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103話

 手合わせを済ませたクーガー達は最初に互いに紹介を交わした部屋へと戻っていく。

戻る道すがらライアットはクーガー達の実力を上方修正し今後の戦いの展望に僅かだが確かに光明が差す。

最初に感じた上手くいくだろうかという不安も払拭された。クーガー個人の実力から見てパーティーの力も不足無しと見たライアットはこれからの予定を頭に浮かべた。


「それでは改めて今後について話しておこう」


 部屋に戻り各々席に着いて一息ついたところでライアットは口を開く。


「今回はウォレスから北にあるサカリアという町の付近で魔族らしき発見報告があった」


「サカリアって国境付近のあの町よね?」


 国境付近と言われソーマは驚きそれにクーガーはどうしたと問うた。


「国境付近はここ十年おびただしい数の魔物が徘徊していて国を越えるのも一苦労で限られた回数しか他国に行くことが出来ないでいる」


 十年前の大戦の後からローランド王国を囲うように魔物達が跋扈するようになった。そのせいもあり、ローランド王国は他国との交流が次第に尻すぼみになっていき、今では極限られた回数でしか交流が無い状態だ。

 その上他国でも魔物は頻繁に偶発しており、ローランド王国の救援に向かわせる纏まった軍隊は出せない事も相まってローランド王国はじわりじわりと劣勢を強いられていた。

その状態を危惧して勇者召喚の儀を執り行い、呼ばれたのが康一である。


 自分がこの世界に来てから得た知識を確りと補完されたクーガーは成る程と頷く。

それを見たシータがそんな知識も無くて大丈夫かと溢すが、ルセアがその辺りは興味がないのよとフォローになっているか微妙なアシストをする。


「国境付近の魔物の多さで住民が離れた町も少なからずある。その中でもサカリアは町の周囲に鉱石が採れる場所がある事から城の兵士を駐在させ、町の機能を維持してもらっている」


 鉱石の重要さは今さら問うまでもない。魔物との戦いに望む為の武具の大半の原料となり、生活を支える道具の元ともなる物だ。

それらを発掘してくれる町の住民がどれ程大切かを知っているから国として兵士を派遣しているのだ。


「被害とか出ているの?」


「町の住人達には被害は出ていない。ただ、採掘場の近くで魔物の出現件数が日増しに増えている」


 魔物の出現数の増減の理由は多数にある。討伐すれば減るし、放っておけば数は増えていく。

しかし今回は駐在している兵士が退治しているにも関わらず増えていっているのだ。このような場合に考えられる理由の一つに魔物を率いる魔族がいるということが挙げられる。


「それでその魔族というのは?」


「はっきりと確認が取れた訳ではないらしいが、夜間の戦闘の時にトロル程の巨体の影があったという。普段サカリアの周囲で見かけるタイプでは無いためこれが魔族ではないかとの事だ」


 急な魔物の数の増加、普段見られない姿の魔物の影。判断材料は少ないがそれでも魔族ではないかと推察するには十分だと判断がくだったのだ。


「今回場所が国境付近と遠出になるため出立は翌日の早朝。必要な物があれば言ってくれて構わん。可能な限りは此方で用意をしよう」


「マジ!?ってことは欲しかったあの短剣も買ってもらえるってことか!?」


 ヒャッホウと喜ぶソーマ。激戦を共にするなら当然の事だと続けたライアットの言葉にソーマは値段的に手が出なかった武器を思い浮かべ、店の名前と品名を伝える。


「クーガーさん達はいいんですか?」


「今さら装備を変える必要はないな」


「私も慣れた奴じゃなきゃ困るものね」


「私も遠距離からの支援なのでそこまで必要になるものはないですね。あ、ですが遠出となれば薬草や解毒の類いは少し欲しいですかね」


 クーガーの武器は以前ギルドマスターの弟であるオテロから渡された一点物のハンマーであり、既存の武器では代えようが無いためそもそも選択肢には入らない。

ルセアも手甲であり、尚且つその戦闘スタイルから防具も身軽な服装の上に胸当てだけと動きやすさに比を置いているため、新調しても馴染むまでに時間が掛かるためこちらも選択肢にはない。

コーラルは遠距離からの魔法の詠唱を主とするため装備に掛ける重要性は低い、その代わり魔力の消費を抑えることにも繋がる治療用の道具をとライアットに掛けあった。


「それにソーマの場合はあれでいい」


 ソーマの使用する武器は短剣であり、クーガーのハンマーやルセアの手甲と比べ消耗の激しい武器の種類である。

その為ソーマは普段から手持ちの短剣のメンテナンスは勿論、多種多様な種類の短剣を買い集めている。ゴブリンやコボルトなら切れ味鋭い物を、外装か固そうな魔物には耐久性がある物など、用途によって使い分ける為に数は多ければ多い程いいのだ。


