110話
満月の空の下、鈍い打撃音と鋭い打撃音が何度も響く。
「ハアッ!」
「シッ!!」
ゴーレムの大振りの攻撃を掻い潜りクーガーとルセアの二人がそれぞれハンマーと拳を叩き込む。
重量の乗った一撃が、鋭い連激がゴーレムの体へと打ち込まれていく。
「また腕振り回してくるわよ!」
少し離れた場所で構えているシータが攻撃の予兆を察知し二人に伝える。
ゴーレムが両腕を広げその場で一回転するのと同時に二人も飛び退く事で回避する。
攻撃が中断させられてしまったがそれは接近戦での話、つまり間接攻撃は何ら問題ない。
「生命を照らす暖かな火よ、敵を燃やせッ!――ぶっ飛べ!『フレイムストライク』!」
シータの放った火球はいつもと違い小さく圧縮されていた。それがゴーレムに当たると爆風も小さいながら威力はその分強化された爆発がゴーレムの外装を破壊していく。
何度目かにもなるコアが剥き出しになる。
「よっし!空いたぁッ!」
「ルセアッ!」
「突っ込む!」
フィジカルエンチャントで強化された足で地面を蹴り一息でゴーレムとの距離を詰めるルセア。懐に飛び込みコアまであと一歩のところでゴーレムは腕を振り下ろした。
「―――くっ!?」
重量級の一撃をルセアは避けるがそのまま叩き付けられた衝撃で
地面が爆ぜる。
砕石がつぶてとなって周囲に弾け、ルセアは腕を交差させ顔を守るがその勢いに押され後方へと下げられてしまう。
「~~っ!またっ!」
「次発を任せる!」
ゆっくりとコア周りの外装が修復され始める。その前に一撃を叩き込まんとクーガーが駆ける。
ゴーレムの動きは決して機敏ではない。だがこうして攻めきれていないのは、硬い外装とそれ故にわざわざ攻撃を受けるという防御行為をとる必要がない事。
だがその反面弱点であるコアが狙われた場合、それを守り通す為に行動の全てが変わる。
相手を近付けないように、そして仮に近付いたとしても。
「チィっ!腕を盾にして防ぐか……っ!」
他の部位で攻撃を防げばいい。
片腕がハンマーによって皹が入る。だがその間にコア周りは着実に修復されていく。
クルースと同じ吸血鬼でありその姉であるミレースが手間を掛けて作り上げたコアは並のゴーレムの物とは魔力の総量が違い、普通のゴーレムよりも修復する速度が早い。
「次ぶっ放つからそのまま抑えといてッ!『フレイムストライク』!」
シータの放った火球がゴーレムに迫るが、ゴーレムはクーガーの攻撃を受けていた腕をそのまま振り切った。
皹が亀裂に変わり、肘から先の部分が砕ける。そして残った部分で火球を受け止めた。
「ああ~もうッ!!本っ当に往生際が悪い!!」
尚も追撃を仕掛けようとするクーガーを残ったもう片方の腕で振り払ったゴーレム。それにより距離を取らざるをえなくなったクーガーの視線の先では、コア周りの外装はほとんど修復されていた。
このような光景が戦闘を始めてから数度と続いていた。
互いに体力魔力を消耗しているが、その度合いは圧倒的にクーガー達の方が大きい。
(動きが記憶にあるゴーレムとは違って行動の選択肢が多い)
クーガーは距離が開けたことにより呼吸を整えながら戦況を整理する。
戦力の分散により攻め手が薄くなりゴーレムをあと一歩、いや二歩を詰める事が厳しくなった。
外装を破壊し、コアを露出させるにも此方の体力魔力共に消耗は少なくなく長期戦に持ち越すという選択肢はあり得ない。
(一回の攻めをもっと苛烈に)
だがただガムシャラに攻めてもゴーレムの力押しに防がれるだろう。
(なおかつ緻密に)
こちらは三人。前衛二人に後衛一人。互いのやれる手札を頭に思い浮かべながら通せる戦術を組み立てていく。
脳内で組み立てた戦術を試し、崩し、立て直し、また試す。
集中力を思考に割き、素早く何度も思案する。
(これならいけるか……?)
