113話
「総員急げぇッ!! 魔物が入ってきたぞぉぉッ!」
「近くの住民は早く奥の地区に移動しろ! 護衛は最低限で残りは全力で迎撃にあたれ!」
サカリアの町は門の破壊を切っ掛けに戦場へと変わっていく。
静かな夜は終わり雑踏の音が駆け巡り、月明かりに照らされていた町並みは今は松明で激しく灯されている。
前衛で盾を構え敵の第一陣を迎え撃つ。
敵は種族的には珍しくもないコボルト。しかし上位個体である魔族が率いている事もあり魔物のコボルトもレベルが高いと知るくらいに手強い。
機敏な動きに加え武器を確り振るえることで攻撃力も侮れない。
兵士達はこの事態に全身全霊で臨んでいた。
「来るぞォッ!!」
これ以上町中に入られないように門の付近まで近づき壁になるように展開する。
身体に力を入れ絶対に通さないと構える前衛、その後ろからコボルトを仕留める為に詠唱を始める者と弓に矢をつがえる後衛。
跡は会敵するのみとなった時、先頭を走ってきた魔族コボルトが一段と速度を上げた。
「先陣かっ!」
並んだ者同士呼吸を合わせて迎え撃とうと力を込めた。
衝突まであと僅か、すると魔族コボルトは一瞬深く沈み込むとその脚力を使って高く跳躍した。
「何っ!?」
虚を突かれたように唖然として顔を上に向ければ嘲笑うかのように魔族コボルトは兵士達を軽々と飛び越えていく。
そして魔族コボルトは空中で大鉈を振りかぶる。その着地先は詠唱中である後衛部隊だった。
「アアアア――ッ!!」
魔族コボルトは雄叫びを上げ着地と同時に大鉈を振り下ろす。
詠唱中だった兵士は何も動く事が出来ずに脳天から真っ二つに叩き切られた。
鮮血が弾けるように飛び広がり周りの兵士達を染めていく。
予想外の強襲に動きを止めてしまった兵士達を魔族コボルトの追撃が襲う。
一振二振りと振るう度に兵士達の腕や頭が切り飛び、そうでなくとも体に深く傷痕を付けられていく。
時間にしてみればほんの僅かな時間で後衛部隊がほぼ機能不全に陥れられた。
振り返った前衛の兵士が状況を理解する頃には仲間は誰一人として立ってはおらず、血が滴る大鉈を携えた魔族コボルトが今度はこちらを睨んでいた。
「サテ、コレデ飛ビ道具持チハ粗方片付イタゾ」
魔族コボルトが上空を見上げポツリと呟くと、待ってましたとばかりに大量のバットがサカリアの町の空へと侵入していく。
ほんの少しでも自分達が被弾する可能性を嫌がったバット達はこうしてコボルト達を先行させ、憂いを断たせてから侵攻していった。
その露払い役を押し付けられても逆らう事が出来ない不甲斐なさでその身を苛立たせている魔族コボルトは視線を兵士達に戻すと低く唸り声を上げる。
最早目の前の兵士は経験値であると同時に鬱憤を晴らすモノと捉えた魔族コボルトは大鉈を構えると地を蹴った。
「もう始まっていたか……っ!」
サカリアへと戻ってきたライアットが目にしたのは町から黒煙が立ち上ぼり怒号と戦闘音が響く光景だった。
遅かったかと嘆くのも刹那、思考を切り替え町中へと向かう視界の隅に僅かに呼吸を繰り返して倒れ伏している兵士が映った。
駆け寄り膝を着きその様子を注視したのち悟られぬよう息を溢した。
(これでは、助からんか……)
胴は真横に深々と切られ、かろうじて繋がっている状態。むしろ今まで息があるのが奇跡であるかのような姿の分隊長にライアットは歯を食い縛る。
口内で響かせた音が伝わってしまったのか、分隊長は消え入りそうな声で言葉を発した。
「ラ、イアット将……軍」
