30話
「邪魔ぁっ!」
立ち塞がるゴブリンを殴り飛ばす。しかし足を止めることはしない。今は一刻も早くトロルの元へとたどり着くその一心で駆ける。なおも新たに出てくるゴブリンに舌打ちをしながらもルセアは駆け抜けていく。
「邪魔だって、言ってんのよおおぉ!!」
間合いを詰め、相手が何かする前に顔面目掛け拳を振り抜く。『エンチャント』を掛けてある一撃はゴブリンの頭蓋を確実に砕く。倒れたゴブリンには目もくれずルセアは前進する。
「ったくアイツは本当に大丈夫なのか?目に見えて頭に血が上っているし…。はぁ…、クーガーが来るまで無茶させないように頑張るしかないか…」
自分にやれる範囲でどこまで出来るか分からないが、やるしかないということだけは分かる。本来自分は後方で援護しながら戦うスタイルなのにこうも戦場の前線で戦うことになるとは思っても見なかったとソーマは愚痴る。
「……決めた。この依頼が終わったらアイツらになんか奢らせてやる。そうじゃなきゃ割に合わないでしょコレ」
そうこう考えながら走ってるうちに前方に一際大きな魔物の姿が見える。
「――!見つけたっ……!ソーマ!」
「はいはい。俺も確認できましたよ。あーやっぱデカいなぁ、本当に俺らで倒せるのか?アレ」
数体のゴブリンを引き連れ巨大な体を揺らしながら歩くトロル。迫ってきた二人に気付いたのか迎え撃つ形で待っていた。
「取り巻きは五体、まずはアイツらを仕留めないと……。援護はするけど深追いはするなよ?」
「分かってる。クーガーが来るまでトロルには手を出さない、でしよ?とりあえず、さっさといくわよ!」
手甲に『エンチャント』を施し駆け出すルセア。ソーマも直ぐ様短剣を取り出しゴブリンへと放つ。ルセアは一番近くにいた一体目掛け一直線に駆け寄り拳を放つ。それをゴブリンは腕で防ぐが、ルセアの拳はそのまま腕を砕いた。
「ギャアア!?」
悲鳴を上げるゴブリン。ルセアはそれに構わずもう一方の拳をがら空きの顔面に叩き込んだ。頭蓋が砕ける衝撃音を響かせそのまま地面に叩きつける。
「まず一体!」
直ぐに二体目へと視線を移す。ソーマの投げた短剣はルセアから離れたゴブリンへと命中しており足を止めている。ルセアはそれを確認すると意識を目の前のゴブリンへと集中させる。
「ギギッ!」
短剣を振り上げ迫ってくるゴブリン。ルセアも拳を構え距離を詰める。そして短剣を振り下ろしたゴブリンの攻撃を横にずれることで回避し、ゴブリンの脇腹へ拳を打ち付ける。
「―――ッ!?!?」
あばらが砕けるあまりの痛みにうめき声を上げ腹を抱え踞るゴブリン。ルセアは腰を落としてその顔面へ右の拳を振り抜いた。
「相変わらずおっかねぇ、っと!」
その様子を横目に更に短剣を二本放つソーマ。放たれた短剣は二体のゴブリンに当たるが致命傷には至らず動きを止めるに留まる。そして残った一体がソーマ目掛けて突撃してくる。
「――ふぅー…」
短剣を構え一呼吸。未だに苦手意識がある近接戦闘、しかし相手はたった一体、どうってことはない。以前とは違い武器を構える手の震えは無い。
(よし、―――やれるっ!)
相手の振り下ろすタイミングに合わせ一歩踏み込む。小柄なゴブリンより更に体制を低くしてゴブリンの脇をすり抜ける。そして直ぐ様反転。体を回す勢いそのままにゴブリンの首を切り裂く。倒れたゴブリンは二度三度体を痙攣させそのまま息絶えた。
「よしっ!」
空いた拳を握り確かな手応えを噛み締める。成長出来てる。それが事実となってソーマにより強く実感させる。
「ギギッ!」
背を向けている状態になっているソーマに残ったゴブリンが近づく。ソーマは直ぐ様振り向き、手を構え呪文を唱える。しかし呪文が放たれるより早く一体のゴブリンがソーマへと武器を振るう。
「生命を包む柔らかな風よ――」
それでもソーマは詠唱を止めない。何故なら自分の他にもう一人いて、その人物が駆け寄っているのを知っているから。ゴブリンの持つ剣がソーマに当たる直前――。
「ハァ!!」
真横からゴブリンの顔面へと重い一撃が打ち込まれた。
「ゴッ!?」
そのまま吹き飛ばされたゴブリン。拳を放ったルセアはソーマへと視線を向ける。準備は?と問い掛けた視線にソーマは勿論と頷く。そしてルセアはそのまま駆け抜けソーマの呪文の射線から外れる。
「敵を切り裂け!『ウインドカッター』!!」
放たれた風な刃は次に迫ってきたゴブリンに当たり胴体を真っ二つに切り裂いた。
「ふぃー。これで取り巻きは全部ってとこか。お前と二人でもなんとかなるもんだな」
「何仕事が終わったような感じになってるのよ。目的はアイツでしょ?ほらおいでなすったわよ」
視線の先にはゴブリンとは比べるまでもない巨体を揺らしながら近づいてくるトロルの姿。手に持つ得物はその巨体に相応しく巨大なこん棒。だらしなく涎を垂らしながら近くトロル。その視線はソーマには向けられておらずルセアのみに向けられていた。
「お相手さん。お前さんに気があるみたいだぜ」
「笑えない冗談ね。そんなこと言える余裕があるなら貴方から仕掛けたら?」
「それこそ笑えない冗談だろ。あんなの一発でも食らったら直ぐにミンチですよ」
「ならそうならないように立ち回りましょう。倒す当てがあるって言ったクーガーが来るまで」
相手は一体、しかも動きは鈍重。端から見れば時間稼ぎは楽に見えるが、相手の攻撃を一撃ももらわないように立ち回らなければならない。今よりも更に集中を高めながら二人はトロルへと対峙した。




