緑の鎧
デモンを葬ったジュアン。
小さく肩を揺らし呼吸を整えると、その視線を森の奥へ向ける。
この森のどこかで、まだアンドロスが戦闘を続けている。
アンドロスは同族である魔物を殺すことに強い抵抗を見せている――ジュアンに言わせれば、甘い考えと言わざるを得ないが、なぜか咎める気にはなれない。
「ま、そのうち帰ってくるでしょう。寒いし、小屋に帰りますか」
アンドロスが並の相手に負けるとも思えない。
まずはデスティナを避難させるため、小屋へ戻ることが先決。
と、踵を返すジュアンだったが、その脚は前には進まなかった。
アンドロスの小屋へと至る方角。
その道を塞ぐように、新たな人影があったから。
「……今日は、お客さんが多いですね」
眼鏡の奥で、柳眉がゆっくりと寄る。
帰路を塞ぐようにたたずむ人影――そこから確かな殺意を感じ取る。
「ジュアン、また誰か来たぞ」
背後に隠れるように、デスティナが歩み寄る。
巨大な卵を抱きしめる腕が、微かに震えていた。
「ちょっと確かめてきます――姫様は、もう少し隠れていて下さい」
デスティナの頭を優しく撫で、落ち着かせる。
魔王の娘とはいえ、まだ少女である。
金色の瞳は恐怖に染まり、かすかに潤んでいた。
ジュアンは体内に再び魔力をみなぎらせると、ゆっくりと人影に向けて歩く。
白雪が絨毯のように敷き詰められる森の中において、その騎士の姿は異質の一言。
頭からつま先まで、重厚なフルプレートの鎧を着用。
頭部は流線型の兜で覆われ、その顔を確認するどころか、素肌の一片すら確認できない。
そして、際立つのは鎧の色。
森に射し込む日光を反射するのは、メタリックグリーンの装甲。
手にする身の丈ほどもある槍の穂先も、緑。
緑一色。
ジュアンは声に出さず思案。
独特な緑の鎧。
それはおそらく、ただの鉱物ではない。
ドラゴンの鱗――それを剥ぎ、丹念に磨き上げたモノだろう。
(ドラゴンスケイルの鎧ですか。美しい輝きですが、少々、分の悪い相手ですね)
口の中で呟きながら、その頭の中に収められる膨大な知識から、一つの情報を引き出す。
ドラゴンの鱗は頑丈さもさることながら、魔法耐性にも秀でた素材。
魔法による攻撃が主体のジュアンにとっては、あまり一対一で戦いたくはない相手である。
とはいえ、ジュアンも鎧一つで怖気づくほど、柔な性格ではない。
「あなた、さっきのデモンの仲間ですか」
ジュアンが毅然とした口調で問いかけると、緑の騎士は微動だにせず、機械的に言葉だけを紡ぐ。
「いかにも――先ほどの戦い、見事だ。ジュアン殿」
「おや、私を知っていますか」
名前を言われ、驚いたように肩をすくめる。
しかし、ジュアンが真に驚いたのは、名前を呼ばれたからではない。
緑の騎士、その声は女性のもの。
武骨な外見に背ぎ、その中身は女型の魔物らしかった。
声に聞き覚えは無い――幸か不幸か、ジュアンの知り合いではないようだ。
とはいえ、たとえ知り合いでも、襲ってくる相手に容赦をするつもりは無い。
森を吹き抜ける冷風に、長い黒髪が真横に靡く。
「貴方を殺したくはない。抵抗せず、姫様を渡せ」
緑の騎士が、兜の奥からくぐもった声で言う。
冗談でも言われたかのように小首を傾げながらも、ジュアンは鋭い視線で緑の騎士を睨んだ。
「いきなりですね……分かりました――なんて言うと思います?」
ジュアンは顔で笑いながらも、しかし、その瞳には冷淡な輝きを浮かべていた。
普段はものぐさで怠け者の彼女だが、戦闘となるとその表情は一片。
