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20話

 チュンチュンと小鳥がさえずる早朝。ウォレスにある冒険者ギルド『デュランダル』の執務室ではギルドマスターであるシグマがコーナーの入ったカップを片手に、開け放っていた窓枠に肘かけていた。


「良い朝だ……。こんな朝は優雅にコーヒーを飲むにかぎる」


 朝早いこともあり、窓から臨む街の景色は人通りも少なく、日中の賑やかな雰囲気とは別の顔を見せている。それまでの僅かな時間をシグマはコーヒーと共に味わっていた。


「あのシグマさん。コーヒーを飲んで現実逃避するのは良いんですけど、書類の処理、早急にお願いしますね」


「わかってるって、でも後せめて十分――」


「ダメです♪この後も色々予定がありますから是非とも"早急"にお願いします。ね」


「……はい」


 受付嬢の指差す先には文字通り山のように積み上がった書類。別に仕事を疎かにしていたわけではない。夜通しやってもこんなに残ってしまっているのだ。そんな自分を労ろうとほんの少し休憩をとっていたがそのささやかな時間ももう終わってしまった。


「仕方ない、さっさと取りかかっていきましょうかね」


 カップに残ったコーヒーを一息に飲み干し、作業に取りかかるシグマ。すると部屋をノックする音が響く。そしてシグマが返事するより早く扉を開き一人の少女が部屋に入ってきた。シグマは少女――ルセアの姿を見るなりまたか、とため息をつく。ルセアはそんな事などお構いなしにシグマに向かって近づき、ダン!と机に掌を叩きつける。


「さぁ、今日も来たわよ!さっさと許可を出して貰おうかしら!」


「本当に毎朝毎朝お前は……」


「なによ?あれからもう一週間よ?怪我はもう完治したし、その間は戦闘系以外の依頼だってちゃんとこなしていました。これ以上は体が鈍ってしまうわ。だから今日こそ許可を出してちょうだい」


 ルセアの言葉にシグマはふむと頷く。確かにルセアの言葉にも一理ある。ここ一週間はちゃんと戦闘行為はしていないようだし、そろそろ許可を出しても良いと考えた。


(だが、またムチャをして怪我しても困るしなぁ)


 こいつの性格のことだ、許可を出したら直ぐにでも討伐系の依頼を受けるだろう。問題はこいつの突撃癖を制御してくれる人物が少ないってところだ。ベリスであれば大丈夫だろうが、今は依頼で暫くはいない。

さて、どうしたものかと悩んでいると、視界の隅で一枚の書類が目に入った。書類は依頼完了の報告書で、依頼内容と請け負った冒険者の名前が記されていた。その中の一人の冒険者の名前を見たシグマは何かを閃き、ニヤリと笑う。


「良いぞ、ただし条件がある。それはな――――」


 そしてシグマの出した条件にルセアは驚き、不満を垂らす。しかしどうしても譲らないシグマの態度に、最後は苦い顔をしながらもしぶしぶ了解をした。






 (さて、今日はどの依頼を受けるかな)


 今日も沢山の依頼が掲示板に貼られており、大勢の冒険者の誰もが我先にと目当ての依頼書を取り合っている。クーガーは少し離れた所から掲示板を見ていた。別に特別こなしたい依頼など勿論なく、装備を整えるための費用と当面の生活費さえ稼げればそれで良いと思っているクーガーは、せめて内容的に実入りの良い、討伐系の依頼が残れば良いと思いながら依頼書を見繕っていた。その途中何人かの冒険者がクーガーに軽い挨拶をし、クーガーもこれを返す。

当初、ギルドマスターであるシグマの紹介でギルドに加入したクーガーを怪しむ者もいたが、ジント村の依頼をこなしたのを機に徐々にではあるがギルドの冒険者から受け入れられるようになった。その後も何か手頃なのはないかと見ていると、ふと声を掛けられた。


「よう、クーガー。今日も依頼か?精が出るな」


「ん?ああ、あんたか。まぁそんなところだ。まだ何を受けるか決まってはいないがな」


 声を掛けてきたのは、無精髭を蓄えた一人の冒険者だった。男はクーガーの言葉を聞くと、良いことを聞いたとニカっと笑った。


「そうかそりゃちょうど良かった。俺はこれから依頼を受けに行くところなんだがパーティーメンバーの枠がまだ余っててな、お前さえ良ければ一緒に行かないか?」


 男はそう提案し、クーガーはふむと考えた。ジント村の依頼から一週間、その間も依頼をこなしていたクーガー。その依頼もベリスの勧めでギルドの他の冒険者とパーティーを組んで依頼をこなしていた。目の前の無精髭の冒険者もその時に一度パーティーを組んだ事がある。別段断る理由も無いのでクーガーはその提案を受けることにした。

そして手続きをするために受付へと向かうと、そこにはシグマとルセア、そしてなぜか首根っこを掴まれているソーマの姿があった。シグマはクーガーの姿を見つけるといい笑顔をして手招きをする。何か嫌な予感を感じながらもクーガーはシグマ達へと近く。


