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63話

「オ"オ"オ"オ"ッ!!」


 唸りを上げて向かって来る魔族トロル。最初の時とは違い怒りに身を任せクーガー達を叩き潰さんとしている。


「敵さん向かってきたぜ、――それで!?ちゃんと手立てはあるんだろうな!?」


「やることは魔物のトロルと同じだ。ただアイツの方が幾分知恵が働くせいで難易度は上がるがな」


 全員の頭に過去の戦闘の映像が浮かぶ。頑丈なトロルを相手どる自分達の戦法を呼び起こした。


「ということは一撃の火力を出せるクーガーとコーラルがアタッカー、私とソーマが牽制役でいいのね?」


「悪いが今回はコーラルも牽制に回ってくれ」


「構いませんが理由を聞いても?」


「手早く頼むぜ。いくら相手がノロマでももう余裕がないぞっ!」


 固まっていては相手にとっていい的だが、散ってしまえば作戦を伝えるのが大変になる。急かすソーマにクーガーは長くはならないと前置きをし。


「理由は二つ。牽制の確実性を上げたいのが一つ。そして―――」


 二つ目を話す瞬間。クーガーの目付きは今日一番に鋭くなり、口角は上がり獰猛な表情に変わる。


「散々攻撃が効かないとと馬鹿にされたからな。ちゃんとした一撃をぶち込まないと気がすまん」


「二つ目は思いっきり私怨じゃねぇかよ!?」


 要するに、序盤に魔族トロルの相手をしていてストレスが限界に達したから俺に一撃入れさせろ。状況は未だに緊迫してるなかクーガーはそう言ったのだ


「それじゃあ仕方ないわね。いくわよソーマ、コーラルも援護よろしくっ」


「任されました。ではクーガーさん、お膳立ては確りやらせてもらいます。ですから強烈なの頼みましたよ」


「自分から言い出した事だ。結果は出すさ」


「本当に頼むぜ、俺やルセアじゃどうしたってその役はやれないからさ」


「そっちも頼むぞ。俺じゃお前達のように機敏に動けんからな」


「ああ!せいぜい引っ掻回してきますよ!」


 会話は終わり、四人はその場を離れる。ルセアとソーマは魔族トロルの注意を引くために近づき、コーラルは詠唱を唱える為に適度な距離を取り、クーガーは魔族トロルの視線を注視しながら、渾身の一撃を放つ為に死角へ死角へと移動を始める。


