13話
「グルァッ!!」
先頭にいたコボルトが駆け出し襲いかかってくる。クーガーはそれを武器で受け止めそのままハンマーを振り払い押し返す。すると後ろから二体目のコボルトが迫ってくる。
「っつ!?」
コボルトの攻撃を体を捻りそれを回避し、すかさず反撃をするが避けられてしまう。そして距離が開き、互いににらみ会う形になった。
(ちぃっ…。想像よりも数が多い……っ)
先行して来た二体の後ろから次々にコボルトが来てその姿が露になる。その数――六体。そしてそのどれもが牙を剥き出しにしており明確な殺意を浴びせてくる。対してこちらは二人、しかも逃げ遅れた親子を守りながらの戦いを強いられている。状況は最悪に近い。
(これじゃあ撃退どころか逆に突破される可能性もある)
ソーマに親子の守りを任せるにしても今のクーガーが一人であの数のコボルトを相手にするのは無謀に等しい。ならばまずやることは敵の数を減らすこと。クーガーは道具袋に手を入れ、閃光玉を取り出し魔力を込める。
「ソーマ!それとあんた達も!目をつむれ!!」
クーガーのやろうとしている事を察したソーマは親子を覆うように抱きよせる。それを確認したクーガーは閃光玉をコボルトの足元へと投げつける。瞬間、眩い光がコボルトの視界を襲う。
「ッ!?ガアァアッ!?」
悲鳴と共にコボルト達はのたうち回る。クーガーはコボルトの視界が回復しないうちにと攻撃を仕掛ける。
「『エンチャント』!!」
一番近くにいる一体を目掛け、ハンマーを振りかぶりながらエンチャントを掛ける。ハンマーに光が纏い、それに伴って重さが増していく。そして重量を殺すことなく強烈な一撃を無防備になったコボルトの頭に叩き込み粉砕する。
(――次っ!!)
倒したコボルトには目もくれず次の標的を定め追撃を仕掛ける。幸い、相手はまだ視力が戻っておらず立ち尽くしている状態だ。だがそれも時間の問題、クーガーはただ相手を倒す事に意識を集中させる。
「っらあ!!」
確実に一撃で葬るため、体を回転させ遠心力加え威力を高めた一撃をコボルトの頭目掛け振り抜く。鈍い衝撃音を響かせコボルトの頭が砕け飛んだ。
(これで二体目っ、――っ!?)
次の相手に向かおうとした瞬間、視力が回復した一体がクーガーに襲いかかる。手に持ったこん棒を振り下ろした一撃を、咄嗟にハンマーの柄で受け止める。すると横からもう一体のコボルトが錆びた剣で切りかかってくる。クーガーは目の前のコボルトの腹に前蹴りを放ち蹴り飛ばし、そして直ぐ様切りかかって来たコボルトを振り払うように攻撃をする。
「ギャンッ!」
直撃はしたが、二体目を倒した辺りでエンチャントが切れたせいで致命傷を与えるには至らなかった。その事に心の中で舌打ちをするが、すぐに武器を構え直して周囲を見渡し状況を確認する。
目の前にいるのは二体のコボルト。しかしその後ろには残りのコボルトの姿が見当たらない。嫌な予感がしたクーガーは視線を横に移すと、大外からクーガーの横を抜けて後ろのソーマ達に向かう二体のコボルトがいた。
「ソーマっ!二体抜けた!二人を守れ!!」
そう叫び、クーガーもソーマ達の元へと向かおうとするが、目の前のコボルト達がそれを阻む。
「くそっ!これじゃあ進めん……っ!ソーマ!少しでいい!持ちこたえろ!」
そう言って、クーガーは行く手を阻むコボルトに攻撃を仕掛ける。そしてソーマはというと――
「も、ももも持ちこたえろってなんだよ!チクショウッ!!」
震える足で親子の前に立つ。呼吸は早く、心臓の鼓動音が痛いくらいに聞こえる。目の前からは迫りくるコボルト。その時ふと頭に昔の記憶がよみがえる。
それは小さい頃、親友と遊んでいた時に魔物に襲われた光景。
「―――っ!」
頭を振りその光景を振り払う。今、自分の後ろには恐怖に震えている親子がいる。
(そうだっ…、もう二度とあんな目に遭うのも遭わせるのも嫌だから冒険者になったんだろ!俺!!)
震える足に拳を打つ。鈍い痛みが走るがお陰で震えはだいぶ収まった。これならやれる――。そして腰を落とし相手に照準を合わし、精神を集中させ呪文の詠唱を始める。
「生命を包む柔らかな風よ。敵を切り裂け!『ウインドカッター』!!」
掌から魔力で作られた2つの風の刃がコボルトに向かう。一直線に放たれたソレはコボルトに当たり、首を切り落とす。
「やっ、やったのか?よし…、よし!!」
――やれる。自分は魔物相手に戦える。目の前のコボルトを倒した事によりソーマは拳を握り喜びを噛み締める。ずっとやらねばと思っていた事が出来たからこそ戦闘中でも感じる強い喜び。だからこそ気付かなかった。
もう一体のコボルトが迫っていることを。
「危ないっ!!前っ!!」
女性の声ではっと我に帰る。しかしコボルトはもうソーマに襲い掛かろうとしていた。
「うわああぁあ!?」
振り下ろされた刃が当たるギリギリで真横に飛び、これをなんとか躱す。
(何をやってるんだよ俺!まだ戦いは終わってないのに!)
