6話
ゴブリンを退治してから数日、クーガーはオテロの家に居候していた。その間は狩りの手伝いやフランクの遊び相手をして過ごしていた。
イルガ村での生活に慣れ始めてきたある日。村にやって来た行商人達から伝わったある話で村はざわついていた。
「おい、聞いたか?数日前に首都のウォレス城で勇者召喚の儀式が行われたらしいぞ!」
「本当か!?じゃあこれで魔物達を退治してくれるんだな!」
「良かったっ…、これからはもう怯えずに暮らさなくていいのね!」
村人達は魔物達によって先が見えない現状に漸く現れた勇者という希望に、歓喜の感情をお互いに分かち合っていた。
その一方でクーガーは呼び出された勇者について考えていた。
(勇者か……、神が約束通りやってくれたならレベルやスキルについては心配はないが、はたして本当に魔物どもを倒せるのか……)
いくら能力が高くてもそれを十全に使えなければただの持ち腐れに成り下がる。果たして呼ばれた勇者は出来るのかと一人考えていると、近くを通りかかったオテロが話しかけてきた。
「よう。お前さんこんなとこにいたのか」
「あんたか、狩りは終わったのか?」
「当然。ほれこの通り」
そう言って仕留めた獲物を出すオテロ。そこには血抜きをしっかり行われた猪があった。
「これから加工屋に行って解体してもらうからよ。お前さんも来るかい?」
特にする事もないのでクーガーは了承した。
そして加工屋に向かう道中、二人は行商人が話していた話題について話していた。
「そういえば、ウォレス城で勇者が召喚されたらしいな」
「ああ、俺もさっき広場で話を聞いた」
「それでよ、その儀式が行われた日ってのがちょうどお前さんを拾った日なんだよ」
「そうか……」
「ということは、やっぱり前にお前さんが神様に呼ばれてきたって話は本当だったんだなぁと思ってよ」
「なんだ、やっぱり信じてなかったのか?」
「そういうわけじゃねぇよ。ただ今回の話を聞いて実感がわいたってだけさ」
話を聞いた出来事が実際に起こるか起こらないかでは信憑性に大きな差がある。二人はそんな事を軽口で交わしながら歩いていく。
「ところで、お前さんはこれからどうするんだ?」
するとオテロは立ち止まり尋ねた。ここで言われたこれからとは今日明日の話ではないことくらいクーガーも理解している。だからこそすぐには答えられなかった。
「気になってるんだろ?召喚された勇者のこと。顔に出てるぞ、気になって仕方ないって」
「……」
「お前は無愛想な顔だが悪いヤツじゃないからな、考えぐらい分かるんだよ」
自分が気にしていることを事も無げに言い当てるオテロにクーガーはぐうの音も出ず、ただ睨むしか出来なかった。
別に今さら勇者の手助けをしたいと思った訳ではない。ただこれから魔物との長く厳しい戦いが勇者に待ち受けているのに、自分がこのままイルガ村でただ過ごしていて良いのかと思った。直接勇者を助ける訳ではないが、ギルドにでも所属して魔物を倒していたほうがイルガ村にとっても良いのではないかと、クーガーの気持ちは揺れていた。
「もし村のことを気にしてるんなら心配すんな。あれ以来村の周辺に魔物が出た形跡もないし、もし出たとしても対処手段は何個か作ったしな」
ゴブリンを退治してからイルガ村では村の周りの警備は勿論、襲われた時のために柵や弓矢、そして簡易的ながら罠などを作り冒険者が居なくても最低限の安全がとれるようにしていた。
「別にお前さんがこのままイルガ村に居るっていうんなら勿論大歓迎さ。だがな、今別にしたいことがあるんなら、それを終わらせてから帰って来ても遅くはないさ」
親が子を諭すように優しい口調でオテロは話す。
その言葉にクーガーは頬が弛むのを抑えられなかった。オテロは言った、終わったら帰って来てもいいと。自分には帰る場所があると。前の世界で唯一の家族である兄を失ってから一人で生きてきたクーガーにとって、オテロの言葉はあまりにも暖かった。
「そうか、ならそうするさ。俺は首都ウォレスに行きたい」
まだ自分がこの世界でどう生きていくか明確に決まったわけではない。しかしウォレスに行くことで何か変わるかもしれない。
はっきりと答えたクーガーの言葉に、オテロは笑顔で返した。
クーガーが首都ウォレスに向かうことを決意してから更に数日、空がうっすらと明るくなり始めた早朝にクーガーは荷物をまとめオテロの家を後にしようとしていた。
「寂しくなるねぇ。せっかくこの村に馴染んできたのに」
「そう言うな、本人が望んで決めた事だ。笑って見送るんだよ」
オテロ夫妻は別れを惜しみながらも、笑顔で見送る。その後ろからフランクが顔を出し別れを惜しみながらもクーガーに挨拶をする。
「クーガー兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
「ああ、お前も元気でな」
するとフランクは少しうつむく、そして意を決したように顔を上げた。
「あのね僕……僕大きくなったらクーガー兄ちゃんみたいな冒険者になるよ!」
フランクの決意の言葉にオテロはほぅと感心し、アメリアはあらあらと微笑んだ。子どもの成長は早いもの、特に体と違って精神面は何かの切っ掛けがあれば見違えるほどに成長する。フランクも最初に会った時よりも頼りのある顔になった。クーガーはフランクの目をしっかりと見て答える。
「そうか、だが無茶はするなよ。ゆっくり強くなっていけばいいさ」
そう答えフランクの頭をポンと叩く。かつて兄が自分にそうしてくれたように。フランクは大きな声でうん!と返事を返す。するとオテロが一通の手紙を渡してきた。
「これは?」
「紹介状だ。ウォレスの冒険者ギルドに俺の兄貴がいるんだ。兄貴は一応そのギルドのギルドマスターをやっていてな、この紹介状と親父が作ったハンマーを見せれば、俺の紹介だって分かるはずだから何かとお前さんの力になってくれるはずさ」
「いいのか?」
「冒険者は普通どこかのギルドに所属しているものだからな。無所属だといろいろ面倒だし、所属さえしてれば行動しやすいしな」
腕を組み、うんうんと頷きながら説明するオテロ。
「…おい、なんかさらっと重要な事を言わなかったか?ギルドの話しとかほとんど聞いていないんだが」
「あれ?そうだったか?まぁ、細かい事は向こう着いてから兄貴に聞いてくれ。ギルドマスターだから俺よりも詳しく教えてくれるからよ」
ガハハハと全く悪びれる様子もなくオテロは笑う。それを見てクーガーはとやかく言おうとしたが諦め、荷物を持った。
「行くのか?」
「ああ、あんた達には世話になった。事が一段落したら必ずこの村に戻って来るさ」
「おう。まぁ冒険者に向かってわざわざ言うセリフじゃねぇがお前さんも体には気をつけろよ」
そう言って拳を突き出すオテロ。クーガーはフッと笑い自分の拳を合わせた。
ウォレスに行ってこの気持ちの問題が完全に解決するかは分からない。もしかしたら勇者の手助けをするかもしれないし、ギルドに所属してクエストをこなしていこうと思うかもしれない。
けど今はそれでも良いと思った。自分には帰る場所がある、受け入れてくれる人がいる。だから今はこの気持ちを解決する事に集中しよう。全てが終わった後、笑顔……とまではいわないが、少なくとも今よりもいい顔でこの人達に会えるように。
「それじゃあ行ってくる」
そしてクーガーはオテロの家を後にした。