116話
ゴーレムの自爆。本体から距離があったシータだが、凄まじい爆風であったため無傷とはいかなかった。
「いっ、つつつ……」
爆風の衝撃で地面に体を打ち付け細かな破片が身体を打った。
前衛で戦うわけではない故に身軽にした装備では仕方がないか、と痛む体を起こしクーガーとルセアの元へと向かう。
「生きて…るわよね」
「――なんとかね。それよりはゴーレムのやつはどうな…っ!」
痛みで強張るルセアの体をクーガーは地面にそっと横たわらせる。
「無理に喋るな身体に障る。ヤツは今自身を再構築中だ」
「チャンスって言いたいけれど、アレが纏ってる外格を打ち破る手段は残ってる?」
ルセア程ではないが負傷し、痛む片腕を押さえながら尋ねるシータにクーガーは口を噤む。
戦闘において的確な指示を出し、自身も確かな実力を持つ男から直ぐに返答が無い事に状況の悪さが現れる。
ルセアは動けず、シータも十全にはいかない。まともに動けるのはクーガーただ一人。
しかしそのクーガーも魔力を消費し決定力が不足している。
並の魔物であればさほど問題はないが、相対しているのは硬い外格を有するゴーレム。ハンマーの打撃力をもってしても、エンチャントの後押しがなければ決定打が打てない。
(あの自爆は二度は無いはず。ここが正念場だってのにあと一手が足りない…! 回復する手段があれば――)
思考を回し、視線を落とした先のルセアを見てクーガーはそこでふと可能性を思い付く。
自分を庇い負傷したルセアだが、魔力の残量はまだあるはず。
もし、ソレを自分が使えるのならばもしかして。
「なぁ、ルセア。お前の魔力を俺に渡す事は出来るか?」
もしかして、しかしそれしか思い付かないのであればこれ以上悩むのは時間の無駄だとクーガーは意を決して口を開いた。
しかしその問いに返したのはルセアではなくシータだった。
「はぁっ!? なに言ってんのよアンタは! そんな事は無理に決まってるでしょうが!」
叫ぶシータは緊迫の状況故に猶予はあまり無いと畳み掛けるように言葉を続ける。
「いい!? ステータスに記されてる武器や魔法は本人の適正であるれけど、魔力はその中でも一人一人個別の型があるの! 違う属性はもとより、同じ属性でも微妙に型なり波長なりが異なるの、それを無理に自分に取り込もうとすれば自身の回路がズタボロになって使い物にならなくなるの!!」
魔法の歴史を積み上げて出来た基礎の基礎、確固たる事実であり不変の現実であると告げる。
この状況で思考が回らなくなったかと思うがクーガーの表情は真剣なまま。
「やらなきゃ潰されて終いだ。だったらやる方がまだ建設的だろうよ」
シータの方を向くクーガーの視線が告げる。時間が無い、手段を早く教えろと。
シータは次いでルセアに顔を向けると此方も覚悟を決めた顔に。
「……っ!」
この瞬間、シータは二人が梃子として意志を曲げないのを察し歯を食い縛る。
止める言葉が無意味ならば、ここから先に必要なのは可能性の話。
シータは余計な感情が混じらないように大きく息を吐くと、持ち得る知識で組み立てた理論を口に出す。
「――いい? さっきも言った通り魔力には個別の型があるの。送り手と受け手の型が一致しなければ成功せず、だからこそ魔力の譲渡いうのは過去に例を見ないの」
ここまでが事実、シータは短く息を吸うと二人が求める仮説を立てる。
「可能性があるならば、それはクーガーの方。アンタは魔力の流れを掴むのとそれを創造に用いるのが上手い、それは良く使う魔法で知っている。そしてその技術がこの仮説の核よ」
あまりにも不安定で不確実で嫌になるけどね。
そう苦笑するシータだが、クーガーは構わないと続きを促す。
「詳しくもなにもそれが全てよ。アンタの技術と感性でルセアの魔力をなにがなんでも捉えて自身の回路に流す。それ以上の案は出ないし、それ以外の仮説も思い付かない。全部を全部アンタの腕に託すってわけ」
「単純でいいさ。余計なことを考えないで済む」
応える言葉に覇気がある。実行する覚悟を決めた声だった。
なら残る自分がこなす役割も決まった
