8話
翌日、朝早くからクーガーはシグマに連れられてウォレス内にある教会に来ていた。
「着いたぞ、ここがミトス教会だ」
ミトス教会。ここに来るまでにシグマから聞いた話しを思い返す。
ミトス神を信仰し、その教えを守り、人々を魔物の脅威から守り、傷ついた人々癒すことを使命に活動をする者達が集う場所。
王国が魔物を倒すことを主とするのに対し、教会は防衛を主とする。それにより王国や冒険者ギルドの要請で戦場に向かうことはあるが、教会の聖職者が自ら出向くことはほとんどない。
「司祭には今日の朝に会ってもらえるように昨日のうちに手配しておいたからよ。それと、くれぐれも変な真似はするなよ、そんなことしたら全部おじゃんになるからな」
シグマから注意を受けながらクーガーは教会へと入っていく。
受付に用件を伝えると直ぐに奥の部屋へと案内された。
部屋の中では温和そうな顔をした老人が座っていた。
「待っていましたよシグマ。その方が昨日届けられた手紙に書いてあった人ですか?」
「ああ、それにしてもすまないな急にこんなこと……」
「ははは、構いませんよ。あなたとは、あなたの父親のガルシアの時からの付き合いですからね。他ならないあなたからの用であれば、さすがになんでもとはいきませんが微力を尽くしますよ。それにあまり遠慮されては寂しいですからね」
司祭の言葉にシグマは照れ臭そうに頭を掻く。旧知の仲という二人だからか、お互いの口調は堅苦しいそれではなく、とても自然な感じだった。
教会と冒険者ギルドのトップの二人。しかしその立場の者同士の会話とは思えないほど穏やかな空気が二人の間には流れていた。そして司祭はクーガーへと視線を向ける。
「初めまして、私はウォレスのミトス教会司祭、カナードと言います。貴方の名前を教えてもらえませんか?」
「クーガーだ」
「クーガー……、良き名前ですね。それで手紙によれば貴方は加護の儀式も受けずにレベルを持っているとか」
カナードの問いにクーガーは肯定を返す。
「なるほど……いや、別にシグマを疑う訳ではないのですが何分私も初めてのことなのでまだ信じ切れずにいるのです。何か証明出来る事はありますか?」
カナードの意見も尤もだ。いくら信頼のある人物から説明を受けても、自分の目で確認しなければ信じるのは難しいだろう。
クーガーは手っ取り早く証明するために背中に担いだハンマーを手に取り魔力を流す。
『エンチャント』
言葉と共にハンマーが淡く輝く。その光景を見てカナードは少し目を見開いた。加護の儀式を受け、レベルを得て初めて使う事が出来る魔法。それを目の前の人物が行った、それはシグマからもたらされた情報が真実であると証明するには充分だった。
「なるほど、確かに『エンチャント』が掛かっている。貴方がレベルを持っていることは間違いないようですね。しかし不思議なものです。昨日シグマからの手紙を読んだ後、過去に儀式を受けた人の名簿を確認したのですが、クーガーという人物が受けたという記録は見当たらなかった。貴方はどうやってレベルを得たのですか?」
核心を突いてくるカナードの言葉。シグマは慌ててクーガーをフォローしようと口を挟む。
「待ってくれ!カナードさん!確かにコイツについてははっきりしない事が多いが、これには色々と訳があってっ――」
「そこまでですシグマ」
ピシャリとたった一言でシグマを制す。その口調は穏やかでありながら、それでいて有無を言わさない強さがあった。
「あなたの言いたい事は分かります。手紙にも書いてありましたからね。彼、クーガーはイルガ村でオテロに拾われ、そして村を襲ったゴブリンを退治した。そんな彼が悪人ではない、だから彼に力を貸してほしい。そうでしょう?」
自分の考えを言われ、シグマは次の言葉が出ない。
「確かにあなたの弟の人を見る目はあると思います。そんな弟の頼みだからこそ引き受けたあなたの気持ちも分かります。しかし、私は司祭です。ここ、ウォレスにあるミトス教会の長なのです。私情で判断し、皆を危険に晒す訳にはいきません。だからこそ私は真実を知りたいのです」
その顔はさっきまでの温和な老人の顔ではなく、教会の長たる司祭として目付きは鋭く、相手を見定める真剣な顔だった。