構想に手応えを感じた選択を二人に伝える為に脳内の映像を言語化していき纏めに入る。
「ルセア、シータ耳を貸してくれ」
ゴーレムから距離を取り三人で集まる。視線はゴーレムから外さずクーガーは考えた作戦を告げた。
「なる程ね。確かにそれなら勝算は上がりそうね」
「問題はそれが成功するかどうかでしょうが。そこんところどうなの?」
「確証は立てられないがやりきる宣言はするさ。成功率と結果を鑑みての作戦だ、悪いが付き合って貰うぞ」
クーガーの問いにルセアは拳を掌に打ち付け、シータははんと笑みで了承を示した。
そんなことは関係なしにゴーレムはゆっくりと距離を詰めてくる。
「よし―――行くぞ!」
合図と共に三人は散らばる。
クーガーとルセアはゴーレムを左右から挟むように、シータは後ろに飛び詠唱の邪魔が入らない距離を作る。
「先ずは意識をこっちに向けるっ、と!」
フィジカルエンチャントを掛けたルセアが瞬発力を持ってゴーレムへと飛び込んでいく。
最短最速で踏み込みゴーレムの胴体目掛け拳を打ち込んでいく。
二発三発四発。全力の連打を叩き込むがそれでも皹を入れるだけに留まる。
「くっ……!本当に硬い……っ」
フィジカルエンチャントにより力は強化されたが、武具である手甲には強化はなく、ゴーレムの硬い外装に打ち付けた衝撃で先の部分が歪み始めてきた。
(こっちは魔力よりも武具の消耗がキツい……!)
気力体力は持っても攻撃する術が無くなってしまう。しかしそれでも攻撃を続けなければ勝ちには繋がらない。ルセアは後のことを全て度外視して更に攻撃を続けていく。
五発七発十発、速度も増していく拳激にゴーレムも明確に反撃行為に移る。
腕を引き、ルセア目掛けてストレートを放つ。
「あっっぶないわね!!」
ギリギリまで攻撃を続けていたルセアは横にずれる事で何とか躱す。ゴーレムの腕がゴオと風圧を伴ってルセアの横を通りすぎていく。
ルセアは攻撃を中断し、ゴーレムの追撃範囲ギリギリに飛び退く。
それを見たゴーレムは迷わず距離を詰めようと足を上げる。
「よし!上がったわッ!!クーガー!」
「分かってる!!」
ルセアの合図でゴーレムの後方に回っていたクーガーが片膝をついて地面に手を当てる。
「生命を育む豊かな大地よ―――」
集中を高め魔力操作の精度を上げていく。
この数日シータと語った魔術理論を頭に浮かべそれをなぞり実践していく。
詠唱は破棄せず魔法の完成度を確保する。その上で意識を自分から距離がある相手までの道筋を作るのに割いていく。
(線で思い浮かべても上手く形にならない、もっと具体的に。地面の形を変えるんだ、魔力を地面を這う木の根をイメージして)
抽象的ではなく現実にあるものに置き換えて魔力を形にして伸ばしていく。
「我が望みし姿に応えよ―――」
魔力の根がゴーレムの足下まで届く。そこを終点とし作ったパイプに魔力を流し、ゴーレムの足下に円を広げる。
魔法の形は出来た。照準も合わせ撃つ準備も完了した。最後に放つ弾の形を想像する。
「『アースチェンジング』!!」
地面が隆起し、大の男の倍近くありそうな岩柱が勢い良く突き上がる。
柱がゴーレムの足裏に直撃し鈍い音が響く。
「――――――」
ゴーレムの片足が柱で押し上げられ姿勢が不安定になる。
だが重量のある足は途中までしか上がらず勢いは止まってしまった。
そしてゴーレムは上がった足に力を入れ柱を押し戻そうとし始めた。
「後もうひと押し……!頼むわよ、シータ!」
「言われなくても分かってるちゅーの……っ!あんなの本当に成功させたんだからこっちもやってやるわよ!」
杖を使い魔力を練り上げそれを一個の火球にして押し固めていく。
気を抜くと手元で爆発しそうな火球を集中力と精神力と根性で形にしていく。
「こ、れ、でえぇぇ――――!!完……成ッ!!」
歯を食い縛り杖先をゴーレムへと向ける。
「生命を照らす暖かな火よ敵を燃やせッ!ぶっっ飛べッ!!『フレイムストライク』!」
ギチギチに押し固められた火球が放たれる。シータの今込められるだけの魔力の塊が一直線に飛翔しゴーレムへと直撃する。
爆発と共に爆風の衝撃が一瞬で広がり、ゴーレムの近くにいたルセアは腰を落とし両腕を顔前で交差させてそれを凌ぐ。
そして当たったゴーレムはその衝撃に耐えきれず、外装も大きく損傷させて背中から倒れていった。
「――――」
シータの魔法の衝撃音とも遜色のない轟音を響かせ地面が揺れる。
強硬な体は地面に横たわり大の字の姿を晒す。
「ぃよしッ!」
「倒れた!」
「ここが好機だ一気にいくぞ!!」
多量の魔力と精神力を消費し、額に玉のような汗を浮かべては流れ落ちるのを気にせずクーガーは叫ぶ。
転倒による行動の制限。機敏ではないゴーレムではここから防御行動を取るにしてもクーガー達の方が速い。
いの一番にルセアが駆け出し続けてクーガーが飛び出す。
シータも荒い息をそのままに放てる範囲で詠唱を唱える。
ゴーレムが腕を動かすが此方を捉えていないようでただ振り回しているだけ、それではクーガー達は止まらない。
動きを最小限に掻い潜り攻撃範囲へと入るクーガー。それよりも動きは大きいが機敏な回避で迫るルセア。
それにより両者はほぼ並んでゴーレムへと接近する。
「これで―――ッ!」
残った魔力を振り絞りフィジカルエンチャントを施し武器を振り上げるクーガー。
決定的な一撃を叩き込む。その瞬間になってルセアの体に悪寒が走る。
(なにこれ――!?)
