56話
未だ歓声が響き渡るなか、勝者を称えるためにシグマが舞台上へと登る。
「よう、優勝おめでとうさん。まさかサーシェス相手に勝つとはね」
「負けると思ったか?」
「正直に言えば半々だ。それぐらいアイツが強いと知っていたからな」
ギルドトップクラスの実力者であるベリス率いるパーティーに所属しておりその活躍は勿論シグマにも入っている。だからこそ中級では優勝筆頭と呼ばれるのだ。
いくらクーガーが強いといっても苦戦は必至と思っていたが結果は誰がどう見てもクーガーの勝ちという文句のつけどころがなかった。
「他にもいろいろ聞きたいことがあるが、この後も控えているからな。ちゃんとした表彰は打ち上げの時だ」
それまでのんびりしてくれ、と告げてクーガーに降りるよう促す。そして歩いていくクーガーに向け。
「それと、少ししたら執務室へ来い。その時にはルセアとソーマも連れてな」
「何かあるのか?」
「来たら話す。なに、別に悪い話じゃない」
了解、と返事を返し今度こそ舞台から降りていった。
少しして上級大会までの休憩時間の中、クーガーはルセアとソーマを連れて執務室へと来ていた。
部屋の主たるシグマは職員の指示を出していて少し遅れるとの事。
「話しってなんだろうな?」
「賞金や賞品、って訳ではないわよね。表彰は打ち上げの時にやるって言っていたし。クーガーもただ来いって言われただけなのよね?」
「ああ。お前達を連れてな。悪い話ではないと言っていたんだ、そう気負うこともないだろう」
「それもそうね」
椅子にもたれながら話していると、ドアが開かれる。それを迎えるために立ち上がるルセアとソーマ。そして二人に立つように促されるクーガー。
入ってきたのは呼び出した本人であるシグマ。その後にローブを深く被った人物が続いて入ってきた。
(アイツは―――)
目の前の人物は確か試合の時に自分に対して、見定めるような視線を送っていた人物だとクーガーは気付く。
ローブの人物はクーガーの視線に気付くと口元を綻ばせ軽く会釈をした。
「よう、待たせたな」
「本当にね。それで?話っていうのは後ろの人と関係があることなのかしら」
「ま、そんなところだ。順をおって話すから取り敢えず座ろうや」
シグマに促されクーガー達は席へ腰を下ろす。
「取り敢えず改めて優勝おめでとうさん。良いとこまでいくとは思っていたがそのまま優勝するとは驚いたぜ。それに、ルセアもソーマも以前と比べて見違える位に成長してたな。勢いがあって結構な事だ」
「あら、随分素直に誉めるのね」
「当然。普通じゃあり得ん位に速くレベルが上がったのは、それだけの実戦を積んできたということ。その努力や成果は称えて当然のことだ」
当人が築き上げ成し遂げた事柄を正しく評価するのは皆を纏めるギルドマスターとしても当然だ。
「そりゃあ毎日毎日クエスト行ってりゃイヤでも成長せざるは得ないですからねぇ…」
疲れきった顔で当時の事を思い返すソーマ。
通常なら討伐系のクエストをこなした翌日は休みを取る者がほとんどなのだが、疲れなど感じてないと言わんばかりのクーガーと、実戦、討伐ドンと来いのルセアの両名によりまるで日課の如くクエストに駆り出されていた。
(本当、よくやってこれたな……、オレ)
「それで?わざわざ呼び出したんだ。それが話しってわけではないだろう」
遠い目をしているソーマを他所に、本題はなんだとクーガーは問い詰める。
「そうだな。あまり待たせるとコイツにも悪いか」
ゴホン、と咳払いを一つしてシグマは語りだす。
「本題は見ての通り横にいるコイツの事だ。コイツはつい先日、教会からウチのギルドへと移籍してきてな」
漸く話題に上った当人は三人に対して頭を下げて礼をする。
「移籍自体は珍しいがない訳ではない。それでギルドにきた以上出来ればパーティーを組んで貰いたくていろいろ話しあってきたんだが、これがなかなか上手くいかなくてな」
ここまで聞いて三人はシグマの言わんとしていることがわかった。その反応を見てシグマも三人が予想がついたと確信した。
「察しが良いのは助かるぜ。つまりコイツをお前さん方のパーティーに加えてやってくれって話だ」
「マジですか!?教会に所属していたってことはポジション的には後衛。つまり、遂に俺の負担が減るってことか!?」
イヤッホー!と喜ぶソーマ。それを尻目にクーガーは思考を回す。
メンバーの追加。人数が増えるのは単純に戦力が増えるのは勿論、戦術にも幅が広がりパーティーとしての厚みが増す。
しかも教会に所属していたということは貴重な回復魔法が扱えるということだ。
そんなメリットしかない有難い話だが疑問が残る。
「話しは分かった。だが他にも候補がいるなかでどうして俺達なんだ?」
数あるパーティーの中で自分達を選んだ理由が知りたいと、クーガーは言った。
「あー、そのことなんだが―――」
「それは私から話させて下さい」
シグマの言葉を遮りローブの男が声を発する。