(なるほど…、確かに教会のトップだけのことはある……)
ちらりとシグマの方を見る。シグマは力になれそうにないと、顔を振る。クーガーは意を決してカナードと向き合う。前にオテロに語ったように自分がここに来た経緯を語る。
こことは違う別の世界から来たこと、神と名乗る者に勇者の手助けをしてほしいと頼まれ、それを断ったこと。代わりに自分のステータスやスキルを転生される勇者に渡してほしいと頼み、そして神から自分もこの世界で新たな人生を歩まないかと言われ、それを受け入れてこの世界に来たこと、全てを話した。
それを聞いた二人の反応は、シグマはまるで信じられないと驚きの表情をし、カナードはクーガーの目を真っ直ぐ見つめ、語った内容をひとつひとつ確認するように頷いて聞き、聞き終えると目を閉じ深く考える。クーガーはカナードが答えを出すのを静かに待った。
「……なるほど、ここまで来た経緯は分かりました。……いいでしょう、貴方のお話を信じましょう」
カナードの出した答えは、クーガーを信じるというものだった。
「連れてきた俺が言うのもなんだがいいのか?そんなあっさり信じるって答えちまって?」
「大丈夫ですよ。確かに突拍子もない話ですが、語る時の彼の目を見て信じるに値すると思ったのです。それに話した内容通りであれば、色々と辻褄が合うのです。シグマ、貴方も召喚の儀式に立ち会い、勇者殿とお会いしたでしょう?それなら貴方も分かるはずです」
そしてカナードは今まで出た情報を整理し、自分が知りうる出来事と繋ぎ合わせて話し始めた。
「私達はそれぞれ教会と冒険者ギルドのトップとして、先日行われた勇者召喚の儀式に立ち会いました。その時に召喚された勇者殿と直接言葉を交わすことも。見た目は線が少し細く、気の優しそうな少年で、お世辞にもこれから魔物との戦いに赴く勇者とは見えませんでした」
語られる勇者の容姿にクーガーは驚く。仮にも勇者として召喚されるのだから、それ相応の人物が呼ばれると思っていた。しかし呼び出されたのはただの少年だったという。
クーガーが落ち着くのを待ち、カナードは話を続ける。
「しかしその後、彼のステータスが明らかにされたのです。レベルは確かに1なのに、表示されてるステータスやスキルは高レベルの騎士や冒険者と遜色ないほどでした。彼が言うには、ここに召喚される前に神と名乗る者に与えられたとか、それを知って私の心配は杞憂に過ぎなかったのです」
「ちょっと待ってくれ、なんでそれでコイツの話を信じることに繋がるんだよ?」
「まだ分かりませんか?そのスキルの一覧には補助スキルもいくつかあったでしょう?補助スキルは普通、自身の行動や経験の積み重ねにより習得するものです。いくら神から与えられたとはいえ、それすらもただもたらされたとは私には考えづらかったのです」
「なるほど…、確かに武器や魔法のスキルは加護のを受けた時から使える、言うなれば先天的なものに対して補助スキルは経験を積み重ねて得る後天的なもの。いかに神とはいえ全てをただ与えるのは都合が良すぎる。ならコイツが自身のスキルを勇者に渡すように頼んだことにより得られたっていう考え方も出来るか…」
シグマの答えに満足したのか、カナードは笑顔で頷く。
「ええ、だから私は彼の話を信じることにしたのです。…さて、それでは本題に戻るとしましょう。まずは投影石の支給をするとして、後は過去の儀式の名簿に彼の名前を記しておきましょう」
「大丈夫なのか?そんなことをして?」
「儀式の情報を扱うのは私を含めほんの数人、よほどの事がなければ公になることもないでしょう。それに、私達が信仰をしているミトス神は、人々を助ける事をとても大切になさっています。だからこそ彼を助ける事に何の躊躇もありません」
「なぁ、なんでそうまでして助けてくれるんだ?オテロといい、あんた達といい、どうしてそこまで出来る?」
ここに来る前にもオテロに問いかけた質問を今度は目の前にいる二人にぶつける。
前の世界では誰しもが自分一人生きるのに必死で、利害などがなければ誰かを助ける余裕なんてなかった。他人を騙し、蹴落とすなんて日常だった。この世界も魔物に脅かされているのに、住まう人々は互いに助け合い生きていて、そこには人と人との繋がり確かにある。その事がクーガーにはとても眩しく見え、問わずにはいられなかった。
