112話
クーガー、康一達と別れライアット、コーラル、リフルの三人は一路サカリアへとひた走る。
吸血鬼クルースによれば、配下であるバットとコボルトが町へと襲撃を掛けるということ。
コボルトだけであれば町にいる兵士達だけでも十分に対応出きると思うが、この夜の時間に吸血鬼直属のバットが加わってるとなると恐らく一筋縄ではいかない。
その最もな理由がバットである。
人に噛みつき吸血するのは勿論、噛みついた時に状態異常にさせる効果を持つのもいる。
状態異常になればそれを治療するのは簡単ではない。ピンポイントな解毒薬もあるにはあるが、診断をする手間と何より絶対数があまりにも少ない。
だからこそこの三人が町へと戻る人選となった。
単純な戦闘能力の高さと兵士への指揮、町の住人の精神的な安心を与えられる存在であるライアット。
聖職者であり、バットが苦手な光属性の魔法を扱い、治療魔法も行使できるコーラルとリフル。
三人は月明かりが照らす足場の悪い道を駆けていた。
「町は無事でしょうか?」
「距離はそう遠くはないですからね。戦闘音はまだ聴こえてはいませんので、今のところはまだ大丈夫といったところでしょうかね」
「しかしいつ襲撃が始まるかも分からん。先んじて到着するのは無理だとしても一刻も早く戻るに越したことはない」
先頭を行くライアットはチラと後ろを見る。
今のところコーラルもリフルも遅れず付いてきている。
このままでも後十分もすれば町まで戻れるだろう。しかしライアットにはフィジカルエンチャントによる身体強化がある。それを使えばもう数分縮めることが可能だろう。
だが足並みを揃えず突出することに躊躇いを感じてしまう。ほんの前に怒りに呑まれ単独で行動してしまった事実がライアットの心情を重くしていた。
「ライアットさん。ここで一つ考えがあるのですが」
「リフル?」
「ここはライアットさんだけでも先に行くべきだと思うのです」
足を止めず、少し息を切らせながらもリフルは続ける。
「事は一刻も争いますでしょう? ならば先んじて向かい皆を指揮することは重要ではありませんか? ここで一人先駆けることは連携が取れないこととは別のことですよ」
自分が抱えていたことを諭すように告げるリフルの言葉をライアットは噛み締めた。
思案は僅か、ライアットは体に魔力を込めると。
「感謝する」
一言礼を告げるとフィジカルエンチャントを施し一息に駆け出していく。巨体でありながら高いステータスと身体強化が相まって瞬く間にその姿が見えなくなった。
「さすがライアット将軍ですね。もう見えなくなった」
「は、い、そうですね」
感心するようにいったコーラルに対しリフルは少し息が切れ始めていた。
「リフルさん。ここで一つ相談なんですが聞いてもらっても?」
返事は頷きか首を横に振るだけでいいですよ。と並走してしゃべるコーラルにリフルは首を縦に振った。
「言い遅れてしまいましたが実は私もフィジカルエンチャントが扱えまして、ライアット将軍の後に続いても構いませんか?」
まさかの告白にリフルは眼を大きくする。コーラルはそれとと続けて。
「リフルさんには負傷者の治療ともしもの解毒に専念して欲しいんです。私も戦況次第ですが前衛に赴くべきか後衛でリフルさんと共に治療すべきか立ち位置を変えていきたいので」
そのためには自分も少しでも速く現場に赴かねばとコーラルは締めた。
リフルは反論する理由が何一つ無いので首を縦に二度三度振った。
「有り難うございます。――では」
そう言うとコーラルもフィジカルエンチャントを施し速度を上げていく。ライアットに比べればやはり劣るものだがそれでも潤沢な魔力を用いて強化された体で次第にリフルとの距離が離れていく。
それを見てリフルもこの戦いが終わったら自分も習得したほうが良いなと決意し、一心に駆けていった。
ライアット達が走っている最中、サカリアの町にて兵士達は装備を整え町を巡回する者達、門の外で周囲を警戒する者達など職務に勤めていた。
普段はここまで人数を割いて行う事はあまりないが、今回は康一達勇者一行が討伐に出ている為、その戦闘の余波で他の魔物が町の方に流れてこないかなどの万が一に備えていた。
「勇者様達は無事だろうか」
「これまでの魔族の討伐の話しは聞いただろ? それに今回は冒険者ギルドからの増援もいたんだ。心配することはないだろ」
門の外で警戒する兵士達は会話を続ける。
「まあな。しかし今回は夕時に出たから朝までの警戒は長く感じるな」
「そう愚痴るなって、俺達の代わりに討伐に出てくださってるんだ。なら俺達は自分の任務を確りとこなすのに全力を尽くすのみだ」
小言を溢す同僚に軽く発破を掛けた兵士。その兵士達の耳に戦闘音らしきモノが届いた。
「――始まったみたいだな。おい! 一応町中の奴らにも警戒をするように伝えてくれ、それと住人達は屋内からなるべく出ないように! こっちは厳令で頼むぞ!」
この場においての分隊長が手早く指示を出すとそれを受けた一人が町中に駆けていった。
先程までの会話中の落ち着いた空気感は既に無く、各々が警戒の為に気持ちを引き締めていく。
「凄い音だな……、ここまで響いてくる」
如何に夜で周りが静かとはいえ、ここまで届くとなると激しい戦いが行われているだろう事は眼にしなくても分かる。
その戦場に立っている訳でもないのに唾を飲み込む程には緊張を感じていた。
「ん? あれ、なんでしょうか?」
その最中、一人の兵士が上空に何かを見つけた。
満月によって何時もよりも明るい夜空に黒い点がポツポツと浮かんでいる。
それは次第に大きくなり、その後にも黒点は続いていた。
「鳥?」
勇者達の戦闘の余波で近くにいた鳥が逃げたしたかと思ったが、それは全くの見当違いだと直ぐに思い知る。
点が影になり次第に輪郭が映ると同時に発せられた鳴き声が響いてくる。
キーッ!キーッ!
