60話
「終わった、か?」
「こんだけやったんだ。そうでなければ困る」
そう言いながらハンマーでトロルの頭を叩くクーガー。
叩いた衝撃で砕けていた頭蓋が更にひしゃげ、血やらなにやらが辺りに飛び散るがトロルに反応は起きなかった。
「っとと!おいクーガー!汚ねぇからそんなことやんなよ!」
「気にしすぎだ。洗えば落ちる」
「お前は気にしなさすぎなんだよ」
あーもうこびりついてやがる。と服をごしごしと擦りながらソーマは愚痴る。
それを尻目にしてクーガーはウード達へと歩み寄った。
「それで、孤児達は何処に?」
「少し離れた所へ下がらしてる。護衛として一人付けておいてな」
そしてウードは自分の仲間達に目配せし、様子を見に行かせた。
「それにしても助かった。一時はどうしたもんかと思っていたが、なんとかなったよ」
「ニカからある程度聞いているが、それにしてもこんなにも魔物が出るのか?」
「何回か依頼でこの辺りに来てるが、その日その日で大なり小なり差はあるが、ここまで出るのは初めてだ。いくら最近は増えてきたと聞いてもな」
今回のは明らかに異常だとウードは続ける。
「お前達のおかげで率いているハイゴブリンも倒したが、出来ることなら今回のよう事態はごめんだぜ」
「確かに今回のように次々と魔物が襲ってくるのは中々聞かない話ですね」
「これから先、同じような事がないとも限らない。ギルドに戻ったら報告して対策を講じないといけないわね」
コーラルとルセアがこの後についての話しをしているなか、クーガーは思考に耽っていた。
(確かニカは魔物達が戦術的な行動を取っていたと言っていた。そしてこの場において一番の脅威であるのはトロルだが、指示を出せる程の知能は無い。だからこそゴブリンの上位個体であるハイゴブリンが率いているのは当然だ)
話しと事実に差違はない。だが、ナニかが引っ掛かる。
「そういえばクーガー。俺達が来た道を警戒した方が良くないか?来るときに蹴散らした奴が来るかもしれないし」
ソーマの言葉を聞いて思考の欠片がカチリとはまり出す。
「クーガー?」
「警戒には俺達があたろう。ポーションで傷も癒えたしな。何か気になっているなら慌てず考えていいぞ」
「いいのか?」
ソーマの言葉に構わないと返したウードは残っていた自身のパーティーメンバーを連れてクーガー達が来た道を進んで行った。
クーガーはそれにすら反応せずに思考を深めていく。
(そうだ。ゴブリン達は数にモノをいわせ戦う種族だ。それなのになぜ援軍のように追加のゴブリンが向かっている?)
順当に考えれば全員で当たるのがゴブリンにとっての定石であるはずだ。
偶然遭遇した故に数が揃わなかった?いや、ならば離れた距離から援軍として向かう事すらありえない。
(そもそもニカはゴブリン達に襲われたと言っていた。遭遇したのではなく何度か襲撃にあったと)
すなわちウード達の存続を認知して襲ったと考えるのが妥当だ。初めに少数で襲ったのはそれで充分だと思ったから。
そして返り討ちにあったことにより追加でゴブリンを向かわせた。
(戦力の随時追加なんぞ戦術としては下策だ)
もっとも、それゆえにウード達が無事でいられたのだが。
――思考が逸れたと頭を振り本題に戻る。
(何度も襲ってきたということはそれだけの規模の集団であること。そしてその集団を率いていたハイゴブリン。だが多分コイツは集団のリーダーではない)
集団のトップであるならば自分達が仕掛けているのに援軍が向かって来る訳がない。
「おいクーガー。どうしたんだよ、さっきからずっと難しい顔して」
「やけに長く考えてるわね」
「何が気になっているのですか?」
思ったより長く耽っていたのか、コーラルとルセアもどうしたと近づいてきた。
「コーラル、正直に聞きたい。今の戦い、本当にこのハイゴブリンが率いていたと思うか?」
クーガーの問いに三人の顔が変わった。
「それってどういうことだ?本当かどうかなんて今倒したばっかりじゃないか」
「――言葉を変えるぞ。あのハイゴブリンにこの数を使う知能があると思うか?」
「――!」
クーガーの言わんとしてる事を理解したコーラルは息を飲む。
「いやそれだってニカが言ってたじゃない。なんか数を生かしてきたって」
「総力戦を好むゴブリンが戦力を小出しにするような戦いをしていてもか?」
