107話
ウォレスを出立して三日目の早朝、クーガー達は目的地であるサカリアの町の目の前まで来ていた。
「で、あるから詠唱による補完がないため中距離以降での発動を補うには魔法の想像とは別に空間把握の想像力がまた必要な訳」
「つまり同時処理か」
「そうなるわね。私自身試したことは無いから概要でしか語れないのが歯がゆいけれどこの考えは間違ってないと思う。具体的にアドバイスが無い以上アンタの感覚に委ねるしかないのがまた悔しいわ」
「リフルは少し下がり過ぎじゃないかしら。コーラルだって立ち位置は状況によって前後するしその方が連携の幅も大分広がると思うのだけれど」
「それが出来るのは指揮執ってんのがクーガーだからだと思うぜ。ライアット将軍とアイツじゃスタイルが違うから無理に変えるのはどうかと思うんですがね」
「でもリフルさんの意見も一理あります。後衛職だからといって専念だけしていては行動の選択肢はいつまでも増えないままですし」
「僕ももう少し柔軟に動ければ良いんですけど」
「何事も焦っては事を仕損じますよ。急な変化より少しずつ取り入れ自分達なりにモノにしないと」
この数日の道中、クーガー達は互いの技や戦術についての議論を交わす時間が主となっていた。
ここで日常の会話にならないのが激務に赴く者達の意識かそもそもの気質かは別にして、遠慮の要らなくなった会話は交流として十二分に成果はあり、ぎこちなさといった固さはもう見られない。
(良い傾向だな)
将軍として大軍を率いた経験もあるライアットにとって康一と共に行動するまで行軍中に気兼ね無く話すことは少なかった。しかしそれは適度に緊張感を解し互いの理解を深めるのに大きな意義のあるものだと今は分かる。
先頭を走り後ろから聞こえる会話に心地よさを感じていると目的地であるサカリアが見えてきた。
「会話が弾んでいる所悪いが到着したぞ」
その口調はどこか年少組を引率する保護者のような声色を含んでいた、
入り口で兵士に迎えられクーガー達はサカリアの町の中へと入っていく。
報告通り住民達に直接的な被害が起きていないからか町流れる空気は明るく活気があった。
「勇者様が来てくださったぞ!」
住民の一人がそう叫べば直ぐに他の者達に伝わりあれよあれよと人が集ってくる。
まるでウォレスで出立する時のようだと感じるクーガーと圧を感じるソーマ達。そんな中康一は凛とした佇まいとなり勇者として声を上げた。
「皆さんからの報せを受けてここに来ました!必ず、脅威は倒します!だから安心してください」
通る声でそう告げると住民達は歓声を上げ康一を讃える言葉を口にする。
それを受ける康一におどおどした様子は微塵も見られない。
いきなりの歓迎を受けた後、平均の案内で町長のいる家屋へと向かい、その中で現状についての話しをしていた。
「つまり活動は夕暮れ以降と」
「はい、昼過ぎの出現頻度は少なくなっているのですが、日が落ち始めるとまるで影から湧いてくるかのように姿を表すのです」
「それでいて積極的に仕掛けに来るわけでもなくなんともやりづらくて……」
今回の魔物の出現についての経緯を纏めると以下のようになった。
普段日中に出没する魔物がだんだんと夕暮れから日没へと遅くなっていった。
散漫だった出没頻度は増えていったが、何故か襲撃を仕掛けてくる頻度は減っていった。
迎撃に向かえば交戦になるが程なくして魔物の方から撤退するのが殆どだった。
「怪しいな」
「ここまで露骨だと何かあると言っているようなものだ」
今までの状況がここまで変化した速さと内容を見て裏に何かいると踏んだライアットとクーガー。
となれば今時刻はまだ朝、情報通りであるならば魔物が出るのは夕暮れ時、それまでにとれる手段は取っておくべきだと予定を組み立てる。
