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111話

 クーガーとライアット達と分かれた康一とソーマはクルースを追っていた。


「生命を包む柔らかな風よ、敵を貫け―――『ウインドアロー』!」


 ソーマがクルースの背を目掛け風の矢を三本放つ。

三本共に微妙に角度をつけながら一直線に飛んでいく。


「おっとぉ~」


 それをクルースは後ろを振り返り一瞥し、地面をトンと蹴り上げるとまたふわりと空中に舞っていく。


「おお~、危ない危ないー」


 ちっともそんな素振りも見せないクルースにソーマは舌打ちをする。

そんなソーマの前方で康一は地面を強く蹴りだしクルースへと迫る。


「はああ――ッ!!」


 気合い一閃。飛び出した勢いそのままに剣を振り下ろす。

クルースは表情を少し引き締めると更に後方へ一歩飛び退く。

攻撃は外れたが康一の視線はクルースを捉えており、逃しはしないと負けじと一歩踏み込む。


「逃がさないッ!」


「逃げちゃうんですねぇ、こ・れ・が」


 クルースは右手の掌を康一に向けると青白い炎を作りそれを放つ。

冷酷な熱さを伴う炎が眼前に迫り康一は対応に回らざるを得なくなる。


「くっ……!」


 炎に感じる圧力から無理に突破するのは悪手だと感じ、剣を振り下ろして両断する。

切り裂かれ霧散した炎の先ではクルースは安全距離を確保し此方を見て笑っていた。


「残念でした~。もしかしてあのままイケると思ってましたぁ? それなら本当に甘々でぇすよぉ~?」


 蠱惑的な笑みで馬鹿にするように煽るように蔑むクルース。

幼い少女の姿だが、違和感なく様になっているのを見るにやはりそれが本性であると告げていた。


「――!」


「はいはいどうどう。落ち着けって、そんなに力みまくってちゃ身軽なアイツを捉えるのは苦労するぜ」


 クルースの挑発に当てられ歯を食い縛る康一の肩に手を置きソーマはそう告げた。


「ソーマさん」


「まーだ力が抜けてないな。ほれ深呼吸深呼吸、吸ってー、吐いてー。さん、はい」


 強張る康一に無理矢理にでも深呼吸させて落ち着かせる。

二度、三度。その間ソーマはクルースの気配にも意識を割いていたが、この隙に何か仕掛けようとする気配はなく、康一は漸く体の硬さを解していく。


「うし。落ち着いたな」


「はい。ありがとうございます」


 康一の礼にソーマは気にする程でもないと片手を振った。

その様子は普段の姿を知っている者からすれば眼を疑う程に落ち着き払っている。


(流石に二人しかいないってーのに俺まで平常心を失くす訳にはいかねぇよな)


 クーガー達といるときはクーガーが纏め、ルセアが引っ張り、コーラルが支える立ち回りを担っていた。

ソーマも最初はおどおどとした態度でいたが幾戦もの経験を経てパーティーの中で抑え役の立場に回る事が多くなっていった。


 その経験を生かし、怒りで突出し初めている康一を諌め、周囲の状況を確認する。


(落ち着け、もっと落ち着け俺。こっちは二人しかいないが相手も一人だ。それに避けてばっかで攻撃する気配がねぇ)


 クルースが唯一見せたのは康一を迎撃する時に使った炎のみ。

勿論それだけではないだろうが今のところそれ以外の攻撃を見せていない。

何故攻勢に移らないのか? 吸血鬼と言えば魔族の中でも上位であるという情報はソーマは得ている。

目の前の吸血鬼が如何に幼い風貌でも、見た目そのままの能力ではないはずだ。


(直ぐに仕留めない理由。いや難しく考え過ぎか? アイツは俺らの苦しむ様が見たいって言ってたよな)


 一思いに殺せる力はあるが自分の楽しみの為に引き延ばしいる可能性。

現実的ではないが、状況を鑑みればこれの方がまだ納得がいくとソーマは結論を出す。


(なら、いっちょやってみますか)


