暗殺③
隼人は、これまで空間転移の魔法は使ったことがなかった。
空間転移、いわば瞬間移動にはリスクも多い。ルカのように幼少から行っていて慣れているのならば別だろうが。そこで隼人は空間転移を、自分にすることはなかった。今回も、隼人は自分を空間転移させたわけではなかった。
空間転移させたのは、ビルドだ。
トルネが、モンスター・クルガへと放った矢。その矢の射線へ、ビルドを空間転移させたのだ。
矢は、ビルドの胸を貫いた。さすがのビルドも、不意に空間転移をされては、対処できなかったようだ。これによってビルドは絶命し、不可視が解かれる。
トルネはビルドを見て、驚きの声を上げた。
「な、なぜ、ここに貴様がいるんだ!」
このとき、隼人はすでに次の魔法を使っていた。今度は、2つの魔法を同時に行う。まず護衛たちへと、身動きが取れなくなるよう、縛りの魔法。
これと平行して、クルガにかかっている抑制魔法を解く。さらにクルガへは、凶暴になる魔法もかけておく。
凶暴となり、かつ抑えのなくなったクルガは、目の前にいる獲物へと飛びかかった。
つまり、トルネだ。
「うわぁぁ! や、やめろ! だ、誰か助けてっ!」
トルネは悲鳴を上げて逃げようとした。
だが、クルガは速く、トルネを捕まえると、鋭い牙で刺し貫いた。
「ぐわぁぁぁ! う、が、」
腹を牙で貫かれたトルネは、数秒のうちに息絶えた。
この間、隼人によって動きを封じられていた護衛たちは、クルガを止めることもできなかった。
トルネが絶命したところで、護衛たちを封じていた魔法を解く。護衛たちは、何者かが自分たちを封じていた、と考えるだろう。
だが、ビルドを殺したのはトルネの矢だし、トルネを殺したのはモンスターだ。事故死として片付けるのに、申し分はない。
隼人は、ライラとセーラに言った。
「大城塞に戻り、スイアに報告するとしよう」
大城塞の居室で、スイアは待っていた。今回も、ライラには廊下で見張りをさせている。
隼人はスイアに言った。
「すぐに知らせが届くと思うが、トルネとビルドは共に死んだ」
スイアは当然な疑問を口にした。
「事故死に見せかけることには成功したのか?」
「疑いは出るだろう」
隼人は、トルネとビルドの死にかたを説明した。
スイアはうなずいた。
「護衛の件がなければ、完ぺきだったのだがな」
「ああ。トルネとビルドが狩場に行き、トルネがあやまってビルドを矢で射殺した。のち、1パーセントの確率で発生するモンスターの抑制解除で、トルネも殺されてしまった。この筋書きは良かった。ただ護衛に邪魔させないため、動きを封じる魔法を使った。護衛たちは、何者かが介入したとわかっている」
「しかし、それを証明はできない、ということか」
隼人は、スイアは頭が切れる、と思った。
「そうだ。おれとしては、良い仕事をした、と考えている。あんたとしては、どうだろうか」
「邪魔者が消えたので、十分だ」
「では、おれたちのヤミ金ギルドの条件をのんでくれるな?」
スイアはしばらく考えている様子だったが、ようやくうなずいた。
「いいだろう。〈メシア〉は惜しいが、これも取引だ」
それから、スイアは唐突に言った。
「父上の死は近い」
つまり、近々、スイアが王位を継承するだろう、ということだ。
「君たちヤミ金ギルドが、王国に忠実であることを要求する」
隼人はうなずいた。
「もちろんだ」
さらに勢力をつけた暁には、王国に楯突くことになるが。ひとまず、スイアとは良好な関係を結んでおこう。
取引の件がすんだところで、スイアはセーラに言った。
「セーラ、君は本当にヤミ金ギルドへと戻ってしまうのか?」
トルネとビルドが死んだ今、〈大王宮〉はセーラにとって安全な場所となった。セーラが、ヤミ金ギルドに戻る理由はなくなった。隼人は思った。セーラが〈大王宮〉に残ることを決めたら、おれは哀しむだろう。
セーラは答えた。
「はい。いまでは、隼人さんのギルドが、わたしの帰る場所のように思えます」
隼人はセーラの手を握った。
「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、帰るとしよう」