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109話

 突如現れたクルースの存在により戦闘の流れがピタリと止まり、クーガー達は一切の動きを辞めてしまう。


「子ども?なんでこんなところに」


「というか今空から降りてきたわよ空から!空からフワーッて!」


「ええい、全員見たから繰り返さなくても分かるっちゅーの!」


「あれ、あん時の子ども!?いや、にしても髪の色が違う…?」


「どうして……?」


 一同それぞれ驚愕の反応しクルースを注視している。

その表情と視線を集めている事実に高揚感を感じたクルースはスカートの両端をつまみ軽く持ち上げ、片足を少し下げて膝を曲げる。

そして頭を下げ恭しく礼を告げる。


「ふふふ。皆様ぁ初めましてぇ、私クルースと申しますぅ」


 顔を上げたクルースは可憐な少女の見た目そのままの笑顔を浮かべ紹介の言葉を語る。


「皆様の奮闘にぃ水を差すようで恐縮ですがー、少しお手を止めてどうか私とお話を―――」


 そこまで言いかけたクルースは突然の殺気を感じ取り、その場から素早く後方へと飛び退く。

瞬間、今居た場所にハンマーが叩きつけられ大きな音を打ち立てた。


「チッ、外したか」


「話しをしている最中はお相手の邪魔をしてはいけないと習わなかったのですかぁ……っ?」


「戦闘中に急に現れた奴の言うことなんざまともに取り合うな、とは学んできたつもりだがな」


 急な攻撃に間延びした口調はそのままに語気が強くなるクルースに、クーガーはそれがどうしたと飄々と答える。

その態度が気に食わないのかクルースは悪態を吐きそうになるがここは飲み込み、相手を康一へと変えた。


「全くぅ、こちらは何もしていないと言うのにー。ねぇ?お兄さぁん」


 クーガーへの注意はそのままに視線を康一に移してニコリと微笑む。

愛護欲を掻き立てられそうな可憐な笑みは、この場が戦場ということもあってあまりにも不似合い。その温度差が康一の背中にイヤな汗を流す。


「ふふ。驚いてますねー、良いお顔ですよー?それでこそこうして皆さんの前に出た甲斐があったというものです~」


 クーガーと違い、極めてまともな反応が見れたことでクルースの心情は平静を取り戻す。

そのおかげもあってか視野が広がり、攻める機を狙っているクーガーの動きに気付き、視線と立ち位置を変えることで牽制をする。


「チッ」


 見透かされた事にクーガーは舌打ちを一つ、そしてクルースへの警戒度をまた一段階上げる。

完璧とは程遠いが油断を狙った先の一撃は躱され、今も攻撃の起こりを制された。

康一達はクルースの急な登場と幼いその見た目に戸惑っている中、クーガーは目の前のクルースを厄介な敵と早々に設定した。


「君は、何者なの?空から降りてきて、普通のヒトじゃ……ないの?」


 そう問う康一の言葉に力はない。客観的に見てクルースは普通出ないと分かりきっているのに、自分達人間と何ら変わらないような見た目と、昼間に言葉を交わしたことにより何の不都合なく交流が出来てしまった経験が彼女は普通の女の子だと信じ込みたい気持ちを後押しする。


「わぁ、ふふふ。まさかここまで来てまだヒトだと思いたいなんてぇ~、本当に勇者さんってぇ………お馬鹿さんなんですねえぇ!」


 可愛らしい笑みが一瞬で歪みクシャリとした笑顔で嘲笑うクルース。

驚く表情が見れればそれだけで良かったのだが、まさかこの期に及んでこんなにも甘い考えを持っていたとは思ってもいなかった。

それがあまりにも滑稽に見えてクルースは声を上げて嗤う。


「……っ!」


 その反応を見て康一は彼女がヒトではない事実を認識し、また自分の考えがあまりにも甘いんだと突きつけられ、剣を持つ両手を力一杯握り締める。


「もういいか?これ以上奴の時間稼ぎに付き合う訳にはいかない、後ろのゴーレムがほぼほぼ完治しかかっている」


 横に立ったクーガーの視線の先では、クルースの後ろでじっとしていたゴーレムの外装が戦闘を始めた時程に戻っていた姿だった。


「これで分かっただろ、奴は敵だ。姿が人間のガキみたく見えようがなんだろうが倒すべき標的にかわりはない。気持ちが定まったなら武器を構えろ」


 クーガーは最初皆で攻撃を仕掛けようとしたが予想以上に味方の動揺が大きく、このまま攻めるのは分が悪いと判断し今まで声を掛けることをしなかった。

 しかし今の状況ならば最早戸惑うことはないと、態勢を整えろと言葉を飛ばす。


「――ほんとぉにそこの目付きの悪ぅいお兄さんは厄介ですねー」


 クルースは改めて値踏みするようにクーガーを見詰める。

戦闘能力は先程遠目で見ておりその強さは確認ずみだ。それだけであれば対処は如何様にもあったが、厄介なのは今しがたのやり取りでも見てとれた精神性。


 自分が急に現れた時も驚いていた時間はきっと僅か、そして直ぐに仕留めようと攻撃を仕掛けた思考の切り替えと行動の素早さを持った人間はクルースの記憶には思い浮かばない。

