108話
陽は傾き青空は茜色に変わっていた。その色も次第に黒が滲みその内に夜空へその模様を変えていた。
空には月や星の明かりを遮る雲はなく一般的な夜と比べ明るい。
足元が不安な場所に向かう身としてはこの明るさは有難い、と言ったライアットを先頭にクーガー達は鉄鉱場にいた。
「さて情報通りならここらで魔物が出てくるんだが」
辺りを見渡すクーガーの視界にそれらしい影は見られない。気配察知を持つソーマを見れば、そちらも反応はないと首を横に振った。
探しに動くか焦らず待つか、どうしたものかとその場で会話を交わす中ソーマの感覚に何かが引っ掛かった。
「居る……イヤ、来るぜ……っ!」
その言葉を切っ掛けにクーガー達は勿論、康一達も武器を構え戦闘体制を整えた。
先日見たクーガー達の戦闘は記憶に焼き付いているからこそ遅れずに続く事が出来ていた。
「どうする?まだ距離はあるけど魔法での先制を仕掛けてみる?」
「敵の全貌が分からない中で無闇に戦闘を始めるわけにもいくまい。明るいとはいえこの暗がりだ、姿を潜める魔物がいたとしたらそれにも警戒は割かなくてはならない」
目の前の的に意識を集中して戦闘中に敵の伏兵や援軍に対応出来なければ被害は甚大なモノとなってしまう。
だからこそここは待ちだとライアットは言い、他の者達も周囲を警戒しながら敵の姿が露になるのを待つ。
集中力を高めるなか、視線の先から感じる気配が強くなるにつれてクーガー達に震動が伝わってくる。
「一定の感覚で揺れるな、どうやら今回の相手はデカブツのようだ」
「まだ姿が見えてないのにこれだけ響くってことはオーク系じゃなさそうだ、トロルか?にしちゃ息遣いなんかが聴こえてこねぇ」
僅かな情報から頭の中で魔物の種類をふるいにかけ、大まかな検討を付けていくクーガーとソーマ。
しかしどうにも腑に落ちない点がありなかなか確証には至らない。
「戦闘前にあまり唸っていてもしょうがないわよ。ここまで来たら会敵必殺あるのみ!」
「ここであんたと意見が合うなんてね」
「それに周りから敵が来てもコーラルやリフルもいるもの、ね?」
「やれやれ、そう言われてしまっては背中は任せてもらうしかないですね」
「はい、皆さま背中は心配なさらず前を向いていてください」
拳を握り混むルセアに杖を構えるシータ、コーラル、リフルの三人。
それぞれの持ち回りを十全にこなす為に己が得意とする動きをする。
そして音が近づき、影が浮かびその姿が月明かりで明かされる。
その姿は全員の予想の外のものだった。
「なんだ、あれ?岩が動いてる……?」
背丈は小柄な康一の倍近く、一番大柄なライアットよりも頭二つは大きい。
その岩の固まりは人の体躯を型どり、胸に鈍く輝く鉱石を嵌め込みながらこちらに向かってきていた。
「あの特徴、ゴーレムかっ!」
ゴーレム。魔力が籠った鉱石を核にその身に岩を纏った魔物。
生まれる過程は詳しく判明されておらず、また数もそう多くはないため見た目等の情報位しか無い。
「なんだってこんなところに、取り敢えず戦闘経験が有るものはいるか?」
「お父さんの遠征に付き合った時に一度だけ」
「片手で数える程しかないぞ」
ライアットの問いかけに応えたのはシータとクーガーの二人。
シータはともかくクーガーは何故と疑問を持たれるが戦闘が始まる故に誰も問わない。
「よし、ならば初撃は後衛のシータ、コーラルに任せる。その後は俺とクーガーが前衛を取る、残りの者は援護の形で攻めてくれ」
ライアットは的確に指示を飛ばし、シータとコーラルが詠唱に入る。
「生命を照らす暖かな火よ」
「生命を導く聖なる光よ」
「直撃してから行くぞ、遅れるなよ」
「そっちこそ」
ライアットとクーガーは武器を構え駆け出す構えをとる。
ゴーレムは尚も真っ直ぐに向かってきている。
ライアットは剣を上げ合図を図る。
「今だッ!」
「『フレイムストライク』!」
「『フォトン』」
火球と光球がゴーレムに当たり爆発し辺りが一瞬明るく照らされる。
爆風が広がるなか、ライアットとクーガーはゴーレム目掛け駆け出した。
「おぉ~、なかなか派手にやっていますねぇー」
そんなクーガー達の戦闘を離れた場所でまったりと見ている存在が一つ。
一つの鉱山の崖の上に座り足をぷらぷらとさせながら微笑むのは先ほど康一とソーマが出会った少女。
「にしても今回勇者達と同行したって人達ぃ、なかなかどうしてやりますねぇ~」
日中出会った時と違い、月明かりに照らされ怪しく銀髪が風に靡く。
そして見詰めるその双眸は深紅の色。
吸血鬼のクルースがそこにはいた。
「あのゴーレム普通のと違って結構強い個体なんですけどぉ、まさか攻勢に出れてるなんてちょぉっと予想外ですねぇ」
視線の先ではライアットとクーガーが互いに被らないように立ち位置を調整しながらゴーレムに絶えず攻め入っている。
そして少し離れた所から詠唱を終えたシータとコーラルが魔法を放つと直ぐ様距離を取り射線を通す。