「互いに助け合い生きていく事が、人の未来を作っていくのだと信じているからです。人は一人では生きていけない。だからこそ他者と手を取り合って互いに支えあい、そしてさらに他者へと繋げその輪を広げていくのです」
「貴方が前居た世界でどのように生きてきたかは私には分かりません。でも今は私達と同じ世界にいます。ですから貴方も助けを求める人がいたなら、手を差しのべてくれませんか?」
その言葉にクーガーは何も返せない。カナードの言っている意味は分かる、それが正しい行いであることも。だがこの世界に来て日が浅いクーガーにはまだ理解出来なかった。
「まぁ、すぐにやれって言っている訳じゃないんだ。お前が自分の中でしっかり答えを出してからでも遅くはないさ。それに、お前はオテロを助けてくれただろう?なら、難しく考えてることなんざないさ」
「ああ…」
シグマに肩を叩かれ駆けられた言葉にクーガーはそう返すことしか出来なかった。
その後、投影石の加工の話や今後の事を話し、話し合いは終わった。そしてシグマはカナードと二人で話す事があるからとクーガーに受付で待つように言って先に行かせた。
「それで?私と話したい事とは?」
「いやそこまで大したことじゃないんだがよ、いくらステータスやスキルの話があったとはいえ、やけにあっさりとあいつの事を信じるんだなと思ってよ。カナードさんの事だから他に何かあるんじゃないかと気になってな」
シグマの疑問にカナードは、別に特別な事じゃないと答える。
「彼の武器を持った時の動きですよ。貴方からの手紙では彼は確かレベルが1とのこと、普通だったら多少なりともぎこちなさがあるはずなのに武器を構えエンチャントを掛けるまでの一連の動作に無駄がなかった。そのちぐはぐな部分が彼の話で解決出来たので信じることにしたのです」
「参ったねぇ。ほんの少ししか顔を会わせてないのにそこまで分かるなんて」
その昔、自分の父親と一緒に戦場に出ていたと聞いていたので戦闘技術もあるとは知っていたが、まさか初めて会った人物の動きを見て違和感を感じるほどの観察眼を持っているとは思わなかったので素直に感心する。
「これでも教会の司祭ですからね。貴方もギルドマスターならこれぐらいの事は出来るようにしないといけませんよ」
「はいはい、精進いたしますよ。それじゃあいつを待たせているんで俺はここいらで戻るとするよ。―――それと今回の件、本当に感謝します。ありがとうございました」
そう言い頭を下げてシグマは部屋を出ていった。
一人残ったカナードはこれからの事を考える。
(まずは投影石の加工ですね。これは神官のテスラにやってもらいましょう。後は名簿ですが……、さすがに一人では難しいですね。副司祭のルーテルと相談ですね)
これからやるべき事をまとめ終えるとカナードはふぅ、と一息つく。
(これでシグマからの依頼は大丈夫でしょう。後は勇者殿ですか…)
勇者が召喚されて数日、確かにステータス、スキルは申し分ない。しかしそれを扱う肝心の本人が戦闘経験がないという。いくら強力な力があっても、それを十全に使えなければ魔物を倒す所か命を落としかねない。だから今はウォレス城で騎士団と共に訓練をしている。行動を共にするようにと派遣した神官によれば日に日に成長しているらしいが。
(最近また魔物の勢いが増している。勇者殿には酷かも知れませんが一刻も早く戦場に出ていただかなければいけませんね)
今必要なのは希望だ。勇者が召喚された事によりここウォレスは少しではあるが人々に活気が戻ってきた。しかしこのまま勇者が魔物を討伐しなければ、それもまた失ってしまう。だからこそ勇者には一刻も早く戦えるだけの力を身につけて欲しいのだが。
(もし万が一にでも勇者殿に何かあれば今度こそ全てが終わってしまう。だからこそ今は我々が奮起しなければなりませんね)
別の世界から、この世界を救うために呼び出さされた勇者。その一人に全てを背負わせなければならない現実。その重しをほんの少しでも軽くするために手を尽くさねばとならないと、カナードは気持ちを入れ直し部屋を後にした。




