表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/43

姫様、狩りに行く

「ほ、本当か? 引き受けてくれるのか?」


 黄色の澄んだ瞳が、嬉しそうに輝いている。

 魔王の娘――デスティナを預かると答えたアンドロス。

 それに対し、デスティナは思った以上に好意的な反応を見せた。

 

「はっ、このアンドロス、命に代えて姫様の身をお守りいたします。なんでもご命令ください」


 まるで騎士の定型句。

 それを口にしながら、アンドロスは深く頭を下げる。

 かつては魔王に、そして今度はその娘に、忠義を尽くすつもりだった。

 言われたデスティナもまんざらでは無い様子で、うんうんと丸い顔で嬉しそうに頷いていた。


 そんな二人の光景を微笑ましく眺めていたジュアンだが、コホンと一つ咳をして、アンドロスの目を引く。

 

「ちなみに、姫様を預かって頂く以上、私もここに置いてもらいますので」

「なんだ、お前もついてくるのか」

「人をオマケみたいに言わないでください――まぁ、そんなところなんですけど」


 ジュアンは悪戯っぽく笑いながら答え、言葉を続ける。


「えーと、アンドロスさん。それでは、姫様を預かって頂くにあたり、一つお願いがあります」

「何だ」

「姫様に、普通の生活を教えてあげて下さい」

「な、なに?」


 はじめて提示される条件に、アンドロスの顔が間抜けに傾げられた。


「ですから、今後、姫様は『魔王の娘』ではなく、普通の女の子として扱ってほしいのです」


 ジュアンは出来の悪い生徒に教えを説く教師のように、指を立てて説明。

 そんな言葉を前に、アンドロスは本当に出来の悪い生徒のように首を傾げた。


「なぜだ、それでは姫様に失礼ではないか」

「これは魔王様の遺言です。姫様には座学ばかりの帝王学だけでなく、庶民の感覚も肌で学ばせてほしい、と」

「また遺言か……」


 武骨な顎をさすりながら、思案するように頷くアンドロス。

 難色を示す大男に、今度はデスティナが苦笑を浮かべる。


「アンドロスよ、それは私からの頼みでもある。せっかく、このように身分を隠して生活することが出来るのだ。普通の生活というものを、味わってみたいのだ」 

「姫様がそのように申するのであれば――いや、しかし……」

「私のことも、呼び捨てにしてくれ。そうだな――ティナと呼べ。デスティナなどという名前の娘、世間一般には存在しないだろう」

「……いくらなんでもそれは」

「アンドロス、お前は自分の言葉を忘れたのか」


 アンドロスは息を飲む。

 先ほど、『何でも命令しろ』と言ったばかりだった。

 身長二メートルの大男が、一メートル近く身長の低い少女を前に、額に汗を浮かべていた。


「わ、分かりました、姫様」

「もう、間違えている。『ティナ』だぞ」

「失礼――ティナ――様」

「だから、様はいらない!」 

「ティ、ティナ………………様」

「あー、また違うぞ! 学習能力ゼロか! 呼び捨てで構わん!」


 腰に手を当て、アンドロスの顔を見上げるデスティナ。

 大男の困惑する青い瞳と、少女の黄色い輝く瞳が交差。

 ぷんぷんと頬を膨らませる少女を前に、二百年を生きる魔物が、力なくため息をついた。

 

 ◇◆◇


 なんとかデスティナを呼び捨てにすることは出来たのだが、相変わらず敬語は抜けなかった。

 それは言ってみれば、アンドロスの身体に染みついた、主従関係からの癖。

 さすがのデスティナもジュアンもそこは諦め、譲歩。

 時間をかけて直していくことにする。


 そうしているうちに、日が傾き始めた。

 デスティナを呼び捨てにする訓練で疲れ切ったアンドロスだが、すぐさま頭を切り替える。

 

「……いかん、狩りに行っておかねば」


 今日の昼食で、食べ物がほとんどなくなってしまった。

 いきなり食い扶持が増え、僅かな蓄えも食べきってしまったのだ。

 そうなれば、森へと狩りに出なくてはならない。

 アンドロスは納屋から弓と矢、そして獲物を縛る縄を数本持ち出す。


 人間の行う狩猟であれば、猟犬の一匹でも連れて行くのだろうが、アンドロスには必要ない。

 最強の魔物と謳われた圧倒的な身体能力と、ウサギの足音をも聞き逃さない聴覚を有しているのだ。

 

 街へ行き食料を買ってきてもいいのだが、冬を前に、余計な出費は避けたかった。

 どこまでも庶民的な感覚の染みついた自分に、アンドロスはそっと溜息をつく。


 納屋で狩りの準備をしていると、そこへひょっこりとデスティナが姿を現した。

 

「アンドロスよ、お前ほどの魔物が、なぜ弓などを使う」

「こうした弱い武器を使わないと、獲物を狩ったとしても、跡形も残らないのです」

「なるほど……なあ、私もついていってもいいか?」

「構いませんが……お勉強はよろしいのですか?」


 アンドロスの家に厄介になるデスティナだが、その私生活には、『魔王の娘』としての責任がついて回る。

 一般的な生活を学ぶ隣で、経済学や政治、魔物学まで学ばなくてはいけないのだ。

 教師はジュアンが引き受け、先ほどまで一緒に読書にいそしんでいたのだが―――。

 デスティナが、小屋の中を指さす。

 アンドロスが小屋を覗くと、そこには、暖炉の前で呑気に昼寝するジュアンの姿があった。

 涎を垂らし、気持ちよさそうにイビキをかいている。

 

「あいつも、疲れているのかもしれん――仕方ない、一緒に狩りに行きましょう」


 アンドロスが答えると、デスティナは「やった!」と声を上げ、いそいそと小屋へ戻る。

 ドレスの上に高価そうな毛皮の上着を羽織ると、再びアンドロスの前に走り寄った。


 アンドロスも、納屋から持ってきた頭巾をターバンのようにくるくると頭に巻く。

 こうすることで、アンドロスは頭に生える角を隠している。

 森は人気こそ少ないが、時折、地元の狩人と鉢合わせすることもあるからだ。

 

「角を隠すと、ただの色黒いオッサンだな」

「言わないでください――私も気にしているんです」


 デスティナの率直な感想に、アンドロスは苦笑を浮かべながら、狼狽。

 準備が整ったところで、アンドロスはデスティナを先導し、歩きはじめる。

 

 アンドロスの家も森の中だが、狩り場はさらに森の奥。

 道の無い木々の間を黙々と進むと、どこからか鳥の鳴き声や、草木のざわめく音が聞こえる。

 生命に満ちた、豊かな自然が広がる。

 アンドロスがこの地に隠れようと決めたのは、この豊かな自然があったからこそ。

 

「この森には、様々な動物が住んでいます。街から少し離れているので狩人もほとんど来ませんし、静かで良いところです」


 後ろをぴったりと着いてくるデスティナに、アンドロスは森を説明。

 アンドロスは道なき道を進みながら、しかし、その足取りはしっかりと目的地へと向いていた。

 辿るのは、水の匂い。

 鳥たちが羽を休める、絶好の狩り場である。


「しかし、姫さ――ティナ、一つ約束して下さい。この森は美しいですが、獰猛な魔物も住んでいます。私からは決して離れないで……」


 と、アンドロスが言いながら振り向く。


 そこに、デスティナの姿が無かった。


 慣れない説明に集中し、どうやらはぐれてしまったらしい。


「…………しまった」

 

 魔王の娘を預かって一時間。

 アンドロスは、さっそく、守ると誓った少女とはぐれてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