54話
中級大会決勝戦。
試合の多さから朝一から初級が始まり、そして中級が始まる。
時間は昼を過ぎた頃。早朝から騒いでいた観客は疲れを見せることなく熱気に満ちていた。
そんな光景を少し離れたところから見据える二人の姿。
ギルドマスターのシグマと、その客人であるローブを深く被った男。
「それにしても皆さんすごい元気ですね。朝早くからやっているというのに」
素直に感心したように話す男。いくら祭りなような行事とはいえ今の今までこの場の活気が衰える様子が微塵も見られない事に驚く。
「ギルドにいるやつらはだいたいそんなモンさ。ここ最近は魔物の討伐やらなんやらとクエストに追われていて一同に会する機会が少なかったからな。人によっちゃ久しぶりに顔を会わせるヤツだっている。はしゃぐな、っつうほうが無理がある」
ただでさえこの頃はギルド内でも鬱屈した空気が少なからず流れていた。そして今日は羽目を外しての大騒ぎが許されている。ならばこの熱気は当然のものだった。
「嫌いか?この雰囲気は」
「いいえ、少し驚きましたが好ましいものです。教会ではなかなかどうして、このような事はないものですから」
教会でも皆が集まり食事をするような事はあれど、このようにどんちゃん騒ぎをした事はない。
「だろうな。それぞれの持つ空気感ってのがあるからな。お前さんには悪いが俺はどうも教会の厳かな堅苦しい空気は慣れねぇ」
「ははは。確かに以前いらした時、食事の前の祈りの時間などは少々退屈されたご様子でしたね」
なんだ見ていたのかと苦笑いをするシグマを見て更に笑う男。
その空気を止めるように観客の歓声が上がった。
「おっと、どうやら始まるみたいだな」
「そうみたいですね。――どうです?良ければ賭けてみませんか?」
男の提案にシグマは驚く。まさか教会の僧侶から賭けを誘われるとは思ってもみなかった。だからこそ当然の疑問を男にぶつける。
「へぇ……。別に構わないが、いったいどうしたよ急に?」
「恥ずかしながら、場の空気に乗せられたみたいでして」
やはり似合いませんかね?と男は気恥ずかしそうに頬を掻く。シグマはいいやと首を振り、男の提案に乗ることにした。
「そいつは早くウチに馴染めそうで結構なことだ。いいぞ、それでどっちに賭ける?二人とも同じじゃつまらんからな。俺はお前さんの逆にかけるとしよう」
それでしたらと男は最初からどちらに賭けるか決めていたらしくすぐに答えた。
「私が賭けるのは―――、クーガーさんです」
「ほう。理由を聞いてもいいか?」
「これからお世話になる方ですので是非勝って欲しいと気持ちが一つ」
そしてもう一つは漠然としているのですが、と前置きをして。
「それに…、なんででしょうかね。なんか彼が負ける姿が想像つかなくて…。まだ若いのにまるで歴戦の戦士のような雰囲気があるというか」
そこまで聞いてシグマは男の言わんとしてる事を理解し、また男の感覚が正しく優れていると知った。
(普通の奴なら多少の違和感を感じるが、大抵は才能かなんかと勝手に結論づける。それにカナードさんからクーガーの事を誰かに言ったって話は聞いてない、それ以前にあの人が他人の秘密を漏らすって事はありえねえ)
つまり目の前の男は今日初めて見たクーガーの本質らしきモノに感づいたのだろう。流石と言うべきかなんというべきかとシグマはまじまじと男を見た。
そんなシグマの視線を自分の煮え切らない回答に対するモノだと思った男は申し訳なさそうに答えた。
「すいません。やはり突拍子もない話でしたね忘れてください」
「いや気にしてなんかないさ、むしろ感心したぐらいだ。さて、じゃあ見届けようじゃねぇか。お前さんがそう感じたクーガーの戦いっぷりをよ」
「これより中級大会決勝戦を始めます!両者前へっ!!」