「ア"ア"ア"ァッ―――!!」


 力任せにこん棒を振るう魔族トロル。その攻撃をルセアとソーマの二人は持ち前の機敏さを生かし避けていく。


「くるわよソーマッ!」


「分かってるって!!」


 互いに動きを見極めては声を掛け合い、攻撃を回避していく。数的有利を生かして少しでも攻撃を仕掛けようとするルセアだが。


「振り回してくるぞっ!離れろ!!」


「っ!?―――くっ!」


 薙ぎ払うように振るわれるこん棒に、なかなかそれが出来ないでいた。攻撃を中断しその場を飛び退く。


「あんだけ馬鹿みたいに振り回し続けられるのも厄介ね」


「避けるだけならなんとかなるが、仕掛けにいくとなると全く別問題だな、あれは」


「それをやってのけてみせたのよクーガーは」


 思い返すは自分達が取り巻きのゴブリンを相手する間、たった一人で魔族トロルを相手したクーガーの姿。

当たれば致命傷になる一撃を文字通り紙一重で掻い潜っていく姿が二人の頭に浮かぶ。


「今は私とアンタとコーラルがいるのよ。効かないって分かってても、ただの一発を入れられないって訳にはいかないでしょ?」


「随分やる気なことで。目的は牽制って事忘れんなよ?」


 気合いがあるのは結構だが作戦を遂行出来なければ意味はない。さっきの今で忘れる事など無いと思うが釘を刺すようにソーマは言った。


「忘れてなんかないわよ。でも、仲間の一人におんぶに抱っこって格好つかないじゃない」


 いくらクーガーの実力が自分達の中で頭一つ飛び抜けていても頼りきるのは性に合わないとルセア。


「……こんな状況で無茶はしたくないんですけどねぇ。だが、その意見には賛成だ」


 これでも一応ギルドで先輩だからなとソーマ。普段ならば自分でもらしくないと思うがこの時ぐらいは体を巡る熱に身を任せる事にした。


「そうこなくっちゃ。そろそろコーラルも詠唱が終わる頃よ」


 ちら、と魔族トロルの背後に視線を移せばコーラルが詠唱を唱えている。


「このままじゃあコーラルに気づかれるか」


「ええ、クーガーもそうだけどコーラルの魔法も邪魔させる訳にはいかないわ。二人で突っ込んでもう少し注意を引き付ける」


 今は注意のほとんどを自分達に向けさせているが、いくら頭に血が上っていても、少しでも息をつかせれば周りを見てしまうかもしれない。


「なら先ずはこっちを見てもらわないとな」


「考えがあるの?」


「折角お話出来るんだ。これを使わない手はないでしょうよ」


 そう言うとソーマは一回大きく息を吸い込み。


「魔族っていっても図体が普通よりもデカいだけの愚図じゃあねぇかああ――――!!」


 子供のような単純な罵倒を浴びせた。


「流石にそれはどうなの?」


「まあ見てなって。アイツのしゃべり方を聞いたらこれぐらいなら十分に理解出来るだろうさ」


 会話が出来るなら言葉が通じるということ。普通の魔物相手ならほぼほぼ意味の無い行為でも、魔族相手なら意味は見いだせる。ソレが知能が低そうな魔族トロルでも、だ。


「―――――!!ギギィッ!」


 ソーマの言葉を込められた意味も含めて正しく理解出来たのだろう。挑発は成功し、魔族トロルは二人まで聞こえる程に大きな歯ぎしりをした。そして怒りをぶつけるように叫びを上げながら突貫してきた。


「ほらな」


「体に対して頭の方は釣り合ってないのね」


「そういうことだ。んじゃあ、行きますかっ!」


 仕掛けは成功。魔族トロルはコーラルに気付いた様子は見られない。後は自分達が各々の役割を果たすのみだ。

ソーマとルセアは同時に駆け出し、魔族トロルへと接近すると左右に別れた。


「チョコ、マカ、トオオォォ――――!!」


 魔族トロルが食いついたのは挑発の言葉を投げつけたソーマだ。重い巨体を強引に捻り、ソーマの方へと向きを変える。

 ギラついた両目がソーマを捉え、仕留めんと得物を振り構えるがソーマの速さにその巨体はついていけない。


「付いてこい付いてこい。そんで注意をそらしてな!」


 魔族トロルの後ろに構えたルセアの姿を確認すると口角が上がる。

足を止めて反転し、魔族トロルと相対する姿勢を取る。勿論、真正面からやり合う訳ではない。自分が止まることで相手の足も止めるためだ。

 その姿を諦めと捉えた魔族トロルは自身の間合いで足を止め、こん棒を振り上げた。


「悠長に構えてんじゃあ―――ないわよッ!!」


 そのがら空きの背中にルセアの渾身の一撃が入る。エンチャントも最大に施した今出来る最大の一撃、だが。


「!?こん、のっ!どんだけ頑丈なのよっ!」


 振り払うように向けられたこん棒をしゃがんで回避する。手応えは十分だがこれでも駄目かと思えたが。


「――でも、まるっきり無駄って訳じゃなさそうね」


 魔物トロルの顔には今にもはち切れそうに何本もの血管が浮かび上がっている。今さっきまで追いかけていたソーマから目を離してルセアを睨みつけてしまう程には効果があったらしい。


