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魔王の娘

 早朝、アンドロスは窓から射す弱い朝日と、小鳥の鳴き声で目を覚ます。

 まったくもって、魔物らしくない目覚め――しかし、この一年で、こんな生活が身に染みついてしまった。


 ベッドの上では、まだジュアンが静かな寝息を立てており、それを起こさないように起き上がる。

 窓辺に立つと、昨日と変わらぬ朝日が、アンドロスの身体を優しく温める。

 暖炉に薪を放り込むと、そこへ手を伸ばす。

 手の先から、ポッと弱く小さな炎が放たれる。

 初歩的な火炎呪文。物理攻撃専門のアンドロスでも、これくらいの魔法は習得している。

 そのまま、暖炉の前に椅子を運び、しばしその体を温める。

 薪の爆ぜる音を聞きながら、アンドロスは考える。

 昨日のジュアンの言葉が、頭から離れなかった。


『魔王様と、人間の間に出来た子です』


 それは百年以上にもわたり、魔王の側近として働いてきたアンドロスでさえ、教えられなかった話。

 しかもアンドロスに、その子を預かれと言う。

 昨日、その願いに、即答することは出来なかった。

 答えを出せぬまま時間だけが過ぎ、取りあえず、返答は保留。

 夜も遅いということで、ジュアンを家に泊めることにしたのだ。

 ジュアンにはベッドを貸し、アンドロスは毛皮の上着を体にかけ、床の上に横になった。

 もともと、魔物の中でも体が頑丈なアンドロスは、それだけで冬前の寒さも耐えることが出来る。


「死んだ後も、部下を困らせるのがお上手だ」


 頭の中で、不敵に笑う魔王の顔が思い起こされる。

 自然と、苦笑がこぼれた。


 徐々に大きくなる種火が、薪を抱くように、その紅蓮の色を大きくする。

 暖炉の中で火が大きくなると、そこに吊るされる鍋も一緒に温まりはじめる。

 昨日作ったシチューの残りが沸騰。小屋の中に、甘いミルクの香りがふわりと漂う。

 

「ふにゃ……なんだか、いい匂いがしますねぇ」


 そんな間抜けな声と共に、ジュアンが目を覚ます。

 枕元に置いたメガネを掛けると、手櫛でぼさぼさの黒髪を整える。

 アンドロスは、魔王城で執政官として働くジュアンの姿しか見たことがない。

 態度は大人びているくせに、こういうところは、まだまだ幼さが残る。

 そうかと思えば、ベッドの上に伸びる生足は、滑らかで艶めかしい。

 一年ぶりに見る異性の艶めかしい姿に、思わずアンドロスは目を反らす。

  

「裏に小川がある、そこで顔でも洗って来い」

「そうしましょうか……ふわ~ァ」


 まだ頭が回っていないのか、ジュアンはふらふらとした足取りで小屋を後にした。

 十分ほど待ち、幾分かすっきりした顔のジュアンが戻る。

 アンドロスは椅子に座ると、朝食の準備をしながら、独り言のようにつぶやいた。


「ジュアン」

「はい」

「取りあえず、魔王様のご息女に合わせてもらえないか」

「では、世話役の件を引き受けていただけるんですか?」

「いや……それは、会ってから考えさせてくれ」


 それが、一晩考えて出した、アンドロスの答え。

 魔王の娘とは言え、半分は人間である。

 ひょっとしたら、アンドロスを見て恐れ、信頼関係を気づくことなど出来ないかもしれない。

 そうなっては、無理に預かる必要も無いと考えていた。

 

「分かりました、とにかく、姫様にお会い下さい」


 ジュアンも多くは聞かず、それだけ答えた。


◇◆◇


 朝食を食べ終わると、ジュアンは一人、森を後にする。

 この近くの街に滞在する、『魔王の娘』を迎えに行ったのだ。


「さて、どんなお人か」


 アンドロスは剃刀を手に、小川へと向かう。

 山から沸き出す冷水に剃刀を濡らすと、その刃で顔にもさもさと生える髭を剃っていく。

 髭を剃ったことで、アンドロスの見た目は少しだけ若返ったように見えた。

 引き締まった口元と、いかにも武骨そうなえらの張った頬が露わになる。

 ついでに、伸び放題の頭髪も、頭の後ろでひとまとめに縛る。

 少しは、武人らしい顔つきが戻ったか。

 

 小屋に戻ると、昨日と同様、淡々と薪割りを始める。

 そうして二時間程度が過ぎた時、二つの足音が小屋に近づいてきた。

 薪割りの手を止め、アンドロスは立ち上がり、木々の奥へと視線を伸ばす。

 

 小屋に向かってくるのは、一人はジュアン。

 そして、その後ろにもう一人、頭一つ分、身長の低い影が隠れている。

 

 白地に黒薔薇の刺繍が施された、落ち着いたデザインのドレス。

 髪の色は赤く、森を吹き抜ける冬風に、炎のように頭髪が踊る。

 まだ幼さを残す丸い輪郭の上に、ツンとつきでる鼻と色素の薄い唇が並んでいた。

 そして、アンドロスが息を飲んだのは、その瞳。

 黒目の周りが黄色く輝く、まるで猛禽類を思わせる、力強い輝き。

 女性としての美しさの中に、芯の強さが見え隠れする、選ばれた者の瞳。


「……似ている」


 それが、アンドロスの漏らした感想。

 魔王の瞳と、目の前の少女の瞳は、瓜二つ。

 一年前に”転生者”に討たれた魔王――その面影が、目の前の少女にはあった。


 アンドロスは確信する。

 その少女こそ、『魔王の娘』であると。


 少女はアンドロスの目の前に歩み寄ると、その宝石を思わせる瞳で、ジッと顔を見つめてくる。

 気がつけば、アンドロスは跪き、首を垂れていた。

 それは長い年月で染み込んだ、主君を前にした騎士の所作。


「お初にお目にかかります、わたくしは――ァいたッ!」


 挨拶が終わる前だった。

 何者かが、アンドロスの首を腕でロック。

 そのままひじ打ちをゴスゴスと連続。


「あああっ、ダメですよ、姫様! 初対面の人に肘打ちをしちゃあ!」


 ジュアンが、慌ててアンドロスから肘打ちの鬼を引き離す。

 頭をさすって顔を上げれば、ジュアンに取り押さえられているのは、やはり、魔王の娘。

 アンドロスが何事かと首をかしげると、魔王の娘は小さな鼻から荒く息を吐き出し、切れ細の双眸でアンドロスを睨みつけた。


「お前、アンドロスだな」

「さ、左様で」

「なぜ父上を守らなかった!」


 魔王の娘からの質問。

 アンドロスは、その言葉に顔を歪める。


「答えろ! なぜ”剛魔天”であるお前が、父上を守らなかった!」


 怒りに、黄色の瞳が激しく輝く。

 それに、アンドロスは一言も返すことが出来なかった。

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