 この国の将軍であるライアットですら確かな動揺があったのに、この男ときたら躊躇いが全くなかった。となればこの男だけが異常ということだろう。――こんなのが他にもいるだなんて考えたくもないが。


(単純な能力ならきっと勇者や将軍よりも下。けど、戦闘技術でいえばこの中でも頭一つは確実に抜け出している)


 隙を逃さない観察力に行動に移す決断力、ゴーレム相手の立ち回りを見ても間違っても大味な戦闘はこなさないタイプの人間。

それはクルースが一番苦手とするタイプだった。


(ぶぅ~。ただでさえ聖職者が一匹増えてるのにぃ。ハンマーなんて馬鹿みたく振り回してなんぼの武器を持っていながら一番冷静なんて~)


 こういうタイプが一人いると途端に搦め手が効きにくくなる。その対象を葬ればいいがこの男(クーガー)を仕留めるには手間が掛かるのは目に見えている。


 総じてクーガーは直接相手したくはなく、かといって放っていても害しかないクソ野郎という評価をクルースは叩き出した。


 さてここからどうしたものかと考えを移すと、先程からずっとこちらを睨んでいたライアットがワナワナ震え始めた。


「―――――か」


「はい?」


 顔を俯かせたと思えば何かを呟く。それは近くにいた康一達も聞き取れなかったのか、クーガー以外の全員がライアットに視線を向けた。


「その銀髪、その紅い両眼、ヒトの似姿をしてヒトならざる得体のしれなさ。貴様は吸血鬼かと聞いている」


 "吸血鬼"という単語が出た瞬間、表情が一層強張ったのはシータ、リフル、コーラルの三人。


「おお~、流石は将軍さん。十年前の戦いにいただけあって分かりますか~。表だって戦ったのはあのお方位なのにぃ。――――それもそうですか、相対してくたばったのはぁ……国王様、ですもんねぇ!」


 真新しい玩具を見つけたかのように口角吊り上げ嗤うクルース。

それだけで目の前の吸血鬼がライアットに、ひいてはローランド王国の者達にとってどれだけの仇敵であるかが明らかになる。


「きぃっ、さまあああッッ!!」


 普段のライアットからは想像も出来ない憤怒の表情に顔を染めクルースへと駆け出した。


「ライアットさんっ!?」


 咄嗟の事で他の全員は動き出せずライアットは一人クルースへ接近する。


「エルバート様の仇!エレミア様の仇!それに連なる者ならば、その首一つでも慰みの足しにもなる!貰うぞっ!!」


 言動すらも激しくなり剣を振るうが、それはクルースの後方から出てきたゴーレムに遮られた。


「おおこわ~い。そんな一撃を受けたらぁあっさりと死んじゃうじゃないですかー」


「もとよりそのつもりだ!」


 逆撫でるように煽るクルースにライアットは歯を食い縛り叫ぶ。

力一杯剣を振るうがそれでもゴーレムを押し退けることも出来ずせめぎあいが続く。

 

