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62話

「ゴチャゴチャ、ト、ウル、サイ人間。サッサト、殺スウウゥ――!」


  魔族トロルは唸りを上げてクーガー達へと突進してきた。

その体躯は通常のトロルよりも少しばかり巨大だが、動きは違いが分かるくらいには早い。勿論戦闘能力も比ではないだろう。――つまりは単純な理由故に脅威ということだ。


「クーガーどうする!?」


「先ずは取り巻きのゴブリンを潰さないと話しにならん」


 ただでさえ魔族トロルが脅威なのに手下のゴブリンを放っておく訳にはいかない。


「でもアイツはどうするのよ?流石に攻撃を捌きながらって相当キツイわよ」


 勿論相手だってそう簡単にやらせてはくれないだろう。対策を立てずにいるのは無理がある。何か策はあるのかと問うルセア。


「やることは単純だ。アイツの相手は俺がする。お前達はゴブリンの相手を任せる」


「一人で相手どるつもりですか!?」


 クーガーの実力は知っている。だがそれでも余りにも無茶が過ぎるとコーラルは叫ぶ。


「そう簡単にはやられるつもりはないさ。――もう時間がない、そっちは任せるぞ」


 このまま纏まっていてはただの的になるし、止まったままでは更に後手に回ってしまうと考えた結果、クーガーは魔族トロルへと向かって行った。


「言うだけ言ってさっさと行きやがってっ!取り敢えず散開してその後はどうするよ!?」


「先ずは私が突っ込む!アンタが援護!コーラルが討ち漏らしを仕留める!」


「つまりはいつも通りということですね」


「クーガーのように考えられると思ってもいなかったがな!」


「咄嗟の機転より体に染み付いてる作戦のが大体当たりよ!ほらごちゃごちゃと口じゃなくて手ぇ動かす!!―――さぁ、行くわよッ!!」


 魔族トロルと直接相対しなくなっただけで僅かに軽口が叩ける余裕が出てきた。だからといってクーガーに全て押し付けるつもりは勿論ない。三人は自分たちが成すべき事を迅速に達成するために駆け出していく。





「オオオオォ――――!!!」


 叫びながら突進してくる魔族トロル。ルセア達から注意を逸らすために敢えて向かっていくクーガーは次の行動を考えたいた。


(リーチの差は向こうにあるか……。距離をとるか?―――いやそれは悪手か、下手に動ける状態でいられるほうが不味いな)


 相手に周囲を見やる状況を与えてしまえばルセア達の行動を見られてしまう可能性がある。そうなれば標的を変えてしまうかもしれない。


(自由にさせる訳にはいかないか、――なら!)


 踏み込む足に更に力を入れて一気に距離を詰める。

クーガーが選択したのは相手に張り付いて、注意を自身に釘付けにして相手の行動を制限させること。

距離を詰めれば自身も満足にハンマーを振るえなくなるが、相手に行動の選択肢を与えることに比べればましだと判断した。


(張り付けるまで数歩。後はくぐり抜けられるかどうか)


 もう少しで魔族トロルの射程圏内に入る。見た目通りに素早い攻撃は出来ないだろうが、最低でも一回は攻撃を掻い潜らないといけない。


(厄介なのは今回は避ける以外に手段はないこと)


 魔族トロルの手には巨大なこん棒。それで幾重の相手を屠ってきたのだろう、こびりついている血はドス黒い。

トロルの系統から予想がつくように力は強いだろう。受けるのも論外だが攻撃を逸らすというのもリスクが高すぎる。

ルセアやソーマのように機敏ではないクーガーが取るには厳しい選択だが他にないのならば仕方がない。


(重要なのは飛び込むタイミング。ギリギリまで引き付けてから一気に懐に飛び込む――!)


 判断は一瞬。読み間違えれば作戦は破綻し、踏み込みが甘ければたどり着けない。

クーガーは魔族トロルの一挙手一投足に注意を向けながらも自身の呼吸も整える。


 一歩、魔族トロルが足を止める。

二歩、クーガーを迎え打つ為に得物を振り上げる。

三歩、叩き潰さんと振り下ろす為に腕に力が入る。


(―――ここッ!!)


