15話
「ハァッ、ハァッ。ここまで来ればっ、大丈夫、だろっ……」
牧場から二人を連れて走り、ようやく村人達が生活する居住区までたどり着いた。抱えていた女性を降ろし、次におぶっていた少年を降ろす。ここまで全力で一心不乱に走り続けたせいで息は切れ足も震えている。
「あ、ありがとうございます。あの…大丈夫ですか?」
「えっ…?あっ、はい全っ然っ、大丈夫ですよ!ちょっと走り疲れただけなんで、ちょっと休めば、すぐ元通りですよっ!」
息を切らしながらも余計な心配はかけまいと笑顔で答える。すると近くの家から一人の男性が近づいてきた。男性はソーマ達の姿を確認すると駆け寄ってきた。
「お前達どこ行ってたんだ心配してたんだぞっ!!でも良かったっ、二人とも無事で!」
そのまま男は親子を抱き締める。どうやら男は親子の家族らしく、余程心配したのか少年が苦しいと呻くほど力強く二人を抱き締めていた。
「あんたが二人をここまで連れてきてくれたのか?」
「ああ。それよりも早く家に避難しておいてください。まだ牧場にコボルトがいますが、今は仲間が食い止めてくれています。しかし万が一の事もあるんで」
「分かった。あんたは?」
「俺は……、仲間の所に戻ります」
こうしている間にもクーガーは一人で戦っている、一刻も早く戻らなければいけない。しかし、ついさっき失態を犯した自分が戻っても助けになるどころか足を引っ張るだけなのではないか。またコボルトと向かい合ったら臆してしまうのではないか、そんな考えが頭に浮かんでは消えない。歩み出せない重い足に力を入れ動かそうとしていると少年が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「兄ちゃんゴメン…ぼくが牧場に行ったから、もう一人の兄ちゃんがケガをして…」
「別にお前のせいじゃないよ、気にすんなって」
「でも…」
「それにあいつは強いんだ。あれぐらいどうって事ないさ」
魔物相手に尻込みする自分なんかより――。口には出さないが、そんな否定的な言葉が頭を埋め尽くしてくる。あまつさえクーガー一人でどうにかなるんじゃないかという考えまで浮かんでくる。
「…うん。ねぇ、兄ちゃんお願いがあるんだ」
「お願い?」
「ぼく、もう一人の兄ちゃんに、ちゃんと謝りたい。ちゃんとごめんなさいって言いたい。だから…」
その言葉にソーマはハッとする。目の前の少年は自分の行動によりクーガーが怪我を負った事を理解している。その上できちんと謝罪をしたいと。
(それに比べて俺はなんだよ)
自分の失態をうじうじと引きずっていつまでも足が動かず、言い訳ばかり頭の中を回っている。あまりにも情けなくて涙が出そうだ。だが、少年のおかげで気持ちは決まった。
「ばーか。子どもがいっちょまえに責任感じてんじゃないよ。……待ってな、必ず連れてきてやるから」
少年の頭を乱暴に撫で宣言する。目の前の少年に対してだけでなく、自分に向けても。そして直ぐ様牧場へ向けて駆け出す。
「がんばれー!兄ちゃーん!」
少年の声が背中を押す。ソーマは振り替える事をせず右手を上げて応える。気持ちは決まったが恐怖心が拭えた訳ではない。だから気持ちがまた折れる前に駆けつけられるように急ぐ。
「ああっくそっ!。怖えなぁあ!チクショウ!」
走りながらソーマは叫ぶ。歯はカチカチと震えているし、足も依然として重いままだ。だけど足を止めてはならない、止めてしまったらもう二度と動かすことは出来ないだろう。そうしたら今度こそ本当に負けてしまう、自分の弱い心に。
「ああ、またこんな事ばかり考える!違うだろっ!もっとこう、やる気がでるような、心が奮い立つような事を!思い浮かべんだよ!」
クーガーを颯爽と助ける場面を思い浮かべる、駄目ださっきの失態が頭をよぎる、却下。コボルトを倒したら村で見かけた可愛い娘に声を掛ける、少しやる気が出てきたが村娘の側に彼氏らしき野郎がいたことを思いだしやる気が嫉妬に変わったのでこれも却下。その後もあれやこれやと考えるが、なかなかこれというものが思いつかない。
「ヤバい、思いつかなすぎてしんどい」
さっきと違い親子を抱えていないのに足は依然として重いまま、いや下手するとさっきより重くなっているかもしれない。早く駆けつけなければならないのに思うように動かない自分の体に歯噛みする。そんな中、ふと頭をよぎるのは今も戦っている小生意気な後輩の事。今日初めて顔を合わせた男。自分より後にギルドに入ったのに既に一人前のような雰囲気を伺わせ、度胸も実力も自分なんかよりもずっとある人物。まだ行動を共にして一日も経っていないがただ者ではない事だけはよく分かる。
「……なんかムカついてきた」
考えれば考えるほど自分より有能な部分ばかり思いあたり、少しばかり腹が立ってくる。そもそもあいつは後輩の癖に自分を敬っていない。ギルドで自分が荷物を多く準備してベリスに注意を受けている様子を呆れた顔で見ていた事をよーく覚えている。自分は新人だから宜しく頼む、と言っていたのに謙虚さが足りないのではないか。
クーガー有能さを確認する度に、わりとどうでもいい不満が胸に込み上げる。
「よし決めた。コボルトを華麗に倒して先輩としての意地を見せつけなくては」
ついさっき思い浮かべた時は即座に無理と判断したのにこの変わりようである。しかし足取りは確実に軽くなっていた。
「――ハハッ」
つい笑いがこぼれる。仲間を助けにいかなければという思いよりも、少年の頼みを叶えたいという思いよりも、後輩にナメられたままではいられないという、ちっぽけな自尊心が自分の中でとても強いんだと。
「こんなんでやる気が出るなんてつくづく自分が嫌になるな!まったく!」
言葉とは裏腹に顔に笑みを浮かべ駆け抜ける。端から見れば誉められたものではないだろう。しかし今はどうでもいい、どんな理由であれ体がちゃんと動くのであれば。
「やってやる!やってやるぞおぉお―――!!」
ちっぽけだけど自分の中に確固としてある自尊心を胸に、ソーマは牧場へと向かう。