 もし予想通りならば自分が直ぐにやられる可能性は高くはないだろう。勿論、びびって腰が引けるような動きをしなければの但し書きが付くが。


 ソーマは康一の前に立ち短剣を構える。思ってもない行動に驚く康一にソーマは視線を前に向けたまま答える。


「相手は普段経験のないような動きをするだろ? 今は前衛がおまえで後衛が俺。セオリー通りだがこのままでやっても上手くいくか自信はない」


 戦闘の真っ只中で自信がないと言い切るソーマに康一はそんなことと言い、離れたクルースは興味ありげに成り行きを見つめる。


「魔力の量も結構多いんだったよな。なら、後ろからガンガン撃ってくれ、数を撃ってくれりゃ俺にだって付け入るチャンスの一つや二つ位出来んだろ」


 突けるかどうかは別として、その言葉は飲み込んでソーマは軽く笑った。


「この前話しただろ? 選択を広げる為に柔軟に、だ」


 サカリアに来るまでの道中、交流を深める為に交わした会話で互いに意見を交わし理解を深め、成長に繋がるかもしれない案を考えてきた。

その中の一つを今ここでやろうとソーマは言っている。今この状況だからこそやる価値があると。


 康一とソーマの関係性は当然だが短く深くはない。

それでも共に強くなりたい仲間の役に立ちたいと打ち明けた間柄として、ソーマは軽はずみにそんなことは言わない人物だと康一は思っている。


「分かりました。全力で援護します!」


 なればここはその提案に乗るべきだと、剣を収め魔法を放つ準備をする康一。

その言葉を受けソーマも腰を落として飛び出せる態勢を整える。


「おお~。良い気迫ですねぇ、でもぉ私に聴こえるくらいの声で会話して良いんですかぁ? これからどうするのか筒抜けでしたよー? それともそんなことも分からないお馬鹿さんでしたかあ~?」


 ニタリとニヤニヤと此方を嗤うクルースにソーマはハッと短く笑った。


「なぁに、あんたに黙って仕掛けて失敗したら俺らは堪えるが、逆にここまで分かりきってるのにやられたら、お前を全部知ったのに防げなかったマヌケにしてやれると思ってな」


 表情は余裕を持って、口調は震えないように意識してソーマは慣れない挑発を言い放つ。

理想はクーガーのように堂々と言い切る姿だが、まだ胆力と迫力が足らないし何より様ななるとは思ってないのであくまでも自分らしく。


「――――へぇぇぇ……?」


 笑って細まった瞳がギロりと鋭さを表す。どうやらクルースにしてみればソーマの発言は琴線に触れるくらいにはカチンときたようだ。


「ならぁ試してみますかぁ?」


「もとよりそう言ってるぜ」


 そして流れる沈黙。漂う空気がまた一段と鋭くなっていく。

ソーマと康一、互いの呼吸音が聴こえる程に張り詰めた空気。

クルースは両手を後ろで組み上体を前に倒して此方を見据える。表情は笑っているがそこに無邪気さはなく、ソーマ達の動きを観察していた。


(さて、何とかこっちから仕掛けられる状況にはなったな)


 ソーマの挑発に乗った以上、クルースは自分から攻撃を仕掛ける事はほぼ無くなった。

後は先程康一を迎撃した一手だが、それは可能性は低くなっていると思うしかない。


(あとはどうにかして攻撃を当ててやるだけだ)


 深く息を吐き、ゆっくりと吸い込む。それを攻め込む用意と察した康一は集中を高め魔力を込める。


「『フィジカルエンチャント』!」


 身体能力を強化しソーマは全力で地面を蹴った。

クーガー達、康一達全員の中でもトップクラスの機敏値を誇り、直線的な動きでは一歩先行くルセアと違い、最高速を維持したままで方向を変えられる柔軟性も持ち合わせている。