 四歩目、体勢を前のめりにして蹴り出す足に目一杯の力を込めて地面を蹴り飛ばす。

直後、クーガーがいた場所へこん棒が直撃し、衝撃と共に砂塵が舞う。絶妙なタイミングで文字通り飛び込む形となって魔族トロルの攻撃を掻い潜り懐へとたどり着いた。


「アレ?手応、エガ、ナイ?」


 未だに砂塵が舞う中、攻撃が当たった感触がない事に疑問を持った魔族トロルはこん棒を顔まで引き寄せる。


「血、付イテナイ?何デ?」


「何でもなにも、当たってないからだろうよ」


 外すことなど考えてもなかったのか不思議そうに唸る魔族トロルに事実を突きつけるクーガー。


「ア、オ前!?ドウシテソコニ!?」


 まるでクーガーが瞬間移動でもしたかのような反応を見せる魔族トロル。どうやら本当に外すことを考えるどころか微塵にも思ってないらしい。


「傲慢故の反応か。丁度いい、そのまま呆けていろ」


 それならそれで付け入る隙があるというもの。

クーガーはハンマーの柄を短く持ち魔族トロルの背後へと回り、最小限の動きで出来る限りの一撃を膝裏へと叩き込む。――が。


「――ッ!?チィッ!」


 直撃はした。だが返ってきた手応えは余りにも固い。骨を砕く感覚どころか弾き返される感触がクーガーを襲う。

反撃を警戒したクーガーは最低限の距離を取り備えた。


「グ、ヒヒヒッ!何カ、シタカ?無駄、ダ。ソンナ、攻撃ハ、効カナイィッ!!」


 クーガーでは自身にダメージを与えられないと確信したのだろう。嬉々として笑いを上げる魔族トロル。


「確かに生半可な攻撃じゃまともにダメージを与えられない、か」


 視線はそのままで耳を少しだけ周囲に傾ける。断続的な戦闘音が響いているのが聴こえる限りでは、取り巻きの撃破にはまだ時間がかかるだろう事がわかった。


(さて、どうするか)


 確実にダメージを与える為には相応の踏み込みや振りかぶる余裕がいる。だが、立ち回りの都合でそれは出来ない。


(ダメージは与えられなくとも注意は引き付けていられるか)


 少なくとも全くの無駄にはならないだろうと考えたクーガーは魔族トロルへと再び向かっていく。

作戦が決まったのなら直ぐに行動に移す。それが刻一刻と戦況が変わる戦場であればなおのこと。


(周りは任せても問題ないだろう。今は目の前のコイツに集中する―――!)


 魔族トロルの取り巻きをルセア達に任せた事で限定的ではあるが一対一の状況になった。

普段はパーティーを率いる都合、他のメンバーの事まで見やるクーガーだが一対一で魔族トロルと相対してる今、それに回している集中力を全部目の前の事だけにつぎ込める。


「無、駄ナ、事ヲオオオオッ!」


 鬱陶しいハエを払うようにこん棒を振るう魔族トロル。それだけの動きでも並みの冒険者ならば致命傷に成りうる一撃。


「―――――」


 しかし集中を高めたクーガーには当たらない。掠めるだけでも危険な攻撃を紙一重で掻い潜っていく。


(ここから回り込む)


 余裕を持って回避してしまえば楽だが攻撃は出来ない。ならば危険だろうと踏み込み飛び込む。普通ならば誰しもが恐怖を感じるであろう行動を、次の一手に繋がるなら行う。ただそれだけと

確信して動ける胆力がクーガーにはあった。


 攻撃を掻い潜り脇を抜けて背後に回る。そして動きは最小限で最大の威力が出るようにハンマーを膝裏に叩き込む。


「―――――」


 手応えを確認して直ぐにバックステップをして短く距離を取る。するとクーガーのいた場所をこん棒が音を立てて通り過ぎていく。


「馬鹿、ダ!オ前!ソンナノ!効カナイ!!」


 無駄だと罵る魔族トロルの言葉など意に介さないように動き続けるクーガー。

払った事でがら空きになった所に真正面から詰め寄り今度は膝頭に攻撃を仕掛ける。


(ここも効果はほとんど無い)


 返ってくる手応えと魔族トロルの反応からして有効打にはなっていないと分かった。


(単純に肉体の強度が魔物の奴らとは一線を画している、か。理由が単純なだけに厄介だな)


 力が強い、体が硬い。単純な表現だがそれ故にそれらの部分が上回っているというのは脅威だ。


(やはりこのままでは埒が開かないか)


 ダメージが通るのならばもう少しまともな戦いになるのだがそれも期待は薄い。

ならば当初の予定通り時間通りに徹するしかないと動きを固める。

今度は振り下ろされた一撃を横に飛んで回避する。


「マタ外、レタ!?―――ヌウウウゥ!!」


 またしても躱された事に次第に苛立つ魔族トロル。苛立ちから癇癪を起こし、今度は無造作にこん棒を振るい始めた。

一撃二撃と、雑に振るわれても脅威的な威力が伺える攻撃はクーガーに当たるこはなかった。


(………右から振り払い。……返して叩きつけ、飛び込むならここ)


