99話
「フッ――!!」
短く息を吐きハンマーを振るう。鋭く、速く。凡そ一般的なハンマー使いでは見られない武器捌きで三体のエイプを相手にクーガーは立ち回る。
ただ振るうだけでなく細かく移動しながら行うことで三体に囲まれるのを避け、常に視界の中に相手の姿を入れるように位置取る。
だがそれでも回り込むように動くエイプもいる。しかしその動きは。
「キラーが一体貴方から見て右に少しずつ回り込んで来た!」
ルセアが見逃さない。クーガーの後方で全体を見据えているルセアは、クーガーが相対していないエイプの動きを注視している。
そして言葉を受けたクーガーは巧みに武器を振るいつつ体勢を変えてエイプ達をまた同じ方向に誘導する。
「ギィッ――――!!」
攻めきれないもどかしさからか歯を剥き出しにして唸るエイプ達。たかが一人、されど同胞を殺した相手として全力で仕留めに掛かっているのに今回は傷一つ付けられていない事実がエイプを更に苛立たせた。
攻めきれない原因であるルセアを睨むがその間には必ずクーガーが立ちはだかり絶対に近づかせない。それがまたエイプ達を苛つかせる。
その様子を見て一つ息を吐くクーガー。軽く体の状態を確認して、傷の影響はほぼ無いと確信するとまた強く武器を握りしめる。
そしてチラと後ろを振り返りルセアと視線を交わす。ルセアは任せろと言うようにニッと口角を上げるとクーガーも同じ様に返した。
事前に打ち合わせた通り、クーガーが前衛を務めてルセアが後方でエイプ達の動きを伝える。それでも多少の劣勢は覚悟していたが、予想以上にルセアの観察力が良く、エイプの行動に後手に回る事がほぼ無かった。
それらが十全に機能して今エイプ達を相手に無傷で立ち会えている事実がクーガーの士気を高まらせる。
「その調子で頼んだ」
「頼まれた!」
クーガーは駆け出しエイプに迫る。この戦いにおいて初めての攻勢。それでも今なら行けるという根拠がある故の行動。
そしてルセアもその根拠の一端を担っていると分かっているからこそ集中力を高める。
(相手はクーガーの攻勢に驚いて動きを止めてる。多分攻撃が来るまで行動には移らない)
ルセアの予想通りエイプ達はクーガーが武器を振るう事で漸く回避をしその場から飛び退いた。
(バラバラに飛んだ。クーガーは…近くにいるキラーに狙いを定めた、なら――)
視線を移し、クーガーが相対していない二体の動向に注視する。
接近戦を主とするルセアにとって相手の動きの機微を見極めるのは必要な能力である。
動きを見極め、相手の攻撃を受けずに自分の拳を徹底的に叩き込む。そうして培われた眼は、戦場を見渡すソーマとコーラル、戦況の流れを見るクーガーともまた別の強みとなる。
(飛び退いた一体のキラーはビーストに合わせようと様子を伺っている。そのビーストは足に力を込めて飛び付く準備をしている)
あの調子じゃ後数秒には攻撃を仕掛けるだろう。そう感じたルセアは視線はそのままにクーガーに声を投げる。
「ビーストが後数秒で仕掛けてくる!」
「分かった!」
受け取ったクーガーは大振りを控え、直ぐに次の行動に移れるように攻撃を細かく、素早くと変える。
防戦に回ってる目の前のキラーエイプを攻撃しながら立ち位置を微妙に変えていく。
「―――きたッ!!」
ルセアの声と同時に感じる殺気、それを合図にクーガーはハンマーを目の前のキラーエイプの胴体に当て、位置を逆にするように振り回す。
「ギッ!?」
いきなり目の前に放り出されたキラーエイプと飛びかかってきたビーストエイプはどちらも止まる事が出来ず衝突した。
ビーストエイプに追従していた残りのキラーエイプはまさかの事にその足を止めた。