審判の掛け声に従いクーガーとサーシェスの二人が舞台に上がる。いよいよ始まるとあって観客はさらに盛り上がる。
「――――」
「…………」
そんな周りの熱気とは対照的に舞台上の二人は静かに立っている。
片や一線で活躍してるパーティーに所属し、その実力も周知されているサーシェス。
片やほんの最近ギルドに加わり、破竹の勢いで頭角を出してきたいろいろ噂が絶えない大型ルーキーのクーガー。
下馬評では圧倒的にサーシェスが優勢だが、ここまでの戦いぶりを見てクーガーを推す声も少なくない。
だが観客が期待してるのはそこではない。サーシェスとクーガー。決勝までの二人の試合は互いに圧倒的な技量を持って両者とも苦戦らしい苦戦をしていない。
そんな両者だからこそ相対した時にどんな試合になるのかと皆が期待しているのだ。
そんな事なぞ知らない二人は舞台上で顔を合わせる。
「こうして話すのは初めてだな。お前の事はベリスさんから聞いてる。中々に出来る奴だと」
「そうか」
ギルド屈指の実力者が出来る奴だと評していると言われてもクーガーは喜びの一つも上げない。ソーマ辺りなら喜びのあまり周りの人に言いふらすだろうが、生憎クーガーは他人の評価をいちいち気にするようなタマではない。
「俺自身も少し興味がある。お前のような奴は見たことも聞いたこともないからな」
サーシェスの言葉に観客は驚いた。普段自分自身が強くなることにしか興味の大半を向けないことで有名なサーシェスが他人に興味を持つとは。
「互いにいつもの武器ではないのが不満だが、まぁそれは仕方のない事だ。それにお前の試合を見たが槍の技量も大したものだ」
「意外だな。人の事を言えたモンじゃないが、あまりお喋りをするようには見えなかったが」
クーガーの言葉に観客は心の中で賛同する。クーガーも話しかけられればきちんと返す形で喋ってくれるが、それ以上にいつものサーシェスではあまり見られないほど饒舌に喋る姿に戸惑いを感じている。
「それはすまない。自分でも意外だが、どうやらこの試合を楽しみにしているらしい」
本人はつゆほど自慢とは思ってないがサーシェスは同じレベル帯の者達の中では頭一つ飛び抜けて強い。それは普段の鍛練や一線級のメンバーと共に戦ってきたことによって磨かれた実力があってこそ。
なのに目の前にはレベルやステータス差など関係ないように圧倒的な技量を持って格上の相手を倒し勝ち上がってきたクーガーがいる。
常に自身の成長を考えるサーシェスにとってその技量は興味の対象となるには申し分なかった。
「長々と話してしまったな。それじゃお前の実力をみせてもらおう」
剣を構え戦闘体勢を整える。目の前の男は自分相手にどこまでやれるのか?今のサーシェスの頭にはそれしかなかった。油断などしていないが、まさか自分が負けるという考えすら存在していない。しかしそれが浅はかだと直ぐに思い知らされる。
「見せるのはいいがせいぜい気は抜いてくれるなよ?でないと、――――直ぐに終わるぞ?」
槍を構えクーガーにしては珍しく強い言葉で言い放つ。自分を嘗めているのならそれは構わない。しかしその様だとあっという間に負けるぞとサーシェスに訴える。
直後に威圧感がサーシェスを襲う。
目の前の男がどこまでやれる?馬鹿を言うな。そんな考えは捨てろ。アイツはそんな甘いモンじゃない、気を抜けば本当に呆気なく組伏せられる。そう思わせるモノをクーガーに感じた。
「―――――っ!来いっっ!!」
気合いを入れ直すように声を張る。油断なんぞもう無い。相手は間違いなく強者だと認めサーシェスは相対する。
二人の気迫に圧されながらも審判は試合開始の宣言を告げる。
「そっ、それではっ!決勝戦、開始ィィっ!!」
そして二人は弾かれるように飛び出し、試合が始まった。