目の焦点は合っておらず瞳は小刻みに揺れて視線は宙を彷徨う。
それでも呼ばれたのならば応えねばとライアットは分隊長の名を呼びその手を掴み握った。
それで伝わったのだと分隊長は口元を一瞬綻ばせると残る力を振り絞り口を動かした。
「申し訳……っ、ありません…! 任さ、れた防衛の任……、果たす事叶わず…!」
分隊長は握られた手を強く握り返す。ライアットは口を挟まず一言も聞き逃さまいと言葉を待った。
「それでも……まだ中には、戦っている仲間がいます……守るべき人達もおります……っ」
そこまで言って分隊長は咳き込み口から血が流れ落ちていく。それも構わず分隊長は息を大きく吸い込み伝えるべき言葉を放った。
「どうか彼らを! 一人でも多く守って下さいッ!!」
兵士として守ることも叶わず、将軍に頼むなどなんたる不甲斐なさだと責められる言動だと取られてもおかしくない台詞を分隊長は言い放った。
長い間苦楽を共にした仲間はもとより、接してきた住人達とも交流を深めて情はある。
だからこそ頼むのだ。たとえ最期に失望の言葉を掛けられても叶えて欲しい思いがあるから。
そしてその思いは力強く、暖かな声で返される。
「任せろ。そのために俺はここに戻ってきたのだ、その願い必ず果たそう。だからそう自分を責めるな。お前は、いやお前達は命を賭して責務を全うしてくれたのだ。思いや無念はまとめて俺が持っていこう。だからどうか安らかに」
返されたのは了承と労いの言葉。
その言葉の全てが胸に染み入り分隊長は安堵と喜びの混じった声を短く上げると、先ほどまで痛みで苦痛に歪んだ表情が嘘のように安らかな顔で息を引き取った。
「―――」
握った手を優しく解き、ライアットは立ち上がる。
慈しむ瞳は一度閉じられ再び開けばそこに宿るは闘志。
「呑まれるな、背負え」
決意するように言い聞かせるように呟く。
必要なのは怒りや憎しみで戦う己ではなく、使命と責務を背負う将軍としての己であると。
今一度覚悟と決意で自身を奮い立たせたライアットは全身に力を漲らせ町中へと駆けていった。
町中での戦闘は激しさを増していた。
遠距離を攻撃出来る兵士が手酷くやられ、被弾する危険性が減ったバットは嬉々として空中から兵士に襲い掛かる。
地上では魔族コボルトを先頭にして配下のコボルト達が連携を取り攻め立てていく。
「次来るぞ! 備えろォッ!!」
それでも兵士達は屈しない。厳しい訓練で積み上げた連携と信頼を持ってその攻撃を防ぎ続けていく。
盾持ちが前線でコボルトの攻撃を受け、その後ろから槍を持った兵士が迎撃を、そしてコボルトの攻撃を捌けば直ぐにバットの迎撃へと移る。
「っの! ちょこまかと……っ!」
地上を駆けるコボルトと違い、空を自由自在に飛ぶバットは振り回された槍など意に介さず飛び回る。
そして兵士の意識がまたコボルトに移ったのを見計らってまた攻めてくる。
一撃の威力はコボルトよりも低いが厄介さでは比べるまでもなくバットが上だ。
そして何より脅威なのが。
「フン!!」
大鉈を振るう魔族コボルトだ。
坊勢で手一杯の兵士に振りかぶった一撃を叩きつける。
頑丈な盾はひしゃげ、その衝撃は持っていた兵士の腕までも壊していく。
「が、あああっ!!」
後ろにいた兵士が腕を負傷した兵士の肩を掴み後方へと投げて避難させ、両脇にいた盾持ちがその間を埋めるように詰めて隊列を維持する。
「ナカナカ粘ルナ」
感心と苛立ちを混ぜたような声色を溢し、魔族コボルトは大鉈を構え直す。
