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帰り道

 寒風の吹きすさぶ、山の中腹。

 木々に守られ、雨風をしのぐことの出来る開けた場所で、弱く木々が爆ぜる音が響く。

 アンドロスは焚火に小枝を放り込みながら、浮かない顔で炎を見つめる。

 

「ティナ、寒くはありませんか」

「うん、大丈夫だ……」


 声をかけられたデスティナは、その身を毛布でくるみ、小さく頷く。


 シームルグの魔力を、”蝕み”の力を使い吸い取ったデスティナ。

 霊鳥の最期の願いを聞き、その魔力を取り込んだ少女の横顔は、少しだけ大人びたように見える。


 シームルグが消え去ると、そこには言葉の通り、その生きた証が残されていた。

 巣に一つだけ残されていたのは、巨大な卵。

 そのサイズは、デスティナが腕をいっぱいに広げ、何とか抱きかかえることが出来るほど。


 今、シームルグの遺した卵は、デスティナが大事そうに腕に抱きかかえている。

 

 霊鳥の死を見届けた三人は、巨大な卵を抱き、洞窟を後にする。

 洞窟を出ると、陽は完全に落ち、山は闇に包まれていた。

 この状況で、下山するのは困難。

 月明かりとジュアンの灯炎の呪文の灯りを頼りに、アンドロスは何とかこの場所を見つけ、野営することにしたのだ。

 

 幸い、雪は止んでおり、アンドロスは皮布を張り合わせた小型のテントを設営、そこにデスティナを寝かせ、夜を明かすことにした。


 デスティナは終始、その腕に抱く巨大卵の温かさを感じているようで、夕食を終えると、いつの間にか眠りにおちていた。

 長時間の歩き旅と、”蝕み”の発動により、その小さな体には疲労がたまっていたらしい。

 

 夜がふけ、星と月とが夜空を飾る。

 そんな沈黙の中、アンドロスは炎を見つめたまま、ポツリと言葉をこぼした。

 

「なあ、ジュアン」

「はい」


 木に寄りかかり、本を読んでいるジュアンにアンドロスが控えめな声をかける。

 ジュアンは本から視線を外し、そのグレーの瞳でアンドロスを忍び見る。


「シームルグ殿の言っていた毒――何か心当たりはあるか」

 

 アンドロスの言葉に、ジュアンの眉が、スッと細められる。

 様々な毒物に耐性を持つ魔物をも狂わせる、毒。

 そんなものに、アンドロスは心当たりはない。


「一般的な毒ではありませんね。どちらかと言えば、肉体では無く、精神を掻き乱す物質――幻覚剤などの類だと思います」


 ジュアンは思案するように首を傾げ、木々の隙間から見える夜空を見上げる。

 輝く星々をその瞳に投影し、色素の薄い唇から、白い息を吐く。


 アンドロスも途方に暮れるような視線で夜空を見上げる。

 そんな悩みなど意に介さずといった様子で、夜空の月はどこまでも澄んだ輝きを浮かべていた。


「薬……か、科学的に作り出された物ならば、シームルグ殿に耐性が無かったことも納得がいくな」

「そうですね。しかも、シームルグ殿を混乱させたのですから相当強力な物か、未知の物質でしょうね」

「人間は、どこからそんな物を持ってくるんだ……」


 呆れるように、言葉が漏れた。

 もう、魔王はいない。

 魔物はこれから、その数を減らす一方だろう。 

 だというのに、シームルグの言葉が正しければ、人間はまだ、魔物を相手に殺し合いを演じようとしている。


 アンドロスが身を潜めていた一年。

 その間に、水面下では、随分と物騒な変化があったらしい。


「アンドロスさん、まさか、事件を解決しようなんて考えてはいないでしょうね」


 アンドロスの心中を見透かすように、ジュアンが静かな声で言う。

 答えず、曖昧な唸り声を返すと、同じくらい呆れたような、長いため息が返ってきた。


「危険なことに首を突っ込まないでくださいね。アンドロスさんは、姫様を守ると約束して下さったのですから」

「それは分かっている。俺が第一に護るのはティナだ……軽率な行動は控える」

「なら、良いのですけれど」

 

 ジュアンが安心したように、視線を手中の書物へと戻す。

 再び静寂が周囲をつつみ、デスティナの寝息が風に乗って耳に届いた。


「だがな、いざというときは――お前も力を貸してくれ」


 ポツリと、そんな言葉を呟く。

 厄介ごとに首を突っ込むつもりは無い――だが、降りかかる火の粉は払わなければならない。

 それはデスティナを守るためであり、生き残ったアンドロスの使命のようにも感じられた。


「考えておきます」

「……良い方に頼むぞ」


 ジュアンは顔を上げず、独り言のように言葉を返す。

 やがて、本を閉じると、それを枕にしてジュアンも眠りについた。


 炎の光が弱まり、アンドロスは寒さに浅黒い肌を震わせる。

 

 静かに、しかし確実に深まる夜の闇。

 それはまるで、アンドロスの歩む道の先を暗示しているかのようでもあった。

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