「動きが止まった!今がチャンスよ!」
「言われなくても!」
ルセアがそう言う時にはクーガーは素早く接近して攻撃の体勢を整えていた。
力強く踏み込み渾身の一撃を呆けてるキラーエイプの顔面に叩き込んだ。
「オオオッ!!」
そのまま地面目掛けて振り切りその頭部を粉砕した。
残った胴体を踏みつけ、クーガーは残り二体を睨んだ。
「さて、これで漸く数では五分になった、が」
ハンマーを振るい、付いた血を払い飛ばす。その間も呼吸を整えるのも忘れない。
体力も魔力も予想より残っている。ルセアが果たした役割がいかに成功したかそれで理解出来る。
「形成は確実に此方に傾いた」
そして一度掴んだ流れを易々と放すほどクーガーは甘くはない。
ここから残りの間、全開で挑んでも問題無いと判断したクーガーは体に魔力を流し始める。
「ギっ…!キキ……ッ!!」
「あっ!?アイツ逃げる!!」
最早不利を避けられないと察したキラーエイプがジリジリと後退するのをルセアは見逃さなかった。
しかしクーガーは慌てることなく大丈夫だと一言返した。
何故と問うルセアの疑問はキラーエイプの背後から飛翔する物体が答えとなってやって来た。
「―――ッ!?!?」
無防備な背中に突き刺さったのは二本の短剣。無警戒な後方からの攻撃でキラーエイプはその場に膝まずく。
突然の襲撃に何事かとビーストエイプが振り返ると、木々の向こうから飛び出す影が。
「生命を包む柔らかな風よ――敵を貫け!『ウインドアロー』!!」
飛び出したソーマは勢いそのままに跳躍する。位置的に太陽を背にしておりビーストエイプは陽の光で視界を潰された。
その状態で放たれた風の矢はビーストエイプに迫るが無事な右腕で顔を被うことで直撃を避ける。阻まれた風の矢は右腕に刺さりはするが貫くには至らず消滅した。
だがそんなことは想定ずみ。ソーマはそのままビーストエイプの右腕を蹴って横に飛び退き、大砲の射線を開けた。
「生命を導く聖なる光よ、その極光を持って我が眼前の敵を灼き払え――――『エクソキュート』!!」
直後、圧倒的な光線が放たれた。陽の光に照らされた朝だというのに、尚も白く輝く光線はビーストエイプを呑み込みその体を焼き尽くす。
衝撃による粉塵が舞う中、ソーマとコーラルはクーガー達の元へと近づこうとするが、クーガーはそれを制した。
「どうやら相当往生際が悪いらしい」
粉塵が風に拐われ晴れていく。その中から大きな影が浮かび上がりその姿を晒した。
「そんな…、私の持つ攻撃魔法でも最高クラスの威力なのに」
自信のあった一撃で仕留めきれなかったと驚愕するコーラルにクーガーはその理由を話した。
「お前に落ち度はねぇよ。やつが当たる直前にキラーエイプを肉盾にした、それが原因だ」
よくみれば傍らに倒れていた筈のキラーエイプの姿がない。魔法を放った瞬間では射線にはギリギリ入っていなかったはずなのに。
「だがそれでもアイツをあそこまでボロボロにするんだ。頼りになることこそあれ、乏す理由は一つも無い」
生き延びたビーストエイプの全身は黒く焦げ、右腕は盾にしたキラーエイプもろとも焼かれ、右肩から消滅していた。
それでも憤怒の感情だけで生き足掻いている。
「ヒュー……!ヒュー…………ッ!」
息すらまともな状態ではなくとも、それでも血走った眼でクーガーを睨んだ。
「どんな執念だよ…。今の魔法を放ったコーラルよりクーガーにしか向いてねぇ」
「それだけソイツの恨みを買ったか。丁度いいさ、止めは俺が刺したかったからな」
クーガーはフィジカルエンチャントを済ませ万全の状態でビーストエイプへと迫る。
「――――――――!!!」
