77話
「なによ……あれ。アイツは本当に康一なの?」
異様な光景にシータの口から疑問が溢れる。姿はよく知る康一なのに佇まいが別人のソレにしか見えない。
温厚な彼だが最近の戦いでは勇敢な表情を見せれる位には成長している。しかしアレはそんなんじゃない、シータの知る限りアレは私怨に突き動かされている者が見せる表情だ。
この戦いの最中に兵士が亡くなった事により精神がぐらついたのか?それにしては変わり様が異常だ。
「とりあえず合流しないことには始まらないか。行くわよっリフル」
ここに留まっても事態は動かない。未だに困惑しているリフルに声を掛けて康一の元へと向かっていく。
康一はガーゴイルを踏みつけたまま視線は残りのガーゴイル達へと向けられている。
そこに今の爆発を聞いたのか他のガーゴイル達が次々と駆けつけてきた。
そして互いが見合っている内に何とか間に合ったリフルとシータは康一へと声を掛ける。
「康一さん!」
「あんた一体どうしたっていうのよ!」
ガーゴイル達への注意は忘れず、康一を気に掛ける二人。そんな二人に康一が視線を向けるとその様子に息を飲んだ。
「ああ、二人とも無事で良かったです。でも話しは後で、――今はアイツらを殺さないと」
その物言いに二人は驚く。見た目も声も康一そのものなのに、纏う雰囲気と語る言葉が普段とはかけ離れていた。
「お二人が来てくれて助かります。それじゃあ僕は行くんで援護を頼みます」
引き留めるのも間に合わず言葉少なく駆け出す康一。それにあわせて迎撃行動を取るガーゴイルを見てシータは舌打ちをする。
「ああっもうっ!!人の話しも聞かないでなんだってのよ本当にぃっ!リフル取り敢えず目の前の康一の援護をお願い、私は離れているのを狙うから!」
「―――はい!」
リフルも今は悠長に話しが出来ないことを理解し、目の前の脅威を打倒することに思考を切り替える。
杖を構え康一のどんな行動にも対応出来るように視界に収めた。
「全部で五体。各個撃破なら十分にいける」
駆ける康一は視界に映るガーゴイルを確認すると先ずは手近なヤツからと目標を定める。
(敵に囲まれないように、一体一体を迅速に倒す。徹底的に確実に――――!!)
少し落ち着いた怒りが再燃し体に力が入る。それに伴い思考は単純化していく。最短最速で仕留めるように感覚が研ぎ澄まされる。
「『フィジカルエンチャント』」
体に魔力を施し向上した身体能力を用いてガーゴイルへと切りかかる。相手の動きを見切れるようになったとはいえわざわざ後手に回る必要もないと、先手をとって仕掛けていく。
対峙するガーゴイルは受けに回らず迎え撃たんと近づく。手は貫手にして刺し貫かんと構える。
それを視認した康一は一歩早く踏み込みガーゴイルが攻撃するタイミングをずらす。
タイミングをずらされたガーゴイルはそのまま攻撃するか防御に回るか悩み少し戸惑った後腕を振り払った。だがそんなただ振るわれた攻撃など脅威でもない康一は前傾姿勢をとり掻い潜り、起き上がりながら剣を振り上げた。
体の隅々まで意識を通わせ無駄のないように伝えられた力のある一撃はガーゴイルの腕を切り飛ばす。
「ギィッ!?」
悲鳴を上げるガーゴイルに康一はすかさず追撃に入る。踏み込んだ足とは反対の足をもう一歩出し、振り上げた剣を今度は振り下ろす。
剣にエンチャントを施してなくとも無防備な状態のガーゴイルに対しては十分な威力がある。放った一閃は止まる事無くガーゴイルを両断した。
「先ずは一体…!」
倒した余韻など無く、視線は次の獲物に向けられる。視線の先にはガーゴイルが二体、少し離れた場所にいる二体はシータが魔法で牽制していた。
それを確認した康一は目の前の二体に標的を定め、真っ直ぐ最短を駆け抜けていく。
対するガーゴイルは先の状況を見た為に対策を講じる。一体が空中に飛び、地上の一体と共に炎を吐いた。空中と地上からの二方向による攻撃に、距離が離れた事により康一が二体同時に相手取れないようにしたのだ。
目の前に迫る炎に尚も康一は足を緩めない。何故なら後方で詠唱を始めたリフルの声が聞こえたから。
「生命を導く聖なる光よ、彼の者に寄り添いその身を守りたまえ!『ラウンドバリア』!!」