自分の不甲斐なさに歯を食い縛る。しかし反省は後だ、今は目の前の相手に集中しなければ。大丈夫。一体は倒せたんだしコイツだってなんとかなる。体制を立て直したソーマは短剣を構え、コボルトを見据える。
「ヒッ!?」
だがコボルトの様子を見て、その考えは甘いものだと思い知らされる。
目は血走り、犬歯は剥き出しになり低い唸り声を発している。初めて魔物と一対一で向き合う事で浴びる強い殺意。
「あっあぁ……」
思わず一歩後ずさる。すかさずコボルトは一歩詰める。刃を握っている手からギリギリと音が聴こえ、自分がほんの一瞬でも隙を見せれば瞬時に襲いかかってくるだろう。短剣を持つ手が震え、歯もガチガチと音を立てる。
(距離をとらなきゃ……っ!?)
もう一歩後ろに下がろうとしたが足が絡まり尻餅をついてしまう。急いで立ち上がろうとするがこの決定的な隙を相手は逃さない。声を上げソーマに飛びかかって来る。
(だめだ…、殺られる………)
その光景を見ながらソーマは死の覚悟をしていた。――直後。コボルトとソーマの間にクーガーが入り込む。
「っ、ぐうぅぅっ!!」
咄嗟に庇ったからか、攻撃を柄で受けたのはいいが威力を完全には殺しきれずに押し込められ、肩に刃が入ってしまう。焼けるような痛みが襲うが、直ぐに力を込めて一気にコボルトを押し返す。
「はぁっ、はぁっ…。ソーマ!持っている閃光玉を空へ投げろ!そして二人を連れて村の中へと行け!」
息を整え、コボルトから視線を逸らさずに言う。ベリスがコボルトの巣を探しに行って約二時間、ベリスほどの実力があればそろそろ村へと帰投し始めてもいい頃合いのはずだ。閃光玉の光に気付けばより早く駆けつけてくれるはずだ。そしてこの牧場から村人の居住区までは歩いて十分程度、走れば数分は短縮出来るだろう。コボルトの数は残り三体。これならばベリスが戻ってくるまで後ろに抜かれずになんとか捌ききれる数と思い、ソーマに親子を連れて行くように求めた。
「行けったってお前は!?そんな怪我までしてるし出来るわけないだろ!俺も加勢する!」
「俺のことはいい。お前は、お前が出来る事をやれ」
「俺のことはいいって、だって俺のせいでやられたんだろ!大丈夫、今度は大丈夫だ、残ってる奴らを全部治して―――」
「いいからさっさと行けっ!!」
食い下がろうとするソーマを一喝する。
「目的を間違えるな。俺たちのやるべきはコボルトを倒す事じゃない。ベリスにも言われただろ、忘れたのか?」
その言葉にソーマは正気に戻る。そうだ、確かにベリスは言っていた。重要なのは撃破ではなく撃退、そして村人に危険がないように留意しろと。後ろに視線を向ける、たまたま居合わせて危険にさらされてしまった親子がいる。本当ならばこの場において一番気にかけなければならない存在。
(なのに俺は、魔物を一体倒せたからってまた調子に乗って……)
親子を守る事よりも魔物を倒す事を優先させてしまった。しかも魔物の殺意に気圧され致命的な隙を知らした挙げ句、仲間が身を挺して自分を庇うという始末。あまりの不甲斐なさに悔しさが込み上げる。だが今はそれよりもやらねばいけない事がある。
「……わかった、あの親子は任せてくれ」
ソーマは閃光玉を空を投げると親子の元へと駆け寄る。二人とも恐怖で震えまともに歩ける状態ではない。しかし回復を待っている猶予はない、ソーマは子どもを背負い女性を抱える。
「怖いだろうけどしっかり捕まっててくれよ。直ぐに家まで送り届けるからよ」
「あの兄ちゃんは…?」
「……あいつは強いから大丈夫だ。あいつが安心して戦えるように早くここから離れないといけないんだ」
子どもにではなく自分に言い聞かせるように言って、居住区に向けて走り出す。クーガーは最後までこちらを向くことはなかった。
「行ったか」
足音が離れていくのを聞いてクーガーは前方へと意識をさらに集中させる。左肩を負傷したがハンマーを振り回すにはそこまで問題はなさそうだ。ベリスがさっきの閃光玉に気付いたという保証はない。しかしこの状況を確実に好転させるにはベリスの救援が必要不可欠だ。ならばやることはそれまで耐えること、それに自分がここでコボルトを食い止めていれば村に危険がいくこともないだろう。呼吸を整えコボルトの出方を伺う。するとコボルトの後ろに蠢く影が見えた。その影は次第に大きくなりやがてその姿を露にした。
「ここにきて増援か……」
その正体はコボルト、その数二体。残っているコボルトと合わせて計五体。あまりにも絶望的な状況だった。
「一対五か。さて、どうしたもんかな……」
だがクーガーは思考を止めない。このような状況は前の世界では日常茶飯事だ。前と違うのはステータスの低下やスキルがほぼ無いということ。しかしだからといって戦えないというわけではない。
「ベリスにやれる範囲で力を尽くすと言ってしまったからな。その言葉に責任を待たないと、な。全くこの世界に来てから気楽に戦えた試しがないな」
他者と関わって戦う事の面倒くささを感じるが、託し託される気持ちも感じる。
「――――フッ」
無意識にそれに少し、ほんの少しだけ心地良さを感じる。
それを実感出来るのはまだまだ先になるだろうが、今まで一人で戦ってきたクーガーが確実に変わった証。
疲れを感じる体とは裏腹に気力は十分。クーガーはハンマーを強く握り直してコボルトと相対した。