猶予は半日、それまでにどれだけ準備を整えられるか。それがどれだけ重要になるかを知っている二人は矢継ぎ早に指示を出すのだった。
「配置に関してはこれでいいか」
「出没範囲がそこまで広くはないからな、ある程度固められたのは幸いか」
他の仲間達に指示を出した後、家屋の中でライアットとクーガーの二人は兵士の配置について意見を交わしていた。
椅子に座り周辺の地図を見るライアットの右隣でクーガーは立ちながら時折口を挟む。
本来であれば将軍でもあるライアットが全て決めても何ら問題点はないのだが、魔物の出現範囲等を細かく確認していたクーガーから穴なく、それでいて人数不足で薄くならないように警戒出来る配置にした方が良いと言う提案から、割り振りを共に決めていた。
ライアットは率いる者としての視点で、クーガーは己が矢面に立って戦ってきた経験でそれぞれの足りない部分を補っていた。
「ふむ。しかし地形と出没範囲でここまで絞れるのは考えてもみなかったな」
「立場の違いだ。こっちは基本少人数だからな、無駄に割けんし考えなしに纏める訳にもいかない。だからこそ大人数の振り分けは俺の手にはあまるが」
「そこまでやられたら俺の立つ瀬が無くなるというものよ。これでも将軍として兵士の動かし方は心得ている。型を叩き込んだ動きは融通が利かない場面もあるが、集団を動かすことにおいて最も有効な手段だ」
騎士には騎士の、冒険者には冒険者のそれぞれの長所と短所がある。それを活かすも殺すも指揮を執る者次第だ。
その点においてこの二人は長所を活かすのに長けていた。
「後は報告を受けてから日が沈むのを待つのみだが、お前が望むなら簡単な講義といくが、どうする?」
「将軍自らか随分な厚待遇だ」
「お前達の強さは先の戦いで少しはみれたからな、その礼とでも受けとればいい」
なら遠慮はいらないか、とクーガーはライアットと入れ替わり椅子に座る。
今眺めていた地図を使ってライアットは仮想の兵士を想定させそれの動かし方をクーガーに教えていった。
リフル、シータ、コーラル、ルセアの四人は住民達のケアに向かっていた。
今現在被害らしい被害は出ていないが、それでもいつもと違う魔物の脅威があるということで住民の中には心労の積もる人達も出てくる。
そういう人をケアするのが本業であるリフルとコーラルだ。
町で悩みや身体の不調を訴える人を集め、話を聞いたり、治癒魔法を施したりして癒していく。
「はい、ええ。大丈夫、勇者様が来てくれましたからもう心配はいりませんよ」
「さぁ治療が終わりましたよ。この後もどうかご自愛してくださいね」
一人、また一人真摯に対応していく二人。さて、では残りの二人はというと。
「そうその調子よ、もっと引手も意識して殴り付ける感じじゃなく撃ち抜くように振り抜くの」
「こう?」
「いい?魔法を扱うのに才能は重要だけど、それをちゃんと活かす為には知識、つまり勉強もとても大切よ。普段から少しでも物事を考えられるようにしておけば将来きっと役にたつわ」
「はーい」
不調を訴える人の中には子を持つ親もいる。その親が治療している間の子守りを二人は受け持っていた。
最初は慣れないことに二人とも戸惑っていたが、なら自分達の得意分野を語り、見せることならいけるのでは?と思いたって今に至る。
活発な子どもはルセアの拳の打ち込み方を嬉々として真似し、落ち着いた子どもはシータのもとで魔法についての見解を興味深そうに聞いていた。
もう少しで魔物との戦いが始まる。その時に感じる不安を少しでも減らせるように四人は住民達との交流を続けていった。
「結構切り立った場所が多いですね」
「地表を掘ればゴロゴロ出てくるらしいからな、後は場所によって多少出る鉱石が違ってくるから総出で手当たり次第に掘ってるってよ」
