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ある男の異世界転生記  作者: 只野名無
3.5章
73/118

71話

 ウォレス城内、康一の自室。

かつてないほど有意義だった休日は終わり、今日からまた苛烈な戦いの日々が始まる。


「―――よし」


 機動性を重視しつつ強度も申し分ない特注の鎧を身に付け、ウォレスに伝わる宝剣を背負う。

初めは装備を身に付けるのもぎこちなかったが今では少しは様になってきた。


 全てを終えて壁に立て掛けてある姿見鏡で自分を見る。

この世界に来るまでは華奢な体躯だった。召喚されてから訓練をこなし、実戦を経験して少しは変われたかなと康一は思った。


「まだまだ力不足、だけど」


 思い返すは昨日の事。ずっと気にはなっていた冒険者クーガーとの出会い、クーガーの言葉が切っ掛けとなり頼る事の大切さを痛感した。

その後のリフルとのやり取りを忘れる事はないだろう。共に力を合わせると、握った掌の暖かさを今も感じる。


「ライアットさんも、シータさんもいるんだ。皆の力があれば大丈夫」


 誰かの手を取るのは弱さではなく強さ、と言ったリフルの言葉を噛み締める。


 勇者として喚ばれたからには自分が引っ張るんだと頑張ってきたつもりだった。一人では出来る事に限りがある事に眼を瞑ってきたがそうではないとクーガーとの会話で気付かされた。

だからこそリフルの言葉を受け入れる事が出来たと今は思う。


「そろそろいかないと」


 扉に手を掛け部屋を後にする。王の間へと続く道を歩く最中ふと体に感じる感覚が違う事に気がつく。

これまでならば、重く感じていた剣や鎧も今は軽く感じる。

昨日今日でここまで認識出来るほど変わるものかと考えたが、思い当たるのはやはり昨日の一件。

何事も気の持ちようとは言ったものだが、自分の身で感じるとまたひとしおだと思った。


 その思いに浸るのも束の間、目的地である王の間へと辿り着く。

初めてここに来た時はこの佇まいに気圧されたものだったと思い出す。


「康一様?」


 門番に声を掛けられハッと気付く。

心の負担が軽くなったからか、色々な物事に意識が移ろいでしまう。

今はまだいいが出立してからでは皆に迷惑を掛けてしまう。康一は一度大きく深呼吸してから扉をくぐった。


「来たか」


 玉座にはリオンが鎮座しその後ろにマリナスが控える。

そして玉座の前には既に他のメンバーが揃っていた。

 足早に歩きライアット達の元へ、そしてリオンの前で膝を着き頭を下げる。


「お待たせしました」


「よい。さほど待ってはいない」


 他の者もつい先程着いたばかりだと、リオンは康一の頭を上げさせる。


「これで全員揃ったな。マリナス」


 後ろに控えていたマリナスがリオンの横に立つように一歩進む。そして康一達一人一人の顔を確認して満足したように頷いた。


「まずは折角の休日、各々方堪能していただいたようで何より」


 少しでも英気を養えたなら結構、と咳払いを一つ。


「さて、これよりはまた戦地に赴いていただく事になりますが、まずはその説明を」


 手に持つ資料に目を向けながらマリナスは始めた。


「今回の目的の場所ですが、北東にある工場町エムラカン。届けられた情報によると―――」


 エムラカンでは数日の間、夜になると魔物の襲撃があるという。

この報告を受けて直ぐ様兵を派遣して対応を行ったが、それでも防戦を強られる一方だという。

少なくない被害が出ている中、敵の詳細が分かってきた。


「敵の種族はガーゴイル。空を飛翔し獲物をいたぶる残忍かつ狡猾な魔物だと判明した」


「ガーゴイル……!」


「なかなかに聞かない敵が出てきたようね」


 ガーゴイルという名が上がると康一を除く三人に緊張が走った。


「強敵なんですか?」


「強敵であり難敵だ」


 詳細を知らない康一に説明をするべくライアットはマリナスに許可を求める目線を送ると、了承の返答が返ってきた。


「ガーゴイルは体躯はヒトと似ているが、大きな特徴の一つとして背中に翼があるということ。そしてもう一つ、強力ではないが炎を吐くのも特徴だ」


 魔物特有の強靭な肉体を持ちながらも飛翔出来るというのはそれだけで脅威であり、その上多少の距離があっても炎を吐くという攻撃手段を持ち合わせているので単純な脅威さなら他の魔物と一線を画す。