 集中は更に高まり魔族トロルの動きを確実に読んでいく。構えから攻撃の軌道を、呼吸と力の入れ具合からタイミングと速度を。

力で押しきるトロルという種族の特性も相まって、予測するのはクーガーにとってそう難しいものではなかった。


 大振りを誘発するように相手が攻撃しやすい場所へ立ち、攻撃が来る瞬間に懐へ飛び込む。言葉にすれば簡単だが、実行するには余りにも難しい事をクーガーはやってのける。

懐へ飛び込んだら死角へ回り、一撃を叩き込んで離脱する。

一連の流れは淀みなく行われ、まるで予定調和のようだった。


「ア"ア"ア"ァ!!ナ、ンデ!?ナンデ当タラナイイ!!」


 何でどうしてと叫びを上げながらもこん棒を振るい続ける魔族トロル。しかし怒りによって単調さが増した攻撃など、今のクーガーに当たる訳がなく。ただ躱わされては痛くもない攻撃を受けるという一連の行動が続いていくのだった。

ソレがただ注意を逸らすための行動と気づく事なく。


「イラ、イ、ラズルウウウゥ!オ前達イ!ナンデ、攻撃シニ、コナイイ!!」


 同じ事がただただ続く事十数合。苛立ちの限界が来たのか取り巻きのゴブリン達が援護に来ない事を叫んだ。


「あら、どうしてって言ったって出来る訳がないじゃない」


 その問いに答えるのは手下のゴブリン達ではなく人間の女の声。

声の方に視線を向けるとそこには自分に向けて武器を構える三人の人間の姿があった。

手下達はいったい何をしているんだと周囲を見渡せば人間達のすぐそばに手下達だったモノが転がっていた。


「ナ、ンデ?イツノ間ニ?」


 目の前の光景を理解出来ないのかうわ言のように何でと繰り返す魔族トロル。それを尻目にルセア達はクーガーへと合流を果たす。


「待たせたわね」


「ご無事でなによりでした」


「流石に今回は多少の心配はしたんだが結局杞憂に終わっちまったか。本っ当に頼りになるねぇ。………クーガー?」


 三人の問いかけに反応を見せないクーガーにどうしたのかと顔を覗くソーマ。


「―――――聴こえてる。大丈夫だ」


 出てきた言葉にいつもの力強さは無く、額には大量の汗が浮かんでは地面へと流れ落ちていった。


「どうみても大丈夫じゃないでしょうよ!!どっかやられたか!?」


「落ち着け。久しぶりに深く集中したからな。その、反動だ。後少しくれれば、呼吸は戻る」


 慌てるソーマを制し、息を落ち着かせながら言葉を続けるクーガー。魔族トロル相手にあれだけの立ち回りをしたのだ。どれ程の精神力を使ったのか想像は容易い。


「やれるの?」


「無理だと思うか?」


「貴方に対して聞くような事じゃなかったわね」


「そういう事だ」


 汗を拭い、腕を回して体の調子を確かめる。多少の疲れは見えるが戦闘に何ら支障はない。ハンマーを構え、今度は全員で魔族トロルと相対する。


「役、立タタズ共、メェッ!!モウイイッ!!オ前、ラ、ナンカ俺ダケデ十分、ダ!!!」


 漸く取り巻きがやられた事を理解したのか、怒りを爆発させてクーガー達へと突撃してきた。


「突っ込んで来たぞッ!」


「随分な気概ね」


「いきがっているが残りはヤツ一体だけだ。俺達だけで十分にやれる」


「そう言える私達も大概ですね」


 魔族トロルを目の前にしていつものように軽口を叩くクーガー達。


「何を呑気に言ってやがるんですかお前ら!?」


「適度な緊張感を保ってる証拠よ。ねぇ?」


 突っ込むソーマに余裕な表情で返すルセア。それを見て軽く微笑むコーラル。最初にあった恐怖感と緊張感が解れ、普段の戦闘のような状態へとなっていた。


「そろそろ口よりも体を動かせ。―――行くぞッ!!」


 休憩は終わりだと、切り上げるクーガー。相手は一体。それも頭に血が上り怒りに任せている状態。対してこちらは全員が万全の状態だ。いくら相手が魔族といえど、自分達がただ劣るということはないと言い切れる。


 僅かな勝機は目に見える程に大きくなった。後はそれをつかみ取るだけだと、クーガー達は魔族トロルへと向かっていく。

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