55話
互いに一直線に駆け距離を潰していく。先に動いたのは武器のリーチで勝るクーガーだ。
「シィッ!」
薙ぎ払うように槍を一閃。駆けてきた勢いそのままに叩きつけられた一撃はレベルによる力に差があろうとも易々と返される事はない。
(初撃は取られたがきっちり止めた。これを逸らして攻勢に移るっ!)
ギリギリと拮抗しながらも次の一手を考えるサーシェス。
試合開始直前、クーガーの圧に軽く呑まれたがそれもここまで。ここからは自分が主導権を握ると、サーシェスは行動に移る。
そしてその行動をクーガーは読んでいた。
膠着状態から一際力強く踏み込み、強引にサーシェスを押し払う。
「――ッ!?」
「戦術を立てるのは結構だが移すまでの一手が遅いな。悪いがそう簡単に主導権はやらん」
体勢を崩したサーシェスにすかさず鋭い突きを繰り出し追い討ちをかける。
これまでの相手なら捌ききれずに直撃したが、サーシェスは苦しいながらもこれを防ぎ続けた。
(流石にこれでは決めれんか。――さてこの状態で相手が取る行動は二択。強引に押し返すか、退いて仕切り直すか。まぁ、どうせ後者だろうが)
これまでの戦いを見てきてサーシェスは積極的に攻勢に出るタイプではない。どちらかと言えば相手の行動に合わせて動き、そして主導権を握ればそれを離さないように相手を攻め立てる戦いをする。
そしてそのスタイルはクーガー自身と似ている。だからこそ相手の行動を予測しやすく対応しやすい。
そしてクーガーの予想通りにサーシェスが後ろに飛び退こうと動く。
(―――ここだな)
無理やりに飛び退こうと足に力を入れた瞬間を見計らってほぼ同時に追撃を仕掛ける。
「なッ!?」
そう易々と逃がしてくれはしないと思っていたが、少しも隙を作れずに間髪入れず迫られたことに驚くサーシェス。
「逃がしはしない。言っただろう、そう簡単に主導権はやらんと」
本来ならば剣に比べ取り回しや手数で劣る槍を巧みに扱い、息もつかせぬ位に攻め立てていく。
(くっ……!、反撃の糸口が、見つからんっ……!)
サーシェスはなんとか防ぎつつ好転の機会を窺うが一向に見えない。攻撃を弾く、または逸らそうとしてもクーガーの攻撃が鋭いためにそれも出来ない。
かといって前に出ようとすればその隙を突かれ、ただでさえなんとか直撃を防いでいる状態のこの流れを、更に相手に傾けることになる。
(ここまで、ここまで技量に差があるのかっ……)
自惚れているわけではないがレベルは自分が上でありそれに比例してステータスも上回っているはず。
なのにこうも押されているのは紛れもなく戦闘技術の差。
クーガーの戦い方は自分と同じだ。確実に主導権を握り、握ったならばそれを相手に渡さずにそのまま押しきるスタイル。
だがその完成度が違う。こうして受けてみて解る、じわじわと確実に反撃の目がなくなっていく感覚がある。
的確に防ぎづらい箇所に攻撃を仕掛け、防いだとしても僅かながら体勢が崩れる。それの積み重ねが続き、次第にクーガーの攻撃についていけなくなっていき、今では少しづつではあるが体に擦るようになってきた。
(成る程。ベリスさんが評価するわけだ)
未だ到底一流とは言えない自身でも、実際に目の当たりすればいやでも解るこの完成度。
一体どのような訓練を、そして経験を積めばそうなれるのだろうか。どうすれば自分まそのようになれるのか。
そう考えていると剣を弾かれた。
(!?――何をっ…!何を考えていた俺はっ!)
逸れた思考を引き戻し己を叱咤する。戦闘中にあろうことか目の前の事以外に考えを回してしまっていた。
「戦闘中に考え事か?随分な余裕だな」
しまった。余計な事に思考を割いて決定的な隙を晒してしまった。慌てるサーシェスの視線の先では既にクーガーは追撃の一撃を放っていた。
(ダメだっ、避けれない)
剣を持つ手は弾かれ防御には間に合わない。
―――負ける。その言葉が頭に過った瞬間、何かを考えるよりも先に体が動いた。
「ぐッ…!おおおおおォォォォッ!!」
今まで出した事がないような叫びを上げ、強引に後ろに倒れるようにして躱す。無様にも見えるような格好だが大きく飛び退いたことによりクーガーとの距離が開けた。
サーシェスは次の事を考えるより先に素早く立ち上がり迎撃の姿勢を取り、クーガーを牽制する。
(まさかこんな形で仕切り直す事になるなんてな)
クーガーは槍を構えて今サーシェスを仕留め切れなかった事を、追い込まれての咄嗟の行動であったがゆえに読みきれなかったか、と考える。
(殺し合いではないといえ気が弛んだか?いや、それは言い訳だな。完全に詰めを誤った俺のミスだ)
相手がどんな予想外の行動を取ろうと読みを外したのは自分であり、それ以外に理由を探さないし作らない。
(気を引き締めろ……、実戦だったら次はないんだ)
息を深く吐き集中を高める。余計な事は考えない、必要なのは相手を倒す事だけ。
「――――――」
ピン、と張り詰めた空気がクーガーから流れる。
相対しているサーシェスはそれを感じながらも気圧されることはなく構えていた。
(なんて奴だ……。この期に及んでまだ先があるのか。いや、違うなこの感覚はまるで実戦のソレか)
意図的に手を抜くヤツではないことは知っている。ということは実戦ではないこの空気に流されていたのだろう。そして今その感じを捨てて、実戦と同じ意識をしている。それに殺意が込められていなくても、感じる威圧感は試合開始の比ではなかった。
(こんな奴に俺は力を見せてみろと言ったのか。滑稽だな、これでは立場が逆だろうに)
端から見てもどちらが優位だなんてわかるものだろう。客席からまさかなどと驚きの声が上がっているのがその証拠だ。
(あれだけ大きな口を叩いたんだ。このまま素直にやられる訳にはいかないな)
勝利の目は限りなくないだろう。ならばせめて一太刀を浴びせなければとサーシェスは剣を強く握る。
(多くを考えるな。一撃を叩き込むことだけ考えろ)
いつもならある程度手数を考えるが、手札の切り合いでクーガーに遅れている。だが単純なステータスなら間違いなく自分が上だ。
(打ち合いなんて考えるな、真っ向から攻め入る!)