「エムラカンで確認されてる個体数は凡そ十五体。ここ最近ではなかなか聞かない数になっている」


「十五体も!?ちょっと待ってそんなにも数がいて町は大丈夫なの!?」


 驚くシータの言葉はもっともだ。

一体一体が並みの魔物よりも強いガーゴイルがそんなにもいて派遣された兵士には悪いが、タダで済むとは思えなかった。


「疑問はもっとも。順を追って話そう」


 報告の続きによれば、毎晩のように襲撃を繰り返すガーゴイルは一気に攻めいるような事はせず、町人や兵士をある程度仕留めると圧倒的優位であるにも関わらず撤退しているという。


「―――妙だ。加虐的な性格とは知っているが、それほどの数がいるのに一気に仕留めに来ないのは何故だ?」


「何かあるのでしょうか?」


「さて、魔物の思考等分かりきる事は難しいので何ともは言えないが、ただ事では無いというのはわかる」


 長年培われてきた戦いの記録。それにより魔物の大まかな傾向は知り得る事は出来るがそれだけだ。

しかしそんな中でも此度のガーゴイルの行動は、これまでの記録と明らかに異質だという事は分かる。


「ガーゴイルの交戦記録は少ないため確証は無いが、ある仮説は立てられる」


「仮説、ですか?」


「ガーゴイルといえ括りは魔物。魔物が通常と違う行動を起こす時の大きな要因と言えば分かるだろう」


 むしろそれ以外の要因が思い付かないのだがな、とマリナス。

そしてそこまで言われれば分からないほど鈍いライアット達ではない。


「魔族ですか」


 左様、とマリナスは頷く。

確かに今までも異なる魔物同士を纏めた魔族や、各々の魔族の嗜好で普段と違う行動を取らされる魔物もいた。

だがそうだとするならば、並みの魔物と一線を画すガーゴイルを纏める魔族となると厄介で済む話しではない。


「成る程、それで軍ではなく私達が向かうと」


「そう。お前達の活躍で少しではあるが部隊を動かす余裕が生まれた。今ではウォレス唯一になった冒険者ギルド『デュランダル』がこなしていた事を我らも出来るようになった」


 今までは各地の警戒、調査等に大多数を割いていたが、康一達の活躍によりそれらの負担が軽減された。それにより部隊の編成を見直す事ができ、新たに魔物討伐の遊撃隊が作られた。


 これまでは軍を率いての大掛かりな掃討戦を行っていたが、その度に各地に派遣した兵士を集めるため、時間と手間、兵士がいなくなった場所の危険度が上がる等の問題も多かった。


 それらを改善するために参考にしたのは康一達や冒険者達。

軍の強みである統率の取れた大軍での戦闘を捨ててでも状況を打破すべく考案されたのがこの遊撃隊だ。

部隊に配属される人数は、冒険者達のパーティーの基本人数よりも大分多いが、軍隊よりも少ない十五人程度。

今はまだ二つしか作られていない部隊だが、ウォレスにおいて一番身軽に運用出来る初めての部隊として期待を込めて作られた。


「それぞれの指揮系統、管轄。規律を重んじるからこそ統率はとれているが、偶発的に起こる襲撃には対応が遅れていた。今も何かあれば様子見として兵士を送り、そこから対応を決める事ばかり」


 苦い顔をするマリナス。強みがあれば弱みもあるのは当然の事だが、こうも強みを生かせない様を味わうと自分達の不甲斐なさに腹が立つ。

 普段好好爺のような柔らかい表情をしているマリナスが見せた顔に康一は固唾を飲んだ。


「おっと失敬、いけませんな。過ぎた事を反省するならともかく引き摺っていては」


 硬くなった雰囲気を解すべくコホンと咳払いを一つ。口元も表情も力を抜いて自然体に。直ぐに気持ちを整えるのは流石の年の功か。


「期待の部隊も魔族相手では投入は出来ません。そこで此度の件、どうか康一殿達にと」


「任せて下さい。必ず()()()()でやり遂げてみせます」


 その言葉にリフル以外の全員が驚き、リフルは嬉しそうに微笑んだ。


(――これはこれは。どうやら相当有意義な一日になったようで)


