緑のしっぽ
アンドロス、ジュアン、デスティナ。
三人の視線が、一点に注がれていた。
床の上に正座するのは、意識を取り戻した緑の騎士。
メタリックグリーンの鎧の下――その素肌は驚くほど白い。
頭髪は長い金色。頭の後ろで束ねられたそれは、腰まで垂れさがっている。
長い睫毛の下では、ダークグリーンの瞳が力強く輝いていた。
身体の線は細いのだが、その体に実る乳房は下着からはみ出してしまいそうなほど豊満――女性としての美しさを持ちながら、少女のあどけなさを顔に残す、不思議な魅力があった。
「おい、小娘。自分の名前くらい言え」
アンドロスの低い声が、緑の騎士へと向けられた。
聞きたいことは、山ほどある。
しかし、緑の騎士は高い鼻をぷいっと横に背け、その声に耳を貸さない。
幾ら声をかけても、ほとんど黙殺。
反応と言えば、時折、お尻から伸びる尻尾をふらふらと揺らすくらいである。
緑の鱗に覆われた尻尾は、彼女の身体の中で、唯一魔物らしい部分である。
博識なジュアンだが、尻尾だけでは彼女が『何の魔物』であるのか判別がつかなかった。
「喋るつもりが無いのなら、拷問しますか」
ぽつりと呟くジュアン。
まだ背中の傷が痛むのか、椅子に浅く座ったまま、冷たい視線で緑の騎士を睨む。
大怪我をさせられた怨敵を目の前に、その言葉には静かな迫力があった。
そんな、一触即発の空気の中、呆れるような溜息が響く。
ぴょんと椅子から飛び降り、赤銅色の長髪を揺らすのは、デスティナ。
「ジュアン、怖いことを言うな。アンドロスも、そんなに威圧したら可哀そうだぞ」
ただ一人、魔王の幼い娘だけが冷静だった。
自身を狙っていた刺客を前にしているというのに、その態度はいつもと変わらず、謎の貫禄が備わっている。
デスティナは口を閉ざす緑の騎士の前にしゃがみ込むと、その視線を合わせる。
「なぁ、名前くらい教えてくれないか。お話が出来ないじゃないか」
デスティナは上からではなく、正面から緑の騎士を見つめる。
今まで背けていた緑の騎士の瞳が、小さく震える。
魔王の瞳。
黄金色の瞳の前では、沈黙も虚偽の言葉も許されないと、その本能が告げているのだ。
アンドロスもジュアンも、言葉は挟まない。デスティナに、全てを任せて見守る。
そして、そのまま数分の時が経過。
緑の騎士は躊躇うように唾を飲みこみ――その瞳に屈するかのように、項垂れる。
「私はリーフ……フォレストドラゴンです」
生で聞く、緑の騎士の声。
それは小さく震えながらも、弦を弾いたような美しい物だった。
「ほぉ、フォレストドラゴンか。どうりで、森の中での戦いに慣れている訳だ」
アンドロスは顎を撫でながら、興味深そうに緑の騎士――リーフを見下ろす。
手合わせと呼べるほどの攻防では無かったが、アンドロスは密かにリーフの戦い方に興味を持っていた。
雪面に足を深く埋め、身の丈よりも長い槍を森の中で振り回し、木々を避けながら突進する――それは形式的な戦闘訓練だけを積んだ者が行えるほど、簡単な技では無い。
唸るアンドロスの脇で、同じように小さな頭を傾げるのはデスティナ。
「ドラゴンという割には、随分と小柄なんだな」
「フォレストドラゴンは、成体になるまで人間に近い形をしているんですよ、幼年期と成体期で、その存在がもたらす役割自体が、大きく違いますから」
ジュアンは簡単に、フォレストドラゴンの生態をデスティナに説明。
フォレストドラゴンとは、翼を持たないドラゴン。
野太い四肢を持ち、緑の鱗で全身を鎧のように覆う、深い森に住む守護者である。
しかし、その役割は森を守るだけではなく、森を育むことにもある。
フォレストドラゴンの幼年期は、森の手入れが行いやすいよう、小柄で、手先が自由に動く人間に近い姿で過ごす。
そうして森で長い年月を過ごし、知識と経験を蓄えた時、幼年期は終わりをつげ、竜の姿へと成長するのだ。
森を育み、そして守る。
フォレストドラゴンはその一生をとして自然を守る役目を担っている。
リーフは、まだ若いフォレストドラゴンなのだろう。その片鱗は、長い尻尾にしか見られない。
説明を終えたジュアンだが、自らの言葉に疑問があるのか、眼鏡のブリッジを持ち上げながら首をひねる。
「しかし、なぜフォレストドラゴンが姫様の存在を知り、その身を狙っているのか――そこまでは分かりませんね。やはり拷問が必要でしょうか」
大怪我をさせられた仕返しとばかりに、拷問したがるジュアン。
氷の眼差しでリーフを睨む姿に、冗談を言っている様子は見られない。
そんなジュアンの眼光に、リーフが怯えるように視線を落とす。
「ジュアン、もう暴力は無しだ。リーフはちゃんと話してくれているじゃないか」
「……すみません、冗談ですよ」
困ったように眉を寄せるデスティナに、ジュアンが小さく頭を下げる。
デスティナは険悪な空気を払拭するように「さて」と前置きして、話を続けた。
「なあ、リーフ。私はデスティナ、知っての通り、魔王の忘れ形見だ」
デスティナは名乗ると、小さく頭を下げる。
それにつられ、リーフも面喰った顔で会釈を返した。
魔王の娘であるデスティナの、その気さくな態度に驚いているのだ。
続いてデスティナがにっこりと笑うと、その暖かな笑みに、少しだけリーフの表情が和らぐ。
デスティナの笑みは、氷塊のように固まったリーフの心を、ゆっくりと温め、解していく。
「リーフ、どうして私を狙うんだ? 教えてくれないか」
「そ、それは……それはッ」
デスティナの誠意を前にして、リーフはいくらか口の滑りが良くなったらしい。
血色の良い桃色の唇が、躊躇うように震えながらも、ゆっくりと開かれる。
続いてリーフが顔をあげデスティナを見つめた時、その瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「すみません、姫様――仲間を捕らわれているのです。貴方を連れて帰らないと、仲間の命が危ないんです!」