康一の周りを囲うように球体の光の膜が出来上がった。康一はそれを纏ったまま炎の中へと突っ込んでいく。
それを見た地上のガーゴイルは炎を吐くのを中断し腕を目の前で交差させ攻撃に備えた。康一が炎を突っ切り同胞を倒したのを遠目であるが見たためだ。
そしてガーゴイルの予想通り炎の中から康一が現れた。予想が当たったと短く笑ったガーゴイルが次に見たのは自分に向かって飛んできた康一の蹴りだった。
「そうくると予想していたよ」
駆け抜けている最中、炎の勢いが弱まったのを感じた康一は目の前のガーゴイルが構えていると予想した。そして攻撃しないのならばそれを利用させてもらうと作戦を切り替えた。
ガーゴイルの顔を踏みつけ、それを踏み台にして空中へと跳躍する。目標は空にいるもう一体のガーゴイル。炎を吐ききったのか口を閉ざしているガーゴイルに向けて剣を突き刺す。
「ゲエ…ッ!!」
胸を貫かれたガーゴイルは急速に力が抜け地面へと落ちていく。それでも康一は剣を引き抜かずガーゴイルもろとも地面に串刺しにした。
「これで二体目」
ガーゴイルの絶命を確認して剣を引き抜く。地上にいたガーゴイルは炎を直ぐには再び吐けないのか康一へと接近戦を仕掛けた。
「生命を照らす暖かな火よ、敵を燃やせ『ファイアーボール』」
康一は空いた手をかざし火球をガーゴイルに向けて放つ。多少の魔法は使えるようになったとはいえ本職のリフルやシータ等に比べるとまだまだ劣る程度のもの。勿論ガーゴイル相手に有効に至る事無く腕を振るわれて呆気なく弾かれてしまう。
だけどそれが康一の狙い。払われた火球は爆ぜて爆煙が広がりガーゴイルの視界を奪う。しかしそれもほんの僅かな時間のみ。
「それだけあれば十分だね」
そう呟くとその場で力強く跳躍をする。爆煙の先からは手刀を繰り出しながらガーゴイルが飛び出してくる。
しかし視線の先には康一の姿は無く、標的を見失ったガーゴイルはその場で止まってしまった。
「攻撃しながら来るのはちょっと予想外だったかな」
予想では出て来て自分の姿を確認してから攻撃に移ると思っていたが、もしかしたらそれでは間に合わないと考えたのかもしれない。
まぁでもどうでもいいか、と康一は空中で剣を振りかぶる。
視線の先には何処にいったのかと左右を見渡すガーゴイル。自分達は飛べるくせに上への警戒は無いんだなと心の中でポツリと溢すと一撃で決める為に詰めの一手を打つ。
「『エンチャント』」
剣に炎が纏う。フィジカルエンチャントは切れたが、空中から落下する勢いもあって身体能力の向上は必要ない。ならばまだ魔力の消費が少ない武器に施すエンチャントを選択した。
「―――ッ!?」
康一の放つ殺気か炎の熱気か、何で気づいたかは知らないがガーゴイルが視線を空中に移した。だけどもう遅い。
「はああああッ!!」
決まるという確信を持って剣を振り下ろしガーゴイルの脳天から股まで一直線に両断した。
「これで……三体目…」
剣を地面に突き刺し支えとする。体が重い。戦闘時間であればこれよりもまだまだ長い戦いも経験している。なのにずしりとのし掛かってくるこの疲労感はエンチャントの多用による魔力の消費だけではないと康一は感じた。
(多分きっと、この戦い方のせい……)
相手の動きを予想し最適な行動を取る圧巻な戦闘。本来の自分では考えられない程洗練された動き。
なぜか自分の怒りの感情に呼応するように頭に浮かぶ指標のおかげでガーゴイルを次々と倒してきたが、それ相応の疲労が康一を襲っていた。
「まだ、残りがいるんだ。何とかもたせないと……」
思考も体も重い。的確な指標にそれに対応出来てこその戦術だ。こんなところで切れさせてはいけないと歯を食い縛る康一の元にリフルが駆け付けた。
「リフルさん…。待っててください、直ぐに感覚を戻しますから。そして直ぐに残りの二体と魔族のガーゴイルを殺しますから」
リフルに対する気遣いは康一のソレだが、ガーゴイルに対する憎悪が籠った言葉はやはり別人のように感じてしまう。
リフルはそんな姿を見ていられなくなり、康一をそっと抱き締めた。
「えっ?リフルさん、いきなり何を?」
戦闘中の突然の行動に戸惑う康一。そんな康一を落ち着けるようにリフルは優しく語る。