「装備に道具に、毎回買い込むもんだから懐具合が寂しいのよね、アイツ」


 クーガー達は周りから異常と思われる程に毎日のように討伐依頼に赴いている。その為他のパーティーよりも実入りは確実に多い。しかし入ったら入った分だけ次の為にと使い込むソーマは毎回金の遣り繰りに多少の苦労がある。だがその甲斐もあってソーマ自身の力は確実に上がっているし、道具も役立つ事もあるのでクーガー達はとやかくは言わないのだ。


「そうなんですねぇ」


 普段城の者としか関わりのない康一にしてみれば新鮮なやり取りを目の当たりにして内心浮かれていた。

いきなり新たなコミュニティが発生したことでどう接すればいいか分からず、もっと踏み込んだ方がいいのかそれとももう少し時間をおいた方がいいのか悩んでいる。

そしてそれを察したリフルが横からスッと言葉を発した。


「あの、もし宜しければこの後食事でもご一緒にどうでしょうか?」


 時間は丁度昼頃。朝からの紹介を言葉と物理で交わしあって確かに腹が空いてくる頃合いだった。


「メシか」


「良いんじゃないかしら。だってこの後何かある訳でもないのでしょう?」


「明日に備えて準備を怠るんじゃないわよ」


「大丈夫。寝る前に枕元に揃えて置いておくから」


「遊びに出る前の子供か!?」


 ルセアとシータは互いに幼馴染みの関係性もあり、遠慮のない物言いを交わす。

勿論それを知らない者達は両者の姿に驚くが直ぐに理由を聞いて納得。


 その後、ならば親睦会ということで全員で食事を取る事が決まり、場所は何の料理かと意見を交わし、最終的には勇者一行が向かえば人が集まるのでは?という危惧から城内で食事をすることが決まった。


「ふふっ」


「どうした?」


「あ、いえ。その、何かこんなに沢山の人でこれから食事をとると思うとなんか楽しみで」


 康一は生前の殆んどを病院の個室で過ごしていた。家に帰れるのも稀で、食卓を囲んでくれるのは両親とたまに来てくれる親族のみ。

勿論それに不満があった訳ではないし感謝の気持ちしかない。でも、ふとした時に気心の知れた大勢の友人と共に食事をしてみたいと思う事も確かにある。

それが叶った訳ではないがそれでもこの人数は康一にとって大勢の内に入る。ただそれだけの事だが、それが嬉しく楽しみなのだ。


「そうか」


「だから精一杯楽しまないとなって思って」


「そう気負うな。別にこれが最初で最後になるわけじゃないんだ。魔族を倒して戻ってきたら祝勝会と名を変えてまたやればいい」


 またとない機会だからと意気込む康一に、機会なんかこれからいくらでも作れるとクーガーは言った。

戻ってきたらまた食事をするぞと、しれっと含ませて。


 そう言われたのが嬉しくて康一は屈託のない笑顔で頷いた。

出来立ての料理の香りが直ぐそこまで香ってきていた。











 ウォレス郊外の廃城。魔方陣が描かれた大広間に怒号が響き渡る。


「一体どういう事だッ!?私は仕留めろと言った筈だ!なのに逆にやられるなどという間抜けな報告をしおって!」


 声の主は報告をしたコボルトの魔族の首を掴んで締め上げている。

魔族コボルトは必死になって手を解こうと足掻くが万力のように締め上げる指一本すら外すことが出来ず呻くしか出来ない。


「何を呻いている私はどういう事だと聞いているんだ貴様の薄汚れた口から弁明の言葉を聞いてやろうとしているのになんだその態度は貴様ァ!!」


「ジェレミア様ー。そいつもう死んでるー」


 そんな中聞こえた間抜けな声でジェレミアは魔族コボルトが既に事切れているのに気付いた。


「~~~ッ!!ゴミがッ!!」


 無造作に投げ捨てかざした掌から放った炎で魔族コボルトを焼き尽くす。

肉は焼かれ、骨までも灰にされた魔族コボルトは最期に苛つくたジェレミアに足蹴にされ宙に消えていった。


 ジェレミアは肩で息を切らせながら吸血鬼たる紅く輝く瞳をギロリと間抜けな声を発した同胞へと向けた。


「だいたい貴様も付いていながらなんて様だクルース!私は言ったはずだ、人間の騎士共がコソコソと動いているから何をしているか暴き殺せと!!それが魔王の心臓の在りかに近づける重要な案件だと伝えたはずだ!!」


 吸血鬼であるジェレミアの野望。

遥か昔に滅んだ魔王の復活。此処に描かれた魔方陣はその儀式の為のもの。そして復活の核となるモノこそが魔王の心臓。


 かつてそれがローランド王国に隠されている事を知ったジェレミアは魔物を煽動し大戦を引き起こした。結果はジェレミアが深手を負って敗走したことによりなし崩し的に魔物の軍勢が引き下がった形になった。


