警備ギルドを蹂躙する
「さて、ようやく強奪の段階だが?」
隼人は貿易ギルドの拠点内を見回した。
広さは、ヤミ金ギルド拠点の十倍ほど。執務机が並べられ、羊皮紙などが乱雑に置かれている。いかにも仕事場という雰囲気だ。
だが金庫は見当たらない。
隼人は言った。
「カネは、どこだ?」
ライラは難しい顔をした。
「金庫室は隠されているようね。困ったわね。探し出すのに時間がかかるわ」
隼人は、貿易ギルド員たちを見やった。ある者は絶命し、ある者は気絶している。
「時間はたっぷりあるさ。もう片はついている」
「懸念があるの。ここの貿易ギルドは、警備ギルドと契約していたかもしれないわ。とすると、そろそろ警備ギルドの連中が駆けつけてくるわよ」
隼人は拠点内の惨状を見回した。いまごろ駆けつけてきても、遅いだろう。
「いまから来るのでは、その警備ギルドは無能だな。だが、のんびりするのはやめておくか」
隼人は、『隠された金庫を見つけるにはどうすればよいか?』で、魔法を検索した。
だが魔法の呪文は出てこない。求めたものが、魔法リストにないようだ。
「なんでもかんでも、魔法で解決できるわけではないのか」
ライラは両手を打ち合わせた。
「ここのギルド・マスターに聞きましょう。それが早いわ」
「君が殺してなければいいが」
隼人の心配は杞憂だった。貿易ギルドのマスターは、拠点の奥のほうで気絶していた。
「ハヤト、彼だけ起こして」
隼人は、気絶魔法の解除魔法をギルド・マスターにかけた。
小太りなギルド・マスターは目覚め、怯えた様子でまわりを見回した。
ライラが隼人に恭しく言った。
「マスター。尋問ですが、わたしにお任せを」
ライラの考えが、隼人にはわかった。第3者の前なので、こちらの上下関係を明確にしておこうというのだろう。
隼人はうなずいた。
「手早くすませろよ」
ライラはバスタードソードを鞘から抜き、切っ先をギルド・マスターに向けた。
「金庫の在処を吐きなさい」
隼人は一考した。捻りのない尋問だ。
だが貿易ギルド・マスターはすっかり震え上がっている。これなら、すぐに吐くだろう。
だが、貿易ギルド・マスターが口を割る前に、異変が起きた。
貿易ギルドの拠点が大きく揺れたのだ。
隼人は、アルギナにも地震はあるのか、と考えた。すると貿易ギルド・マスターが勝ち誇って言った。
「警備ギルドが来てくれたんだ! 貴様らは殺されるぞ!」
隼人は言った。
「本当に来たのか? いまごろ? なんて暢気な警備ギルドだ」
ライラは舌打ちしてから、貿易ギルド・マスターの胸を突き刺した。切っ先は、心臓を貫いたようだ。貿易ギルド・マスターは絶命した。
「ライラ。殺してしまったら、金庫の場所を聞き出せないんじゃないか」
隼人の指摘に、ライラは頬を赤らめた。
「ついカッとしてしまったわ。ごめんなさい。それはそうと、ハヤト、注意して。警備ギルドが来るわ。おそらく中位のギルドね。手ごわいかもしれないわよ」
「いまの地震が、警備ギルドの到着の合図なのか?」
「いまの地震は、接続点を広げようとした揺れだと思うの。ほら、見て」
ライラは『魔法扉』を指差した。『魔法扉』は、拠点と〈ギルド宮〉を繋ぐ接続点というわけだ。
すでに『魔法扉』は破壊されている。これは隼人が侵入時に破壊したものだ。ゆえに、『魔法扉』のあったところは、ポッカリと穴が空いている。
また拠点が大きく揺れた。すると、『魔法扉』の穴が、一挙に広がった。
隼人は一考した。拠点内へと攻め入るため、入口を広げたのか。これなら大勢で、一気に拠点内へと突撃することができる。
「だが接続点を広げるとき、拠点内が大きく揺れる。これでは拠点内にいる者に、『いまから大勢で攻め込むぞ』と教えるようなものだ」
「それは接続点を広げるデメリットね。警備ギルドは、このデメリットを受け入れたのよ。物量作戦でいくのでしょう」
広がった壁の大穴から、一斉に敵が走りこんできた。30人はいる。
みな全身鎧で身を包み、身の丈ほどもある剣を装備していた。
この巨大剣は、クレイモアといわれる種類だろう。クレイモアはゲール語で、『大きな剣』を意味する。隼人は、そのことを思い出した。
ライラが駆け出し、敵の1人に斬りかかった。
隼人は溜息をついた。
「うちの副官は、考えなしに飛び出す癖があるな」
暗殺ギルド出なので、単独行動が身に沁みているのだろう。
隼人は、『射出型+同時攻撃が可能+殺傷できる』で、魔法を検索した。呪文が視界に出る。隼人は呪文を唱えて、右手を突き出した。
右手から、雷の矢が連続で射出される。
雷矢は、警備ギルド員に次々と命中し、感電死させていく。10人ほど始末したところで、雷矢の連射が尽きた。
3人の警備ギルド員が、隼人に向って斬りかかってきた。
3人とも、クレイモアの刀身が淡く輝いている。ライラのバスタードソードと同じく、魔法で切れ味を上げているようだ。
「だが、おれには利かない」
隼人は防御魔法を使うこともせず、その身にクレイモアを受けた。3人分のクレイモアの刃を。
クレイモアの刃は、隼人にかすり傷さえ負わせられなかった。それどころか、逆にクレイモアの刀身が砕け散る。
隼人はニヤッと笑った。
「防御力が『∞』は伊達じゃないな」
隼人は、手近にいた警備ギルド員へ、体当たりを食らわせた。その警備ギルド員は、壁まで吹き飛んだ。
隼人にぶつけられたため、全身鎧が潰れている。その男が息絶えているのは、明らかだ。
隼人は呟いた。
「そして、攻撃力も『∞』か。デタラメな強さだな。これなら両腕を振り回しているだけで、皆殺しにできそうだ」
だが、残った警備ギルド員たち(まだ15人は生きていた)は動きを止めていた。さらに降参のしるしにクレイモアを捨てる。
1人の警備ギルド員が、隼人に言った。
「いまあんたが殺したのが、俺たちのギルド・マスターだったんだ」
隼人は、うなずいた。それからライラのもとまで向う。
ライラは肩で息をしながら、隼人のほうを見た。その右手にはバスタードソードが握られている。
「さすがに手応えのある連中だったわ。4人殺したけど、かなり疲労したわ」
隼人は、警備ギルド員たちに聞こえないよう、小声で言った。
「連中、ギルド・マスターが死んだことで降参したんだが?」
「言い忘れていたわね。ギルド・マスターとは、ギルドの象徴なのよ。ギルド・マスターを失えば、そのギルドはお終いよ」
「奴らの警備ギルドは、いま消滅したわけか」
隼人はまわりにいる警備ギルド員を見回した。みな悄然としているのはそのためか。
隼人はふいに思いついた。
「彼らを引き取ろう。ヤミ金業には、腕っ節に自信のある取立て人が不可欠だ」
「ハヤトはいま、彼らのギルドを潰したのよ。恨まれて、寝首をかかれるかも」
この程度の連中に寝首をかかれる、という発想が湧かない。
「反乱を起こした者は、殺せばいい」
隼人は冷酷に言い放ってから、考えた。異世界転移のせいで、自分は人格が変わってしまったらしい。
隼人としては、いまの自分のほうが好きだった。