58話
まだ日も昇りきらない早朝、ギルドの執務室にクーガー達パーティーメンバーが集まっていた。
「揃ったか」
集まった面々を見合ってシグマは言う。
そこにいつもの騒がしくも和やかな雰囲気はなく、張りつめた空気が流れる。
「時間が惜しい、早速だが本題に入るぞ。昨日の夜中ウチのギルドの奴から応援要請が入った」
ギルドのメンバーからの要請という事でクーガーを除く三人に緊張が走る。
クーガーも重要さを理解しているが、気負う事なく佇んでいる。
「コイツらは少し前にウォレスの郊外にある教会から孤児達を移動させるための護衛として出ていたんだがその移動中に魔物の群れと遭遇、孤児達を引き連れていることもあり防戦を強いられている。そして事態が膠着している中、応援を呼ぶためにパーティーの一人、ニカが伝令としてウチに来た」
「戦況は?」
「一回はなんとか撒けたが、子供達を連れているから引き離すまでは至っていない。このままいけば追い付かれるのも時間の問題だ」
「子供達に怪我などは?」
教会に所属していた僧侶だからか、コーラルは子供達の身を気に掛ける。
「聞いた限りでは子供達が負傷したという話はない、がそれもいつまでもつか」
つまり事態は一刻の猶予もないとシグマは告げた。
「落ち合う場所までの案内は伝令に戻ってきたニカに任せてある。そして今回は状況が状況だからな、ポーションを支給しておく」
「ポーションまでくれるんですか?」
負った傷を即座に癒せる魔法薬であるポーションまで支給されることに驚くソーマ。
「一応お前達の分も含めて十個用意してある。確認しておくが間違っても子ども達には使うなよ」
「分かってますよ。ポーションは魔力の込められた薬だから一般の人に使ってはならないんでしょ」
「それとお前達自身も一回使ったら余程なことがない限り再度飲むのは禁止だ」
「確か、過剰に摂取すれば身体の中で魔力が暴れて反つて危険なのよね」
「その通りだ。本当ならそこまで危険な状態になってほしくはないんだがな」
ポーションの扱い方を確認したシグマは話しを続ける。
「今回は少し距離があるから馬の手配はしておいた。お前らはすぐに支度を済ませ救援に向かってほしい」
告げられたクーガー達は頷き、直ぐ様行動に移る。
「この状況だと戦闘は確実だ。治療道具等は伝令に来たニカに持たせて俺達は戦闘に必要な最低限の装備を整える」
指示は短く簡潔に。一刻も早く向かえるようにとクーガーは指示を出す。
「それが済みしだい門の前に集まるぞ」
残る三人が了解と返し部屋を後にする。
そして一人残ったクーガーにシグマが話しかけた。
「悪いな。ちょっと前にそんな機会はそうはないと言ったばかりだがこんな事になっちまって」
「仕方ないだろ。何事も予測通りにはいかんさ。それに今回のような無茶振りにも少しはなれた」
申し訳なさそうに言うシグマにクーガーはあっけらかんと返す。
どんなに備えておいたって一から十まで予定通りにいくことはないのだから、そう気に病む事はないと。
「帰ったら飯ぐらい奮発して奢ってやる。全員無事に帰してこいよ」
「要求に遠慮がなくなったな」
普段なら頼むと、成功を祈るような感じなのだが、今回は断定した命令形だった。
「お前達なら出来ると信じてるからな」
「随分な期待だ」
「文句があるなら、日々殊勝な心掛けをして信頼を積み重ねた自分達に言うんだな」
こうなったのは偏にクーガー達が成し遂げてきた結果であるとシグマは言った。
「やってきた事に文句をつけるほどガキじゃない。それに折角積み上がった信頼を失くすのも癪だからな、やれるだけやるさ」
クーガーはいつも通り出来ると断定はしない。戦場において絶対等ないと知っているから。
だが、やれるだけやると言った言葉に偽りはない。言葉の通りにクーガーは全身全霊を掛けて事を成すだろう。
「おう頼むぜ。後、全員ってのはお前自身も含まれてるからな、そこんとこを忘れるなよ」
そんな姿勢をシグマはうっすらとだが感じとれているからこの言葉を忘れない。この男は目的を成し遂げる為なら己の命すら迷わず掛けれる人間だから。
その言葉を背に受けクーガーは少し立ち止まった後、小さく返事をして部屋を後にした。
ウォレスを出立してから数時間。その間にクーガー達はニカから知りうる限りの状況を聞いていた。
「それで、現れた魔物の数と種類は?」