魔物の血が騒ぐのか、笑みを見せる口元で、鋭い八重歯が輝く。
そんなジュアンの戦意を察したのか、緑の騎士も手にする槍を構え、深く腰を落とした。
戦いが始まる合図は無かった。
「私の邪魔をするのなら、誰であれ手加減しない!」
静かな口調と同時、身に纏う鎧の装甲が擦れ合う、耳障りな音が響いた。
ドッと舞い上がる粉雪。
それは、緑の騎士が地を蹴った衝撃で巻き起こったもの。
緑の騎士は身を低く落とすと、手にした槍を突き出し、真っ直ぐにジュアンへと突進。
全身を甲冑で包みながらも、その動きは機敏。
先ほどの、自我を喪失したデモンのような操り人形じみたそれではない。
「そっちがその気なら、私も容赦しませんよ!」
ジュアンは言いながら、両手を前に構え、口の中で小さく呪文を詠唱。
手先に青白い魔法陣を出現させると、突っ込んでくる緑の騎士に向け、遠慮なく火球を発射。
火球はその熱で周囲の雪を溶かしながら、うねるように宙を駆け、対象へと矢の勢いで迫る。
白い雪景色の中、緑の騎士を紅蓮の火球が飲みこんだ。
直撃。
巻き起こる爆発。
爆音に空気が震え、木々に降り積もる雪が、衝撃に吹き飛ばされる。
ジュアンが確かな手ごたえを感じ、その口元に笑みを浮かべる。
が、一秒と待たず、その笑みが固まる。
「っ――!」
息を飲むと同時、ジュアンはその身を真横に投げ出し、雪の上を転がる。
顔を上げれば、つい数秒前までジュアンが立っていた場所を、緑の刀身を持つ槍が真っ直ぐに貫いていた。
あと一秒でも回避が遅かったら、ジュアンは緑の騎士の突き出す槍の餌食になっていただろう。
ジュアンの額に汗が浮かび、前髪が張りつく。
「爆発の中を突っ切ってきましたか、先ほどのデモンとは訳が違うみたいですね」
ドラゴンの鱗から磨き出した鎧となれば、魔法――特に火炎や爆発に耐性が有るのは当然。
しかし、その衝撃まで殺すことは出来ない。
爆発の衝撃で、鎧の中にダメージを与えようと考えたジュアンだが、その目論見は失敗。
破壊魔法を前にしても、緑の騎士は臆することも無く、真正面から突っ込み、それを突破。
恐るべき頑丈さと体力――そして命知らずの度胸。
「やっぱり、脳筋タイプは戦いにくいですね……お遊びはこれくらいにしましょうか」
ジュアンは言うと、その瞳を血走らせる。
ダークグレーの瞳――その瞳孔が肉食獣のように縦に尖ると、口の中に生える八重歯がギリギリと音を立てて伸びる。
黒いドレスの背を突き破り、漆黒の翼が顕現。
普段はスカートの中に隠している先端の尖った尻尾が、しゅるりと音を立てて足元に伸び出す。
人間に似た姿をしているが、ジュアンはれっきとしたスペルデーモンと呼ばれる種族の魔物。
強敵と対峙し、数年ぶりにその本性を現し、全力で戦う覚悟を決めた。
「本気になったか。それでいい、やり甲斐がある」
槍を構えなおす緑の騎士が、真の姿へと変貌したジュアンを見て言う。
その声色はまるで、強敵を前に興奮しているかのよう。
ジュアンは緑の騎士に向け、侮蔑の籠った視線を投げる。
「どうやらアンドロスさん以上に、変態か馬鹿らしいですね」
両手に破壊魔法陣を浮かべながら、ジュアンは牙の覗く口元を笑わせる。
ジュアンの見立てでは、実力は互角。
先に隙を見せたほうが、死ぬ。
ジュアンは背の黒翼を羽ばたかせると、空気の澄んだ青空へと飛び上がる。
続けて、手を伸ばすと眼下に佇む緑の騎士に向け、連続で破壊魔法を発射。
雪に包まれる、静寂の森。
そこへ、連続した爆発音がこだました。