状況は詰みに近い。相手は攻勢に出れず、それでも全滅は避けるように凌ぐことに全てを賭けている。
どうやら相当に錬度が高いらしい。互いに声を掛け合い隙を可能な限り潰していく。
それを魔族コボルトは一般的な他の魔物よりも理解していた。
そしてそれは人間をいたぶる事に思案を回す吸血鬼、クルースの配下であるバット達も認識している。
「――――――!!!!」
バット達が兵士達の頭上に飛び、揃って鳴き声をあげる。
けたたましく響き渡る音は、クルースの下に付くようになり何度か経験のある魔族コボルトでさえも顔しかめる程に頭に響く。
それを耐性の無い人間が食らえばどうなるか。
「なん、だっ!? 頭がっ……割れるぅっ!」
「ちくしょう! 取り敢えず頭のバット達を追い払わねぇと! おい――、おい聞こえないのか!?」
あまりの騒音に耳を塞ぎ動きを止める。そして対処しようと指示を出すが鳴き声に消され、自衛の為に塞いだ手に阻まれてその声は届かない。
「コレデ連携モ崩レタナ」
悲嘆な叫びも鼓舞する声も全てが呑み込まれ混ざり合い正常に聞こえない。
その中を魔族コボルトはゆっくりと歩き距離を詰めていく。
「あっ、あああ――!!」
その姿に前衛に立つ兵士の一人は悲鳴を上げる。
自分が上げたその声すら聞こえないのに、魔族コボルトが歩き寄る音は何故かハッキリと聞こえ、それが辛うじて繋いでいる気力を断ち切る恐怖心を沸き上がらせる。
それでもせめて仲間の盾にはと、半歩前に進み魔族コボルトの前に立とうとする。
「ホウ? ジャア貴様カラダ!」
自ら身を差し出した兵士に狙いを定め、魔族コボルトは大鉈を上段に構える。
この一撃を持って攻めあぐねた状況を打破し兵士を喰らうとしようと力を込めた。
「――――敵を焼き払え『ホーリーレイ』!!」
阿鼻叫喚な戦場の中に鋭く強い声が駆け抜ける。
瞬間。上空を舞うバット達に向かって光線が放たれる。
その数二本。光線はバットを約十数体を焼き払い消えていく。
「ナンダっ!?」
突然の攻撃に魔族コボルトは驚き、バット達は更に上空へと飛び散っていく。
あれだけ騒々しかった音は止み、吹き抜ける風の音だけが駆け抜けた。
そしてその場にいる全員が光線が放たれた方向を見るとそこに立つ人影が一つ。
「よくぞ持ちこたえた」
力強い声は兵士達の心を安心させる。
精強な佇まいは気力を繋ぎ止めてくれる。
「後れ馳せながら俺も共に戦わせてくれ。その力をどうか預けてくれ」
申し出の言葉は希望をくれる。
願われた言葉は士気を昂らせてくれる。
「勿論です……勿論ですとも!!」
剣を槍を盾を構える腕に、立ち向かう足に力を込めて兵士達は呼応する。
「貴様……っ!」
「ずいぶんな奇襲を仕掛けてくれたな」
力強い声は敵を威圧する。
屈強な佇まいは気力を潰しにかかる。
「だがそれもここまでだ。これ以上の蛮行は最早なし得ないと知るといい」
断言する言葉は絶望を告げる。
突き付けられた言葉は恐怖を押し付けてくる。
「ローランド王国が将ライアット! いくぞおッ!!!!」
剣と盾を構える腕に、踏み込む足に力を込めてライアットは叫ぶ。
戦況の流れは確実に変わっていくのだった。
読了ありがとうございます。
リアルが多忙により投稿が遅れてしまいすいませんでした。
次回についてもまた遅れてしまいますので今年はこれが最後の投稿になります。
今年もこの作品を読んでくださり、改めてありがとうございました。
少し早いですが皆様どうか良いお年をお迎えください。