「どうか。どうか気持ちを落ち着かせてください。今の康一さんの心は憎しみの感情が占めています。でもそれに浸からないで、溺れないで、委ねないで。それは貴方の身を傷つけてしまう」
憎しみの感情を否定する事は出来ない。生きている以上、大小あれ必ず生まれるものであり、それを支えにして生きている者も少なからずいる。
だけどそれに染まってしまえば行き着く先は悲惨なものであることは、未だに若輩の神官の身であるリフルも知っている。
今の康一は初めて感じる強い憎悪に身を任せている状態だ。それがどういう切っ掛けになってガーゴイルを圧倒出来る戦闘力と結びつくかは分からないが、だからといってそれが康一の為には絶対にならないとリフルは感じたからこそ言葉を紡ぐ。
「その思いは間違いではありません。けれど、一人で抱え込んでは駄目なのです。康一さん、貴方は私達を頼ってくれると仰ったじゃないですか。ならその思いもどうか分けてください。私達、仲間じゃないですか」
優しく諭すように、けれどその心に届くように強く。ふっ、と康一の体から強張りが無くなったのを感じた。届いてくれた、と安堵するリフルの耳に申し訳なさそうに康一が離してもらってもいいですか、と呟いた。
「あっ……、えっと……」
離れた康一は顔を真っ赤にして何をどう言うべきか分からないでいた。リフルは何も言わず続きを待った。数秒の後、漸く意を決した康一は口を開いた。
「リフルさんごめんなさい!僕、頭に血が上ってなんかよく分かんない事になっててあの―――!」
やはり康一自身でも自分に何が起こったのか詳しくは分からないようで、どう言ったらいいのか言葉を必死に探していた。
「フフっ」
その顔を見て、良かった元に戻ったのだと笑みが溢れたリフル。あたふたする康一に落ち着いてと声を掛け。
「お話しは戦いが終わってからでも大丈夫です。今は残りのガーゴイルを倒しましょう」
そう、今はまだ戦闘の真っ只中。康一の活躍で一気に三体ものガーゴイルを倒したが、近くには二体のガーゴイルが残っている。
そうだったと、急いで気持ちを切り替える康一に叫ぶ声が聞こえてきた。
「ちょっとッ!話しが終わったんなら早くこっちに来なさいよッッ!!」
叫ぶシータは魔法を放ちながらガーゴイルを牽制していた。
「こっちが必死にアンタに言われた通りに牽制してるっつーのに!戦場でイチャついんてじゃないわよッ!!」
ウガーっ!と怒りながらも魔法を放つ手は緩めない。対峙している二体のガーゴイルは縦横無尽に飛翔しながらシータの攻撃を避けていた。
「ああっもうッ!!ちょこまかちょこまかと鬱陶しい!生命を照らす暖かな火よ、敵を燃やせ!―――とりあえずぶっ飛べぇッ!!『フレイムストライク』!」
巨大な火球がガーゴイルへと飛翔する。いかに強力でも直線的ならば軽々避けられると二体のガーゴイルは左右に別れた。
「折り込み済みだってのッ!!爆ぜろッ、『リアクティブフレア』!!」
シータが指をパチン!と鳴らすと火球は何処にも直撃してないのにも関わらず爆発した。
突然の爆発はガーゴイルに直撃し吹き飛ばすが仕留めるまでには至らなかったが深手を負わせる事は出来た。
「ちっ。まだまだ爆発が甘いわね」
練度が甘いと自分を叱咤したシータはガーゴイルから距離を取り、康一達へと合流した。
「シータさ――――いたッ!?」
駆け寄った康一がシータの名前を呼ぼうたした瞬間、スパン!と小気味良い音を響かせてシータは康一の頬をひっぱたいた。
「えっ?いや、なんでいきなり?」
戸惑う様子を見たシータは更にまじまじと康一を見る。そして視線をリフルに移して確認の目線を送る。対するリフルはニコリと笑った。どうやら大丈夫らしい。
「取り敢えず戻ったみたいね。詳しい話しもお説教も心配掛けた罰のビンタも全部後でやるから。ほらさっさと構えなさい」
「いやビンタは今したじゃ―――、いえ何でもないです…」
何か言おうとした康一をただの一睨みでシータは黙らせる。それにリフルはまたクスリと笑った。
「残り二体!私達でちゃっちゃっと仕留めるわよ!」
私達の部分を強調するシータの意図を理解した康一は力強く剣を構え応えた。
「はいっ!二人とも宜しくお願いします!!」
その表情はいつもの優しく強い少年の顔だった。