そこまで言われてコーラルも違和感を強く感じた。
「だからってハイゴブリン以上の魔物なんて見てないし――」
「魔物ではなかったら、どうだ?」
ソーマの言葉を遮るようにクーガーは言った。
「それって―――」
「魔族、ということですか?」
コーラルが言った言葉に全員が静まった。
「俺はまだ対峙したことがない。お前は長年僧侶として勤めてきたんだろ?一度くらいは戦った経験はないのか」
「そもそも僧侶として前線に赴く事はほとんどありませんでしたので。それでも過去に一度だけ」
あまり参考になるかわかりませんが、と前置きをしコーラルは語りだした。
「私が相対したのはケンタウロスの魔族でした」
「ケンタウロスってあれだよな?あの、上半身がヒトで下半身が馬になってるって奴だよな」
「ええ。魔物としても知能は高いのですが、魔族となったケンタウロスは文字通り格が違いました」
思い出しているのか眼を瞑るコーラル。そして一呼吸を置いてから眼を開けた。
「戦士が隊を率いるように己が種族の特性を生かした戦闘にとても苦戦したのを覚えています」
苦々しい顔で語る事からどれ程大変だったものか見てとれる。
「確かに魔族ともなればヒトの戦いと同じ様に魔物を従える事、そして多少の種族の違いであってもそれは可能でしょう。それらを踏まえて言うのであれば、クーガー、貴方の予想であるこの魔物の集団を魔族が率いているということは十分にあり得ると言えます」
コーラルの言葉によりクーガーの予想が現実味を帯び、周囲の空気が重くなる。
「おい待てって!仮にそうだとしても肝心の魔族はいないし、丘の上から見た時だってそれらしいモンは見えなかった!」
「だからといっていない証明にはならない」
「ならどうすんだよっ!!」
不安を煽るように聞こえるクーガーの言葉にソーマは声を荒らげる。
「いる前提で行動するしかないだろ」
「前提ってそれだけ?」
「どんな魔族かの想定が出来なければ対策も取れない。なら、少なくとも心構えだけでもしとかないと、もし遭遇した時に動けなくなる」
咄嗟の時に行動出来るかどうかはそのまま生存率に直結するとクーガー。
「そうですね。それならば意識を共有するためにもウードさん達や子供達にも伝えなければいけませんね。子供達を不安にさせるかもしれませんが、備えておかなければならないでしょう」
自分達だけ構えていても仕方がない。もしも遭遇した時に子供達がパニックになる可能性を少しでも下げる為には必要なことだ。
「もし遭遇したらどうするの?」
「もしも戦闘する事になった場合その時の状況にもよるが、俺達が相手をした方がいいだろう。その間にウード達には戦線から離脱してもらう」
「全員で掛かるんじゃないのか!?」
相手は魔物よりも上位の存在である魔族なのだから此方も総力を持って迎え撃つのではないかとソーマは言った。
「第一は孤児達の安全だ。それにウード達はポーションを使った後だが俺達は使える」
戦闘中に万が一深手を負っても最後の保険としてポーションが使えるがどうかの有無が重要な事だとクーガーは続ける。
「一番はそもそも遭遇しない事ですね」
「送り届けるまで遭わないのを願うしかないわね」
これだけ話しても実際にその状況にならなければただの杞憂に終わる事なんだと結論を出したクーガー達。
その後ウード達が戻って来ると、今しがた話した内容を伝える。
「なるほどな。確かにその可能性はある、か」
「警戒するに越した事はないからな」
「了解だ。だが、本当にお前達に相手を任せていいのか?いや、実力を疑ってる訳じゃないんだが、何人かは回したほうが良くはないか?」
「別に倒すのが目的じゃない。確かに倒せればそれに越した事はないが、時間稼ぎくらいならばなんとかなるさ。アンタ達は孤児達を無事にウォレスに送り届けるのが目的だろ?ならばそれを最優先に置いて動くべきだ」
あくまで優先するべきは子供達であり、仲間のサポートに人数を割くべきではないとクーガーは言った。
「――分かった。なら、そう動けるようにウチの奴らと子供達にも伝えておく」
ウードは少し悩んだが、クーガーの言った事がこの場において正しいと納得した。
ならば今すべき事は不慮の事態を起こさないために皆に周知させる事だとウードは行動に移った。




