100話
「はい、終わりましたよ」
「ありがとうコーラル」
そう礼を言ってルセアは服を着始める。魔法によって治癒された身体は傷があったとは思えないほど綺麗なものだった。
「お気になさらず、それより傷が残らなくて本当に良かった」
杖を傍らに立て掛け、水の入ったコップを手に取り喉を潤したコーラルは安堵の息を吐く。
傷を直すのならばそこまで気を張る事はないが、痕も残さずとなると少し変わってくる。
傷の大きさはや程度は勿論、時間が経てば経つほど確りと刻み込まれ完全な治療は難しくなる。今回に関して言えばルセアが応急措置を行ったこと、経過が一日程度ですんだお陰もあり痕一つ残さず治療を終えることが出来た。
「持つべきものは頼りになる仲間よね。また何かあったらよろしく頼むわね」
「そもそも無茶を控えて欲しいんですがね」
「今回に限って言えばクーガーにも責はあるから話し半分程度に貰っておくわ」
「ではクーガーさんにも今の倍位話しておくので、ルセアさんにも不足分は今お話ししても?」
「………善処は、するわ」
「ええ、是非とも」
ニッコリとしたコーラルの笑顔、優しいはずなのに何故か感じる圧力にルセアは絞り出すように答えた。
穏やかな人物が怒るというのは本当に怖いと実感したルセアだった。
「それより早く行きましょ。二人はもう待っているんでしょ?」
「そうですね。確か今のうちに村長と話しを済ませておくと言ってましたね」
報告と依頼終了の手続きを済ませてくると言った二人。そう時間はかからないと言っていたが、それでもあまり待たせることもないと部屋を出ようとすると件の人物が戻ってきた。
「入ってもいいか?」
トントンと、扉を叩いて声を掛けてきたのはソーマ。治療は終わってるので構わないと返すと扉を開けて部屋に入ってきた。
「お疲れさん。こっちも丁度終わったんで戻ってきましたよっと」
手に持つ書類をヒラヒラと揺らしながらソーマは言った。するとルセアはアレ?と首を傾げた。
「クーガーは?」
二人で行ったというのに戻ってきたのはソーマ一人。もう片方はいったいどうしたと聞くとソーマは書類を畳んで懐に仕舞ってから答えた。
「なんかちっこい兄弟が来てな、クーガーに話があるみたいだから村長んとこには俺一人で行ってきた」
わざわざ何の用だったんだろうな、と語るソーマ。対してちっこい兄弟と聞いてルセアが思い浮かべたのはエイプ討伐へと出立する前に見かけたあの幼い兄弟。
クーガーの過去を聞いた今ならルセアは分かる。クーガーがやけにあの兄弟を気に掛けていたように見えたのはきっと過去の自分と重なるものがあったのだろうと。
そんな風に思っていると不意に扉が開かれた。この部屋に用がある者は限られている。しかも扉をノックもせずに入ってくるのであれば残りは一人だ。
「すまない。少し遅れた」
そこにはいつも通りの調子のクーガーが入ってきた。
「ノックもせずに入ってくるなんて無用心じゃないか?ルセアの治療が終わってたから良かったもんを、治療中ならそっちが新しく怪我を負ってたぞ」
「お前の声が聴こえたからな。問題無いとわかってたさ」
それもそうかとソーマは納得した。この男に限ってそんなハプニング的な展開は望んでもそう起きるものではないと改めて実感した。
「それより話しをしてた兄弟って、村を出る前に話しをした子達よね?」
「ああ」
「それで?どんな会話をしてたの?」
「どうって、別にそこまで対した話しじゃ――」
無いと言い切ろうとしたところにルセアがズイと一歩近づく。
私、気になります。だからとっとと話せ。
目を爛々と輝かせながら迫るルセアにクーガーは少し後ずさった。
洞穴で自分の過去を話したからか、ルセアのクーガーに対する遠慮というか距離感というか、分かりやすく言えば良い意味で馴れ馴れしくなっていた。
勿論共にしたパーティーであるからソーマとコーラルもこの感じかたの違いに気付いた。
ソーマは自棄にグイグイいくルセアに驚き、コーラルは何故かニヨニヨした笑みを浮かべて二人を見ている。
その二人の様子を見て端から期待はしてはいないが、援護はどうやら無さそうだと判断したクーガーはついさっきの会話を語った。
「礼を言われたよ。魔物を倒してくれてありがとう、って」
「それで?」
まさかそんな短いありきたりなやり取りで終わりな訳はないだろうとルセアは追撃の手を緩めない。
クーガーは少し気恥ずかしそうに頬を指で掻きながら続けた。
「兄の方が言ったんだ、その…俺みたくなるって。それで弟と一緒に大きくなったら村の人達を守るんだと」
思い返すは力強い瞳でクーガーを見つめそう宣言した兄弟の兄の姿。決意に満ちた宣言は独りよがりのモノじゃなく、手を繋いで共にいた弟と力を合わせて成し遂げるんだとそう言ったのだ。