手段は決まった、覚悟は出来てる。後は実行するだけ。
サーシェスは力強く地を蹴り、クーガーへと迫る。
それを迎え撃つようにクーガーは鋭い突きを放つ。
(受けるなっ!押し通れっ!!)
ここで足を止めれば二度と近づくことは出来ない。
サーシェスは剣を槍に当て強引に逸らして体を滑り込ませる。
(入ったっ!後は一撃を入れるッ!!)
しかしここで強烈な違和感がサーシェスを襲う。
意を決して飛び込んだとはいえあまりにもすんなりと近づけた。クーガーが迎撃に放った一撃、確かに鋭かったが最初の方より僅かに狙いが甘かった。
(まさか―――!?)
気付いたのは偶然。よく見ればクーガーは槍を逸らされたにも関わらず一歩踏み込んでいた。それは一回戦でウード相手に使った技。近づいた相手の顎を槍の石突きでかち上げるカウンター。
(間っ、に合えッ―――!!)
体は前のめりになっている。回避は間に合わない。ならばと剣を顔の下へと滑り込ませて少しでも衝撃を和らげる。
―――ガンッ!!と鈍い衝撃音が響き、サーシェスの体が軽く浮いた。なんとか間に剣を滑り込ませることは出来たが勢いを殺しきれることはなく、衝撃で口の中が切れてしまったのか強く結んだ口から血が溢れていた。
(耐えた……!早く攻撃に移らないと……ッ!)
ここでまごつけばさっきの二の舞だと、前を向くサーシェスだったが、すでにクーガーは次の攻撃へと移っていた。
「悪いな、もう油断はないッ!」
正直に言えばクーガーも今の一撃は入ったと思っていた。しかし直ぐに次の行動に移れたのは万が一防がれた時のことも想定のうちに入っていたから。厳密にいえば防がれたパターンも何個か想定している。それほどまでにクーガーは集中していた。
「シィッ!!」
槍を十全に振れるように少し距離を取る。そして振り上げた槍を下ろすように、サーシェスへと叩きつける。
サーシェスは驚きながらも剣を上に構え何とか受けきる。
―――だがそれも想定内。
今度は一歩踏み込み、剣を頭上で構えたことによりがら空きになったサーシェスの胴体に蹴りを入れる。
「グウゥッ!!」
くぐもった声を上げて蹴り飛ばされるサーシェス。
そしてサーシェスが立ち上がる前にクーガーは最後の詰めに入る。
姿勢を落とし、槍を構える。短く呼吸を整え、狙いを済ます。
その姿は獰猛な獣のように、その眼は鋭く狩人のように。
「フッ―――!!」
未だ立ち上がる途中のサーシェスに向かって駆ける。
足に込めた力を解放し、真っ直ぐに最短距離を最速で詰め、必殺の一撃を放つ。
迅く鋭く放たれたソレはサーシェスの胸、心臓へと一直線に迫り、そして寸でのところで止まった。
シン、と場が静かになる。サーシェスは胸に突きつけられた槍を見て数秒、それから息を吐いた。
「……俺の負けだ」
そしてサーシェスは負けを認めた。顔を下げ、唇を噛み締める。
まさかここまで太刀打ち出来ないと思ってはいなかった。嘗めていたわけではない、本来の自分の武器ではなくとも全力で挑んだ。だが結果は見ての通り。せめて一太刀と攻めたがそれすらも一蹴された。
(次はっ…、必ず届かせるっ!)
この敗北を糧に必ず成長してみせると心に決め、サーシェスは舞台を降りていく。
「そこまでっ!!勝者、クーガーッ!!」
それを見届けた審判がクーガーの勝利を告げる。
そしてせきを切ったように観客から盛大な歓声が上がった。