未だ痛む片腕をブン、と振るう。――大丈夫まだまだ動く。
「なら足止めは引き受けるわよ。でも、長くなんか持たないんだから早くしなさいよね!」
宙に浮かぶゴーレムのコアは、再構築の殆どを終えており元の姿に戻っている。間もなくもすれば再起動するだろう。
どこまでやれる? そんな思考が回るがそれもすぐ霧散する。
「無茶はするなよ。終わった後で二人も担ぐのは骨が折れる」
短い出会いだが、この男が空元気で言葉を吐くような人物じゃないことは理解している。
なら終わった後を気に掛けるならクーガーはこの作戦とも呼べない戦法を成功させると確信している。
「はんっ! その台詞そっくりそのまま返してあげるわよ!」
なら自分も成功する事だけ考えていよう。
シータはクーガー達二人が巻き込まれないようにゴーレムとの間合いを詰めた。
それを見送るクーガーは次にルセアに視線を移す。呼吸は落ち着いてきたがそれでも苦痛に顔を歪める。
しかし気遣う余裕も無ければそれを許す時間も無い。
「いくぞ」
それを互いに理解しているから交わす言葉はそれだけで十分だった。
横たわるルセアの手を握る。
ルセアも呼吸を整え自分の魔力を手に集中させる。
握った手の先にルセアの魔力があるのが伝わる。眩しく煌めく魔力、ルセアの有り様そのままの魔力がそこにはある。
「――ふぅ」
息を吐く。これをそのまま受け取るのは出来ない。必要なのはまずルセアの魔力を受け止めること、そしてそれを自分に繋げ受け入れること。
他者との関わり方が希薄だった自分にとって相手を受け入れるという行為が難しいのは分かっている。
だけど希薄だったからこそ、この世界にきて繋いだ関係はクーガーにとって大切なものである。
ならば難しくとも出来ないなんてことはあり得ない。
(知っている。うるさいくらいに眩しく煌めいていても、おまえが他者を確りと思う優しさを持ち合わせていることを)
築いた記憶は確かにある。それはどちらか一方だけでは成立しない。共に築いたからこそ相手を理解し思いやれる。
ルセアが思い、クーガーもそれを理解する。
一息に渡らぬように留められた魔力に、クーガーが掌から伸ばした意識が触れる。
ルセアは思う、傷つかぬように。クーガーはその気持ちを理解し受け止める。
そしてルセアの魔力はクーガーの手へと伝っていく。
「――来た」
ここからだ。魔力は受け止めた、後はこれを自身に取り入れる。
シータは不安定で不確実と言った。アンタの腕に託すしかないと。しかしクーガーは口に出さなかったが一つだけ己にある可能性に気付いた。
(この世界に来たとき、俺が持っていた属性の一つが康一に移った)
スキルを譲渡し、クーガーは属性を一つ失った。しかし発動出来ないにしても馴染んでいた感覚は残っている。
そこで気付いた可能性によるクーガーの仮説。
もし魔力の回路が属性ごとにあるのならば、一つ失った自分には使われなくなった回路が残っているのではないか。
(イメージしろ、元の感覚を。作り出せ、受け入れる感覚を)
受け止めた魔力を己が使用するイメージで掴む。弾かれぬように、潰さぬように、繋ぎ、馴染むように感覚を創造する。
(掴んだ)
さぁ受け入れろ。干上がった川へ水が流れ込むように魔力を通せ。
異なる魔力はクーガーに掴まれるように形を変えて渡っていく。
一秒、十秒、一分。少し離れた場所で足止めを担っているシータの戦闘の音さえも入り込めぬ空気が二人を包む。
「――やったわね」
先に口を開いたのはルセア。痛みとは別に疲労が襲うがその顔は先程よりも明るい。
無理と言われたことを成し遂げた。達成感と喜びで声を上げたいが、状況と状態が今ではないと告げている。
ならば今上げるべき声は何か? 決まっている。
「さっさと決めてきなさいよ? クーガー」
「ああ、待っていろ」
手に取るハンマーに走る雷の魔力。
終の一手を手にした男は、それを叩き込む相手へと駆け出していく。
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