 一直線に駆け、懐から短剣を二つ両手に構えると足を緩めることなくクルースに向けて投擲する。


「ふ~んぅ、先ずは小手調べって感じですかねぇ?」


 クルースは迫る短剣に何の危機感も感じず、頭を軽く横にずらすだけで躱す。

こんなものかと些か落胆の気持ちが湧くと、こちらに向かってくるソーマの背後から明かりが見えた。


 今度は勇者か、と特に身構えもせずにいるとソーマが射線を開けるように横にずれる。

そしてこちらに向かう火球が()()


「――わぁお」


 予想以上の数とそれを扱える実力があったことに少し驚くクルース。

しかしそれでも特に脅威を感じることなくまた地面を蹴って横にふわりと飛び退く。

火球が連弾となりクルースが寸前までいたところに着弾して爆ぜる。


「さぁて、次は――――おや?」


 爆発の音に紛れて此方に何かが飛翔する音を察知するクルース。

その方向に眼を向ければ、爆発の明かりで逆光となっているがそれでもその物体が短剣であると確認し、直ぐ様飛び退いていく。


「なかなか良い手ですがぁ、それでもまぁだ届かないですね~?」


「(これもまだ余裕ありそうに躱すかよ……っ!)そう言ってられるのも今だけだっての!」


 不満も焦りも顔には出さず笑みを貼り付け、ソーマは更に短剣を取り出しすかさず投擲していく。


 先ずは二本投擲、そして間を置かず更に二本、計四本がクルースに放たれる。


「懲りないですねぇ~。一度失敗したのにまたやれば出来るかも? って短絡的過ぎてぇ、また笑っちゃいますよぉ」


 もう何度目ともなる跳躍で今度は上に避けるとそれを狙ったかのように康一の火球が迫る。


「空中なら!」


「避けられない。と思いますよねぇ!?」


 クルースはそう声を上げると空中でその背から翼を広げ横に飛び火球を避ける。

そしてそのままトンと着地すると背の翼を霧散させ口角を吊り上げる。


「私達は吸血鬼、元は蝙蝠なんですよぉ? 空くらい当たり前に飛べますよ~」


 それをわざわざしないで今見せびらかしたのは勿論相手の気概を折るためであり、歯痒しそうにしている康一の顔を見てクルースはまた気分を上げる。


 そしてその顔目掛けまたソーマの短剣が飛んでくる。

クルースは今度は少し気だるそうな表情を浮かべそれを躱していく。


「もぅ……。これでわかったでしょ~? 一度失敗したら次は通じないって――」


 クルースの言葉を遮るように更に短剣が飛んでくる。

今さっきのが二本、これもまた二本。

本当に学習能力がないのかと蔑みこれも躱すが、避けた先からまだ短剣が飛んでくる。


 その投擲間隔の短さに少しだけ感心するが、それでもまだ慌てる状況じゃないと少し力を入れてこれも躱していく。


(次はぁ火球ですかねぇ?)


 この流れなら次は魔法だろうなと思ったクレースの視界に飛び込むのはまたしても短剣だった。


「って、一体何本もってるんですかぁ!?」


 既に十本程使っているのにまだ飛んでくることにクルースは思わず声を上げた。


 投擲間隔も精度も良くなり、距離が近くなったことにより飛んでくる速さも増している。

それによりクルースの回避に少しだが余裕は無くなっていた。


 そして追撃を仕掛けるのは康一ではなくまたしてもソーマ。

額に汗を浮かべ歯を食い縛りまたも投擲していく。


(少しだけど当たる気配が出てきた……っ!ここで一気に攻める!)