「にしても、本当に頭が弱いのね。アイツが足を止めて何もしない訳がないのに」


 そう笑うルセアの視線の先ではソーマが詠唱を始めていた。その声に気付き振り向くがもう遅い。


「生命を包む柔らかな風よ―――、敵を貫け!『ウインドアロー』!!」


 ソーマの目の前に作られた三本の風の矢はそれぞれ違う軌道を描きながら魔族トロルの顔、更に細かく言えば両目を目掛けて放たれた。


「―――!?」


 いかに頑丈な体を持ってしても流石に致命となりうる箇所であるのか、魔族トロルは得物を持っていない左腕で顔を隠した。

ソーマの放った風の矢は丸太のように巨大な腕に刺さったが、貫くには至らなかった。


「ダメージらしいモンは見られないが一撃は一撃、か。足は完全に止めさせたし、仕事はキッチリ果たせましたかね」


 自分達の役割はあくまでも牽制だ。その上で相手に一撃を入れるという勝手な目標を追加したが二人ともそれを踏まえて成し遂げたのだから役目は十分に果たしたと言えた。


「さぁバトンタッチだ。頼むぜコーラル!」


 全てが思い通りにいかない苛立ちを見せる魔族トロルを見据え、ソーマは後を託す。


「任されました。では、いかせてもらいます――!」


 魔族トロルより少し離れた場所でコーラルは仕上げに入る。二人が注意を引きつけてくれた事によって魔力も十二分に込めれた。


「生命を導く聖なる光よ―――、鮮烈なる輝きを放ちて敵を屠らん――!くらいなさい『フォトン』!!」


 杖を突き付け魔法を放つ。込められた魔力は魔族トロルの目の前に集い球体と成り、圧縮された光の球は強烈な光を放ちながら爆発した。


「ギッ、ア"ア"ア"アァ――!!??」


 閃光が眼を焼き、魔力が体を焼く。まともに防ぐ事が出来ずにコーラルの魔法を一身に受ける。砂塵が舞う中、肉が焦げる臭いが辺りに広がっていき、魔族トロルがその巨体は膝を付いた音が響いた。


「倒すつもりで放ったのですが、流石にそう上手く事はいきませんか」


 煙の向こうから魔族トロルのうめき声が聞こえる。その声色からまだ息があることは明らかだった。並の魔物であれば間違いなく倒せたであろう一撃を受けてなお健在なのはやはり魔族故か。


「ですが牽制としては十分でしょうかね。さぁ、後は頼みますね」


 魔族相手にこうも怖じけずにいられるのは間違いなく任せられる仲間がいるからだろうと思いながらコーラルは言った。

 託された男はコーラルの脇を抜け、魔族トロルへと駆け寄る。


「ヨ、グモ"ッ!ヨクモオオッ―――!」


 こん棒で砂塵を振り払った魔族トロル。体は至る所が焼け爛れ、怒りに滲む顔も火傷を負ったが、眼に宿る殺意は衰える事なく前方を睨む。


「本当にうるさいヤツだ」


 その眼前に現れたのは魔力を纏わせたハンマーを携えた男。


「さっきは散々俺の攻撃を無駄だと吠えてくれたな」


 腰を落とし、体を捻り、ギチギチと力を溜める。そこに今までたまった鬱憤ももれなく込めて。


「今からお前にくれてやる――――!!」


 咆哮と共に力を爆発させる。体全身を余す事なく使い、持てる力全てをハンマーに乗せる。普段ならばすることはない大振りの中の大振り。威力のみを求めた渾身の一撃。

 だがルセア達の牽制のお陰もあり、魔族トロルは迎撃の行動も起こせない。だからこそ放てる一手。今の自身が出せる最大火力をその顔面へと叩き込んだ。


「ゴッ、オッ!?!?」


 全身を覆う分厚い肉を押し潰しながらハンマーを押し込んでいく。 骨が砕ける音が響き、魔族トロルの巨体が傾く。


「ッ――――オオオオァアアアア!!!」


 クーガーは獣じみた声を上げ全力を絞り出し、ハンマーを振り抜いた。魔族トロルの体は振り抜いた方向へと傾き。


「――――!!」


 血反吐を吐き散らしてその体は地面へと倒れていった。


 圧倒的不利な状況を覆し、クーガー達はジャイアントキリングを成し遂げたのだった。

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