「ライアットのやつあんなに激昂して……」


「――あの様子じゃ周りは見えん、ここは一気に仕掛けるぞ!」


 初めて見るライアットの怒りに驚くシータと、仇敵を目の前にしてああなる心理を理解しているクーガー。

だからこそクーガーは簡潔に指示を出しライアットの援護に向かう。

続くのはルセアと康一、シータ、リフル、ソーマ、コーラルは詠唱を始めようとそれぞれ集中を高める。


 それを傍目でも確りと見ていたクルースはそれをさせまいと今度は口を開く。


「皆さん一致団結しているところ悪いんですがー、このまま私に構いっきりだと少しまずいかもしれませんよ~?」


「一体何を?」


「この期に及んで何を言おうが止まる訳ないでしょ!」


「本当に良いんですかぁ?私の可愛いバットちゃんがコボルトを引き連れて町に向かわせてるんですよぉ」


 ニヤリと笑いを多分に含みながらクルースはいけしゃあしゃあと言いはなった。


「普通私達吸血鬼はバットちゃん達を共にしているものなのにぃ、ただの一匹も従えてないなんておかしいとおもいませんか~?」


 ほらどうする?それでもまだ向かってくるか?言外にそれらを多分に含ませクルースは笑みを深くする。

たったそれだけの事で康一達は足を止めてしまい攻めの機会を失ってしまう。


「ならっ……!今すぐにでも貴様を屠り、町へと戻れば良いだけのことッ!!」


 そんな中、ライアットは競り合っていたゴーレムの腕を押し切りクルースへと迫る。


「おっとぉ~、豪快ですねー。で、も~、そー簡単にやられて上げる訳ないじゃないですかぁ」


 ヒラリと躱し、タンと地面を蹴ると羽根のようにフワりと宙を舞うクルース。ゴーレムからも距離を置き、乱戦にすら持ち込ませないつもりだった。


「さあさあ選んでください悩んでください苦しんでください迷ってください焦ってください(もが)いてください。苦痛に悲痛に焦燥に悲嘆に顔を染めてください。それが私が望むモノなんですからぁッ!!」


 狡猾に恍惚に歓喜に期待の笑みを浮かべクルースは嗤う。

その狂気が飾りではないとその圧が証明し、だからこそ先程の言葉の全てが真実であろうと補完する。


「ライアット」


 息を切らすライアットの隣にクーガーが立つ。


「一つ聞くぞ。あの吸血鬼、何を投げ打ってでも自身で仕留める気か?」


 いったい何を、とライアットが返す前にクーガーは続ける。


「アイツが仇と同族なのは分かった。お前の復讐心も分かるつもりだ。お前がそれほどまでに望むならその他一切合切を此方で受け持つ」


 復讐の場を整えてやるとクーガーは言った。


「しかし、そこまででないのならば、周りに割く思考があるならば耳を貸せ。編成を分けて個別に当たる」


 この状況に対する最善策を考えるか、己の気持ちを優先させるか。この二択を突きつけられてライアットは考えてしまった。

 どちらにするべきか?そう考えてしまった時点で復讐心に染まった気持ちに将軍としての責務の心情が入った事に他ならない。

 そして理性的なライアットはどちらが正しいかなんて迷うわけはなかった。


「どう分ける」


「町にはお前と、リフル、コーラルを向かわせる」


 バットには噛みついた際に毒を付与する個体もあるという。

加護を受け、痛みや傷に耐性がある自分達はともかく、一般の人間は傷も毒も致命的になりかねない。

それらを癒せるリフルとコーラル、そして町に駐在している騎士達に指示を出せるライアット。これらが適任だとクーガーは考えた。


「ゴーレムには俺とルセアとシータで当たる」


 固い外装を持つゴーレムには斬激の効果は薄く、打撃の方が有効である。

だからこそハンマーを振るうクーガー、拳を振り抜くルセア、魔法の火力が高いシータで当たるべきだと続けた。


「そして最後、あの吸血鬼には康一とソーマ。この二人に任せるつもりだ」


 単純な戦闘能力ならライアットと何ら遜色ない康一、動きの素早い相手なら食らい付く心得があるソーマが相手出来るはずだとクーガーは告げた。


 状況に合わせ、持ちうる戦力が十全に機能出来るように考えた編成にライアットは意見を出す言葉が出なかった。


「町の安全が確保出来たら直ぐに戻る」


 言葉は短くライアットはリフルとコーラルを連れて町へと戻っていく。


「およ?あれだけ倒すと意気込んでいた将軍が町に戻るんですかぁ。これは以外ですねー」


 ま、どっちでも良いんですけどー。と微笑むクルースの前に康一が立った。

その顔に怒りを滲ませてクルースを睨んでいた。


「君の同族がリオンのお父さんを、奪ったんだね」


「そうですよー」


 あっけらかんとした物言いに剣を握る手に更に力が入る。


「そのせいでリオンは、ライアットさんは、この国の人達は深く悲しんだんだ」


 友が、尊敬する仲間が悲しむ切っ掛けとなった者の同族が目の前にいる。

ならばそれは倒さなければならない。

身体中に熱が回るのを康一は感じる。


「僕は!ここで君を倒す!」


 クルースを見据え、康一は力強く地面を蹴った。


「ソーマ!」


「分かってる!そっちも頼んだからなっ!」


 間髪入れず続いたソーマを見送り、クーガーはゴーレムへと向き直る。


「さて」


「完全に回復したみたいね」


「それに比べこっちは多少は消耗しているわ。ちゃんと勝機あるんでしょうね?」


「なければこう分けちゃいない。その上で出来うる最善策だ」


 康一達、クーガー達の中でも単純に攻撃力が高い三人。ゴーレムの外装を貫き、胸のコアを砕く可能性がある三人は各々の獲物を構える。


 三つに別れた部隊のそれぞれの戦いが始まった。

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