 叶うならば何があったか聞いてはみたいが、その気持ちをぐっと飲み込む。何にせよ良い方向に康一の気持ちが向かったのだからそれで良しと思う事にした。


 自分の役目は終わった。最後の仕上げに王から一言と、マリナスはリオンの後ろへと下がる。


「では命ずる。康一よ、エムラカンに蔓延る魔を払い、吉報を届けよ!」


 無事でまた目の前に戻ってこいと気持ちを込める。王として使命の成就を託し、友として無事の帰還を願った。


 リオンの言葉を受け、康一達は王の間を後にする。初めて出立してから幾度と目にした光景だが、今回見送った背中は一層頼もしく見えた。









「行きましたな」


「ああ。相手はまたも強力な魔物魔族となるが、きっと今の康一達なら倒せるだろう」


 見送った友の背中は少し前までの気負ったものではなく、余計な力みが見られない自然体のようだった。

その姿に頼もしさを感じ、また友としては先を行かれるような焦燥を感じた。


「僕も…、変わらなきゃ……っ」


 漏れた言葉は微かな音。だけど耳ざとい側近はそれを聞き逃さない。溢した言葉に力が込もっていたことも、両の拳をギュッと握りしめる音も。


(貴方ならばやれますとも)


 誰に対して言った訳ではない言葉に返す台詞は無い。己が主君に掛けたい言葉を胸に秘めるマリナス。


 そんな時、一人の兵士が王の間へとやって来る。

将軍の一人、サウスが来たとの事。直ぐにリオンは顔を引き締め王の顔となる。


「通せ」


 了承の後、サウスがリオンの前までやって来る。


「サウス、息災のようでなにより」


「有り難きお言葉。リオン様も健在でなによりでございます。ローランド周辺の情勢の纏めが終わりましたゆえそのご報告に参りました」


 ローランド王国各地を巡回する形で警戒に当たっているサウス。数ヶ月に一度各地の情勢をリオンに伝えて対応と対策を練る為にウォレスへと来ており、今日がその日であった。


「勇者様一行の活躍によりローランド各地での魔物の対応は予想以上の成果を上げております」


 康一達のお陰で散文的だった戦力を要所要所に集中させる事で今まで掛けていた時間が大幅に短縮された。


「それは結構。ところで各国への道はどのような状態だ?」


 マリナスの問いにサウスは苦い顔をした。


「未だに他国へと続く道の周辺には多くの魔物が跋扈(ばっこ)をしており、以前のように行き交うにはまだ程遠く…」


 先代の王エルバートとその妻アリシアが亡くなってから今まで、魔物達の勢いが日毎に増大していった。

以前はローランド王国も他国との交流は盛んに行われていたのだが、今では他国へ通じる道に魔物が蔓延り、軍の護衛なくてはローランドから出ることも、他国から来ることも儘ならないでいた。

幸いローランド王国は自然豊かで気候が穏やかな事もあり、食料に関しては自給出来ていた。


「他国から入ってくる情報でも、我が国程ではありませんが魔物の襲撃が続いており対応に追われているとの事」


 サウスの報告にリオンはそうかと目を伏せた。

しかしその後ろでマリナスはサウスへと目線を送ると、サウスはリオンに悟られないように小さく頷いた。


(やはりか)


 他国からもたらされた報告をまるごと鵜呑みにするほどマリナスは甘くはない。

以前から他国に救援を要請したが、皆返ってくる返答は文言は違えど内容は同じだった。


『自国の対応に追われ、貴国に戦力を割く余裕は無い』


 正当な理由ではあるが()()()()()()()()()事も知っている。

今ローランド王国がおかれている状況は、先代エルバート王が躍起になって魔物を討伐した報復なのではと、自業自得なのではと、そう思っているのだ。


(そう思われても仕方はない、だが……!)


 何故エルバート王が魔物征伐に力を入れたのか。その理由を知っているマリナスとしては悔しさを痛感せざるを得なかった。

しかしその理由を知っているのはマリナスを含めほんの一握りの人物のみ。そしてそこにはリオンは含まれていない。

決して口外するなとエルバートたっての命令であるゆえに。

だが今となっては事態を話して皆の協力を仰ぐべきではと考える自分もいる。

それが出来ないのは忠心として主君の言葉を破れないため。


(康一殿がライアット達と手を取り合う姿勢を見ていたというのに)


 今仕えているのはリオンのはずなのに、先代との忠義の鎖がマリナスを縛る。


 今は目の前にある問題を一つ一つ潰していかねばと、己の思いに蓋をした。

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