ビーストエイプが吠える。
右腕は肩から無くし、残った左腕も使い物にならなくてもそれでも殺すと殺意だけを乗せてクーガーに叩き下ろす。
「真正面から捩じ伏せさせてもらうッ!!」
クーガーが猛る。
武器を構え腰を落とし、溜めた力を全て解放して相手の攻撃もろとも打ち砕くと決意を持ってハンマーを振り切る。
両者の衝突は拮抗することなく、クーガーのハンマーがビーストエイプの腕を砕き押し潰していく。
そしてハンマーを振り抜くと左腕の肘から先を吹き飛ばした。
「ギ、アッ…!?――――アアアッ!!!」
「!――不味いッ、クーガー!ソイツ噛みついてくるわ!」
両腕を失くしてもまだ足掻くとなればその強靭な牙で相手を噛み千切るしかないと、ルセアはビーストエイプの行動の機微を察した。
クーガーはハンマーを全力で振りきっている。少なくとも返しの刃で攻撃、と言うわけにはいかない。だから避けてとルセアは叫んだ。
牙を剥き出しにして迫るビーストエイプにクーガーは避ける素振りを見せず、柄から右手を離して左手一本で体が流されないように踏ん張る。
「ってオイ!右手一本でどうするつもりだ!?まさか殴るつもりじゃねーだろーな!?」
「いや、クーガーさんの事だからそこから何かあるはずですは!」
慌てる二人に構わずクーガーは右手に魔力を込める。片膝を付いて右の掌を地面に押し付け、口を開いた。
「『アースチェインジング』!!」
魔力を大量に消費することで無理やりに呪文を短縮し魔法を発動させる。イメージは単純に明確に、後は残った魔力を全て注ぎ込む。
触れた地面が淡く輝き、掌の少し先の部分が隆起し鋭利な先端を持つ柱が造り出された。
岩柱はビーストエイプの口内に突き刺さり、そして貫いた。
「ゴ……ッ、オォ………ァ……」
貫かれてなお、最後の最後までクーガーを睨んだままビーストエイプは事切れた。
「終わった、か?」
「ええどうやらそのようです」
回りの静寂が戦いが終わったことをこれ以上なく告げる。
良かったと気持ちが弛んだその時、クーガーの体がふらと傾く。
「クーガー!」
いち早く気付いたルセアが駆け寄る。倒れたクーガーは体を仰向けにし、顔を横に向けると咳き込む。少量ではあるが血を吐き出すのを二度三度繰り返すと、顔を空に向けた。
「無茶し過ぎよ、バカ」
「想像以上に、しんどいものだな…」
「当たり前よ。それで傷の程度は?」
「頭が重い、右腕が痺れるが動きには問題ない」
本来ならば積み上げた修練度によって可能になる詠唱短縮を無理やり行ったのだ。魔法が失敗すればその反動で体の内側に生じる負傷はとてつもないものとなる。それを力業で成功させた上でこの程度で済んでいるのであれば言うことはないレベルだ。
「ったく。お前がその調子じゃ何も言えなくなるじゃねーのよ」
そう愚痴るソーマだが表情は明るい。こうして全員が無事に集まれた事に喜びを出したいが、先輩としての見栄もあって余裕の態度を取っている。
「治療を行いたいですけどその分ならば村に戻ってからにしましょうか」
「それが良いでしょ。村の人達も心配してくれてたし、何よりそっちの方が落ち着く」
ならば急げとソーマはクーガーを背負おうとするがそれより早くルセアが背負っていた。
「何してるのオタク」
「何って村に戻るんでしょ?ほら、早く行くわよ」
何当たり前の事をと言っているのかという風な顔をしたルセアに、お前も怪我してるじゃねーかと説き伏せてクーガーを引き剥がした。
そしてクーガーはソーマに背負われて村へと帰投する。
その間疲れで口を動かすのも億劫なクーガーは次からは帰れる体力位は残しておこうと密かに心に決めた。