理由は分からない。だけど本能が危険信号を早鐘を打つように自分に叩き付けてくる。
見当がつかない、だがこれは無視していいモノじゃない。ならば従え。ここで自分が取るべき行動に本能を委ねろ。
「――くっ……!」
ルセアは直感に従い隣を走るクーガーに抱き付く形で押し倒した。
「なっ!?」
突然のことに驚愕するクーガー。しかし倒れる最中に視界に映ったのはゴーレムが淡く輝き出す姿が。
それを見てクーガーはルセアに遅れて何かが起こると肌で感じた。
ゴーレムの身体中に皹が入り、発光が次第に強くなるにつれて光が漏れ出す。
そしてクーガーとルセアが地面に倒れ込んだと同時に光が一際強くなるとゴーレムの体が爆発した。
「ウソっ!?」
一番離れていたシータもその爆発に目が眩むが直ぐに身を伏せた。
それでも身体に襲う衝撃は強く、華奢な体躯のシータは力一杯しがみついた。
遠く離れたシータですらこれなのだ。近くにいた二人にはそれよりも衝撃が、そしてそれにのって砕けた外装が弾けるように四方に襲い掛かる。
「ルセア――」
「いいから伏せて口を閉じるッ!!」
何か言うのを制してルセアはいつかのようにクーガーをその胸に抱き寄せた。
何かの拍子で軌道が変わった岩がルセアの背に当たる。
「ぐっ――つぅ……!」
その衝撃と痛みに顔が苦痛に歪むがそれでもルセアは耐え続ける。
それが数秒続くと漸く爆風が過ぎ去り、シンと静寂が訪れる。
クーガーは直ぐに身を起こしルセアの安否を確認する。
「ルセアッ!!」
その姿を見れば背中に当たった痕はくっきりと見え、顔には汗が大量に浮かび呼吸は重い。
「私っ……はいいから、アイツはどうなった……の?」
意識ははっきりしているが痛みからか口調も重いルセアの言葉を受けてクーガーは視線を前へと向ける。
そこにはゴーレムのコアがふわりと浮かんでおり、自身を守る外装は全て取り払われていた。
「コアは剥き出しだ。あれならこのまま叩いて―――」
そこまで言いかけたところでゴーレムのコアが一際大きく輝く。
コアの下にある地面から大小の岩が浮かび上がりコアを中心にして集まっていく。
「クソが……。ここまで来てまだそんなことが出きるのか」
悪態吐くクーガーの視線の先で集まった岩は次第に形を作っていき、少しした後、爆発前と何ら変わらないゴーレムの姿へと完成した。
だがじっと見ていたクーガーは爆発前との違いを見逃さない。
「コアが点滅している?」
ゴーレムのコアは大量の魔力が込められた文字通りゴーレムの核であり、纏った外装を動かす為の心臓でもある。
「――成る程。それが点滅してるってことは、今までの攻撃は決して無駄じゃあなかったって訳だ」
確実に追い詰めてはいる。しかしそれ以上にこちらの消耗が激しい。
チラと後方を見ればシータが多少ふらつきながらも立ち上がっていた。
そして腕には自分を庇い負傷をしたルセア。庇われた自分もゴーレムを転倒させる為に大量の魔力を消費してしまっている。
「あと一発。奴の外装を打ち壊せる威力の一撃を叩き込めれば」
勝利は近い。しかしそれまでの道筋は限りなく細い。
どうにかして勝機を作り出せるか否か、クーガー達の戦いはそこに懸かっていた。




