向上するが、それ相応に精神力は消費するし発動までの時間も若干ではあるが増加する。

魔族討伐のためのパーティーを組んでいるシータにとってリフルと並んで悠長に詠唱をするという事は好ましく思わず、取り回しの良さを得るために普段は杖を構えなかった。


「という訳で私の方も援護頼めるかしら?」


「ええ勿論。お二人のサポートばっちりこなしてみせます」


 リフルの頼もしい返答を貰ったシータは一撃で決める為に詠唱に入る。

リフルは康一とガーゴイルの位置を把握し適切な魔族とそれを放つタイミングを伺う。


「『エンチャント』!」


 前を行く康一はエンチャントを施しガーゴイルへと駆ける。心は平静を取り戻し、憎しみの感情の波は小さくなった。そのせいか頭に浮かぶ指標は見えなくなっていた。


(やっぱり体の感覚が違う。相手の動きの始動が見えない)


 あの状態が何かの作用で擬似的に与えられたモノなのか分からないが、無くなった今思えば痛手だと感じる。

そう思って軽く頭を振る。確かに惜しいが、それはただ元の状態に戻っただけだ。なら戦い方は何も変わらない。


(僕の後ろにはリフルさんとシータさんがいるんだ)


 共に敵に立ち向かう頼もしい仲間がいる。ならば必要なのは一人で全てを成し遂げる事ではなく、仲間と力を合わせる事。

そして今自分がすべきは後方でガーゴイルを倒す一撃を放たんと構えるシータの攻撃が確実に当たるように立ち回ることだ。


(先ずはガーゴイルの注意を僕に集める!)


 相手の動きが読めないならば先手をとって攻勢を得る。攻めて攻めて相手を釘付けにする。


「はあああッ!!」


 叫びを上げてガーゴイルの視線を自分に向けさせる。手前の一体が回避しようと飛び退く体勢をとったのを見た康一は無理やり一歩を踏み出し切りかかる。

 タイミングを逃したガーゴイルは腕を交差させ剣を受けた。康一の攻撃は確かに入ったが断ち切るには至らず、微かにガーゴイルの腕に食い込む程度だった。


「ギギィ――ッ!!」


 腕をはね除けようとするガーゴイル。だが康一もここは退かない。致命傷にはなっていないが相手の手と足を止めているのだ、ここで易々と自由にさせてたまるかと力を振り絞りガーゴイルを押さえつける。