 足も止めず手も止めず、過剰と言われるほど持ってきた短剣を取り出しては投げていく。


 普通の兵士や冒険者ならば予備と合わせても五本もあれば多いという感覚のなか、ソーマは既に十六本を越えるあたり異常な事が分かる。


「しぃつぅこぉい!」


 苛立ちが募り口調が強くなるクルース。そしてソーマに気を取られているが故に康一の魔法に気付くのが遅れる。


「ま、た――っ!?」


 予想よりも近付いていた火球にクルースは内心で舌打ち全力で横に飛び退く。

着弾の爆風が衣服を強くはためかせ、回避の余裕が少ないことを伝える。


「一度距離を取らないとぉ……!」


「やらせるかよッ!!」


 業腹だが体制を整えなくてはと続けて距離を離そうとするクルースにソーマはここぞとばかりに投擲していく。


「いい加減にしつ……こいっ!」


 クルースは掌を振るい炎を持って短剣を焼き払う。

力で切り抜けるのは好みじゃないがここでは苛立ちが勝った。

短剣が燃え、燃えカスが地面に落下する。

これで一先ず切り抜けた。そう思ったクルースの眼前にソーマが迫る。


「っ!?」


「言ったろ、やらせるかよって!」


 両手の短剣を順手で握り、鋭い踏み込みで左の短剣を振り下ろす。

これをクルースは皮一枚で避けるが腕の部分の衣服が僅かに切り裂かれる。


「まだだ!」


 それでもソーマは追撃を止めない。素早く一歩踏み込み、右手を真横に振り抜く。

足並みが揃わず飛び退けないクルースは身を捩るが躱すことは叶わず、脇腹を浅くだが切り裂かれてしまう。


「――!? お前ぇぇッ!!」


 激昂し、整った容姿を怒りに染めてクルースは左手を振りかぶり、掌に炎を作るとソーマ目掛けて振り下ろした。


「あっっぶねぇッ!!」


 残る力を用いて全力で後方に飛ぶと、一瞬前までソーマが居た場所を炎が覆い尽くす。

 それにより両者の距離が開き、この攻防に一旦の区切りの間が訪れた。

 

「はぁっ、はぁっ!」


「フーっ! フーっ!」


 互いに息を切らせ相手睨む。だが両者の表情は対極にあった。

ソーマは一撃入れた事実を誇るように口角を上げて笑みを浮かべ。

クルースは一撃をもらった事実を憎むように歯を食い縛り怒りを浮かべた。


「よぉくぉも……!やってくれましたねえっ!」


「ずいぶん良い顔で吠えるじゃないの。そっちのほうがマヌケっぽくてお似合いだぜ」


 ここが煽り時だとソーマは思いつく言葉をぶつける。勿論表情は精一杯余裕を装って。

 

「――――!」


 そして効果は覿面に表れる。クルースは額に筋を浮かべる程に怒り。食い縛った口は開き鋭い牙が剥き出しになる。


「あらら、本当にキレてんなぁアレ」


「ソーマさん!大丈夫ですか!」


「なんとかな。そっちもお疲れさん」


 駆け寄ってきた康一にも疲労は極力見せず返事するソーマ。

少し戻ってきた呼吸で頭を落ち着かせ状況を素早く確認する。


(逃げ回られてばっかの時はどうしたもんかと思ったが、なんとか立ち会う形にはなったか)


 追いかける展開は端から見て此方が優位に見えるが、あの身軽な動きを捉えるのは相当難しいとソーマは感じていた。

それをなんとか挑発に乗ったクルースに一撃を入れる事で怒りにより、対面の形に持ち込むことが出来た。


 クルースが行った攻撃は確認できたので三回。いずれも掌に炎を作りそれを放ち焼き払うもの。

それ以外にもあるだろうが基本はこれだろうと頭に叩き込む。


「随分澄ました顔しているじゃないですかぁ」


「だろ?爽やかないい男って評判なんだぜ」


「ならそのお顔ぉ、ぐっちゃぐっちゃにしてやりますねぇぇッ!!」


 前傾姿勢を取るクルース。その眼は怒りで見開かれソーマを射ぬく。

ソーマはそれを見て確実に頭に血が上っていると確信し、視線を切りつけたクルースの脇腹へと移す。


(後はちゃんと効いていてくれよ)


 短剣に付着した血をサッと払うと、刃先には薄らと張り付くような液が淡く映る。

ソーマ自身が持つ勝機を掴む手段。その効果が発揮されるか否か、それがこの戦いの勝敗を左右する一因となる。

読了有り難うございます。

早いもので小説を書き始めてから四年経ちました。

これも読んでくださる皆様がいて下さったからだと思ってます。

これから遅筆な作者ですが少しずつでも進めてまいりますのでどうかよろしくお願いします。

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