 そこからジェレミアは傷を癒し、次こそは本懐を成し遂げる為に準備を整えた。そんな中、勇者が召喚されじわじわと追い詰めていた人間達が勢いを盛り返してきた。

予想外の事に苛つきが募るジェレミアの元にワーウルフの魔族であるガラルドからもたらされた吉報があった。

 十数人程度の騎士達が外れの町を何度か訪れたと。

それを聞いたジェレミアはきっと大々的に動かない騎士達の動きから秘密裏に為したい事柄であると判断し、直属の駒を使い調査に当たらせたのだ。


 そこまでしたのに結果が得られなかった事に怒りを露にするジェレミアはその当事者に詰め寄っている。


 クルースと呼ばれた吸血鬼は端から見れば少女のような愛らしい姿をしている。黒を基調としたフリルのついた衣服、肩まで伸ばされた銀髪、左側頭部に付けられた髪飾りも合わさってその印象は強い。

しかしその吸血鬼の証しでもある紅い双眸を細めると可憐な容姿からは考えられない妖しげな笑みを浮かべ首を横へ傾けた。


「そう怒らないで下さいよぅ。私も最初はちゃんとプチって殺っちゃうつもりだったんですけどー、思いの外に人間達が出来る雰囲気だったんですぅー」


 力の入らない喋り方にジェレミアの苛つきは増していくが、クルースは構わず続けていく。


「でもー、それだけ強い奴だったってことはー、重要な案件に当たっているっていうのは間違いと思いますぅー」


「ならば何故痛め付けてでも吐かせなかったそれすらも出来ないなら奴らの足を鈍らせる為に殺しておかなかった!!」


「わわ、あんまり早口でまくし立てないでくださいよぅ。だってぇ何かを運んでいる様子はなかったからぁ、じゃあきっと情報を持ち帰ってるんだぁと思ってぇ。でもー痛め付けて有象無象な事を話されても困るしー、あまり断片的でもイヤだったからー、だったら中に入って聞けば確実じゃあないですかぁ」


 中に入った方が確実、そう聞いたジェレミアから苛つきが抜けていく。


「使ったかインフェクトバットを」


「はいー。ブラックちゃん達に紛れ込ましてカプっ、てぇ。感染させてから一週間程ぉ、順調にいけばぁもうそろそろで言うことを聞いてくれるようになりますよぉ?」


 妖しく笑うクルースにジェレミアは獰猛に笑う。


「だからー、その間にお邪魔な勇者達にはー離れてもらわなくちゃいけないからぁ、ミレース姉様にぃちょおっとお手伝いして貰ったんですー。ねー?」


 クルースの呼び掛けに答えるように暗闇から現れたのは姉と呼ばれた吸血鬼。

幼く可憐な印象のクルースとは対象的に妖艶な肢体を際立たせるような黒いドレスを纏い、腰まで伸ばした銀髪をたなびかせ、その容姿に相応しい妖しい笑みを浮かべた吸血鬼、ミレースがクルースの隣に並び立つ。


「可愛い妹の為ですもの、当然のことよ」


 クルースの髪を撫でながらミレースは微笑む。そしてジェレミアに自分の活動を報告する。


「国境の町の近くに丁度良い鉱石場があります。そこで魔石を用いてゴーレムを組み上げました。一息に町を滅ぼせば大軍が押し寄せてしまうため、付近で暴れさせるに留めておきました」


 大軍が動けば吸血鬼の存在を一番に危惧しているウォレスの将軍らの警戒度がはね上がってしまう。そうなってしまえば魔王の心臓の情報はさらに厳重にまもられてしまうだろう。

 それでは困るのだ。業腹だが勇者が調子に乗ることで初めて魔王の心臓近辺に付いての情報を手に入れたのだ。ならばここは雑に動くべきではないとミレースは判断した。


「インフェちゃんの効果が効いたらジェレミア様もミレース姉様も対象の人間は動かせますのでー、私は勇者達をプチプチしてきますねぇ」


「ゴーレムがいるとはいえ無茶はダメよ?本命は情報の確保、勇者達は足止め出来ればいいのだから」


「だが無様な敗走だけは許さん。せめて一人でも屠ってくることだ」


 先程までの苛つきはすっかり消え去り、笑みを浮かべるジェレミア。

インフェクトバットに噛まれた人間はその体内にインフェクトバットの血を流し込まれる。流し込まれた血はゆっくりと混ざりバットの因子を人間に馴染ませていく。

バット達は吸血鬼の忠実な僕であり、意のままに動く。それはバットの因子が馴染んだ人間も例外なく、だ。


 敵の本拠地深くに入り込める傀儡を手に入れた事に声を上げて笑うジェレミア。

流れは傾きこれで決定的に掴める。悲願は近いと顔を狂喜に歪ませるのだった。

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