「ちょうど良かったお前まだ依頼受けてないよな?」


「これから受けるところだが……、一体どうしたんだ?」


「いやなに、ちょっとお前に頼みたいことがあってよ。ライアン、すまないが今回はこいつを譲ってもらってもいいか?」


「引き抜きですか?まぁシグマさんの頼みなら別にいいですよ。その代わり今度何か奢ってくださいよ?」


 ライアンと呼ばれた無精髭の冒険者は、苦笑いをしながらも了解をし、クーガーに一言別れを告げて代わりのメンバーを探しにむかった。


「で?俺に頼みたい事って?」


「実はな、お前にパーティーを組んでほしくてよ」


「パーティー?」


「おう、ここにいるルセアと、ソーマと三人でな」


「えっ!?俺コイツらとパーティー組むんですか!?」


 クーガーがシグマの言葉に反応する前にソーマが叫ぶ。クーガーはルセアの方をチラと見ると、ルセア本人もいかにも不満ですという顔をしていた。そしてシグマに視線を戻し無理だろ、と言い放つ。


「お前なら大丈夫だ。ここ最近の依頼の報告書を読んだぞ。いろんなパーティーと組んではちゃんと結果を出しているし評判も良いらしいじゃないか」


 実際クーガーの評判は悪くない、むしろかなり良いほうだ。本人のレベルは低いが、前の世界で培った戦闘経験により、参加したほとんどの依頼でかなりの活躍をした。特に戦闘では戦況の把握をきっちりとこなし、要所要所で他の冒険者に指示を出すことにより、クーガーが参加した依頼では負傷者はほとんどでなかったという。

そこでシグマはクーガーならばルセアと組んでもやっていけるのではないか、そしてついでにジント村で一緒に依頼をこなしたソーマの面倒をみてもらおうと考えた。

それを聞いたクーガーは軽くため息を吐く。


「あんたがそう言うんなら俺は構わんが、肝心の二人はどうなんだ?」


 クーガー自身は別にパーティーを組むことに抵抗はない。確かにパーティーを組むことで面倒は増えるだろう。しかし一人では依頼を受ける事が出来ないので、それならば飛び入りで他の冒険者とパーティーを組むよりかは幾分か良いだろうと考えた。しかし、いくら自分が了承したとしても残りの二人が納得していないのならば、仮にパーティーを組んだとしても上手く機能するわけはないだろう。実際ルセアは不満気な顔のまま、ソーマも苦い顔をしている。


「どうせシグマさんの事だから断ったところで無駄でしょ?……ったく。俺はクーガーとは一回依頼に行ったことがあるからそっちは問題はないですよ。そっちはね」


 そう言うソーマの視線はルセアの方に向けられている。ルセアもソーマに対してキッとした顔で返す。クーガーは初めてルセアと会った時の二人のやり取りを見て、ソーマが少なからずルセアに対して苦手意識があるのは知っているつもりだ。だからこそこの面子でやっていけるのかの不安がある。クーガーはどうするんだこれ、と言葉に出さず視線でシグマに訴える。


「まぁ…なんだ。お前ら三人を組ませるには理由があってだな―――」


 そしてシグマはその理由を語り始めた。ルセアとソーマ、共に冒険者としての素質は十分にありながらも、それを十二分に発揮出来ないでいる二人。ルセアは猪突猛進な性格を、ソーマは幾分かマシにはなったものの魔物相手への苦手意識を、それぞれ克服してもらうためにパーティーを組ませることを。そしてクーガーであれば二人を纏められるであろうと思い、この三人にしたと説明した。


「なーるほどねー。なんだろう、スゲー納得。……まぁ、ルセアはともかく、お前がいるんならなんとかなりますかねぇ。取り敢えず組むのは決定事項だし、一つ宜しく頼みますわ」


 あっさりと納得したソーマはそう言いながらクーガーへと手のひらを出す。クーガーは一瞬キョトンしたが直ぐに理解し手のひらを出し、パチンと叩く。二人が一緒に依頼に行ったのはジント村の一件のみだが、これぐらいの行為を交わせるほどには信頼関係が築けていた。

そして今の今まで口を閉ざしていたルセアがようやく口を開いた。


「私はまだ納得しきれていないのだけれど、パーティーを組まないと依頼も受けられないというので、今回は組むことになりました。ソーマはともかく、貴方の事はギルドの人達からある程度ですが話は聞いています。……そういえばこうして話すのは初めてだったからしら?改めてルセアよ、宜しくお願いするわ」


 対してルセアはシグマの説明を理解はしたが、完全には納得はしなかった。しかし依頼を受けるためと割りきってパーティーを組むのだと、自分の気持ちを隠さずはっきりと告げる。そして自分の名前を伝え、クーガーへと手を差し出した。


「クーガーだ」


 クーガーも名乗り握手を交わす。しかし頭の中ではこれから先の事を考えていた。ルセアとソーマ、この二人をどうすれば纏められるのか、というか本当にそんなことが出来るのか。今まで経験したことのない状況にクーガーは心の中でため息をついた。

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