此方を威嚇するような鳴き声は直ぐに大量に聴こえ辺りに広がっていった。
「コウモリ!?」
「んな訳あるかっ! よく見ろあの大きさ……! バットが大群で向かってきやがった!!」
分隊長は素早く剣を抜刀すると指示を出すため声を上げた。
「中の部隊にも伝えろ! バットの襲撃、相手は空を飛翔するため弓兵と魔法が使える者を最優先で来させろ!」
伝令を受けまた一人町中へと駆ける。
「残りは迎撃用意! 相手はバットだ、噛まれれば状態異常になる可能性があるぞ! 互いに庇いあえる位置で応戦にあたれッ!」
「「了解」!!」
指示を受けた兵士達は直ぐ様隊列を組みバットに備える。
バットが近づいてくるにつれ鳴き声の大きさが加速度的に増していく。
その音で耳が、頭が痛むがそれでも視線は上に、バットを注視していた。
だからこそ、地上から迫ってくる影に気付くのが遅れた。
「――――――ァァッ!」
「――え?」
一人の兵士はあまりの事に反応が遅れた。
何故か目の前にコボルトが存在している。何故かコボルトが持っていた鉈に血が付着している。何故か、自分の右腕が一切動かない。
何故か、足元に剣を握っている腕が落ちていた。
「ぁぁあああッ!!??」
ソレを理解してしまった瞬間、激痛が現実を突きつけるように兵士の身体を駆け巡った。
「っ、コボルト!? 何でここまで接近されていたのに気付かなかった……っ!」
まさかの敵襲に分隊長が驚いていると上空に舞うバットが嘲笑うかのようにけたたましく鳴いた。
「まさか――!? コイツら共に群れていたのか!」
たまたま不幸なタイミングでかち合ったのではなく、バットが大音量で鳴くことで、コボルトの接近の気配と音を掻き消していたのだ。
負傷した兵士が倒れ込みコボルトが止めの追撃を仕掛けようとするのを分隊長は盾を構えたま体当たりをすることで防ぎ、コボルトの体勢を崩したコボルトを剣で貫く。
「誰か一人負傷者を連れて下がれ! 残りは先ずはコボルトにあたれ!」
空を見ればバットは鳴き声を発しながら飛び回っており此方に向かう様子は見られない。
ならばと新たに指示を出し、了解した兵士と共にコボルトと対峙する。
こちらの人数は二人減り六人。対するコボルトは見える範囲で十体ほど。これなら十分に対応出来ると気持ちを奮い立たせる。
そしてそれを待っていたかのように空中からバットが襲い掛かってきた。
大群の鳴き声に掻き消され飛翔の音が聴こえず、ここでも接近を許してしまう。
「う、うわぁッ!」
「コイツらっ……! 離れ、ろッ!」
十数にも及ぶバットが一斉に迫り兵士達は噛まれないように剣や盾で振り払っていく。
味方の動線に入らないように、大きく武器を振って味方に当たらないように、最低限注意すべきところだけは死守しながら応戦していく。
全力であがきなんとかバットの一陣を振り払うとその隙を狙って今度はコボルトが攻めてくる。
「くぅっ……! このォッ!」
兵士達は全力で抗戦するが、圧倒的な数の差、単純だがそれだけに効果がある敵の動き、この二つによって劣勢を強いられる。
門の外で警戒に当たる位に実力を持つ部隊だが、それでも致命傷を避けるのが精一杯で、反撃には移れずその身に付けられる傷が時間と共に増えていく。
「――――――」
その光景を上空から見ていた周囲のバットより一回り大きな個体のバット。
吸血鬼クルースに今回の作戦を申し付けられた、この群体の頭ともいえる個体のバットは戦況を見ていた。
戦況は間違いなく順調、しかし制圧するのにはもう少し時間がかかるかもしれない。
思ったより人間どもが粘っているのを見てバットはコボルトの少し後ろにいた魔族のコボルトに向けて鳴いた。
「―――――!!」
その声を受けた魔族コボルトは少し逡巡していると急かすようにバットがもう一度鳴いた。
「行ケ、カ」