その言葉を受けてクーガーの胸に沸き上がった感情は何だったか。兄弟の宣誓に対する感動かもしれない、在りし日の自分達が望みながらもついぞ叶えられなかった憧憬を見た哀愁の籠った喜びかもしれない。
だが何にしてもクーガーにとって良いことだったのは間違い無かった。
だって語るクーガーの表情が見たこともないくらいに穏やかなものだったから。
その後、荷物を纏めその日のうちにオネッサ村を発ちウォレスへの帰路を進む一同。
先程は珍しいものを見たと満足気なクーガーを除く三人に、居心地の悪さを感じたクーガーは空気を変えるべく、本当はギルドに戻ってから話そうと思っていた話題を切り出した。
「少し話したい事がある」
そして話すはギルドでのシグマとの会話。勇者一行に追従するパーティーの選出の話しと、それを受諾するかどうか悩んだ経緯とこれからの事を含めて全てを話した。
一度話しを聞いていたルセアは勿論驚く事はなく、ソーマとコーラルの反応を待った。
その二人の反応だが概ね予想通りのものだった。
内容の重大さに驚き戸惑うソーマ、重大さを理解しつつも既に答えは決まったと締まった表情をするコーラル。
「あー、ちょっと待ってくれ。取り敢えず話しは理解した。んでもって多分俺以外の全員が乗る気だってことも分かった」
この話しをし出した時点でクーガーがやる気なのは勿論、ルセアは言わずもがなだし、コーラルも教会からギルドに来た理由を思い出せば当然の結果だ。
して自分はどうだと思案にふけるソーマ。いつもならそんな危険な依頼駄々を捏ねれるだけこねるだろう。だって危ないのは嫌だし。
しかし今ソーマの気持ちは驚く程落ち着いている。
(これも成長ですかね…。いやコイツらに染まった?なんかそれは流石にださいな、やっぱ成長ってことで)
ビビるだけの自分はもういないのだ。ならここにいるのは上り調子の自分だ。そんな自分が嫌だとごねるか?――まさか。
「ここで俺だけ反対ってのも格好つかないもんな。いいぜ、乗ったよその話し」
見栄でもなく虚勢でもなく本心でソーマは告げた。まだ俺なら出来ると大言壮語を言えるほど自信はないが、コイツらとなら何とかなると思う程には信頼している。
「あ、言葉に出すのを忘れてましたが私も同じ気持ちですので」
口に出さねば意味はないですからねとコーラルは笑った。それならとルセアも続いて口を開く。
「勿論私も賛成よ。ちゃっちゃと魔物も魔族もぶっ倒してやるわ!――ね」
クーガーに対してウインク一つ。受けたクーガーもああと返して疑問に感じることはない。
話しは纏まった。後はギルドに戻りシグマに話しをするだけだと再び歩みを進めるクーガー達。
先を行くクーガーとルセア、その後ろをほんの少し距離を空けてソーマとコーラルはひそひそと言葉を交わす。
「やっぱりアレ何かあったよな?ルセアの奴あんなにクーガーに対して馴れ馴れしくなかったはずだし」
「何かあったのでしょうねぇ」
「クーガーの奴も少し押されるように見えるが別に何か言ったりするわけでもないし、受け入れてるように見えるしな」
「そう見えますねぇ」
「まさか恋仲?流石にそこまではありえないか。つかそんな状態の二人が想像つかねぇし、まぁ関係が悪くなるよりは全然良いのか…?」
「良いのでしょうねぇ」
何かあったなと勘ぐるソーマにコーラルはずっとニヨニヨした笑顔で答えるだけだ。
「…何か楽しそうじゃないですか?」
「ふふ。エルフは長寿なもので、人のああいう心の機微が変わっていく様はとても興味を引かれるのですよ。それも色恋沙汰になりそうであれば尚更のこと」
その時のコーラルが何故か近所の世間話が大好きなおばさんに見えてしょうがないソーマは首を振ってその影を飛ばした。
「クーガーもそうだがルセアの奴が恋愛なんざ想像に難しいが」
「だからこそ良いんですよ。そのもどかしさやじれったしたは個人的に好物なので」
「野暮な深入りは止めた方が絶対にいいぞ?」
「そこは勿論細心の注意を。でなければ馬の蹴りより痛い拳が飛んでしまいかねないので」
普段の聖職者の顔はどこへやら。人間味があると言えば聞こえは良いが、仲間の意外な俗っぽい一面を見れたから良しとするかとソーマは一人納得した。
四者四様、育んだ信頼と少しの切っ掛けを経て、また一つ成長をしていく。
目標を見つけ、夢を語り、理想を目指し、見守る喜びを噛みしめ。
パーティーとしての絆を強めていく。
この先の戦いを生き抜く力となるには間違い無かった。
読了ありがとうございます。
遅筆ながら読んでくださる方々が居てくださることで意欲を失くさずここまで書き続けられました。
次回の更新はまた少し間が空きますが、気長にお待ちいただけたら幸いです。