クーガー達の視線が集まる中、男は緊張することなく喋り出す。
「クーガーさん達のパーティーを選んだ理由ですが、厳密にいえば私が選んだ、というよりは私が希望した条件に当てはまったと言うのが正しい理由なんです」
「条件、ね。なら私達はめでたく貴方のお眼鏡にかなったってことでよろしいのかしら」
選んだのではなくたまたま条件にあっただけだ、と言われていると感じたのか、ルセアの言葉には少し圧があった。
「上からモノを言う形になったことは素直に謝ります。ですが、私も教会を出てまでギルドに来たのです。それ相応の理由があるということをどうか知っていただきたい」
先ほどシグマが言った通り移籍は珍しい事だ。それこそ男が言うように何らかしらの理由がなければ、そもそも移籍も出来はしない。
それに加えてこの短い会話のなかでも男が丁寧に誠実に対応している姿勢は感じられる。
「そう、そうよね。こちらこそごめんなさい。貴方の話しを最後まで聞かずに感情的になってしまって」
「いえ、どうかお気になさらず」
「それで?その理由ってヤツは教えてくれるんですかい?わざわざ条件までつけてたんだ。関係なくはないんだろ?それに、これから一緒にやっていくかもしれないんだ。出来ればそこんところはハッキリさせておきたくてね」
それとも話しづらい事なのか?とソーマは続ける。
「いえ、話しづらいということはないです」
そして男はゆっくりと話し出す。
「私はこれまで長年教会に所属していました。教会の使命は皆さんも知っての通り傷付いた人々を癒すこと。その事に不満があったわけではありません。ただ、傷付いた人々を癒すということは、人々が魔物に襲われたということ。つまりは事後なんです」
私達は常に事が起こってからしか動いていないと、男は続ける。
「この前も重傷を負った子どもを治療しました。幸いにも傷は綺麗にふさがりました。しかし――、意識を戻したその子が言ったのです。『お父さんとお母さんは?』と。その時救助に向かった騎士団の方に聞きましたが、ご両親は子どもを守るように覆い被さって亡くなっていたと」
ギリっ、とルセアが拳を握り込む音が響く。
「私は迷いましたがその子に真実を伝えました。―――その子は事実を受け止めきれずに泣き喚いてしまいました。当然です、ただ幸せに暮らしていただけなのに突然魔物にご両親を奪われるなんてそんなの、とても……、とても小さな子どもには耐えられるモノじゃない………ッ!」
悔しかったのだろう。男はうつむき歯を食い縛り絞り出すように語る。
「そこでやっと、やっと思いいたったんです。いくら教会で人々の傷を癒しても、心の傷を癒してあげられる事なんて出来ないということに。悲劇が起きてからでは遅いということに。ならば悲劇が起こる前にその脅威を払わなければと」
だからと、男は顔を上げる。
「騎士団も遠征に出ますが頻度は多くはない。しかしギルドならば毎日のように魔物討伐の依頼があると聞きます。だから私は司祭と話しをさせていただき、今回ギルドへの移籍がかなったのです」
悲劇が起きる前に止める。男が語る真っ直ぐな想いに全員聞き入っていた。
「それと私がシグマさんに話していた条件なのですが、ある程度実力が備わっていて、積極的に討伐系のクエストを受けているパーティー、というものでして」
「上級者のヤツラはパーティーメンバーが固まっているから新しいヤツを入れる事に対して後ろ向きでなぁ。それに比べお前達はクーガーを筆頭に最近メキメキと力を付けてきていて実力は問題なし、それにパーティーのバランス的にも後衛が入るのはプラスになると判断した。そして最後に、お前らはほぼ毎日討伐にでている。これが決めてだ」
本当は面倒事を押し付けるのに丁度良いと思っているが、そんな本音は今言った尤もな建前によってバレることはないだろう。
「そうか。理由は分かった。それと、少し気になることがあるんだが」
「なんでしょう?」
「アンタは長年教会に所属していたといっていたが、声の感じや、口元を見る限りだと俺達より少し上にしか思わないんだが。顔を隠している事と何か関係があるのか?」
そう言われて男は今気付いたのかアハハと笑い。
「これは失礼しました。ギルドに来てから人前ではずっと被っていたもので。質問の答えですが別にやましい訳がある訳ではなく。少し騒がれると困ると考えたので」
ローブに手を掛け、隠していた素顔を晒す。
「えっ!?」
「オイオイマジかよッ!?」
「―――なるほど、そういうことか」
三人とも驚くが無理もない。
男にしては長く決め細やかな銀髪、どこか中性的にも見える顔。そして何より目立つのがツンと尖った耳。
話しには聞いていたが、森の奥底に住み、人前にはめったに出ることはないと言われている存在。
「今度からお世話になります。コーラルと申します。一応純粋なエルフです」
人間よりも永い時を生きる、神秘の存在であるエルフがそこにいた。