ローランド王国は他国との交流がほぼ途絶えてから久しい。そのため武具等の材料も自国で確保しなければならず、炭鉱町では毎日男達がとにかく数を確保するためにつるはしを振るっている。
そのせいか鉱石場では計画的に掘った形跡は無く、至るところで採掘された結果足場の不安定な状態になっていた。
そんな場所を康一とソーマの二人は歩いていく。
勇者として町中では常に注目を集めてしまうからという理由で偵察に、ソーマは気配察知が出来るということでその共にと駆り出された。
「調べたんですか?」
「んにゃ、ついさっき炭鉱夫のオッサンに聞いてきた」
「そんな時間ありましたっけ?」
「こーいうのはさらっと聞くってやり方もあるもんさ。現地のことは現地の人が一番良く知ってるし、目の当たりにしてるから話す内容も的確で無駄がないんだ」
へぇ、と感心する康一に大したことじゃないとソーマは笑った。
そんな風に話しをしながら周囲を見渡しながら歩いているとソーマがふと足を止める。
「どうしました?」
「ん?いや……何て言うか、何かいそうなんだけどものすごいあやふやっていうか」
歯切れの悪いソーマは注意深く辺りを見ると岩場の影に何かいると感じた。
何かあれば直ぐ対応出来るように懐の短剣に手を伸ばして近づくと、岩場から影が出てきた。
「っ!?」
「わわっ、待ってくださーい」
なんとも間延びしたような声で出てきたのは黒髪の幼い少女だった。
「お、女の子?」
「なんだってこんなところに」
驚く康一に、魔物じゃなくて良かったの胸を撫で下ろしたソーマは懐に伸ばした手を戻した。
「あのぅ、私ここで働いてるお父さんの娘でしてぇ。昨日お父さんに会いに来た時に落とした耳飾りを探してたんですー」
そういうと少女は手に持った耳飾りを康一達に見せる。
「そうだったんだ。でも、一人で来ちゃダメだよ?今日はもう炭鉱は休みにするって言われたでしょ?まだ明るい時間でも魔物がでないとは限らないんだから」
「……はぁい。そうでしたぁ、今日はお仕事お休みって聞いていたのに。でもぉやっぱり耳飾りが気になってー」
康一に注意を受けたのが堪えたのか、声のトーンが下がった少女はうつむいて話す。
「大切なのはわかったがここはもうじき危険だ。早いとこ戻らなくちゃな。送っていくよ」
「大丈夫ですよぉ。なんたって地元の子ですからー。それよりもお兄さん達は魔物を倒しにきてくれたんですよねー?」
「うんそうだよ」
「わわ、やっぱりぃ!私、応援してるので頑張ってくださいねー?」
ヒョコヒョコと康一に近づき少女は笑みを浮かべた。
「お兄さん達が頑張るのをぉ、私スッゴク期待してますからぁ」
「――あ、うん。任せて。だから君も速くお家に戻って、ね?」
「はぁい」
そういうと少女はトコトコの町までの道を駆けていった。
その背中が見えなくなるまで康一は視線を逸らすことが出来ず見詰めていた。
「心配なのは分かるがあそこまで行きゃもう大丈夫だろうよ」
「――はい、そうですね」
そうして康一はまた辺りの偵察に戻る。しかし頭に浮かぶのは先の少女の笑顔。
(なんだったんだろ、あの感覚)
変わった口調だが可愛らしい少女。しかし最後に見せたあの笑顔がどうしても頭から離れない。
それは康一が人の顔色を窺うのが他人より少し優れていたから感じた感覚。
(あの子が期待してるって言ったときの顔、無邪気な感じじゃなかった。まるで大人が目下の人に期待を掛けるかのようなプレッシャーがあった、そんな訳ないのに)
何故あんな少女にそう感じたのかわからないまま、康一はその悩みを胸に仕舞い込み、それよりも先ずは己に課せられた事をこなさねばと頭を切り替えた。
太陽が傾きかけたのを頃合いに康一達は町へと戻りクーガー達と仕上げに取り掛かる。
そして夕暮れが訪れる。