「最初はゴブリンが数体出て来てこれは問題なく退治したんだけど―――」
ニカが言うには、その後にも偶発的ではあるがゴブリンが現れてこれを撃退してきたが、次第に数が多くなっていき対応に苦戦し始めたの事。
「そこでニカちゃんが伝令に来たったことね」
「私がパーティーでは一番身軽だしね」
ニカと呼ばれる女性の冒険者はルセアと仲が良いらしく互いに気の知れた会話を交わす。
そんなニカは身に付けてる軽装から見てとれるようにソーマと同じく後方からの支援を主としているポジションだ。
「こう言ってはなんだけどニカちゃんのパーティーって私達よりパーティーのレベルは上よね?いくらゴブリンの数が多いとはいえ苦戦するとは少し思えないのだけれど」
ルセアの言い分は最もだ。
ニカが所属しているパーティーは、先日の中級大会でクーガーとも戦ったウード等の実力者も所属しており、パーティーとしての実績も申し分ない。
だからこそゴブリン相手に遅れをとるとは考えにくかった。
「ルセアちゃんが言いたい事はわかるよ。私達も最初は問題ないと感じていたし。だけど暫く戦っていたら違和感を感じてね」
「違和感?」
「うん。最初は連戦による疲れかなって思ったんだけど違ったんだ。ゴブリン達は基本、数に物をいわせる戦いをするけれど、今回のは数を生かした戦いをしてきたんだ」
「つまり連携、戦術をとるような動きをしたと?」
「多分ね。下手な魔物を相手にしたような動きというよりも、模擬戦でギルドの皆を相手しているような時の動きだったから」
「つまりゴブリンを率いるナニかがいる、か」
クーガーが思い浮かべるは、昔イルガ村で戦った高レベルのゴブリン。
並の個体より成長した存在ならば群れを率いる事は出来る事だろう。
「まだその存在を確認していないけどおそらくは。だからこそもしもの場合に備えて私が伝令に走ったんだ」
「なら尚更急いだほうが良いんじゃないか?一人抜けた上に孤児達を庇いながらの戦いじゃ相当にキツい筈だ」
「ええ、大まかながら状況は把握しましたし、今は一刻も早く着く事に専念しましょう」
いつも柔和なコーラルの雰囲気は張り積めている。自身がギルドに移籍した理由を考えれば無理もないのだが。
「勿論よ。だけど気持ちは落ち着いて行きましょう。あまりに焦っていては事を見逃してしまうかもしれないわ」
それを諌めたのはルセアだった。
かつて自分も同じ様に焦っていたときクーガーに窘められた事を思い出して今度は自分が、とコーラルを諭す。
「―――そうですね。すみません自分では冷静でいたつもりだったのですが、どうやら浮き足立っていたみたいです」
「気にしなくてもいいでしょ。子供達を守んのがアンタの目的なら気持ちが逸るのも仕方がないもんさ」
「あなたは珍しく落ち着いてるわね」
「聞こえは悪いが、俺より思い詰めてる奴がいたからな」
「それでは私がいつも通りになってしまったらマズイですかね?」
「そんなんでまたビビっちまったらコイツらにどんな嫌みを言われるか分かったもんじゃないからな。そんな失態なんて晒せねぇよ」
「失態っていう自覚はあるようだな」
「下手に取り繕わない分成長したんじゃないかしら?」
クーガーとルセアの言葉を聞いてどうやらどう言っても揶揄われる事にソーマは不満な顔をした。
「そう言うお前だってどういう風の吹き回しだ?いつもなら私もそう思うってコーラルに便乗してただろうに」
「あら、私だって日々成長してるのよ?」
ソーマの言葉も何のその。ルセアは対照的に誇らしく言った。
「ふふっ。随分楽しそうだねルセアちゃん」
「えっ?そう見えるかしら?」
「うん、とっても。前より凄い生き生きしてる」
「――なら、本当にそうなのでしょうね」
自分でもよく分からないがこのメンバーといると気持ちが楽に感じる。
下手に遠慮をしなくていいし、互いに本音でぶつかれるからだろうか。
「だからニカちゃんも安心して。自分でいうのもあれだけれど、私達結構強いから」
ただ一つ自信を持って言えるとするならば、自分達は良いパーティーであると言うことだ。
「うん!頼りにしてるね」
普段から真っ直ぐな友人がはっきりと言ってくれた言葉に、ニカも笑顔で返した。
合流予定の目的地まで、後少し。
緊迫した状況とは裏腹に、日は昇り、空は青く澄み渡っていた。