 もう一体のガーゴイルがそれを好機と捉え横から康一へと攻めいってきた。構えるのは貫手、食らえば当然ひとたまりもない。


「―――っ!」


 それを視認した康一はけれども回避することもせずただ目の前のガーゴイルを押さえつけるのに全力を尽くした。

横からのガーゴイルの一撃が康一へと放たれその体を貫かんとした時、その腕を絡めとるように地面に現れた魔方陣から光の鎖が現れた。


「ギッ!?」


 突然腕を縛られたガーゴイルは急ぎ鎖を破壊しようと残った手で攻撃しようとするがそれを阻む詠唱が聞こえてくる。


「まだです!一回で足りないなら何度でも!生命を導く聖なる光よ、魔を絡め縛りたまえ――『ブライトチェイン』!」


 地面の魔方陣が大きくなり、更に幾本もの光の鎖が地面から現れガーゴイルの体を巡っていく。鎖は足、体、腕と全身を縛り上げ自由を完全に奪い去った。


「止めましたっ!康一さんっ!!」


 リフルの声を聞いて康一は次の行動に移る。剣に掛けたエンチャントを解いて直ぐ様フィジカルエンチャントを発動させる。


「ぐっううぅっ…!」


 体に掛かる負荷に耐えながら押し付けていた剣を外した。抑えが急に無くなったことでガーゴイルは腕を振り上げ直立する格好になった。

康一は剣を振りかぶるように構え、がら空きになったガーゴイルズの胴体目掛け剣を振り切った。


「―――――ッァ!?」


 剣は深く切り込むが両断までにはあと一歩足りない。それでも構わず康一は力ずくで剣を振り抜く。


「おおおおッ!!」


 両断出来ればそれに越した事はないが出来ないならば次に取る行動は決めている。

剣を振り抜きガーゴイルを吹き飛ばした先にはリフルが拘束したもう一体のガーゴイル。


「シータさん!」


 二体が衝突したのを確認した康一は後を託す。


「上出来よ二人とも」


 シータはニッと口角を上げ、練り上げた魔力を形に変えていく。


「生命を照らす暖かな火よ、我が敵を悉く燃やせ、――――落ちろッ!、『フレイムストライク』!!」


 二体のガーゴイルを囲うように魔方陣が描かれ、円柱のように壁が覆った。その頭上には巨大な火球が円柱に囲まれたガーゴイル目掛けて落ちていく。

閉じ込められた二体はじたばたもがくがもう逃げることは叶わない。

火球がガーゴイルに直撃すると轟音と共に火柱が天を貫いた。


「―――――――!!」


 ガーゴイルの断末魔の悲鳴も爆炎に呑み込まれ消えていく。火柱が次第に細くなっていき掻き消えるとそこには灰すらも残っていなかった。


「すごい…。これがシータさんの本気の全力……」


 間近で見る脅威の一撃に感嘆の言葉が溢れる。

共に戦ってきて実力は知っているつもりだったが、その考えを改めなければならないと同時にやっぱり頼もしいと強く実感した。


「大丈夫ですか?」


 息を切らせていた康一にリフルが近づく。

康一自身はこれまでの戦闘で明確な被弾は無く、立ち回りの際に付いた汚れが軽装の所々に付いていた。

しかし外傷は無くとも無理を通した戦い方の影響はある。身体中を巡る痛みと疲労で汗が止まること無く流れているのがその証拠だ。


 その様子を見てリフルの顔は俯く。自分が使える回復魔法は外傷は治せても、内にある傷を治すことは出来ない。その事がとても歯痒く感じていた。

また、その様子を見た康一が何て声を掛ければいいとオロオロしていると見かねたシータがやって来る。


「何俯いてんのよ。まだ魔族が残っているでしょうが」


「シータさん」


「早いとこライアットを探して援護に行くわよ。どれだけアイツが強くとも一人で魔族の相手は厳しいはずよ」


「確かニ。奮闘はしたが流石に俺に荷が勝ちすぎていたナ」


 不意に上空から声が聞こえる。三人は声の方向に顔を向けると月を背後に空中に佇む影が。


「探しものはコレで良かったカ?」


 そう言って影――――魔族ガーゴイルのリドリーは掴んでいた人物を康一達目掛け投げ捨てた。

ドン!と鈍い音を響かせて土煙が舞った。


「がっ…!」


 土煙の中からくぐもった声が聞こえる。まさかと思った三人が急ぎその元へと駆け寄るとそこには全身傷だらけのライアットの姿があった。


「ライアットさんッ!!??」


「ひどい傷っ!リフル早く治療を!」


「はい!二人とも少し離れて下さいっ!!」


 その姿を見た康一はあのライアットがここまでやられたのだと驚愕し唖然とした。

シータとリフルも驚きはあるが先ずは治療をせねばと行動に移った。


「いやはヤ、流石はライアット将軍ダ。一対一でここまで手こずるのは久しくなかったからナ。俺も珍しく傷を負っちまったゼ」


 そう語るリドリーの全身にも浅くはない傷がちらほらと見られるがただそれだけで未だ健在としていた。


「しかし人間ってのは本当に凄いもんダ。お前達が来る前の兵士達は取るに足らんモノだと思っていたのニ、たった四人が来ただけでこうも見違えるとはナ」


 そう言うとリドリーは辺りを見渡す。その視線の先には残った二体のガーゴイルが兵士達と戦闘を繰り広げていた。


「あーア。ありゃアイツらも殺られるナ。まさか全員倒される何て思っても見なかったゼ」


 同胞が倒され掛けているのにその口調はあまりにも軽かった。そしてその事に興味が失せたようにリドリーは視線を康一達へと移した。


「それよりも気になるのはソッチの勇者さんダ。さっき離れていても感じたビリビリとした殺気がこれっぽっちも感じないんだがどうかしたのカ?」


 まるで知り合いを気に掛けるようなリドリーの問いに、回復に集中しているリフルを除いた二人は驚く。


「随分馴れ馴れしいじゃない。それがアンタに一体何の関係があるのかしら?」


 シータはこの瞬間をチャンスと捉えた。リドリーが疑問を持った事は驚きだが、今ここで会話を行えば多少なりともライアットの治療の時間が稼げると考えたからだ。


「俺は勇者に聞いているんだがナ」


「勇者がアンタら魔族と言葉を交わす訳ないでしょ」


 嘘だ。康一はライアットが負傷した事実に驚いて今まともに会話が出来る状態ではない。それ以前に魔族相手に舌戦なんて出来る器用な子じゃない事は知っている。

だからこそ今は自分が矢面に立つんだとシータは前に出る。


「それはそれハ、随分狭量な勇者様な事デ。デ?代わりにお前が答えてくれるのカ?」


「敵になんか話すと思う?」


「やれやレ、答える気は無いってカ。殺した後じゃ聞けなくなるからモヤモヤが残るんだがナ」


 途端、圧倒的な殺気がリドリーから放たれる。

シータは選択を誤ったかと歯噛みをした。向こうから言葉を投げ掛けたから多少は会話のやり取りをしてくれると考えていたがその目論見はあっさりと破綻してしまったのだと。


「―――させない!」


 そのシータを庇うように前に出た康一。剣を構え、抗戦の意思を見せつける。


「させない。これ以上目の前で人を傷つけさせないッ!!」


 叫びと共にフィジカルエンチャントを掛ける。あまりの酷使に身体中が悲鳴を上げるがそれを理性で必死に押さえ込む。

相手はガーゴイルの魔族。余力など余さず出すのは勿論、それでも足りるか分からない程の強敵だ。

ならば無理をしてでも絞り出さなければならないと康一は覚悟を決めた。


「シータさん…援護を……ッ!」


「ええ。後ろは任せなさい、アンタは目の前だけに集中して」


 康一の姿を見てシータも覚悟を決める。チラと後ろを見れば未だ治療を続けるリフルの姿。集中しているその背中に直接声を掛ける事は出来ず、あまり時間を稼げなくてすまないと心の中で謝罪し視線を前に戻した。


「オ?何だ戦う意思はしっかりあるじゃねぇカ。にしても殺気は俄然弱いまんまカ……」


 康一の様子を一瞥したリドリーは自分の望みとは程遠い康一の姿に落胆の声を漏らした。


「お前の期待なんて知るもんか、僕達は絶対にお前を倒すんだっ……!」


「オレを目の前にして啖呵を切る気概は持っている、カ」


 なら、とリドリーは腰を落として飛び出す姿勢を取った。


「しっかり耐えてくれヨ?直ぐに終わっちゃつまらんからナ」


 絶対的な力の差をもってリドリーは醜悪に嗤った。

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