着弾から次にライアット達が仕掛けるまでの間は康一とソーマが素早い動きで牽制を仕掛けて埋める。
「あれだけ動けるってことは~、単なる数会わせの人選じゃないわけですかー」
んー、と人差し指を口に当て考え込むクルース。
当初の考えでは勇者達とはいえあのゴーレムの防御はなかなか攻めあぐねると想定していた。攻撃を仕掛けても仕掛けても有効打に欠け疲労に染まり、焦燥に駆られる顔が見れると考えていた為に目録が外れて気分が下がる。
「折角頑張って日中に発破を掛けてきたのになぁ~、全力を尽くしても一向に倒す気配が訪れないどうしようーって感じを期待してたのにぃー」
ぷすー、と頬を膨らましたクルースは近くに控えさせたコボルトを傍に来させる。
他種族の魔物と言えど種族として圧倒的上位にいる吸血鬼はコボルト程度ならばそう苦もなく支配下に置く。
そして一体のコボルトが隣に来るとクルースは立ち上がり手慣れた手付きでコボルトの首筋に手刀を差し込んだ。
「ガ―――――ッ!?」
「あー動いちゃダメですよー。そんな暴れたら血が飛び散っちゃうじゃあないですか~」
クルースは手刀を一際大きく差し込むとコボルトの体は一度大きく跳ね動かなくなった。
「よしよし、そしてーこれを使いましょー」
懐から取り出したのはローランド王国では嗜好品に分類されるストローだった。
それをコボルトの首筋に差し込むとチューっと音をたてながら血を啜っていった。
「ぷはぁ~。イヤぁ人間も良いものをつくりますねぇ。これがあれば口元やお洋服を汚さず血を飲む事が出きるんだすから~。ま、味はともかくとして、日中使った労力を回復する足しにはなりますかね」
可愛らしい容姿からは想像出来ない程に低い声色で呟くクルース。
「さて、とぉ。このままじゃ殺すどころか足止めも満足に出来なくなっちゃいますからぁ、流れを変えましょうかねー。えーと、使える手札は後何個あったっけぇ」
人差し指を今度はこめかみに当てて、んーと考えるクルース。
「あんまり動きたくないけれどそうも言ってられないかなー。本当は戦力の逐次投入でじわじわとやりたかったけどぉ、結果はしっかり欲しいしー」
クルースはあまり自身が矢面に立つのを好まない。
吸血鬼の中では戦闘力が低いのもあるし、自身が傷付くのも嫌がるからだ。
そして何より自分が準備した作戦が成功してそれを高みの見物するのが何よりも好きなのだ。
だがそれはそれとして自分の使命を果たす思考もある。その為に自分が動く必要があるなら渋々ではあるが動く位には行動する気概はある。
「ん。これでいきましょーかねぇ。あ、控えているあなた達ー、速やかに持ち場についてくださいねー」
コボルト達に指示を出すと、血を啜ったコボルトを崖下に向けて蹴り落とすと一つ伸びをする。
「さてぇ、バットちゃん達もよろしくお願いしますねー。言うことを聞かないのがいたら吸っちゃっても良いですからねぇ」
そして直属の眷属であるバットに指示を出しクルースは康一達の方に視線を向ける。
「張り切ってる表情してますねぇ……、いきなり私が現れたらどんな顔をしてくれるんでしょうね」
怪しく笑ったクルースはフワッと飛び上がると闇夜に紛れ康一達の元へと飛んで行った。
一方クーガー達はゴーレム相手に優勢ではいるが決定打を与えられず手こずっていた。
「はぁッ!」
「フッ!」
ライアットの剣撃とクーガーのハンマーの一撃がゴーレムへと炸裂する。
エンチャントを纏った一撃はゴーレムの外装を削り、砕く。
しかしこのまま攻めきろうとしてもゴーレムは黙ってやられてはくれない。
「―――――」
「ちぃっ!」
痛覚はなく、己の状態を鑑みる必要性もないゴーレムは両腕を広げその場で一回転をする。
ただそれだけの行動でも質量のある岩石がやるだけで圧倒的な脅威へと変わる。
それによりライアットとクーガーは距離を取らざるをえなくなる。
「またか」
「ここまでの個体は初めて見たが厄介だな」
愚痴る二人の目の前ではゴーレムの核が淡く輝き、周りの崩れた
岩石がゴーレムへと集い新たに外装が形成される。
先程までの攻撃を無に帰す現象だが、それでもクーガー達に諦めの感情はない。
「だが少しずつだがダメージの方が上回っているな」
優勢を取り絶えず攻勢に出ているためにゴーレムの修復を上回る結果を得られているからだ。
「他の奴らもまだまだ余力はある。このまま押しきるぞ」
この流れのまま一気に押し込むと構えるクーガーにライアットは応と答え、少し離れている康一とソーマも武器を構える事で了解を示した。
呼吸を整え一斉に仕掛けるとしたその瞬間、張り詰めた空気を弛緩させるように声が響いた。
「こーんばーんわー。皆さん頑張っているところに申し訳ないですがー」
空から声が聞こえ、皆の視線が上に向かえばそこには。
「ちょおっとぉ私とぉ、お話しません?」
月を背後に銀髪を靡かせながら紅く光る双眸を携えた吸血鬼の少女―――クルースが妖しく微笑みながらクーガー達の前に降り立った。