命令はさっさと目の前の敵を蹴散らして門をこじ開けろ。
魔族コボルトは少し時間は掛かるがこの流れであれば此方の被害は少なくいけると考えていた。
しかしバットからはお前達の損害などどうでもいいからさっさと門をこじ開けて町へ入れと命令をだされた。
「仕方……アルマイ」
力が弱い者は強い者の食いものにされる。それは明確で絶対の真理として本能に刻まれている摂理。
逆らえば殺され、へまをすれば殺され、相手の居心地が悪ければ殺される。
ならば粛々と従い成果を上げるしか生き残る道は無い。その過程で殺した数で己を成長させればまだ拙い先は生まれるのだ、と魔族コボルトは自身を納得させた。
魔族コボルトは腰に差してある大鉈を抜くと前線で戦っているコボルトに向けて一声吠えた。
「―――――!!」
同族ならばそれだけで全てを理解する。
その事を示すようにコボルト達は一斉に兵士達へと殺到していった。
「な!? コイツら急に動きが変わって……!」
驚く兵士達だが直ぐに切り替え迎撃の剣を振るう。
「――グ、ガッ……!」
「避けない!?」
兵士達の剣は突きも切り払いも全てがコボルトに命中した。今までと全く違う展開に兵士達の動きが一瞬止まってしまう。
そしてその隙を持ってコボルトは兵士達の剣を掴んだ。
「コイツら身体に食い込ませたままで掴んで――! ぐぅッ、動かない……!」
渾身の力で掴まれているようで、剣を抜くことも切り裂くことも出来ない。
このままでは不味いと焦る兵士達。なんとか切り抜けようと雄叫びを上げ力を振り絞る。
そしてその中の一人の声が唐突に途絶えた。
「何が――!?」
分隊長が見たのは首から上を切り飛ばされた仲間の兵士とコボルトの姿。
「まさか仲間ごと切ったのか……!?」
「ソウダ」
物言えぬ死体となった兵士が崩れ落ちた先に立っていた魔族コボルトが分隊長の呟きに答えた。
「語ル程デハナイガ、此方ニモ事情ガアルンデナ」
魔族コボルトは大鉈を振って付着した、血を払うと眼前に構える。
「同胞ガ身ヲ挺シタ分、俺ノ糧ニナッテモラウ!」
身動きのとれぬ兵士達へと向かい魔族コボルトはその大鉈を振るっていく。
魔族にまで成り上がったコボルトの力は強く、足止めをしているコボルトもろとも兵士達を切り裂いていく。
袈裟斬りで一人、真横に振り切ってまとめて二人、唐竹に叩き切ってまた一人。
あっという間に切り捨てられ残すは分隊長一人となった。
「畜生……!」
「弱ケレバ食ワレル、ソレダケダ」
ポツリと呟くと魔族コボルトは大鉈を横一線に振るう。
その際、分隊長が最後の最後まで踠いたせいか胴を真っ二つに切るつもりだったが狙いがずれ、半ばから切り裂く形になった。
「が、ああ……ッ!!」
悲痛に叫び分隊長は崩れ落ちる。直ぐに血溜まりが出来て地面を染めていく。
トドメを刺そうとするが上空のバットが速くしろと鳴き、魔族コボルトは門へと向かう。
門には先程腕を切り落とされた兵士の血の跡が中へと続いていて、門の内側から必死に何かを叫んでいるのが聞き取れた。
魔族コボルトは大鉈を上段に構え力を溜める。
「―――――!!!」
そこから全力の雄叫びを上げて振り下ろすと頑丈な門の半分を吹き飛ばした。
「――――!」
上空からはバットが早く行けと捲し立てる。空から侵入出来るというのにそれをしないのは迎撃にくる人間達に少しでもやられないようにするためだ。
コボルト達が先に攻め入り、人間と戦闘をしているところにバット達は意気揚々とやってくるのだ。
「行クカ」
魔族コボルトはゆっくりとサカリアの町の中へと進んでいく。
弱ければ食われる、なればこそ沢山食らって強さを得るのだと大鉈を握る力を強くして歩んでいった。
読了ありがとうございます。
11/20追記
リアルが忙しくなってきたため、次の更新が遅れます。
申し訳ありません。




