50話
「……なるほど」
「どうだい?ヤツはお前さんのお眼鏡に叶いそうかい?」
クーガーの試合を見届けたシグマは隣に立つ人物に問いかける。
フードを被り、顔を隠している男は感心したように頷く。
「確かにシグマさんの言う通りの方のようですね。対戦相手の方も中々の実力者であるのにもかかわらず、こうもあっさりと勝ってしまうとは」
印象に残るのは最後の攻防。ウードが強引に槍を押し退けクーガーに迫った場面。あの瞬間確かにクーガーは驚いた表情をしており、周りの人もウードが一太刀浴びせれると思った。
しかしそこからクーガーは流れるように足を運び、槍を回し、最小の動きをもってウードの顎に槍の石突きを叩き込んだ。
始めにクーガーの事を聞いた時は少々話を盛られているのではないかと思ったが、それは全くの間違いであったと知る。
「その前に勝ったソーマってヤツと、この後に控えてるルセアってじゃじゃ馬、合わせて三人がお前さんに紹介するパーティーだ」
「ありがとうございます。確かにあの人達となら私もやっていけそうです」
男は自分の希望を叶えてくれたシグマに礼を言う。ルセアという人物の試合はまだ先だが、ソーマ、そしてクーガーの実力はこの短い時間でも分かるくらいに高いモノだと実感した。ならば残りの一人もそうなのであろうと期待を膨らませた。
試合は進み、ルセアの番が回ってくる。
「これより一回戦第八試合を始めます。アスター、ルセア両名舞台へ上がって下さい!」
審判が言い終わるやいなやルセアは舞台へ飛び上がる。大会通じて数少ない女性の出場者ということもあり、周りの熱気は増していった。
「やっっっとっ!私の番ね!」
今の今まで他の試合を見て気持ちの昂りが最高潮まで高まっている。早く試合を始めたくて体がウズウズとしてしょうがない。
「やれやれ、ご馳走を我慢してる犬じゃないんだから。もうちょい落ち着いたらどうだ?良いとこのお嬢さんなんだからよ」
対するアスターは人当たりの良さそうな笑みを浮かべ軽口を言いながら上がって来た。歳はルセアより一回りほど上だが気さく性格ということもあり、ルセアも別段気に障るような感じはしない。
「無理!」
「お、いい笑顔。ならお喋りはここら辺にして始めますか」
清々しいまでの笑顔で答えるルセアに笑いながらも、アスターは今回の自分の得物である槍を構える。
「そうこなくっちゃ!」
ルセアも両手に短剣を携え前傾姿勢になり戦闘体制をとる。早く早くと試合開始と発してくれと審判を見つめる。
審判もそれを理解し手早くいつもの注意を促し開始を宣言する。
「試合開始!」
始まった瞬間ルセアは地を蹴りアスターへと駆け出す。ソーマほど機敏ではないが直線の瞬発力ならばルセアもひけを取らない。
アスターまでの道を最短かつ最速で駆ける。元より駆け引きはあまり得意ではない。
(先手必勝!やられる前に、やるっ!!)
逆手に握れば拳を振るときと大差ないと思い選んだ短剣。練習ている時に、愛用している者からそれは甘い考えだと言われたがそんな事は知った事ではない。要は勝てば良いのだ。
「気持ちの良いぐらいに真っ直ぐだな本当にっ!」
アスターもそう簡単に懐に入り込まれる訳にはいかない。
槍を突きルセアを牽制するが、最低限の動きで躱わされてしまう。
ならばと、数を放ちルセアの接近を止めようとするが前進を止められない。
「っちぃ!止まらねえぇ!」
後ろに下がりつつ素早く突きを放つ。ルセアは勢いを殺さぬように紙一重で避けるがそれもいつまでも続かず、少しずつ体を掠めていく。
「それならっ!これっ、でっ!!」
点で当たらないなら線で止める。今は取り敢えず何がなんでもここで勢いを潰しておかねばならない。
ルセアを振り払うようにがむしゃらに横一線を放った。
「んっ!くぅぅっ!」
ルセアは短剣でそれを受けるが威力を殺しきれるはずもなく、そのまま弾かれてしまう。
「っし。これで仕切り直し――」
間合いが取れたことにより一息つけたと思ったアスターだが、間髪いれずにルセアが再度向かって来たことでその余裕は直ぐに無くなった。
「まだまだああぁっ!!」
叫びながらもルセアの足は止まらない。一回失敗したからなんだというのだ。離れていては勝てないのだから、何度でも相手の懐に向かって飛び込むだけだ。
「なら何回だって払ってやるよ!」
アスターもそれを迎え撃つ。ルセアの事だからあっさり折れるとは思ってはいなかったが、こうも折れずに向かって来られると先輩としては中々に立つ瀬がなくなる。
ならば何度だって払いのけ、ルセアの気持ちを折ってやると、アスターは槍を握る手に力を込める。
二回、三回とルセアは弾き飛ばされるがその度にまたアスターへと向かっていく。回数が増える度に少しずつではあるがアスターの槍さばきを見れるようになっていった。
(もう少しっ、もう少しで入り込める!)
何度防がれても僅かにでも距離を詰められている事がルセアの気持ちを更に高揚させ、前に進む力へと変わる。
「くそっ!どんだけ体力があるんだよチクショウッ!」
対するアスターは顔に笑みを浮かべてはいるが、絶えず向かってくるルセアを相手にし、苦しさは隠しきれず苦々しい笑顔になっていた。だがそれでも振るう槍に衰えはみられない。
アスター自身もそれなりの戦歴を重ねているのだ。いくら相手が勢いのあるルーキーだろうとそう簡単には負けてやれない意地がある。
(ゴルさんやウードさんも負けちまって、その上俺まで若手に負けちゃあ格好がつかないでしょう!)
ギリ、と歯を食い縛り更に力を込めて槍を振るう。
何度目かとなる攻防、今回もルセアが防ぎきれずに弾き飛ばされる。そう思っていた。
「何度もやられていればさすがに慣れるっつーの!!」
振るわれた槍を掬い上げるように短剣を握った拳を振り上げる。勢いの付いたアスターの攻撃を上方向になんとか逸らした。
ソーマほど敏捷ではなくとも、クーガーのような技量はなくとも、何度も繰り返せば此方も出来る行動は見えてくるのだ。
(くそっ!体が流される!)
余計に力が入った一撃故に、勢いを止められず無防備な胴体をさらしてしまう。
「―――ここっ!!」
そんな致命的で決定的な好機を逃すルセアではない。全開の力を足に込めて地を蹴り、一歩でアスターとの距離を詰めその首筋へと短剣を突き付けた。
「――っつ!!………はあ、参った。降参だよ」
槍を振り上げた姿勢で文字通りお手上げだとアスターは負けを認めた。
「そこまでっ!勝者、ルセア!!」
審判の宣言が響くとルセアは拳を突き上げ喜んだ。
これでクーガーのパーティー三人全員が初戦突破。まさかの展開に会場の熱気は更に高まっていった。